12話 天空の城アルドバラン
ミシュガルドに関係があると言われるハイランドの遺跡。
恐ろしく広大で地下10層以上もあるという。
地下1層で早々に奴隷戦士達に逃げられるが、ゲオルクとボルトリック2人きりのパーティーはそれでも迷宮奥深くへと進む。
オークやコボルト程度の雑魚しかいなかった地下1層と違い、下層へ行けば行くほど手強い魔物が現れる。
「フン!」
長剣を振るゲオルク。
山羊のような角と鉄のように硬い皮膚を持ち、体長は人間の倍ほどもある巨大な悪魔族が、派手に青い血をぶちまけて倒れていく。
「~~△&%$#!」
別の悪魔が詠唱。火炎の魔法だ。4本の腕を持つ悪魔なので、4つの火炎球が手の平でごうごうと燃え盛る。巨大な火炎球が1つでも当たれば、ゲオルクの体は丸焼きになってしまうだろう。
だが当たらない。ゲオルクは俊敏に動き回り、狙いが定まらないのだ。
悪魔の眼前に長剣の切っ先。
風船が破裂するかのように、青い血花火が上がる。
支援も何も無く、たった1人、たった1本の長剣だけで、ゲオルクは魔物の群れを殲滅していた。
床に広がる悪魔族の死体が6体…。2人とも初めて見る魔物だったが、それはレッサーデーモンという低位の悪魔族であった。低位とはいえ、人間並みの知性も持ち、中級レベルの魔法も使い、群れを成せば恐るべき脅威となる。熟練した戦士が何人いても全滅してしまうほどの手強い相手だ。
そんな恐るべき魔物が6体もいて、ゲオルクに傷一つつけることもできずに倒されていった。
「マジで強ぇな、あんた」
ボルトリックは驚きを隠せない。
「こんな強そうな化け物、俺だって初めて見るってのに…」
「俺に言わせれば、魔物なんぞより人間の方が恐ろしい」
「ムハハハッ、違ぇねぇ」
ボルトリックはゲラゲラと笑う。
何度も人に裏切られてきたというボルトリックは、決して誰も信用はしない。その場、その場で会う者たちを抜け目の無い目で見定め、利用するに値するかどうかを判断するだけだ。
そしてそれは、ゲオルクも同様。
傭兵と商人と職業は違うし、生い立ちも異なる2人だが…驚くほどウマが合ったのだ。
常に薄暗い地下迷宮。一見すると昼も夜も無いように見えるが、迷宮通路の壁にはヒカリゴケが群生し、松明が無くても常に仄かな明るさがあった。それが夜になるとヒカリゴケも眠りにつくのか、明かりが弱まる。
冒険者達はそれを見て、昼と夜を判別するのだ。
夜となり、ゲオルクとボルトリックは夜営をしていた。焚き火の炎で、上層で入手したオークやハーピーの干し肉を炙る。
いい感じにハーピーの焼き鳥ができたので、塩をかけてからボルトリックはかぶりつく。
「ボルトリック…お前の目的は何だ?」
「何でぇ、唐突に」
ハーピーの焼き鳥の次は、オークの叉焼をあてにがぶがぶと麦酒を呑むボルトリック。
構わず、ゲオルクは質問を続ける。
「お前のスポンサーがストライア兄弟だというのは知っているが、お前自身それなりに儲けている商人なんだろう? なぜ、それがこんな危険な迷宮に行こうと思ったのだ?」
「ムハハハッ! 確かに。ストライア兄弟から提示された報酬程度じゃ、こんなクソッタレ迷宮に来る訳ねぇな」
さもありなん、とゲオルクは頷く。
ゲオルクもホロヴィズから提示された領地などの報酬がなければ、こんな危険なところには来ない。
「ふー」
食事がようやく終わり、ボルトリックは麻薬入りの葉巻に火をつける。
「俺は遺跡荒らしの盗賊でもある。その俺の直感が告げているんだ」
「ここには何かがあると?」
「そうだ。世界を、歴史を揺るがすような途方も無いお宝が。ここには眠っているんじゃねぇか? そんな気がするのさ」
「フン…」
ゲオルクはボルトリックの濁った目を見る。
(何かを知っている目だが、真の目的を明かすつもりはないようだ)
やはり、表向きはウマが合うようでも、心の底からは信用に値しない人物だ。
いざとなれば…。
ボルトリックが好むオーク肉は脂っこすぎるので、ゲオルクはハーピーのささみ肉を噛み千切る。
淡白な味がした。
地下9層から10層へ降りるのには、かなりの時を要した。一体何百、何千段あるのだという階段。足が棒になりそうになり、空気が薄れているのか、段々と息苦しさも覚える。
そしてようやく到達した地下10層。
これまでは何らかの遺跡ということで、苔むしてはいるものの整った石壁で迷宮は作られていた。だがこの層は様相がまったく異なる。ごつごつした岩肌が露出しており、何千もの石段を降りてきただけあり、天井が見えないほどの高さになっている。まるで外にいるかのような広大な空間。
だが、これまで以上の息苦しさを覚えた。肌を突き刺すような冷気。いや、殺気なのかもしれない。
地下に降りる度に、徐々に現れる魔物は強さを増してきていた。恐らく、ここには伝説でしか聞いたことがないような、強大凶悪な…。遭遇がイコール死を意味するような魔物達が…。
「うぬぬ…」
ボルトリックは額にじわりと脂汗を滲ませる。
「ここは何だかやべぇぞ」
「そうだな」
商人と傭兵、それぞれ立場は違うが、生き延びる為の直感は何よりも大事な職業。
その直感が告げている。ここはヤバイ。
立っているだけで悪寒が止まらず、今すぐ逃げ出したくなるようなプレッシャーを受ける。
「ど、どうだ。い、行けるか…?」
不安そうに尋ねるボルトリック。足をがくがくと震えさせ、今にも倒れそうである。
「……そうだな」
さしものゲオルクも、ここで足を踏み出す勇気を奮い起こすのに、数刻を要した。
「……だが、行かねばならん」
重い足取りを一歩踏み出す。
その瞬間だった。
『────立ち去れ!!!!!!!!』
耳をつんざく大音量で、恫喝が響く。
すぐさま剣を構えるゲオルクの前に、おぼろげなイメージが姿を見せる。
ぼやけた輪郭、薄い色素。白と黒のツートンカラーの獣耳。かなり時代がかった古めかしい衣装をまとっているが、犬の亜人のようだが…。
これは幻影だ。
そう判断するゲオルクは、剣を降ろした。
「無礼で愚かな人間どもめ…! ここをどこだと思っている! アルドバランは我が領域だ。今すぐ立ち去り、愚かな人間の王どもへ告げるがいい。我こそがミシュガルドの支配者、獣神帝ニコラウスなり…!」
「アルドバラン…? ニコラウス…?」
「ククク……何も知らないのだな。無知蒙昧な人間どもめ」
「教えて欲しいものだな。獣神帝とやら」
「ククク……良かろう。我が元まで辿り着くことができればだがな!」
ニコラウスの幻影がぼやけていく。
完全に消え去り、後には奥の方から不気味な風が吹きすさぶ暗闇が広がるばかり。
ぼうっ…。
ボルトリックは松明に火をつける。
「ここにはヒカリゴケもないようだ。明かりがなけりゃ一歩も前に進めん」
「行けるのか?」
「行かないでか! アルドバランだって? そりゃ世紀の大発見になるぞ!」
「知っているのか?」
「伝説の天空浮遊城…アルドバラン。それ自体が一国に値する大秘宝さ。まさか本当にあったとはな!」
多くの修羅場を潜り抜けただけのことはある。先程まで膝を震わせていたボルトリックだが、アルドバランの名前を聞いただけですっかり復活していた。
「だが、あのニコラウスという男は…」
ゲオルクは呟く。背中に冷えた汗を感じる。
「強い。とてつもなく…」
幻影だけでもその強さが感じられた。強者は強者を知る。
浮かれるボルトリックとは対照的に、気を引き締めるゲオルクだった。
地下迷宮とは思えない光景が広がっていた。
伝説にしか過ぎないと思われていた存在が、今、目の前に…。
かつて天空に浮遊していたという城アルドバラン。
「ひゃっはー!」
ボルトリックが奇声を上げた。
「アルドバランは本当にあったんだ!」
それが遠い遠い過去に墜落し、誰からも忘れられたかのようにひっそりと朽ち果てた姿を晒していた。
あの地下迷宮9層分は、いわばアルドバランを守護する為の外壁に過ぎなかったのだ。
誰が、何の為にあの地下迷宮を作ったのかは分からない。
アルドバランを再び浮遊させることができず、やむを得ず作られたのだろうか。
それまでの9層分を全て足してもお釣りが来るほどの広大な空間にそびえる巨城は…。
下層部はごつごつした岩肌と黒柱によって支えられている。黒柱は仄かに幻想的に紫色の光を帯びていた。
「生きてやがるぜ! この城は」
ボルトリックは黒柱の仄かな光源を見て、嬉しそうに呟く。
「だが、どこから入ればいいのだこれは」
アルドバラン下層部には入口らしき所がどこにも無かった。岩肌に覆われた黒柱で周囲をぐるっと囲まれているだけで、無数に何かの植物の木の根が張り巡らされている。上層に見える城郭に入るには空でも飛ばなければ難しそうだ。
「岩肌をよじのぼるしかねぇか?」
ボルトリックが思案顔で呟くと。
「俺は行けるが、そんなでっかい腹を抱えたお前には無理だろうが」
ゲオルクはにべもなく否定する。
「ちぃっ、大秘宝を目の前にして、我慢汁をこらえるしかねぇとは…! あああ、目の前に絶世の美女が観音様おっぴろげて待ってるってのにぃ~~!」
「もう少し何とかならねぇのか、その例えは」
余りに下品なボルトリックに、ゲオルクは呆れて顔をしかめた。
が、ボルトリックは唾を飛ばして反論する。
「しかたねぇだろ! こちとらそういう環境で育ってきたんだ。で、どうするよ。お前よじ登ってくれるのか?」
「……うーむ……そうだな」
気が進まないが、そうするしかないかとゲオルクが思案していると。
アルドバラン上層の城郭部分に人影が見えた。
「あれは……!?」
ぞくり。
ゲオルクは寒気を覚える。
(ニコラウス…!? いや、違う)
人影はぼんやりと仄かに発光していたが、一際強い輝きを発する。
どこからともなく、もうもうと白い煙がゲオルクとボルトリックのいる周囲に立ち込めた。
「来る!」
ゲオルクが緊迫した声を出し。
「へ? な…何がだよ!?」
ボルトリックが素っ頓狂な声を出し。
白煙の中から、一筋の閃光が走る。
鈍い金属音が響いた。
「ひ…ひえええ!」
ボルトリックが腰を抜かして倒れる。彼の眼前に、鋭利な刃が突きつけられ、それをゲオルクの長剣が受け止めていた。
「下がっていろ、ボルトリック!」
ゲオルクは叫ぶ。
幾千、幾万もの刃が全身を貫くイメージが頭をよぎった。
(──くっ…)
死の恐怖を払拭するように、ゲオルクは長剣を大きく横凪にした。
敵影が少しだけ後退。
ゆらり、とその痩身が、まとっていた白煙が晴れてきて姿を見せる。
白髪、黒目に赤い瞳、肩当てが目立つ奇妙な鎧に、異国風…エドマチあたりにありそうな黒っぽい衣装をまとっている。耳が長い…エルフなのだろう。それも恐ろしく凄腕の剣士。
「我が剣をかわすとはな…」
「何者だ」
「若造が、殺すぞ」
睨みつけてくるエルフ。その殺気だけで、気弱な人間であれば気絶しかねない。
「人に名を聞くのであれば、自分から名乗るべきであろう」
「…俺はゲオルク。甲皇国の傭兵」
「甲皇国だと…?」
口端を吊り上げ、エルフは満面の笑みを浮かべる。
「それは殺し甲斐がある。我が名はシャム…。ニコラウスさまの忠実な僕なり…! アルドバランに立ち入らんとする不逞者どもめ。八つ裂きにしてくれようぞ!」
シャムの目は赤く濁っていた。
「ククク…エルフだの、オークだの、俺からすれば人間も亜人も大差は無い」
アルドバラン城内、その玉座にて、ニコラウスはほくそ笑む。
「脆く、愚かで、何の価値も無い存在」
人でも亜人でもなく、魔物こそが至高の存在であるとニコラウスは考える。
「ゆえに、操るのも容易いのさ」
エルフの剣士シャムは、ニコラウスによって洗脳されているのだった。
つづく