11話 マッド・ボルトリック
儚げで、耽美で、ニンフのような美少年の男娼。
ボルトリック・マラーは地元ではちょっとした有名人だった。
マラー家はSHWでは有数の富豪の家系だが、ボルトリックは庶子に過ぎず、長兄ジャフに比べると虐げられ蔑ろにされてきた。
12歳で身一つで生家を飛び出したボルトリックは、男娼もやりつつ、あらゆる犯罪に手を染めて闇社会に生きるようになる。
そして10年後、22歳となった彼は、既にひとかどの奴隷商人として知られるようになり…。
財を成した彼は、暴飲暴食姦淫に耽り、子供の頃のような可愛げはすっかり消えうせ…。
ガブッ!
ムシャ、ムシャ、ムシャ…。
ボルトリックは肉を咀嚼し、口周りについた脂を意地汚く舌で舐め取った。
「ムハハハッ、このオークの串焼きは絶品だぜ!」
野卑で、粗暴で、トロルのように醜悪な奴隷商人。
それが今のボルトリックだ。
亜人食いを初めて躊躇なくやったのも彼だと言われている。
奴隷商人という立場を利用し、入荷した商品を「味見」するのはしょっちゅうなのだ。
エルフ女は犯すし、オークや兎人や魚人は食うし、やりたい放題である。
美少年だった面影はすっかり消え失せ、中年親父のように貫禄たっぷりで糖尿病寸前の丸い腹と顎鬚がチャームポイントとなっている。
「どうした? 遠慮するこたぁねぇぞ」
ボルトリックがオークの串焼きをすすめるが、ゲオルクは首を振る。
「口に合いそうにない」
「ムハハハッ、ネズミやゴキブリでも食う甲皇国の人間のくせにか」
ずい、と尚もボルトリックはオークの串焼きをゲオルクの眼前に突きつける。
「食えよ。これから背中を任せるんだ。清濁併せ呑む男じゃなけりゃ、俺は信用しない」
「……」
ゲオルクは黙ってオークの串焼きを受け取り、かぶりついた。
「ボルトリック。彼は遺跡荒らしの盗賊としても名を知られる男だ」
「商人と盗賊は似たようなものさ。金目の物を目利きし、罠を見抜く。そうした能力に長けている」
SHWに上陸したゲオルクは、ホロヴィズと協力関係にあるという富豪ストライア兄弟の元を訪れていた。
兄リーバレーと弟テイオー。
双子の二人はおよそ35歳になるが、とてもなかよしで見た目もそっくりである。
兄は赤、弟は緑とどこかの配管工のような配色で色違いのスーツとシルクハットをまとっている。
甲皇国・アルフヘイム・SHWの三大国それぞれに別々の名義で複数の戸籍を有しており、各国の権力者とのパイプを持つ。
投資家という名目で各国権力者に資金提供をしつつ、世界を背後からコントロールしようとしているらしい。
その真の目的は謎だが、彼らには彼らの信ずる神があるのだろう。
ホロヴィズ同様、ミシュガルド大陸という伝説上の存在に、彼らも魅せられているのかもしれない…。
そんなストライア兄弟の仲介により、ゲオルクはボルトリックに引き合わされ、遺跡探索パーティーを組むこととなる。
遺跡探索には、盗賊のような商人と傭兵のコンビが適任という訳だ。
古代ミシュガルド大陸の手がかりがあるという遺跡…。
それは西方大陸・ハイランド地方にあった。
「遺跡は広大で、地下10階以上に及び、正確な深さは誰にも分からない」
「理性を失った“魔物”が徘徊し、侵入者を寄せ付けないからだ」
ストライア兄弟の言葉はハーモニーのように重なり、預言者か賢者のように警告してくる。
「勇敢な冒険者よ」
「その行く手に幸いあれ」
「ぐえぇ~~~~っぷ! ガブッガブッ……で、よぉ……ムシャムシャ」
盛大なゲップの後、尚もボルトリックはオークの串焼きにむしゃぶりつく。
こいつはどこまで食えば気が済むのだろう。
ゲオルクは半ば呆れている。
「野良オークなんざ出るあたり、この遺跡はちょっとした閉鎖社会だぜ」
「……そうだな」
「外の世界じゃ、オークといっても人間の知性を備えている。畑を耕したり、家を建てたり、人間らしい文化的な生活をしている。それがここときたらどうだ? 何千年、何万年も昔からそうであったかのような生態系ができあがっている。外のオークに比べたら、この遺跡のオークは原始人みてぇなもんだ。そう、こいつらは亜人じゃねぇ。れっきとした“魔物”ってわけだ」
いや、やはり侮れない。
ボルトリックの濁った目には、抜け目ない知性が浮かんでいる。
逆に知性の欠片も無いのは、先程ゲオルクが皆殺しにした野良オークの集団だ。
ある玄室に入った途端、10体ばかりの石斧や棍棒で武装したオークが現れた。
言葉も通じず、無闇に襲いかかってくる。
やむを得ず、ゲオルクは長剣を抜く。
ボルトリックも石弓を手に戦おうとしたが、その出番は無かった。
ゲオルクの動きはまさに鉄の暴風のようだった。
若いゲオルクは俊敏で、荒々しく、そして情け容赦なくオークを葬っていく。
ボルトリックが石弓の矢を1本も放つ暇もなく、決着は着いてしまった。
「焼いて食おうぜ」
と、ボルトリックが言い出した時には頭がイカれてるのかと思ったが、そうでもない。
糧食が乏しくなった今、現地調達しようというのは理にかなっている。
「まさかこんな事になるとはな」
ゲオルクもオークの串焼きにかぶりつきつつ、辛気臭いため息をついた。
ボルトリックに毒されてきたのか、既に亜人食いにも抵抗が無くなりつつある。
「仕方ねぇ。しょせん奴隷どもさ。隙あらば逃げ出したり、裏切ったりなんざ、よくある事よ」
遺跡探索当初、ボルトリックは腕利きの奴隷戦士を10人ほど連れてきていた。
それが幾つかの玄室を通り過ぎる際、スケルトン、コボルト、スライム、オークなどなど。
様々な知性の欠片もなく襲ってくる“魔物”と対峙して数を減らしていき…。
遂には、主人のボルトリックを置いてすべて逃げ出してしまった。
残ったのはボルトリックとゲオルクだけという訳だ。
「奴隷どもが糧食や荷物をあらかた持って逃げちまったからな」
ボルトリックはやれやれと肩をすくめる。
だがちっとも気落ちした風でもない。
こんなことはよくあることだしと、窮地に陥っているというのに、ふてぶてしいまでの自信を見せる。
「まー、頼りにしてるぜ。ゲオルクさんよ」
「フン……こんなむさ苦しい男と、じめじめした地下迷宮で二人きりとはな」
「くさるな、くさるな。どーだ? 生きて帰れたらいい女抱かせてやるぜ~?」
「巨乳で頼む」
「おう、任せておけ!」
ボルトリックは含みのあるいやらしい笑みを見せる。
腹に一物を抱えている男の顔だ。
……いや、今のボルトリックの腹にはオークが3体分ほど詰まっているだけだが。
つづく