永久に輝け誓いの炎:5
夜の森に剣がぶつかる音が響く。
現れた奴隷商二人は何のためらいもなくロビン一行に襲い掛かった。
ガモは蛮刀を抜き即座に戦闘能力のないベルウッドとアンネリエに向かった。
それをシンチーが防いだのだ。
そのシンチーの視界の端でボルトリックが杖をかかげると、杖から黒色の球体が放たれた。月夜の中でも「黒色」であるとはっきり認識できるそれは、その不可思議さゆえに魔法であることが明らかであった。
「おっさん!」
一行の中で魔法に対抗できるのはケーゴだけだ。
ベルトランドを引きはがし、シェーレから火球を放つ。
赤と黒がぶつかり合い、相殺された。
ケーゴはそこに違和感を持った。シェーレの力が落ちているような気がしたのだ。
しかし、それに疑問を持つ前に背後でベルトランドが剣を振り上げる。
「ケーゴ君!」
ロビンが両者の間に入り、ナイフを構えた。
魔法を使う相手にはケーゴを対峙させた方がいいとの判断だ。
アンネリエとベルウッドを中心に据え、三者のにらみ合いが一瞬。
膠着をまず破ったのはシンチーとガモだった。
ガモが投げたナイフをシンチーが小手で防ぐ。この妙技に感心しながらもガモは蛮刀で再び彼女に迫った。
一閃と言うには重く荒々しい剣撃をしかし、シンチーは受け止める。
その顔を正面から見据え、ガモは呟いた。
「…久しいな。女」
「覚えて…っ!」
ガモの体格からは考えられないほどに重い攻撃を、シンチーは跳ね返す。彼女とて見た目とは裏腹の力を持っている。
途中で言葉をきるシンチーに、ガモは頷く。
「あぁ、覚えている。俺が逃がした唯一の獲物。殺すでも捕らえるでもなく、ただそこに放置した女」
シンチーは腹部の傷に無意識に手をやった。
戦時中、年端もいかない子供と侮り、そしてこの傷をつけられたのだ。
殺したつもりが本人にはないようだが、その後ロビンに拾われなければ確実に死んでいた。
「何故あの時にとどめをささなかったかは問うな」
言いながらガモはもう一本の刀を抜いた。
シンチーの得物はヒザーニャを亡くしたあの塔で手に入れた一振りのみだ。
改めて敵の攻撃に備え、構える。
三本の角が仄かに赤く光り始めた。
「おらどけよ!俺が用があるのはそこのエルフ女だ!」
ベルトランドに対し、ロビンはナイフのみで心もとない。
攻撃をかわすが、それでアンネリエに距離を詰められては困る。
ベルトランドもそれがわかっているから、ロビンをはなから相手にするように動かない。アンネリエを狙うように動く。
「その女は金になるんだよ!俺は戦争の時からそいつを狙ってたんだ!」
「戦争の時から!?」
ロビンとベルトランドのやりとりに身を小さくしていたアンネリエが弾かれた様に顔をあげた。
「ちょっと、アンネリエ…?」
隣にいたベルウッドがをれを諫めようとして、言葉を失った。
アンネリエが今まで見たことのない顔をしていた。元々表情を出すようなタイプではなかったが、こんな驚愕と憎悪の混じった顔は異常だ。
声の出せないはずの、口が動く。なんとなく、まさか、と動いた気がする。
それに気づかないロビンとベルトランドは再び間合いをとる。
「そんなナイフでよくもつもんだ。こっちは一応傭兵あがりなんだがね」
「あぁ、そうかい。……っ!?」
挑発を受け流そうとしたロビンが瞠目する。
隣にアンネリエが並び立ったのだ。
血の気の失せた顔でベルトランドを見据える。常に持つ続けた杖を武器のように構えて見せた。
それを鼻で笑い、続ける。
「なんだ?戦う気か?あの時もそうやって表に出てくれば奪いやすかったのにな。村を襲った時にどれだけ殺してもその杖だけは出てこなかったんだ」
アンネリエが目をこれ以上ないほどに見開き、震え始めた。
最悪の予想が当たってしまった。あの時は、顔がよく見えていなかったのだ。
隣でかばおうとするロビンも、安全な場所に引っ張ろうとしたベルウッドも、その意味は分からない。
「……ぁ」
そして、初めて聞く声が、小さくアンネリエの口から漏れた。
それが誰のものか察するよりも前に。
「ぁ…あ、あああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
絶望と憤怒の混じる声が堰を切ってあふれ出た。
手にする杖が脈動したことには誰も気づかなかった。
アンネリエの叫びはシンチーにも届いた。
しかしそれで気を削がれては確実に目の前の狩人に斬られる。シンチーは無視してガモを睨んだ。
「エルフの声に耳を貸さない。半亜人らしい判断だ」
シンチーは目をすがめた。
「エルフ共は半亜人を軽んじる。故に貴様もあの女を守ろうとしない」
蛮刀が降り上げられる。
「そんなつもりは!」
躱し、剣で突く。
ガモはそれを躱し、腕を伸ばした姿勢のシンチーにナイフを刺そうとした。
体幹を崩し、ナイフの切っ先を防具にあてる。ナイフであるため大した衝撃は来ない。そのまま地面を蹴り間合いをとる。
二人は戦いに夢中でお互いに主のもとから離れていく。
気づけば森の果てにある崖へと二人の戦いはもつれこんでいた。
ガモはそれを気にせず語る。
「俺は見てきた。亜人も人間も、半亜人を見下す。半亜人はどちらにも属せぬ半端者だ」
「私も知っている。そんな者ばかりではないことを!」
シンチーの剣撃をガモはナイフで受け止める。
人間では到底不可能な芸当だ。
しかし両者が亜人でもないが故にそこで膠着に陥る。
「貴様はそう言いながら人間に仕えている。俺と同じように。行き場がないからだ。そう生きるしかないからだ」
「違う!信頼できる人の隣に!」
「ならば何故貴様は従者を名乗る」
ガモの言葉がシンチーを刺した。
瞠目した彼女から力が抜ける。
均衡が崩れ、ガモはシンチーの剣を弾いた。
「…っ、知って…?」
ガモは鼻を鳴らし、応える。
「知られたくないなら本など出版しないことだ」
一瞬の隙をついた彼はシンチーの懐にもぐりこんでいた。
「!」
腹に灼熱の痛みが走る。ナイフを刺されている。
奇しくもそれは、以前ガモにつけられた傷跡と同じ場所であった。
すっとシンチーの体から闘気が抜ける。
ガモは腹に刺さったナイフをねじり、そして乱雑に抜く。
そのままシンチーに蹴りを与える。
防御することすらできず、シンチーはよろけ、そのまま崖の底に落ちた。
「アンネリエ…!?」
その声を聞いたのは二度目だ。否、今のこの咆哮を本当に声と言えるのか。
はやる気持ちを抑えきれずケーゴは火球を放った。
しかしボルトリックによって簡単にいなされた。
「小僧、珍しい魔法具を持ってるようだが玩具にすぎんなぁ!」
「なんでだよシェーレ…!」
あざ笑うボルトリックの声にケーゴの焦りが重なった。
シェーレの力はこんなものじゃないと本能的に感じている。もっと、もっと、強力な祈りを捧げられるはずだ。
記憶はないはずだが、それでも「神判」を知っているのだ。
「どうして応えてくれないんだよ!」
ケーゴの叫びは届かない。
くらりと眩暈がした。体がうまく動かない気がする。ふと嫌な予感がした。
それでも今倒れる訳にはいかない。
もっと強く。もっと力を。
「お願いだ!シェーレ!」
泣き出したい気持ちでそう叫んだ時だ。
――ごめんなさい。
知らない少女の声が頭に響いた。
――人の身には過ぎたものだった。
低い厳かな声が頭に響いた。
ケーゴはその2つの声に瞠目しながらも、常のように剣を前に突き出した。
火球が放たれるはずのその刹那、ピシリと聞いたことのない音が右腕から聞こえた。
「――え」
それが何の音なのか、右腕を見ると赤いヒビが走っていた。
それが何かを理解する前に、ヒビから炎が噴き出し、ケーゴの右腕を飲み込んだ。
「うわぁああああああああああああああああ!!」
ケーゴの絶叫が森を貫いた。
ロビンが、シンチーが、ベルウッドが、そしてアンネリエが、その叫びを聞き、地面を転げまわるケーゴを見た。
「ケーゴ君!ぐっ……」
気を取られたロビンの腹にベルトランドの拳が叩き込まれる。
「あばよ!」
思いわず体をかがめるロビンにベルトランドは剣を振り下ろした。
もはやナイフでは防げない。ロビンはその太刀筋を自らの腕で受け止めた。
瞬間、衝撃がベルトランドの手に走る。それは人肉を切り落とした時にはあり得ない反動であった。
彼はすぐさまその正体に気付く。
「義手か……!」
まるで鉄塊に思いきり打ち込んだ時のような衝撃。間違いない。目の前の男は甲皇国の兵士が使うような上等な義手を使っている。
腹への殴打から立ち直ったロビンは無表情だ。剣で服が破れ、そこから除く灰色が月明かりを鈍く反射している。
「義手ならナイフを使うことはなかっただろうに。趣味か?」
「あいにく、この腕は戦うためのものではないのでね」
ロビンの返答にベルトランドはせせら笑う。
「くだらんなぁ。甲皇国には義手で名を馳せた将校がいるっていうのに」
その言葉を無視して構えるロビンを突如黒い魔法弾が襲った。
「っ!」
ベルトランドの殴打には耐えることができたが、生身の人間が受けるには耐えがたい。
たまらずロビンは膝をついた。
魔法弾が飛んできた方向を見ればボルトリックが自分に杖を向けている。ケーゴは既に彼の前で倒れていた。
「ケーゴ……くん」
状況は絶望的であった。ケーゴと自分が倒れている。シンチーもこの場を離れてしまった。もう戦える人間がいない。
「ふん、手こずらせてくれる。ガモのやつが見えないが、まぁいいだろう」
ボルトリックが嘲笑を浮かべる。ベルトランドも口角を吊り上げてアンネリエの方へと歩を進めた。
それに気づいたアンネリエは杖を振り上げるが、その腕を乱暴に掴まれる。悲鳴を上げることすらできない彼女はそのままベルトランドに捕らえられた。
「アンネリエ!」
慌ててベルウッドがベルトランドに飛びかかるが、ボルトリックの魔法弾によって吹き飛ばされる。
鈍い声をあげ、ベルウッドは地面に叩きつけられた。そのままピクリとも動かない。
「旦那、この杖が手に入ればもう俺はもう十分だ」
「ふん、勝手なことを言う。……女の方はこちらの商品にさせてもらうか」
身をよじるアンネリエをものともせずに二人は会話を続ける。
そして地面に倒れた3人を見下ろし、ボルトリックは無慈悲に言い捨てる。
「そこの貧相な女は商品価値がない。3人とも殺してしまうとしよう」
言うが早いかボルトリックは杖から黒い炎を出現させた。
3人の体を焼き尽くしてしまおうと巨大な蛇のように炎は宙をうねる。
もはや興味もないと言わんばかりにベルトランドは暴れるアンネリエを抱えて3人に背を向ける。
そして炎がロビンの体を飲み込もうとした瞬間。
「操!」
激流が黒い炎を阻んだ。
あり得ない水の奔流の出現にボルトリックは混乱する。
同時に鋭い声が森に響き渡る。
「はい動かない!三特よ!」
倒れ伏すロビンたちとボルトリックの間に3人の影が躍り出る。
フロスト、ウルフバード、ビャクグンである。
魔法監察庁の厄介さとウルフバードの悪名を知っているボルトリックは顔を歪める。
「こんなところに何故……」
月明かりに照らされる痩身の男は自嘲気味に肩をすくめる。隣に立つビャクグンは冷たい目で戦闘の構えをとっている。
「さぁな。俺にも俺の都合ってものがあるんだ。この女は知らん。……で、お前は何してるんだ。奴隷商」
ウルフバードもボルトリックのことは噂以上に知っている。甲皇国の表に出せない研究施設とつながりがあるのである。
「ただの仕事だ。丙家と三特に邪魔されるとは俺も焼きが回ったもんだ」
「黙りなさい!魔法の不正使用の現行犯で身柄を拘束させてもらうわよ」
フロストの体から魔力が溢れ出る。それは冷気と化し辺りに立ち込める。
「ちぃ……やむを得ん」
ボルトリックがそう呟くと同時に彼の杖から黒い煙が噴き出した。
「……っ、待ちなさい!」
逃走を察したフロストは氷の壁を辺りに生成する。その間にも煙は当たりに立ち込める。
ウルフバードは動かない。それを不審に思いつつもビャクグンは煙に対してはなすすべがない。
完全に黒い煙が視界を奪う。
毒の可能性もあるため、フロストは口元をおさえた。
「安心しろ、ただの目くらましだ」
状況に見合わない落ち着いたウルフバードの声。
煙が霧散した時には既にボルトリックとベルトランドの姿はなかった。
しかしそれで気を削がれては確実に目の前の狩人に斬られる。シンチーは無視してガモを睨んだ。
「エルフの声に耳を貸さない。半亜人らしい判断だ」
シンチーは目をすがめた。
「エルフ共は半亜人を軽んじる。故に貴様もあの女を守ろうとしない」
蛮刀が降り上げられる。
「そんなつもりは!」
躱し、剣で突く。
ガモはそれを躱し、腕を伸ばした姿勢のシンチーにナイフを刺そうとした。
体幹を崩し、ナイフの切っ先を防具にあてる。ナイフであるため大した衝撃は来ない。そのまま地面を蹴り間合いをとる。
二人は戦いに夢中でお互いに主のもとから離れていく。
気づけば森の果てにある崖へと二人の戦いはもつれこんでいた。
ガモはそれを気にせず語る。
「俺は見てきた。亜人も人間も、半亜人を見下す。半亜人はどちらにも属せぬ半端者だ」
「私も知っている。そんな者ばかりではないことを!」
シンチーの剣撃をガモはナイフで受け止める。
人間では到底不可能な芸当だ。
しかし両者が亜人でもないが故にそこで膠着に陥る。
「貴様はそう言いながら人間に仕えている。俺と同じように。行き場がないからだ。そう生きるしかないからだ」
「違う!信頼できる人の隣に!」
「ならば何故貴様は従者を名乗る」
ガモの言葉がシンチーを刺した。
瞠目した彼女から力が抜ける。
均衡が崩れ、ガモはシンチーの剣を弾いた。
「…っ、知って…?」
ガモは鼻を鳴らし、応える。
「知られたくないなら本など出版しないことだ」
一瞬の隙をついた彼はシンチーの懐にもぐりこんでいた。
「!」
腹に灼熱の痛みが走る。ナイフを刺されている。
奇しくもそれは、以前ガモにつけられた傷跡と同じ場所であった。
すっとシンチーの体から闘気が抜ける。
ガモは腹に刺さったナイフをねじり、そして乱雑に抜く。
そのままシンチーに蹴りを与える。
防御することすらできず、シンチーはよろけ、そのまま崖の底に落ちた。
「アンネリエ…!?」
その声を聞いたのは二度目だ。否、今のこの咆哮を本当に声と言えるのか。
はやる気持ちを抑えきれずケーゴは火球を放った。
しかしボルトリックによって簡単にいなされた。
「小僧、珍しい魔法具を持ってるようだが玩具にすぎんなぁ!」
「なんでだよシェーレ…!」
あざ笑うボルトリックの声にケーゴの焦りが重なった。
シェーレの力はこんなものじゃないと本能的に感じている。もっと、もっと、強力な祈りを捧げられるはずだ。
記憶はないはずだが、それでも「神判」を知っているのだ。
「どうして応えてくれないんだよ!」
ケーゴの叫びは届かない。
くらりと眩暈がした。体がうまく動かない気がする。ふと嫌な予感がした。
それでも今倒れる訳にはいかない。
もっと強く。もっと力を。
「お願いだ!シェーレ!」
泣き出したい気持ちでそう叫んだ時だ。
――ごめんなさい。
知らない少女の声が頭に響いた。
――人の身には過ぎたものだった。
低い厳かな声が頭に響いた。
ケーゴはその2つの声に瞠目しながらも、常のように剣を前に突き出した。
火球が放たれるはずのその刹那、ピシリと聞いたことのない音が右腕から聞こえた。
「――え」
それが何の音なのか、右腕を見ると赤いヒビが走っていた。
それが何かを理解する前に、ヒビから炎が噴き出し、ケーゴの右腕を飲み込んだ。
「うわぁああああああああああああああああ!!」
ケーゴの絶叫が森を貫いた。
ロビンが、シンチーが、ベルウッドが、そしてアンネリエが、その叫びを聞き、地面を転げまわるケーゴを見た。
「ケーゴ君!ぐっ……」
気を取られたロビンの腹にベルトランドの拳が叩き込まれる。
「あばよ!」
思いわず体をかがめるロビンにベルトランドは剣を振り下ろした。
もはやナイフでは防げない。ロビンはその太刀筋を自らの腕で受け止めた。
瞬間、衝撃がベルトランドの手に走る。それは人肉を切り落とした時にはあり得ない反動であった。
彼はすぐさまその正体に気付く。
「義手か……!」
まるで鉄塊に思いきり打ち込んだ時のような衝撃。間違いない。目の前の男は甲皇国の兵士が使うような上等な義手を使っている。
腹への殴打から立ち直ったロビンは無表情だ。剣で服が破れ、そこから除く灰色が月明かりを鈍く反射している。
「義手ならナイフを使うことはなかっただろうに。趣味か?」
「あいにく、この腕は戦うためのものではないのでね」
ロビンの返答にベルトランドはせせら笑う。
「くだらんなぁ。甲皇国には義手で名を馳せた将校がいるっていうのに」
その言葉を無視して構えるロビンを突如黒い魔法弾が襲った。
「っ!」
ベルトランドの殴打には耐えることができたが、生身の人間が受けるには耐えがたい。
たまらずロビンは膝をついた。
魔法弾が飛んできた方向を見ればボルトリックが自分に杖を向けている。ケーゴは既に彼の前で倒れていた。
「ケーゴ……くん」
状況は絶望的であった。ケーゴと自分が倒れている。シンチーもこの場を離れてしまった。もう戦える人間がいない。
「ふん、手こずらせてくれる。ガモのやつが見えないが、まぁいいだろう」
ボルトリックが嘲笑を浮かべる。ベルトランドも口角を吊り上げてアンネリエの方へと歩を進めた。
それに気づいたアンネリエは杖を振り上げるが、その腕を乱暴に掴まれる。悲鳴を上げることすらできない彼女はそのままベルトランドに捕らえられた。
「アンネリエ!」
慌ててベルウッドがベルトランドに飛びかかるが、ボルトリックの魔法弾によって吹き飛ばされる。
鈍い声をあげ、ベルウッドは地面に叩きつけられた。そのままピクリとも動かない。
「旦那、この杖が手に入ればもう俺はもう十分だ」
「ふん、勝手なことを言う。……女の方はこちらの商品にさせてもらうか」
身をよじるアンネリエをものともせずに二人は会話を続ける。
そして地面に倒れた3人を見下ろし、ボルトリックは無慈悲に言い捨てる。
「そこの貧相な女は商品価値がない。3人とも殺してしまうとしよう」
言うが早いかボルトリックは杖から黒い炎を出現させた。
3人の体を焼き尽くしてしまおうと巨大な蛇のように炎は宙をうねる。
もはや興味もないと言わんばかりにベルトランドは暴れるアンネリエを抱えて3人に背を向ける。
そして炎がロビンの体を飲み込もうとした瞬間。
「操!」
激流が黒い炎を阻んだ。
あり得ない水の奔流の出現にボルトリックは混乱する。
同時に鋭い声が森に響き渡る。
「はい動かない!三特よ!」
倒れ伏すロビンたちとボルトリックの間に3人の影が躍り出る。
フロスト、ウルフバード、ビャクグンである。
魔法監察庁の厄介さとウルフバードの悪名を知っているボルトリックは顔を歪める。
「こんなところに何故……」
月明かりに照らされる痩身の男は自嘲気味に肩をすくめる。隣に立つビャクグンは冷たい目で戦闘の構えをとっている。
「さぁな。俺にも俺の都合ってものがあるんだ。この女は知らん。……で、お前は何してるんだ。奴隷商」
ウルフバードもボルトリックのことは噂以上に知っている。甲皇国の表に出せない研究施設とつながりがあるのである。
「ただの仕事だ。丙家と三特に邪魔されるとは俺も焼きが回ったもんだ」
「黙りなさい!魔法の不正使用の現行犯で身柄を拘束させてもらうわよ」
フロストの体から魔力が溢れ出る。それは冷気と化し辺りに立ち込める。
「ちぃ……やむを得ん」
ボルトリックがそう呟くと同時に彼の杖から黒い煙が噴き出した。
「……っ、待ちなさい!」
逃走を察したフロストは氷の壁を辺りに生成する。その間にも煙は当たりに立ち込める。
ウルフバードは動かない。それを不審に思いつつもビャクグンは煙に対してはなすすべがない。
完全に黒い煙が視界を奪う。
毒の可能性もあるため、フロストは口元をおさえた。
「安心しろ、ただの目くらましだ」
状況に見合わない落ち着いたウルフバードの声。
煙が霧散した時には既にボルトリックとベルトランドの姿はなかった。