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永久に輝け誓いの炎:3

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 森への道。もう何度この道を通っていることだろう。
 冒険作家のロビンにとっても、トレジャーハンター志望のケーゴにとっても交易所の北門から続くこの道は勝手知ったるものとなっている。
 「そういえば…」
 ロビンが道すがらふと呟いた。
 ケーゴたちはもちろんシンチーもちら、とロビンを見る。
 「ケーゴ君、亡者たちを一掃したって聞いたけど、一体いつの間にそんな力を手に入れていたんだい?」
 ケーゴはうーんと首をひねって応える。
 「俺1人の力じゃないんだよ。アマリさんとイナオって人の力を借りて、なんとかって感じ。あと、シェーレの力も当然大きいけど」
 「シャーレ?」
 聞き返すロビンにむっとケーゴは返す。
 「シェーレだよ。間違えんなよおっさん」
 腰の短剣を引き抜き、見せる。
 「ほら、この剣だよ」
 「それシェーレって名前だったのかい?」
 初耳だ。ロビンは剣に名前を付けるというその行為に若干の驚きを見せたのだが、ケーゴもそんなロビンに戸惑いの表情をしてみせた。
 「当たり前だろ?おっさん知らなかったのか?」
 まるでそれが常識であるかのような口ぶりにロビンとシンチーは違和感を覚える。
 初めて路地裏で出会った時から、そんな話は一度もしていないはずだ。
 森が深くなる。緑が濃くなる。
 疑念と違和感が彼らの会話を途切れさせる。進むにつれてその沈黙が気まずさを生む。
 「…あ、そういえば…」
 ベルウッドが耐え切れなくなり、必死に口を開いた。こんなことになるならついて来なければよかったと後悔しつつも、それをする訳にはいかないのだと彼女の直感は告げている。
 「この前ロビンさんの本読んだわ」
 「えっ、いつの間に?」
 ケーゴが驚く。彼の中では常にベルウッドは自分と一緒に行動をしているものだと思い込んでいるのだから仕方ない。
「時間が空いた時とかにちょこちょこと図書館に寄っていたのよ」
 疲労がたまっているのか、ケーゴは近頃すぐに寝てしまう。そんなケーゴを案じてかアンネリエは宿に残る。その間にベルウッドは最近新設された大陸初の図書館に通い詰めていたのだ。
 別段ロビンの著作が目的だったわけではない。
 シスターによく似た司書に話を聞きつつ、探したのはアルフヘイムの伝承や神話だ。
 ケーゴの異変。それを調べるために何か手掛かりはないかと探していた。しかし、これといって決め手になるものはなかった。
 一番近しいものといえばアルフヘイムで禁術とされている「魂依」だ。死者の力を自身に憑依させるという一級禁断魔法であり、二級禁断魔法である「屍鬼降々」の応用魔術であるらしい。
 と、そこまで読んでベルウッドは首を横に振った。いくらなんでもこれとは違う気がした。そもそも禁断魔法など使用すればアルフヘイムの魔法監査庁が黙ってはいないだろう。
 結局手掛かりは得られなかった。気休めに手に取ったのが偶然ロビンの本だったというだけの話だ。
 そんな事情を知らないロビンは嬉しそうに尋ねた。
 「へぇ、どの本だい?」
 「えっと、“戦禍”です」
それを聞いてロビンは苦笑した。冒険小説の方かと思っていたがそっちだったか。
アルフヘイムの森で倒れていたシンチーのことを思い出す。あの頃は世界から差別も争いもなくせると思っていた。
と、そこで首を横に振る。
あきらめたわけではない。ただ、時間がかかることを知っただけだ。
一度はあきらめたくなった。片腕をさする。
だが、あの女傭兵との戦いで、霧の谷で、知ったのはシンチーの思いと種族共存というかつての夢。
時間がかかるだけだ。そうロビンは思いつつ目の前を歩く少年に目をやる。
 あの日、あれだけ情けない声で盗賊に剣を奪われていたケーゴはもういない。落ち着き払って獣道を歩き、その体勢からいつでもアンネリエを守れるようにしていることがわかる。
 そうだ、シンチーだってはじめの頃は自分のことを全く信用していなかった。それでも、誓いを立ててくれた。
 「あなたを守ってみせる」その言葉はずっと彼女の中で生き続けるのだろう。なら自分のあの時の思いはどうか。一度は諦めた、あの夢は。
 人は変わる。変わることができる。だから、きっと世界だって変わるはずだ。
 この大陸が世界をよりよくするために現れたと考えるのは少しロマンチストが過ぎるだろうか。
 詮無いことを考えてロビンはクスリと笑った。

――――

 とらえたエルフを岸につけた船へと移動させる。
 実はこの行程が一番厄介だ。潜むだけなら冒険者すら来ないような場所を見つければいい。狩るだけならもと簡単だ。
 しかし、移動となると他のものに見つかる可能性や原生生物に襲われる可能性がある。
ただの冒険者に見つかるだけなら殺してしまえばいい。しかし、アルフヘイムの魔法師団や皇国の巡視隊などに見つかればことだ。
以前も大陸の自警団と戦闘になり苦労した。
だからだろう、今回ボルトリックはもう一人護衛を雇っている。
ガモは雇われたその男に目をやる。
壮年の黒髪の男だ。頬はこけ、無精ひげが目立つ。赤い目は暗い光を宿し、薄ら笑いを浮かべている。
何よりも目立つのは左の義足とひじから先のない左腕だ。
こんな男が果たして役に立つのかとボルトリックン聞いてみたくなったが、不要な詮索をする必要もない。
と、そこでその男が口を開いた。
「なんだ兄ちゃんよぉ、あまり信用ならねぇって目つきだな」
当然だ、と応える代わりにガモはふいと顔を彼から背けた。
その視線の先にいたボルトリックは気にするなとも言いたげに鼻を鳴らした。
「腕は確かな奴だ。気にするな」
 「そうそう、もらった金の分はちゃんと働かせてもらうぜ」
 手をひらひらさせて口元をゆがめる男をガモは今一度不信げに睨む。
 ベルトランドというこの男がどの筋から主であるボルトリックとの契約に至ったかは知らないが、いずれにせよまともな素性でないことは確かだろう。
 怪しい動きを見せるようならすぐにでも叩き伏せる。ボルトリックとてそれは計算のうちのはずだ。彼がそう決めたのならガモは反対を決してしない。
 従者である以上、主を守るそれ以上の役目はない。主に意見する必要もない。ただ、主の道具であればいいのだ。
 
 そんな二人を視界の隅に捉えつつ、ベルトランドは懐に忍ばせた新聞に今一度目をやった。
 先日起きた亡者事件の功労者の写真。ゴミ捨て場に捨てられていたこの記事を目にした瞬間に身が震えた。
 真ん中に映る子供は別にいい。問題はその隣に映るエルフの女だ。手に持ったこの杖は。
 ベルトランドは口元をゆがめた。こんなところで目にするとは思わなかった、6年前の獲物だ。
 今度こそ手に入れて見せる。きっと金になるはずだ。
 「おう、もう移動するで」
 ボルトリックが荷馬車の御者台に乗り込む。ベルトランドも気のない返事をして腰を上げた。


138, 137

  


――――

 森を夜が包む。
 これ以上先に進むのは危険だとロビンが判断し、ケーゴ一行は少し開けた場所でキャンプをすることとなった。
 たき火のぱちぱちという音が耳に心地いい。
 「おっさんは戦時中アルフヘイムにいたんだっけ」
 「あぁ、そうだよ」
 ケーゴの問いにロビンが応える。話のお供はロビンが持っていた携帯食だ。
 「おねーさんとはその時に出会ったの?」
 「そうです」
 シンチーがうなずいた。
「もうすぐ終戦って時期だった。前に言っていたボルトリックに襲われて森で倒れていたところを助けたんだ」
 「気づけば記憶をなくしてアルフヘイムの森に。そこで襲われて、あのままロビンと出会わなければ私は死んでいたと思います」
 静かにロビンに続けるシンチーの言葉には感謝がにじんでいる。
 今までならこんな細微な感情ですら露わにはしなかっただろう。
 そう思いつつも、ふむふむと興味深げに首を縦に振っていたケーゴにロビンは尋ねる。
 「どうして急にそんなことを?」
 ケーゴはごまかすような笑いを浮かべた。火に照らされた顔はほんのり赤い。
 短剣の焔に照らされたその目の輝きが黒曜石の原石に似たのはもうずいぶん前だ。
 「ちょっとこの前、アンネリエと初めて会った時のことを思い出してさ。よく考えたらこの大陸にきていろんな人に会ったよなーって」
 そう思えばロビンやシンチーとも印象に残る出会いをしていたのだと思い出した。なんだかそんないろいろな出会いが懐かしくてたまらないのだ。
 ずっと狭い世界に住んでいた。
 この交易所の門をくぐった瞬間に広く、広く、自分の世界は広がった。あまりに広すぎるその世界は田舎村の子供が生き抜くには過酷で、孤独で、そして苦しいものだった。
 一寸先も見えないような暗闇の中で、そんな自分に指標を示してくれたのは、ロビンとシンチーだ。
 孤独を忘れさせてくれたのはベルウッドや酒屋で出会った皆だ。
 大切なことを教えてくれたのはゲオルクと…ヒュドールだ。
 ともに戦ったアマリやイナオ。気持ちを振り切るきっかけになった犬型亜人の子。
 この大陸で生きていく中でたくさんの出会いを重ねた。一つ一つが珠玉の宝石だ。
 その中でも本当に守りたくて、本当に大事なのは。
 アンネリエと目が合う。
 つい、と目をそらされた。でもそれが初めて会った頃のように嫌悪からくるものではないことはわかっている。
 『体が火照ってきたので少し離れます』
 アンネリエが携帯黒板にそう書いてみせた。立ち上がりざまにケーゴをちらと見る。
 ついてこいとの意思表示だ。
 もちろん森でアンネリエを一人にするつもりはない。心得たものですぐに彼は立ち上がった。
 
 ――――
 
 夜の森は静寂に満ちている。しかし、それは安全という意味ではない。
 ミシュガルドの原生生物たちは獲物を虎視眈々と狙っている。少し気配を探れば獣たちの息遣いがわかる。
 森の木々の間を抜ける微風が髪を揺らす。
 アンネリエはふぅ、と息をついた。体が火照っていたのは本当なので心地いい。
 「あまり奥に行くなよ」
 ケーゴは軽く声をかけた。確認程度のものだ。
 アンネリエが振り返る。
 『不思議だね。思い出に浸るほど出会ってから時間はたっていないのに』
 苦笑で返す。
 「確かに。まだ数か月だもんな」
 それでも一緒にいる時間は濃密で、一日一日がいとおしくてたまらない。
 目を細めるケーゴを見てアンネリエも記憶に浸ってみる。
 亡者事件の前後でケーゴは変わった。
 トレジャーハンターを自称して危険に突っ込んでいくあの日の少年はもういない。
 自分を見つめる黒色の瞳はどこまでも深く、時折紅蓮の光がさす。
 少年特融の声はじきに低くなっていくのだろう。今は自分と同じくらいの背丈も、いつかはもっと高くなっていく。
 夢を見る時間はいつか終わって、そうしてみな大人になっていく。
 しかし、ケーゴは体の成長よりも先に心が変わってしまった。

 ――そう、変わってしまったのだ。成長ではない。

 それがアンネリエは少し怖い。
 ケーゴであることには変わりない。ベルウッドと軽口もたたき合うし、うっかりミスも日常茶飯事だ。
 それでも、それでもケーゴが、いつか自分のもとを離れてしまうのではないか。そんな怖さがある。
 アンネリエは知っている。特別な日に、人は別れない、失わない。
 喪失は日常と日常の中に突然挟み込まれて、それでいていつまでも爪痕を残し続けるものなのだ。
 父親と母親を失ったあの日。
 戦時中といえども、こんな田舎にはそこまで被害は及ばないだろうと、誰もが思っていた。
 アンネリエはその日の朝のことを覚えていない。父親とどんな言葉を交わしたのか、母親が作ってくれた朝ご飯は何だったのか。
 あまりにもいつもの日常すぎて、どこまでも当たり前の日々すぎて、取るに足らない記憶と忘れてしまったのだ。
 だから、アンネリエはケーゴと過ごせるこの時間を大切にしたいと思っている。
 願うのは安らかな日々。祈るのはいつも通りの日常。
 けれども、ケーゴが変わったことでそんな毎日が軋み始めている気がしてならないのだ。
 突如、何かがカサカサとなった気がした。
 何だろうと思って音のする方向を見たのと、月明かりの中おぼろげな影がアンネリエ向かってとびかかってきたのは同時。
 反射的に体をかばう。
 それよりも早く、ケーゴが短剣を抜いた。その動作の軌跡が焔の筋となり、アンネリエに向かって跳躍したシェルギルへ放たれる。
 瞬時に甲殻を持つ虫は灰と化した。
 恐る恐る体勢を戻したアンネリエは焦げる匂いで何が起きたのかを察した。
 「大丈夫?」
 案じるケーゴにこくりと頷き、黒板に書く。
 『数か月だけど、変わったね』
 変わった。本当に多くのことが。
 「でも変わらないこともきっとあるよ」
 これ以上ここにいると危ないと判断したのだろう。ケーゴはアンネリエの手をひく。
 「アンネリエのこと、きっと守ってみせる」
 
 1つだけ、私が守ってほしいのは。

 覚えている。アンネリエのその言葉も、その思いも。
 その約束だけは決して違えない。
 と、そこで素敵なことを思いついたという風情で彼は顔を輝かせた。
 「そうだ、アンネリエ。今度ミシュガルドの外へ行ってみようよ」
 これにはさしものアンネリエもいつもの無表情を崩して目を見開いた。
 「ここにいると冒険やら魔物やらで危ないしさ。ほら、SHWならベルウッドの案内もあるし」
 案内料をとられそうな気もするが気のせいだ。多分。
 するとアンネリエはまた何事か黒板に書き始めた。
 覗き込もうとすると隠された。
 しばらくその応酬をしていたが、最終的にアンネリエは顔を隠すようにして黒板を見せた。
 『だったら、ケーゴの生まれ故郷に行ってみたい』
 その言葉に今度はケーゴが虚を突かれたようだった。
 が、すぐに穏やかな笑みを浮かべて、そうしよう、と言った。
 「今度、田舎村に行こう。全然何もないところだけど、緑だけは無駄にたくさんあって、川も流れてるんだ。夏は足を浸すだけでも気持ちよくてさ。…村の人たちはいい人ばかりだよ。きっとエルフとか亜人とか関係なくみんな歓迎してくれる。そうだ、幼馴染もいるんだ。口うるさい奴なんだけど、きっと仲良くなれると思う」
 だからきっと、今度田舎村に行こう。
 そう笑うケーゴに、アンネリエは喜びをかみしめるようにゆっくりと頷いた。
 

 日常を願ったから。穏やかな日々を望んだから。

 変わってしまったケーゴへの怖さを忘れて、そんな他愛のない約束をした。

 約束はきっと叶うだろうと、目をそらすかのようにそう信じた。

 大人になる前の、心が成長する前の、使命を知らない2人の無邪気な約束を、誰が否定することができるだろうか。

 その時は、神でさえそんな無粋なことはしなかった。



 ケーゴもアンネリエも、世界さえも、本当に変わってしまうことを知っていたはずなのに。

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