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第3話 「尾行者は誰か」

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第3話 「尾行者は誰か」

「課長、先日のイベントの総括がまとまりました」
 ミキが古賀課長に資料を提出すると、課長は酷く驚いていた。
「もう?これに限らず最近うちの課の仕事が早いな」
「特に我が篠宮チームは頑張っておりますので」
ミキは少しだけ得意げな顔をした。
「働きすぎも良くないぞ。そこまで会社はお前らにリターンするものはないからな。とは言っても…俺としては助かるけどな、サンキュー」
 古賀課長は40代後半。この会社には中途入社で入ったため、同年代の社員に比べると出世は遅めだ。上からの評価も高いはずだが、古い会社にはよくある事だが長くいる人間のほうが優遇されがちである。
「ほめられましたよ」
ミキがコウタとタクローのもとに戻り、軽いノリで丁寧語で話した。
「コウタの力は仕事のスピードにも活きてるわけすね」
当のコウタはひとり首を傾げる。
「うーん、でも僕の担当業務だけでそんなに変わるもんですかね?」
「なんにせよ追われる状況にないのは業務レベルとしてはいいじゃない?仕事にコントロールされてると碌な事にならないわ。さて…」
ミキは今抱えているプロジェクトの進捗を記したボードをながら続けた。
「余裕もあるし新宿のテックスアートに発注してる素材の状況、確認してきたたら?」
「そうすね、コウタと二人で顔出すことあんまりなかったし」

 今日は気温が高く、タクローは脱いだジャケットを肩にかけながら
「あー、やった終わったな。顔出しだけじゃ済まなかったな」
と話すとジンジャーエールをを思い切り喉に流し込んだ。
「結局その場で色々修正してもらったしな。おかげで後がラクだよ」
そしてコウタも呼応するようにペットボトルの水を口にした。
まだ早い季節だが今日は夏日の気温を観測しているそうだ。

 ふたりは新宿駅のトイレで並んで用を足していた。ふと思い出したようにタクローが言った。
「そういや『選ばれた者』、だっけか。それになってからそろそろ一週間だな」
「ああ、一週間に一度はあの怪しい男に会えるはずなんだよな」
と、コウタが答えるや否や、隣から会話に割り込む者がいた。
「いくらお前たちにとって得体が知れないとはいえ、せめて『あの人』くらいに濁した表現にするもんだ」
例の中年男性であった。
「のわっ!」
2人とも体をのけぞらせ、トイレ的に危険な状況になったが、いい大人・社会人としてのマナーはなんとか守った。相変わらずの無表情。ねむいのがやる気がないのかといった雰囲気。いや、おそらくこういう人間なのだ。
コウタは「な、なんてところで…」と及び腰であったが、構わず会話の口火は切られた。
「どうだ、力を手に入れて一週間。派手に動いている様子はないようだが」
「たしかに日常生活では普通の人の3倍の力は役立ってますが…」
「3倍?いや、君は4倍だろう。あの日2人チームのリーダーを敗北させ、彼の半分の力、つまりひとり分の力が君に移動するから4倍だ」
コウタは
「ああ、あれは敗北させたことになるんですね」
と返した。間髪入れずタクローが聞く。
「勝つ、負けるの基準は何なんだ?」
「はっきりとした基準はないが、力を持つ者同士が戦い、それが明らかに君の勝ちだった場合は勝敗がついたということになるはずだ」
タクローは不服そうに口を尖らせる。
「コウタはいいよなあ。メンバーの俺には特典ないの?」
「ある。メンバーになった時点から、リーダーが獲得した能力の一部がメンバーにも加算される」
タクローは少し驚いて
「まじ?全然気付かなかった」
と、納得した様子だった。
少し黙って考えていたコウタが口を開いた。
「あの…僕は何をすべきなんでしょうか?」
「それは…自分で考えなさい」
「他にも僕のような人がいるんでしょうか、こないだ戦った男のように」
「ああ、君ひとりではない。それと、気を付けなさい。今回のような私との面会の際に、尾行してくる者がいる。大抵は見失うことになるが――稀に次の面会者まで尾行されてしまうことがある。大体は力を奪う目的で」
タクローはしかめっ面をしながら、
「ああ、こないだのふたり組の話だな」
と思い出していた。と、すかさず中年男性が返す。
「いや、今現在の話だが」
3人の間に少しの沈黙が流れたが、その後コウタとタクローはほぼ同時に声を出した。
「尾行されてるわけ!?」
用を済ませた中年男性は手を洗いながら続ける。
「君たちの存在を確認したうえで近くで待ち伏せしているはずだ」
「ちょっと、あなたが何とかしてくださいよ」
コウタは当然の事を言ったつもりだったが、聞いていないのか無視したのか、関係なく続ける。
「トイレまではついてこないと思うから用はゆっくり足しなさい。では、私は行かねば」
そのまま中年男性は立ち去った。そこで、二人とも会話に夢中でとっくに用は済んでいたことに気付いた。コウタは手を洗いながらタクローと打ち合わせた。
「できるだけ戦いになるのは避けよう」
「状況次第だろうけどな」

 トイレから出るとふたりは用心しながら、かつ尾行されていることに気付いていないように振る舞い歩いた。時折、特に識別能力も高まっているコウタが素早く目を動かし集中して周りを観察した。タクローがつぶやく。
「なんというか…こないだみたいな、『いかにも』な奴はいないな。どうだコウタ?」
スケジュール帳に何かを書き込むスーツ姿のサラリーマン、誰かを待っているような制服姿の中学生くらいの女の子、話に夢中な軽い感じの大学生くらいのカップル…。
「そうだな…普通の人たちだよ」
「見えないように隠れてるだけかもしれねぇんだぜ。突然襲われたらキツイなこれ」
その時、コウタたちが通り過ぎた直後に右後方から。
「まさか私が『選ばれた者』だとは思わないわけね」
さっきの女子中学生!コウタとタクローは慌てて体ごと振り返った。
「ついて来られてる事は聞いてるんでしょ?どうせ」
不敵な笑みを浮かべるのは、制服を着た小柄で髪を束ねた女の子。可愛らしいはずの容姿も、冷徹さに支配されているようで、表情からはなにも読み取れない。
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 臆してはいけない。タクローが前に歩み出て、声を張る。
「俺にだって超人的なパワーが分けられているんだ!やるならやってやるぜ!」
女の子は一瞬目を鋭くし、「ふうん」と言いしばらくタクローを見た。かと思うと「そうねぇ」と言い別方向に歩き出しながら
「いつかまた会うでしょう。その時勝負しましょう。じゃあ」
と残し、その場を去っていくのであった。
 呆然とする残された二人。コウタは呟く。
「なんだ?今日戦うつもりはなかったのか?」
タクローも後ろ姿が見えなくなったのを確認すると、ふぅと息をつき
「まさか中学生くらいの子がそうだったとはな。さっきおっさんが言っていた『トイレまでは来ない』って、そういう意味だったんだな」
と言った。
 二人は西日が差すホームで戻る方面の電車を待っていた。『間もなく3番線に東京・品川方面行きが参ります』と、構内にアナウンスが流れる。
「あの子は『いつか』なんて言ってたけど実際そうそう出くわすもんでもないよな」
「戦う以外の目的がなにかあったんだろうか?」
と、憶測も含めてそれぞれ考えていた。ふと、タクローはなにかの気配を感じ後ろを振り返った。コウタも考え事をしていたため、それに気付くのはほぼ同時だった。その時には既に先程の女の子がタクローに駆け寄り、振り返った彼の胸を、駅のホームの線路側に向けて両手で強く押し出していた。電車はちょうどホームに入る瞬間である。女の子の表情は先程と打って変わり、そこに読み取れる感情は焦りと恐怖、そして…罪悪感?コウタはその一瞬、そんな感情を見た気がした。
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 タクローは何が起こったか分からないまま全身のバランスを崩し、線路の方向へ体を倒していく。が、次の瞬間にはコウタが飛び出し、両手でタクローを真横に押し出し、ホーム側にとどまらせる形で2人とも倒れ込んだ。驚いたのは少女だった。起き上がる二人を前に、両手を顔に当てながら
「なんて事…『選ばれた者』はこっちじゃなかったの…?」
と、動揺を隠せない様子だった。
「いてて…コウタサンキュー、助かったわ」
打った背中をさすりながら立ち上がるタクロー。コウタは少女と対峙しながら言う。
「なるほどな。『いつか』といっておけば、とりあえず今日は何もないと思うもんな」
「戦うのかコウタ?あの子の強さは分かんねえぞ」
少しずつ少女に詰め寄るコウタをタクローが心配する。
「いや、大体分かったよ」
その言葉に少女が驚きの様子を見せる。コウタが続ける。
「この子は恐らくさっきタクローが『自分にも力が分けられている』と発言した事を受けてタクローを『選ばれた者』と判断したんだ。なんでか分かる?」
「勘違いか…もしくは…そうか、メンバーにも力が与えられることを知らないんだ。さっきまでの俺たちがそうだったように」
「そう。少なくともある程度の規模のチームなら知らないはずはない。大きなチームならメンバーもそれだけ大きな力を持つことになるから」
「たしかにそうなるな」
「そして今日の奇襲。力を奪うことが目的ならわざわざ人を殺してしまうのはリスクが高すぎる。更に目撃者も多く騒ぎになるし、白昼堂々するのはやはりデメリットが大きい。でもこの方法を選んだということは」
「勝つ方法はこれしかないと思ったと」
「うん。という事はこの子は俺達のチームが何人いるのか把握していようがしていまいが、普通に戦って勝てないと思った、つまりごく少数のチーム、もしくは――ひとりだ」
その間、少女はずっとうつむいていた。それはコウタの指摘が全て当たっていることを表しているようであった。やがて少女は諦めたようにホームの壁にもたれかかり、話し始めた。
「わたし、友達は多いほうだと思っていたんです」
先程までの冷徹で強気な姿勢が失われると、普通の少女にしか見えず、コウタもタクローも次第に敵対する姿勢を弱めていった。
「でも突然『選ばれた者』になってしまい、気付いたんです。本当の友人なんてひとりもいないことに。心から信頼できる人はおらず、メンバーをひとりも増やせなかった」
少女は続ける。
「そのうち、私の力を目的に、力を持つ他の人から狙われることも知りました。それから怖くて毎日眠れなくなり、頭がおかしくなりそうになって…」
そこまで話す頃には少女の頬を涙が伝っていた。タクローがその後を代弁した。
「自分を守るための力を得るために、今日の作戦を思いついた、か」
「…はい」
策士とは程遠い、単純で拙い作戦。これは彼女の幼さからというよりは、追い詰められた焦りがそうしたのではないだろうか。
タクローは聞く。
「その資格、放棄できないのか?」
「いりません、と力をくれたあの男の人に言いましたが、それはできないと言われ…」
思い詰めていたコウタが「よし」と呟くと、タクローに話しかけた。
「なあタクロー、この子を許せるか?」
「ああ、この子が嘘を言っているようにはとても思えない。むしろ同情してしまうぜ」
コウタは小さくうなずいた。
「決めた。友達になろう、そして俺のチームに入るんだ。チームのメンバーになれば『選ばれた者』ではなくなるんじゃないか?」
少女は意外な提案に言葉が出なかった。
「とはいえ、お互い信用してるか分からないのにメンバーにできるのか?」
「逆にメンバーになれればお互い信頼してることになる。お互いの強い意志、信じる気持ちがあれば、きっと仲間になれるんだ」
コウタは手を差し伸べる。
「俺は君を信じてみる。あとは君次第だ」
遠慮がちにしている少女を見て、タクローは悪戯っぽく茶茶を入れる。
「嫌ならビンタではたき返してもいいんだぜ」
そこで少女はようやく笑顔を見せた。先程とは違った意味の涙がそこにあり、彼女も手を差し出した。
「本当に…ありがとう。私、久我リンといいます」
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「ふーん、そんなことがあったのね」
行きつけの店でタクローとコウタはミキに今日の出来事を報告していた。
「リンちゃんにとっては辛い能力だったわけです」
「特に中学生くらいの女の子は人との距離も悩むからね」
「おお、遠い目」
お酒が入ったミキとしては珍しく冷静な答えをする。まだ浅いということか。
「で?そのリンちゃんはメンバーになれたの?」
コウタは少し体を上下に揺らせながら
「はい、僕の動きも更に機敏になりましたので」
と答える。あのあと駅ホームでのやり取りを一般の人から通報され、突き落とそうとしていたリンが駅員から呼び止められそうになった。しかしちょうど検証しようと言ってコウタが反復横飛びなどを始めたため、駅員もこの三人全員が少しアレな人達と判断され、ホームで遊ぶのはやめなさいと注意されるだけで済んだ。
 なんだかミキは少しだけ不服そうにワイングラスを一気に空けた。
「さぞ若くてイイ子なんでしょうね!今呼びなさいよ」
やはり少し酔っているようであった。タクローが間髪入れず
「いやいや未成年ですから!」
と突っ込み、思い出したように
「でも俺やミキさんにも力が加わってるとは今日初めて知りましたよ」
とコメントする。それを受けてミキが言う。
「わたしはそんな気がしてたけどね」
「えっ?まじすか?俺は全然気付かな…」
「最近課の中の仕事、特にうちのチームの仕事が早いし、それにだいたい、日常の自分のちょっとした変化に気付くわよ」
そして少しため息をつきながら続けた。
「あなたが普段どれだけお気楽に過ごしているかが分かるわね…」
タクローはいじけながらばつが悪そうにテーブルのレーズンをちびりちびり食べ出した。コウタは苦笑いしながら、これはフォローできないなぁ、と思うのだった。
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