トップに戻る

<< 前 次 >>

88 あなたにまごころを

単ページ   最大化   



 遠い遠い昔のこと。少なくとも彼にとっては・・・・・・そのように思えた。
かつての想い出は今の彼には何百年、いや何千年と前のことのように思える。
それは今を嘆き、懐かしく温かい過去へ抱く望郷の念にも似た想いからだろうか・・・・・・いずれにしろ、今の彼にとっては最早 その昔は戻ることも出来ない懐かしい故郷である。

昔という名のかつての故郷に誰も戻ることはできない。


これはそんな彼の″故郷″の話だ。





 昔々ある村に天使と呼ばれたエルフの女子がおったそうな。
栗色の長い髪をなびかせ、兎の長耳のように垂れ下がった左右の髪が愛嬌の女子でな・・・・・・
たわわに実った胸には 男の憧れと夢が詰まっておった・・・・・・


その娘はアンジェリカと名付けられ、アンジェと呼ばれ人々から愛され
すくすくと育った。アンジェリカとは天使という意味で、その名前にふさわしく、彼女はおっとりと優しく、周囲を和ませる雰囲気を持つ女性に育っていった。街の誰もが彼女を夫にする男は きっと白馬の王子様なのだろう。
そう、エルフ族の血を引く美男子なのだろうと誰もが信じて止まなかった。

だが、アンジェが夫として選んだのは白馬の王子様でも、エルフの血を引く美男子でもなかった。なんと、彼女が夫として選んだのは狼と熊の血を引く獣人族の男だった。

男はローと言う男だった。いや、男というよりオスと言った方が近いか・・・・・・
なぜなら彼は獣人族だったからだ。彼は2メートル半、体重は200キログラムを優に超す巨漢であった。狼と熊の血を引いた身体は真っ黒な体毛で覆われており、今にもその毛皮を突き破らんばかりの筋肉が腕にも足にもついていた。
・・・・・・そう まさに筋肉の山から生まれてきたような 野獣だった。
ローはかつて喰うに困り軍隊に居たが、粗暴な見た目が影響し、喧嘩沙汰になる生活に嫌気が差し、軍を辞めた。なんとか5年勤め上げたが、その頃には彼の心は世の中への不信感で満ち溢れ、疲れきっていた。
そんな自分の心を少しでも癒すべく、彼は田舎暮らしを選んだ。
そして、アンジェの暮らす村へと流れてきたのである。
この村は獣人への差別は都市部ほどは無く、ローも住む場所には困ることはなかった。偶然にも、退役軍人仲間であるリスの獣人アリストテレスがそこに暮らしていたからである。
ローは行くあてもなく、ただこの村に流れ着いた事情をアリストテレスに伝えた。

「おいおい、頼むから家具をぶっ壊さねぇでくれよ・・・・・・貸家なんだから」
「・・・・・・分かってるって」
「おいおい、まともに受けとんなよ。ったく、冗談で言ってんだからよぉ・・・・・・」

アリストテレスも最初の内は文句を言っていたが、困っている戦友を見過ごせず、家に居候として住まわせることにしてやった。
だが、彼はその凶悪な風貌から村の人々から恐れられ、その村で仕事に就くことすらままならなかった。
彼は羊飼いや、農夫としても暮らすことを望んでいたが、それも叶わず結局のところ彼は平日の5日間を都市部や炭鉱の肉体労働者として暮らし、週末の2日間だけこの田舎で過ごすという生活をしていた。
だから、村の人々はローを日頃、何をやっているのか分からない得体の知れない獣人と陰口を叩いていた。 

(何やってんだろうな・・・・・・俺・・・・・・付き合いが苦手でここに逃げてきたってのに・・・・・・結局俺はいつも通りの地獄へ逆戻りか・・・・・・結局、逃げた先に天国なんて無かったのかもな。)

彼は平日の5日間で働いて稼いだ金を休日の飲み食いに使うだけの毎日を過ごしていた。
都会の酒場のように喧嘩をふっかけてくる輩は居なかったが、
村の人々はそんな彼が入ってくるだけで席を立ったり、店を出て行ったりしてしまった。
バーテンも正直、ローが入ってくるせいで客が居なくなったりで迷惑はしていたが
注意をして逆上されるのを恐れて何も言わなかった。

「・・・・・・ごちそうさま」
いつものようにローはガクリとうなだれ、バーテンに当てて
せめてもの迷惑料としてチップをテーブルの上に置くと、店をとぼとぼと出て行った。

(・・・・・・結局 俺に居場所なんてねぇのか・・・・・・)
両手を開け、彼は己が獣人であることを思い知らされる。
この風貌のせいで、どれだけの面倒沙汰に巻き込まれてきたのか。
狼と熊の両親には丈夫に産んでもらったことには感謝している。この身体のお陰で死ぬこともなく、
こうして健康で生きていられている。でも、皆怖がって近づかないか、
喧嘩をふっかけてくる面倒な奴等のどちらかしかいない。
せっかくの週末だというのに、ローはヘコたれてまた最悪の気分で平日の5日を過ごすのであった。

ある日のことだった。今度はアリストテレスがたまたま休みだったので一緒に飲みに行こうぜと誘ってきたのだ。
また、いつものように疎まれた目で見られるのが嫌で嫌で一度は断ったのだが、アリストテレスは言った。

「心配すんな!俺ァ、村の連中たぁ結構仲がいいんだ!
俺と飲んでりゃあ、疎まれるこたァねぇって!!」

「・・・・・・だけどよぉ・・・・・・」

「いいから来いって!!村の連中がなんか言ってきやがったらァ、俺が言ってやっから!!」

そう言ってアリストテレスは乗り気じゃないローを連れ、酒場に向かった。
もし、ここでローがアリストテレスの誘いを断っていたら彼は
おそらくきっと孤独な日常を繰り返したままだっただろう。

神様は 我々の予期せぬところに幸せを用意してくれているものだ。

アリストテレスが顔が広いおかげもあって、幸いにもいつものような暗いムードは漂わず、
少しばかりローも楽しんで飲んでいた。そんな時だった。
たまたま、20歳になったお祝いに女友達同士で遊びに来ていたアンジェの姿がローの瞳に飛び込んできた。

「おいおい・・・・・・マジかよ・・・・・・※熊が眉間に鉛玉喰らったような顔しやがって・・・・・・」(※鳩が豆鉄砲喰らったような顔と同義)

ローは一目で恋に落ちてしまった・・・・・・
エルフだからと言うのもあったのかもしれないが、綺麗で甘くて本当に本当に美しい女性だった。
まるで天使のような微笑みが素敵で・・・彼女が醸し出す雰囲気がとてもほんわかで・・・・・・
まるで微風のような心地よい温もりを感じてしまったのだ。

ローは、恥ずかしさのあまり声すらかけることが出来なかった。
だが、この胸に湧き上がる熱い気持ちを抑えることが出来なかった。
思わず、ローはアリストテレスを通じて、恋文を書いた。

「おいおい、俺に渡してこいって?」
「・・・・・・ごめん 一生のお願いだ・・・・・・どうか頼む。」
「んー・・・・・・ったく・・・・・・しかたねぇな・・・・・・これで貸し一つだぜ!」

顔の広いアリストテレスは彼女をどうやら知っていたようで
気さくにアンジェに笑いながら話しかけていた。ちょっぴり、アリストテレスが憎かった。
こっちは好きな女の子に話しかけることすら出来ないって言うのに。
アリストテレスが何やら親指でこちらを差しながら、アンジェに恋文を渡していた。
アリストテレスの指差す方向につられ、アンジェがローの方を見る。
それに、ローは思わず心臓が飛び上がるほど驚いた。
高熱が出たかのように頭がボーッとする。緊張で心臓を吐き出してしまいたいほどだった。
アンジェはローの方を少し見ると、怯えたような様子でローを見つめ、
恐る恐る恋文を開き始めた。恋文を開ける彼女をローは遠くから見守っていた。彼女がそれを開け、驚きの眼差しでこちらを見つめる。
ローは恥ずかしさと後悔のあまり、その手で顔を覆った。

(あぁ・・・・終わった・・・・・ちくしょう・・・・・・書くんじゃなかった・・・・・・そりゃあ、気持ち悪いだろうな・・・・・・
俺みたいなケダモノが・・・・・・あんな天使みたいなエルフの女の子と・・・・・・釣り合うわけがなかったんだ・・・・・・)

そう心でつぶやきながら、ローは自棄酒を喰らった。


「おい、おい!なに、ブルーになってんだよ。ロー。」
先ほどアンジェに恋文を渡したアリストテレスが、戻ってきていた。
「うるせぇな。失恋で自棄酒喰らって何が悪いってんだよ……」

「バカ野郎、何勝手に決めつけてんだよ。読んでみろよ。」
そう言うと、アリストテレスは一枚の紙を渡す。どうやら先ほどの恋文に対する返事のようだ。

「おまえ ほんとうにサディストだな・・・・・・そこまでして俺をからかいてぇのか?」
完全に傷心気分のローはややキレ気味でアリストテレスの手を払いのける。

「いいから読んでみろって、傷つくのはそれからにしろよ。」
なかなか読もうとしないローにアリストテレスは読むように促す。
ローは半ば自暴自棄になって紙を開ける。

『初めまして、ローさん。お手紙貰った時はびっくりしました。
すごく驚いているので おかしな文章になっていたらごめんなさい。
実はローさんのこと・・・・・・何度か見かけたことがありました。
正直言って・・・・・・とっても怖い人だと思っていました。
だけど、本当はけっこう真面目で恥ずかしがり屋な方だったんですね。
もしも、お付き合・・・お付き合いしたら・・・・・・・・・こういう発見がたくさんあるのかな・・・・・・?きょ・・・・・・興味が湧・・・・・・湧いてきました・・・・・・い・・・いきなり
恋人というのもアレですが・・・・・・こ・・・・・・こ・・・・・・こちらも・・・真剣に
考えてみようと思っているので・・・・・・先ずはお友達として徐々にお付き合いしませんか?』

「よぉ、色男!これをフラレたってとるか・・・・・・それとも脈アリって取るかはおめぇ次第だぜ!」

戦友の恋が実ったことにアリストテレスは誇らしげに茶化しながら、ローを祝福する。
だが、そんなアリストテレスの祝福もローの耳には入っていなかった。ローは純粋な少年のように、アンジェを見つめていた。
それにアンジェは優しく微笑みを返す。まさか、想いが実るなんて思っちゃいなかった。それだけに ローはたまらなく嬉しかった。

ローとアンジェはその後、1年に渡る交際を経てようやく恋人同士となり
夫婦となったのである。村人たちはアンジェとローの2人を美女と野獣とはやし立て、その夫婦をからかいもした。

「・・・・・・ごめんな・・・・・・アンジェ」
「もうローちゃん・・・・・・真剣に考えすぎだよー。
みんな、ヤキモチ焼きだから、嫉妬してるだけ!」

落ち込むローを、アンジェを慰める有様だった。
だが、事態はローの思っていることの方が現実に近かった。

ある日のこと、平日の仕事を終え、いつも通り週末を村で過ごそうと帰ってきたローは大量の荷物を抱えて街を彷徨っていたアンジェと出くわした。

「・・・・・・どうしたんだ? アンジェ。」

「んー・・・・・・家追い出されちゃった。」

「・・・・・・え」
ローは開いた口がふさがらなかった。いや、元よりこんな事態は予想できたはずなのだ。何度か両親と彼女が言い争っているのを見たことがあったからだ。

「こ・・・こんなのひどい・・・・・ご両親に会いに行く!」

「もういいよ~ ローちゃん。ちょうどいいチャンスじゃん。
2人っきりで暮らそうって思ってたところだしね!!」

明るく返すアンジェの笑顔に、ローは胸がちぎれそうなほど苦しかった。
自分のせいで、アンジェはこんな目に遭ったというのに責められた方がまだ良かった。

「んー・・・・・・なかなか見つからないねー・・・」
「・・・・・・」

2人っきりの新居を探して村を歩くが、なかなかいい場所は見つからない。
それもその筈だ。アンジェの両親が手を回して、2人に家を貸すなと言っていたからだ。

「ローちゃん、落ち込まない!!世の中、探し物が直ぐに見つかったら
苦労しません!! 宝探しはなかなか見つからないから楽しいんでしょ!」

思いつめるローを察してか、必死に明るく振舞うアンジェに何もしてやれない自分が情けなかった。もう、こんな自分が彼女と一緒に居たって不幸にするだけだ。ローはとうとうアンジェに別れを切り出した。

「・・・・・・アンジェ・・・・・・・・・・・・・・別れよう・・・・・・」

「え?・・・・・・・・・・・なんで? ローちゃん。」
アンジェは無表情でローを見つめた。

「・・・・・・俺と君とじゃ釣り合わない・・・・・・俺なんかと付き合ったら君が恥をかくことになる・・・・・・それに・・・・・・俺のせいで君が酷い目に遭うのはもう・・・・・・・・・」

涙は流さないと想っていたが、ローの目からは大粒の涙が滝のように
こぼれていた。こんな言葉、本意では無いに決まっている。正直、別れるだなんて考えるだけで胸が押し潰されそうなほど苦しかった。ローの涙ながらの言葉にしばし、アンジェは沈黙したのち 答えた。

「ローちゃん・・・・・・私とローちゃんが釣り合うかどうかなんて・・・・・・恥なんかで決まらないって思うけど・・・・・・うーん・・・・・・何ていうか・・・・・・愛情があるかないかで決まるもんだと思うけど・・・・・・?」

アンジェの言わんとしていることは分かった。
だけど、周りの好奇の目に晒され、時に侮辱の言葉を浴びせられ、とうとう家を追い出された彼女を思うともう可哀想で可哀想で とてもとても耐えられなかった。でも、かといってアンジェと別れるのも嫌だ。
矛盾した2つの想いの根源は結局のところ同じだ。
アンジェを愛している。ただそれだけだ。
それが故に、ローは何も答えることが出来なかった。

「・・・・・・私のこときらいになっちゃったの?」
アンジェの問いにローは答えた。
何を分かりきったことを言ってるんだ。そんな悲しい質問をしないでくれと。
ローの胸は締め付けられるほど悲しくなった。

「きらいじゃねぇ・・・・・ぎらい″・・・・・・じゃ・・・・・・ねぇよぉっ・・・・・・
だいすき・・・・・・だいずきに・・・・・・決まっでんだろ”・・・・・・っ」

ローは涙で顔をぐしゃぐしゃにして泣いた。
みっともねぇと言われたって構うものか。
アンジェのことを考えるだけで涙が溢れてくる。
心が温かくなっていく。こんな女に出会えたのは初めてだった。
なのに、どうしてこの世界は冷たいのだ。
どうして俺からこんなに大切な女を奪っていくのだと……
そう考えるだけでローは胸が痛い。もうこんな想いをするぐらいなら
恋なんてするんじゃなかったと。こんなにも女を愛するんじゃなかったと。
激しく後悔するほどに。

「・・・・・・私もだよ・・・・・・ローちゃん・・・・・・私もローちゃんのこと大好き・・・・・・ほらね・・・・・・私とローちゃん・・・・・・釣り合ってるじゃん・・・・・・」
アンジェがローを見つめる顔がだんだんと悲痛に歪んでいった。
泣いちゃいけないとは思っていた。だが、アンジェは耐えられなかった。

「だからざっ・・・・・・別れる・・・・・・っ……なんでいわないでよぉ″・・・・っ! 
なんで・・・・・・っ・・・・・・ぞんな″・・・・・・びどいごど・・・・・・言うの・・・っ?
ローぢゃん・・・っ・・・・・・いやだよぉ・・・・・・別れるどが・・・・っ・・・・言わないでよぉ……っ!!」

アンジェは泣いた。
どうしてこんなに愛しているのに、どうしてこの人は
別れようなんてひどい言葉を言うのか・・・愛してるが故に許せなくて許せなくてアンジェはローの胸を何度も何度も叩きながら・・・・・泣いた。

愛しいローのことを考えるだけで涙が溢れてきた。
温かい毛並み……そして山のように逞しい身体。
どんなに怖くて寂しい時でも 身を預けるだけで
私は一人じゃないんだと教えてくれる
この世界にたった一人の私だけのスーパーマン……
こんな男に出会えたのは初めてだった。
なのに、どうしてこの世界は冷たいんだろう。
皆はわかっていない、この人は誰よりも恥ずかしがり屋で口下手で
可愛いい人なんだって。見た目で損してるっていうのを絵に描いたような人なんだって。いつもこの人はわたしのせいで傷ついて、
それなのにずっと私のことばかり気にして損ばっかりして・・・・・・本当に馬鹿な人・・・でも、大好きで大好きでたまらない。こんなに大好きなのにどうして
神様は私からスーパーマンを奪っていくのだと・・・・・・
そう考えるだけでアンジェは胸が張り裂けそうなほど辛かった。

「・・・・・・アンジェ・・・・・・アンジェ・・・・・・っ・・・・・・
ごめんなぁ・・・・・・ごめんなぁ・・・・・・っ!!」

ローはアンジェを抱きしめた。
ローは恥じた、自らの愛を受け入れてくれた彼女の愛を拒んでしまった自分を。
なんて愚かだったのだと。ローは誓った。アンジェをもう決して離さないと誓った。いくら侮辱されようと、この女の愛に応えることが出来ればそれでいい・・・・・・愛する者を想うこの温もりに比べたら 心無い者たちが与えてくる侮辱などちっぽけなものだ。言いたい奴には言わせておけばいい。
なんでそんなことに気がつかなかったのだ。

ローは誓った。必ず、アンジェを守ると。
アンジェは誓った。絶対に、ローを離さないと。

村人たちはアリストテレスに激怒され、ローとアンジェの恋を陰ながら目の当たりにしていた。ローとアンジェ・・・・・・2人の種族を超えた深い愛情を目の当たりにし、己の浅ましさを恥じた。

「・・・・・・俺たちは間違っていた・・・・・・」

「そうだ・・・・・・取り返しのつかないことをしてしまった・・・・・・」

「何が種族だ。種族なんか糞くらえだ。どんな御託を
何千何万と並べようと 愛という言葉1つには敵わねぇんだよ!!」
アリストテレスの言葉に誰もがただ頷くしかなかった。

2人の深き愛を前にもはや誰も2人を美女と野獣などと言う者は居なかった。
人々は思った。この2人の愛がどうか永遠に続くことを祈ることこそが
我が人生の誇りだと思った。
こうしてローとアンジェは沢山の人々に祝福され、愛の契りを交わし、結ばれたのだ・・・こうして結婚から1年後、2人の間には男の子が生まれた・・・・・・

「ぎゃぁっ・・・・・・ぎゃぁっ」

母親譲りのエルフの顔立ちと、父親譲りの獣人の手足と耳と尻尾と犬歯を
併せ持ったハーフエルフだった。だが、残念なことにその子は……病弱だった。
獣人とエルフの雑種はいわば遺伝子を超えた存在であり、大変 不安定な状態にあった。呼吸も浅く、産声も少ししかあげない我が子を見た医者はあとはこの子の生命力次第だと告げた。
2人は悲しみの底に打ちひしがれた。

「アンジェ・・・・・・よく頑張ったな。」

「ごめんなさい・・・・・・ローちゃん・・・・・・この子を元気に生んであげられなくて・・・・・・」

「何言ってんだ・・・・・・この子の人生はこれからだ・・・・・・時間はたっぷりある。
ゆっくりでもいい・・・・・少しずつでもいい・・・・・・俺たちがこの子を元気な子に育ててやればいい・・・・・・親ってそういうもんだろ?」

「・・・・・・そうね。」

いつもなら、落ち込むローを慰めているハズなのに。
ローも父親として必死に頑張ろうとしているんだということが分かった。
でも、僅かではあるが、ローの手は震えていた。
やはり、ローも不安なのだ。
愛した女との間に出来た我が子が無事に育って欲しいと祈っても拭いきれぬ不安。それがローからは感じ取れた。

「アンジェ・・・・・・せめて神に祈ろう・・・・・・この子が強く・・・・・・逞しく育ってくれることを・・・・・・病気なんかに負けず・・・・・・たとえ大地に膝をつくほどの辛いことに押し潰されそうになっても・・・・・・・・・・・・立ち上がる勇気を持った子供になれるように・・・・・・」

ローは我が子の手を優しく握った。
どうか病気なんかに負けないでくれと心の底から祈った。
その祈る姿を見たアンジェは閃いた。我が子の名前を。

「・・・・・・ローちゃん・・・・・・アドラー(鷲)ってどうかな・・・・・・?鷲(ワシ)ってね、力強さと勇気の象徴なんだよ。この子に相応しいって思わない?」

「鷲か~・・・・・・狼と熊の血を引いてる獣人なのに・・・・・・鷲(アドラー)かぁ~……う~ん・・・・・・」
「エルフの血も引いてるじゃない・・・・・・言い訳にしないで。」
ローは困ったような顔をした。いかにも哺乳類の顔立ちの獣人なのに、鳥類を連想させる名前とは奇妙だなと。口には出さなかったが、父親として我が子が
からかわれないかどうか少し不安だった。それに、彼には子供が生まれたらつけたい名前があった。

「・・・・・・いい名前だと思ったんだけど・・・・・・だめかな?」
アンジェがしょんぼりとした表情で言う。てっきり良いね!と言ってもらえるかと思っていただけに肩透かしを喰らったような感じだった。

「ミッシャって名前・・・・・・つけたかったんだけどなぁ~・・・・・・神様に似た者って意味の・・・・・・だってほら・・・・・・子供って神様みたいなもんだからさ。」

「えー それは次の子にしようよ~ ローちゃん・・・・・・
っていうか、ローちゃんついさっき言ってたじゃん~
この子に逞しく、勇気を持った子になって欲しいって!!」

「・・・・・・確かに言ったけど・・・・・・」
ローはこりゃ一本取られたと言わんばかりにこめかみを掻くと、微笑んだ。
そして、さり気に放ったアンジェの発言に一瞬驚き、尋ねる。

「ところで・・・・・・もう一人産む気でいるのか・・・・・・?」 
「えー・・・・・・産みたいなぁー ローちゃんのこどもー!!」
「おいおい、ついさっきまで『痛い~~~!!痛い~!!
もう子供なんてこりごり~~!!』とか叫んでたのは何処の誰だったかな~?」
ローはアンジェの真似をしてからかいながら笑った。

「ん~~~ 確かに言ったけど…・・・・・・いいじゃん別にぃ~・・・
ねぇ~ アドラー、パパってホント、意地悪ねぇ~」
アンジェは不貞腐れた様子で、アドラーと名付けた我が子に同意を求める。

「おいおい、拗ねないでくれよぉ~ 嬉しいに決まってんだろ~
俺の子供が欲しいって女房に言われるのは旦那冥利に尽きるよ」
ローは微笑みながら、アンジェを撫でる。

「・・・・・・じゃあ、この子、アドラーでいいよね!
「ん~・・・・・・君がそう言うならねぇ・・・」
「決まりね~ アドラ~」
アンジェの言葉に押し負ける形でローは渋々承諾した。
確かに悪くはない。むしろ、今のこの子のことを思えばそう名づけてやるのが
親の役目に思えてきた。

「うぇへっ」

アドラーと呼ばれた瞬間、先ほどまですやすやと眠っているかのようだった
我が子はローを見つめて笑った。か細く弱々しかったが、それでも心から喜んでいるかのように笑っていた。

「ローちゃん、この子喜んでるよー・・・・・・」 
「・・・・・・・・・・・・ああ」
ローは静かに頷いた。絶望に打ちひしがれてはいたローとアンジェの瞳に
希望の光が差し込み始めていた。笑える限り、希望はあると誰かが言った。

病弱でも、この子には笑う力が残っている。それだけでも望みはあるじゃないかと。

「名前決まってよかったね~ アドラーっ」
「へぇひゃっ!!」

アドラーは笑う。名前が付けてくれたことが嬉しかったのか……
それとも、自分が生きることを望まれていることで励まされたのか……
いずれにせよ、アドラーの笑みがローとアンジェにとって心強い第一歩となったことに違いはなかった。

「・・・・・・アドラー・・・・・・生まれてきてくれて・・・・・・本当にありがとう・・・・・・
お前はパパとママの宝物だ。パパもママも・・・・・・お前を愛してる・・・
・・・どうか健やかに育ってくれ・・・・・・アドラー」

涙でローをその瞳を濡らしながら、
ローはその太い指でアドラーの頬を優しく撫でてやるのだった・・・・・

110, 109

バーボンハイム(文鳥) 先生に励ましのお便りを送ろう!!

〒みんなの感想を読む

<< 前 次 >>

トップに戻る