永久に輝け誓いの炎:2
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一体ミシュガルド大陸にどれだけの冒険者や商人がいるのか、それをローロはきちんと理解しているのだろうか。
閑古鳥の鳴く書店に慣れ過ぎてしまい、外の喧騒を忘れてしまったのかもしれない。
そんな訳はない、とロビンはため息と共に頭を振った。要は彼女の意趣返しだ。
「…どうする気ですか?」
通りを歩きながらシンチーがロビンに問うた。何を、とは言っていないがその視線は先頭をふらふらと歩く少女と杖に向けられている。
「どうするって言ってもねぇ…」
努力程度はしなくてはならないだろう。結果を出せる気はあまりしないが。
と、そこで少女がくるりと二人の方を向いた。
「あ、私はスーチュン・ワーデスといいます~」
ぺこりと一礼。
つられてロビンとシンチーも軽く頭を下げた。
「あぁ、ロビン・クルーです。こっちはシンチー」
スーチュンは二人の返事を受けて朗らかに笑む。そして手に持つ杖にも話しかける。
「よろしくおねがいしますね~。ほら、スティ君も頭下げて」
「…我に下げる頭部はあるのか?」
「いいからさげるさげる~」
杖を逆さにしてロビンに見せるスーチュンの朗らかさにロビンは思わず笑ってしまう。
「ま、悪い子じゃないようだしさ、できる限りは手伝ってあげようよ」
そう言って再び歩き出した彼にシンチーはもはや何も言わない。
ロビンがそう決めたのなら、それに反対する理由はない。
そう考える従者の前でロビンはスーチュンに尋ねた。
「クエスト発注所にはもう顔を出したかい?」
スーチュンは顔を横に振った。
「行ってないです~」
「クエスト依頼所なら色々な情報が集まってるし、もしかしたらスティ君の正体を探るクエストを発注できるかもしれないよ」
「おぉ、なるほど~」
納得したようにぽんと手を打つ。
「それじゃあスティ君、クエスト発注所に行ってみましょう~!」
そう言いながら意気揚々と歩き出す。そんなスーチュンをロビンが慌てて止めた。
「待った待った!発注所はこっちの通り沿いだよ!」
「あ、そうなんですか~。もー、スティ君、しっかりしてよぅ」
「我に何を求めることがあったというのだ…?」
やりとりを聞きながら、ロビンはスティのため息の気配を感じた。
「あの事件以来、行方不明者の捜索依頼が大量に来ていまして…」
こころなしかいつもよりも混雑しているクエスト発注所の窓口で黒髪の女性がそう困り顔を見せた。
「あの亡者の大発生事件のことだね。…アイスさんも大変だ」
ロビンが苦笑すると、アイスと呼ばれた女性はこれが仕事ですから、と諦めたような笑みを見せた。
ケーゴたちが解決した犠牲者が新たな犠牲者を生んだ悪夢のような事件。もちろんロビンもアイスもこれが戦時中の禁断魔法に端を発するものであるとは知らない。
だが、その犠牲者が非常に多いことは知っているし、行方不明となった者たちが未だにどこかで生きている可能性があるとは思えない。
しかし、一縷の望みにかけて捜索願を出す者たちの気持も痛いほどわかるために誰かを責めることもできない。
ふう、と息をつきロビンは口を開いた。
「…とにかく、情報提供依頼だ。しゃべる魔法道具についての情報提供があったら教えてほしい」
と、そこでアイスの顔が怪訝そうに歪んだ。
「しゃべる魔法道具…ですか?」
「何か知っているのかい?」
「知っているというか…」
声をひそめて続ける。
「裏の世界で有名な奴隷商人がそんな魔法道具を持っていると聞いたことがあるんです」
奴隷商人と言う言葉にシンチーが身体をこわばらせた。
ロビンもやや緊張した口調で尋ね返した。
「奴隷商人が…?だけど冒険者向けの注意喚起にそんなものはなかったはずだけど…」
「……まぁその…上手くは言えないですけど、色々あるんです」
アイスがちらりと別の窓口を見た。
蛇型の亜人の女性が対応をしているところだ。
こちらの視線に気づいたのか女性もこちらを見る。一見こちらに営業的な笑みを浮かべてみえているようだが、その切れ長の瞳孔は冷たく、どこか品定めをしているようだ。
クエスト発注所で出てきた裏の世界という単語。どうやらこの施設も清濁飲み合わせて、ということらしい。
未だに身を固くしているシンチーをよそ目にロビンは続けた。
「…その奴隷商人…名前もわかるのかな」
危険ではあるが手がかりは手がかりだ。情報は多い方がいい。
「えーっと…確か…ボルトリック…と」
その名を聞き、ロビンとシンチーが息をのんだ。
その様子をスーチュンだけが不思議そうに眺めている。
緊迫と呆けが同居する。
そんな空気が少年の声によって打ち破られた。
「あれ、おっさんにおねーさんじゃん。どうしたんだよ、なんか怖い顔してるなぁ」
ケーゴがアンネリエとベルウッドを引き連れ立っていた。
「あぁ、ケーゴ君か…」
まずい所を見られたなとでも言いたげな表情でロビンは曖昧に笑った。
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亡者事件の直後に比べて酒場は喧騒を取り戻しつつある。
樽に入ったあの人魚がいないことに未だどこか違和感と寂しさを覚えるべきところを、ケーゴは何食わぬ顔で頷いている。
「へぇー。じゃあこの鎌のお兄ちゃん…?を探してるって訳か」
「鎌ではない。我は杖である」
「マスター・ケーゴ。私が訝しがりながら私見を述べるに、意思を持つ道具など聞いたことがありません。至急しかるべき機関に申し出をするべきでは」
「しかるべき機関ってー?」
「アルフヘイムには魔法庁があるじゃない。まぁスーパーハローワークで鑑定に回してもいいだろうけど」
『ホットドッグください』
状況を確認し、ケーゴたちとスーチュンらが話し合いを続ける。
それを眺めるロビンとシンチーは渋い顔だ。先日の事件では大活躍だったケーゴたちといえども、今回ばかりは巻き込みたくない。
彼と一緒にいるのがエルフの少女とあらばなおさらだ。
「えーっと、それでおっさん。その…ボルトリックって人は何かまずいの?」
「まずいも何も…」
口を開きかけたロビンをシンチーが遮った。
少々ロビンが驚いた顔を見せる。この従者は自らの口で説明をしようとしている。
「…以前、私がこの男たちにあったら逃げろと言ったのを」
覚えていますか、とまでは聞かずにケーゴの眼を見つめる。
少し記憶を手繰り、ケーゴはああそういえば、と首を縦に振った。
確かに亡者事件が起きる前、そんな話をした。その後の怒涛で危うく忘れかけるところだった。
「金歯の男と黒づくめの男だっけ?」
言いながら察し、ケーゴはシンチーに尋ねた。
「もしかしてボルトリックっていうのは…」
シンチーは頷いた。
「奴隷商ボルトリック。戦時中からアルフヘイムで奴隷狩りをしていた男です」
戦時中という言葉にアンネリエが少ししょげる。今回の一件は誰かの心の傷に触れなければ話が進まないらしい。
「当時甲皇国がアルフヘイムに進行していただろう?……まぁ、そこでも皇国はひどいことをしていたんだけど、それに乗じてエルフ狩りをしていたのがこの男さ」
「ただ…当時はそんな魔法道具を持っていたという話は。むしろ恐ろしかったのはボルトリックの付き人。ガモという男です」
今日のシンチーはやけに饒舌だ。彼女の口を動かしているのは純然たる奴隷狩りへの怨嗟。
「ちょうどケーゴと同じくらいの年ごろだったと思います。…が、その身のこなしは人間業ではありませんでした」
「それで…」
ベルウッドが気の毒そうにシンチーの腹の傷痕を見た。どういう訳か彼女の治癒能力をもってしても治らなかった傷だ。
シンチーはベルウッドには何も言わず、スーチュンに向き合った。
「…正直言って、この一件には関わらない方がいいです。あなたもエルフ。自分のことをかぎまわっているとでもあの男に思われれば…」
だからこそ、クエスト発注所での依頼はやめにしたのだ。
さしものスーチュンも顔をこわばらせ彼女の話を聞いている。
賑やかな酒場の雰囲気が遠く思える。
スーチュンの手の内のスティだけは不満げに声を漏らした。
「…結局我はどうすればよいのだ?」
「目立つ動きはしない方がいいね。こっちも一応君のことについては色々調べてみるけど…どうしてもボルトリックのことが気にかかる」
最終的にあの男にたどり着くというのなら、それをスーチュンだけにやらせるわけにはいかない。
「…そうですかぁ…」
「ま、気長にやっていきましょうよ。別に急ぎの用でもないんでしょう?」
気落ちするスーチュンの肩をベルウッドがあははと元気づけるようにたたく。
「お前は気楽でいいよなぁ」
ケーゴが呆れたように声を出す。するとむっとした表情でベルウッドも応酬に出た。
「バカいわないでよ!あたしだって色々考えることがあるのよ!?」
「ほー?例えば何をだよ?」
いつものようにいつものごとくこぜりあいの勃発だ。そう思ったアンネリエは呆れ顔で注文したホットドッグをぱくつく。
が、今回はアンネリエの予想に対し、ベルウッドの勢いが消えた。
「何って…そりゃあ…」
言葉に窮しながら彼女は全員の顔を見回した。
初対面のスーチュンはもちろん、ロビンもシンチーもケーゴの異変を知らない。アンネリエもどういう訳かケーゴの変化を当然のものとして捉えているかのような節がある。
一度ピクシーにケーゴの事を聞いてみたが、それに関しては開示制限がなされているとのことであった。が、あの時にケーゴにエンジェルエルフと共に恭しく礼をしていたことからピクシーも何かを知っていることは確かだ。
要するに、今ケーゴの変化について悩んでいるのは自分だけなのだ。それを今この場で表明して何になるというのか。
「…とにかく、色々よっ!」
半ば八つ当たり気味にケーゴの胸をぽかりとやってベルウッドは口を閉ざしてしまった。
変な奴、と少し首をかしげたケーゴに対して今度はロビンが尋ねた。
「ところでケーゴ君たちはどうして発注所に?」
なにやら窓口で申請をしていたので気になったのだ。よりによってあの蛇型亜人の受付嬢と話していたから特に。
「あぁ、なんか依頼が来たんだよ。俺たちにって」
「ケーゴ君たちを指名して?」
うん、と頷いてケーゴは机の上に広げてあった新聞を指さした。
「ほら、俺たちちょっと有名人になったじゃん?それでだと思うんだけど、直々に依頼が来たんだよ。なんでも森の奥ででかい鋏背負った禿が全裸された事件があったらしくてその調査だって」
さらりといった事件の内容はなかなかに壮絶だ。
「…それって下手すればケーゴ君たちも全裸にされかねないってこと?」
「……あ」
引き攣った顔で述べられたロビンの解釈を一呼吸おいてケーゴが理解する。ベルウッドが椅子から転げ落ちそうになり、アンネリエは2つ目のホットドッグを頬張ったまま固まった。
そしてそこからまた一呼吸後、ベルウッドが爆発した。
「なんて依頼引き受けてくれたのよこのバカケーゴ!!あんた可愛く儚くそれでいて可憐なこのうら若き2人のエルフの女の子がいることを忘れてた訳!?」
「わ、忘れてたわけではないけど…詳しい内容自体はあの時初めて聞いたし…」
さすがに今回はケーゴが劣勢だ。アンネリエもじとりとケーゴを睨んでいる。
『変態』
携帯式の黒板に書かれた言葉はシンプルだが、ありったけの怒りと侮蔑が込められていることは間違いない。
「マスター・ケーゴ、私が自らの性的特徴のない身体を思い起こして尋ねるに、私の全裸にも需要はあるのでしょうか?」
「それは知らねぇよ!」
ピクシーにはしっかりと突っ込みをいれつつ、追い詰められたケーゴはロビンに泣きついた。
「おっさーん!助けてぇ!!」
「まさかケーゴ君、俺たちまで巻き込む気?」
自分はさておき、シンチーをそんな危険にさらすわけにはいかない。というよりそんなことになったら今後のシンチーとの距離感の問題にもなってしまうではないか。
常に2人で行動しているが、これまでシンチーとそういった関係になったことはない。
それは2人の間に、特にシンチーの側に従者と主人という意識があり、その関係を利用してことにおよぶことに嫌悪感に感情が湧くからであった。それこそ、奴隷商人から買ったエルフに奉仕を強要するのと変わらない。
一度シンチーに自分は従者なのだからあなたがその気なら私は抵抗しないと言った旨の言葉を聞いた時にはそんなことはしないと誓ったものである。
しかし、今はどうだろうか。
霧の谷での一件以降、自分たちの距離感が変わったことにはロビンも気づいている。しかし、いまさらケーゴとアンネリエのような瑞々しい関係を結ぶ間柄でもない。が、そうといってこのまま現状維持をし続けられるものなのか。
色々と考え込んでしまったロビンにケーゴは頼み込んだ。
「頼むよおっさん!そりゃ危険もあるかもしれないけど、おっさんやおねーさんがいてくれればもっと安全だろ?」
「そうは言ってもねぇ…」
「成功報酬山分け!」
なおも渋るロビンにケーゴは最後の手段を示した。
すると今度はベルウッドが不満げに声を漏らした。
「ちょっとケーゴ!そんなことしたら仕事自体が割に合わなくなるじゃない!」
「でも元々滅茶苦茶破格の報酬だったじゃんか。お前も喜んでいただろ?」
「裸になるだなんて思わないわよ!言っとくけどあたしはあれだけの金を積まれても絶対脱がないから!」
「あぁそうかい!」
「そうなのよ、この大バカケーゴ!」
いよいよ醜い争いになってきた。
2人の間に割って入ってロビンは観念したしたように言った。
「わかったよ、一度その現場に行ってみよう。あまりに危険だったらこの依頼は中止。それでいいだろう?」
この場合の危険とはもちろん理由を特定出ず全裸になるということである。
ケーゴの顔がぱぁと輝いた。
「ありがとぉ!おっさーん!」
そんな彼らのやりとりを見ながらスーチュンはスティに語りかけた。
「なんだかみんなも大変なんだねぇ~」
「うむ、我も全裸にはなりたくないな」
スティは重々しくそう言い切った。
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檻の中からはすすり泣く声が聞こえる。
目を覚ました女たちが自分の状況を知り絶望しているのだ。
捕まえたエルフは甲皇国に売られ人体実験に使われるか、スーパーハローワークの富豪に買われるかのどちらかだろう。
そのどちらがいいかなど誰にも知る由もない。
ただガモに与えられた任務はいつも通り女たちが逃げ出さないか見張ることだ。
一件無造作に切り株に腰掛けているが、しかし、女たちが逃げ出さないか、そして誰かが接近しないか、臨戦態勢で構えている。
慰みの声をかけるでも、女たちの嘆きを聞いて愉悦に浸るでもない。
ただ従者としてガモはボルトリックの命に従っている。
と、そこで檻の中のエルフが一人、こちらを睨んでいることに気づいた。
無感動な目でそれを見つめていると、怒りに震えた声で尋ねられた。
「どうしてこんなことするの…!」
泣いたせいで目は腫れているがなかなかの上玉だとガモは思った。きっとこの女は高く売れるだろう。
応える義理はないがガモはそっけなく返した。
「……貴様たちとて動物は狩る」
断定の言いきりがガモの口癖だ。女はくってかかる。
「だからといって!こんなこと許されるわけがない!それに――」
動こうとして手にまかれた鎖がそれを邪魔する。魔力を封じるための特別な拘束具だ。
「――あなたも亜人なのにどうして人間なんかに従うの!?」
身体能力や感じられる魔力の波長から人間でないことは明らかなだ。
だがその刹那、ガモの眼孔が鋭く光った。
目に見えぬ動作で剣を抜き、檻に斬りかかる。金属のぶつかる鋭い音が響く。
女はひっ、と声をあげた。他のエルフたちも恐怖に涙する。
「俺は亜人ではない」
あくまでも声を荒げることなくガモは続けた。
「そう決めつけたのは貴様たちだ」
断定の口調は変わらない。
檻に刺さった剣をむりやり引き抜き、これ以上ガモは何も話そうとはしなかった。
しかし、その眼光は先ほどよりも激しい。女のエルフはそれ以上何も言えなかった。