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第2話「僕の課題」

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第2話「僕の課題」


 東京都港区、都心の数年前にできたオフィスビル。低層階に商業施設がいくつか入り、中層階からはオフィス利用にするという最近よくあるバターンのビル。そこの複数フロアに入っている広告代理店、東通エージェンシー。全国にも何箇所か支社はあるがここが本社である。
 その第5営業局、略して5営に篠宮ミキ、鹿野タクロー、田宮コウタは所属している。
 毎週月曜は朝10時から部会議があるため、出社時間の9時半からは比較的忙しくなりがちである。
 コウタも昨夜来ていたメールへの対応、そして週明けの朝ゆえに多くなる電話の対応に追われていた。
 ふと、電話を受けながらデスクの隅に置いてある封書に気付き、コウタは顔を曇らせた。先週のうちに郵送すべき資料だったが、つい抜けてしまっていた。今から速達で出さないと業務に支障が出そうだ。コウタはミキの側に行き、控えめに声をかけた。
「ミキさん、ちょっと郵便局に行ってきます」
ミキは忙しくタイピングしていた手を止め、
「はあ?15分後には会議なのよ?間に合ってギリギリってとこじゃない」
と早口で答えたが、すぐに気が付き
「なるほど、あなたはギリギリにはならないか」
と呆れつつも納得した様子だった。後ろでダラッと椅子にもたれかかったタクローが話に割って入る。
「いいのかねー、素晴らしい力を私利の為に使っちゃって」
「そうねタクロー。でも会議の資料すらまだ出来てないあんたが偉そうに言う事じゃないわね・・」


 都心のビルの間をコウタは初夏の風となり走り抜ける。それがケヤキの葉を揺らすのを見ながら、コウタは今のタクローの言葉を考えていた。先日力を与えられてから、確かに特別な事は何もしていない。こういう特別な力は、正義の名を賭けて戦うためにあるのだろうか。コウタは気が付くとかなりスピードを上げてしまっており、オフィス街ではさすがに目立ってしまっていた。


9, 8

  

 郵便局で速達の手続きをしながらコウタは考えていた。正義のために戦うとしても、事件はいつもニュースで知るだけで個人の力で間に合い、解決できるものなどほぼない。かと言って例えば警察に所属したところで、扱う事件の多くには倒すべき敵などいないだろう。・・そして現実の僕はそれにも及ばず自分の仕事のど忘れのカバーしかしていないし、他に用途もない。

  結局のところ――
現代において力で実現できる正義なんてないんじゃないか。

 それが自分の結論なのか、どうか。郵便局から出たコウタは溜息にも似た深呼吸をしながら、空を見上げていた。そして、自分の存在の小ささを感じるのであった。
11, 10

  


 会議の開始時刻までは若干の余裕を残し、会社まで戻った来れた。コウタは1階のエレベーターホールで上行きの到着を待っていた。


 部会議の開始時間になってもコウタは戻ってこない。ミキは先輩の長谷さんに催促された。
「会議そろそろ始めたいんだけど田宮は?」
「まもなく!来る・・と思います、はは」
長谷さんの奥には部会議の開始を待たされイライラする部長の姿。
「もう!何やってんのよコウタは。タクロー!見てくるわよ」
当然のようにタクローも連れ立って様子を見に行った。
「あれミキさん、エレベーター故障してるじゃないスか。コウタ上り途中じゃないんですかね」
「今のアイツは階段だろうがすぐでしょ」
二人が階段を降りていくと、途中にコウタはいた。
「いたいた。何やってんだお前」
「おー、タクロー」
コウタは故障中のエレベーターのために作業が困難になっていた引越業者の手伝いで荷物を運んでいた。重い業務用エアコンが入った箱を一人で抱えて階段を上がっていた。下の方から「ほんとすんません!しかしほんとすごい力持ちですね」という業者の声が聞こえてきた。
 ミキとタクローは意外な気がした。コウタは常識人ではあるが、誰彼構わず見知らぬ他人の困りごと、それも厄介な部類に入ることを進んでする人間ではなかったからだ。
「へー。タクローお前そんな奴だったっけ。あ、感心して言ってんだけどさ」
ミキはしばらく黙ってみていたが、やがて口を開いた。
「いいわ、部長にはうちのチームの急な仕事ができたと伝えておく」
「ミキさんすみません」
「タクローも手伝ってってね」
「いいすよ、結局資料間に合わなかったし」
「・・あんたは怒られるだけのために会議に参加してきていいわ」


 今日の結論としてコウタはこう考えた。
戦う敵がいない僕はとりあえずの課題として、周りの人々の小さな平和を守ることにした。戦うべきマフィアも銀行強盗もいない現代の、とりあえずそれが僕のヒーロー像だ、と。
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