「よぉ、俺の名前はロイカ。こっちのすり鉢頭の方がアルドっていうんだ、よろしくな！」
ナノコにとって、もはやそんなことはどうでもよかった。一刻も早く町に行きたい。そして速攻でトイレに駆け込まなければならないのだ。
その異形頭のアルドと、ちっこい人間のロイカ（そう言えば、なぜか小さい人間ばかり集まっているような気がする……）が言うには、二人は故郷を襲った疫病を治療する薬を探して、はるばるミシュガルド大陸までやってきたそうだ。それより姉の脳みそを治す薬でも開発して欲しい。あと便秘を治す薬も。
この森には、薬の素材を探しに来たらしいが、そこでリオバンと姉のウンチ奉行一向を見かけてしまう。最初は燃え盛るウンチを囲んで話をしている様子を見て、きっとこいつらは危ない奴らなんだろうなぁ、ウンチを擦り付けられる前に退散しよう、という考えだったが、話を盗み聞きしているうちに、ウンチが万能薬になるという話を聞いて、興味を持ったらしい。
なぜなら、彼らの故郷は疫病で苦しんでいるから。
「へぇ～、まだ子供なのに、すげえ立派じゃん！」と姉が言った。
「子供じゃねえよ……もういい歳だよ……」と、ちっこい人間のロイカが答えた。
「信じらんねぇ……ナノコより２センチ高いだけだと言うのに……」
なぜ、身長の単位がナノコ基準なのか……気になったが、口には出さないでおいた。
「実際さ、いい年っていうけど、何歳なんだよ？ 干支も一緒に教えてくれないと信じられないねぇ～～」姉がさらに喰らいついたが、ここでリオバンが遮った。
「こらこら、あまり女性に年をきくのは、失礼というものですよ」
「あの俺、男なんだけどさ……」
気まずい沈黙が、半分枯れた森の中を包み込んだ。
「はぁ～、なんかさ、背を高くする薬とか、そういうのは無かったの？」姉がさらにかぶせて来た。もう、行けるところまでイケ、ということだろう。
「ねえよ、んなもん」
「まあまあ、ロイカも、そこら辺にしときなって……」
「そうだよな、子供相手に怒ってもしゃあないしな！」
そういうと、ロイカは土を蹴り飛ばして、燃え盛るウンチにかけた。ウンチの火は、すでに燃え尽きようとしていたのもあって、一瞬で消え去ってしまった。
「あ！ お前、ウンチさんに何てことするんだ！」
「ウンチさんｗｗ メッチャウケルｗｗ」
やばい、この人も姉と同レベルの人だ……
そして予想通り始まる、小学生レベルの罵り合い……すり鉢頭のアルドが、ちっこい成人男性のロイカをなだめようとするが、その姿を見ていると、どこか自分と被るような気がして、一気に不憫な気持ちがこみ上げてきた。互いにアホな相棒を持つと、苦労するものだ。
そして、それと同時に、漆黒の便意も急激にこみ上げてきた。あまりに急だったので、思わずお腹を押さえてしゃがみこんでしまうナノコ。
「しまった、こんなところで魔法が切れてしまうなんて……」リオバンが言ったが、どう考えてもこいつと姉がウンチの前でチンタラしているのが全ての原因だろう。
「もう一回、あの魔法かけたら何とかなんねえのかよ？」ナキシが言った。
「あの魔法は、重ね掛けはできないのです……最初に言った通り、あくまで自然現象を一時的に抑えておくだけの魔法なのです……」
「まあ、でも別にいいじゃん。今までが不自然だっただけだよ。これから自然に還ればいいじゃん。余計なプライドも老廃物も全部、捨ててこいよ！」
確かに、そうできればいいだろう。どれだけスッキリするだろうか。しかし、自分にはそれはできない……もちろん、人間としての尊厳もある。野グソをした時点で、自分の中の何かも、一緒に野グソしてしまうのではないかと、そんな気がしてしまう。そして、それ以上に、心のどこかで野グソを絶対にしてはダメだという、強い思いがあった。それはまるで神との契約のように、ナノコの心を支配していた。
視界の端に映る、姉のほくそ笑んだ顔……ひょっとすると、燃えるウンチになんて興味はなかったのかもしれない。ただ単に、ナノコを引きつけて、魔法の効果が切れて、野グソを我慢できなくなるのを待っていただけかもしれない……
「飛空艦にいたときは、あんなに気張ってたのに、どうして外じゃ気張れないんだよ？ 早く出してこいよ？」
姉の、ダメ押しのささやき……
くっそー、人が苦しそうにしている時に……飛空艦のトイレ占領を、まだ根に持っているようだった。ナノコの顔を脂汗が伝った。姉に屈するのか、それとも――悩んでいると、肩に手が置かれた。見上げると、すぐそこにロイカの顔があった。
「大丈夫だよ、お嬢ちゃん」
そういえば、この人は薬屋さん……きっと何かいい薬を出してくれるに違いない！
「おい、アルド！」
「あいよ！」
「四つん這いになれよ」
「え、なんで？！」
「ちょうどいい便器になるじゃん」
「それ、名案じゃん！」姉が同意した。「便器だから、野グソじゃないもん！ これでプライドも守れるな！」
「え、ちょっと、二人ともそれはあんまりでしょ？！」当のアルドは困惑した。
ナノコは、もはや何も考えることすらできずに、その光景を眺めていた。それくらい、便意はすでに近くまで来ていた。
「まあまあ、冗談だよ。さすがに俺も薬屋の端くれだからな、こういう時の薬もちゃんと持ってるぜ！」
そういうと、さっきまで小さく見えた成人男性のロイカは、怪しい色の液体の入った瓶を取り出した。
「ただし、一瓶１００万VIPな」
やっぱりこいつの心はチビグソだった。
「こいつを飲めば、多分町に着くまで便意を押さえることはできるだろうな。まあ、俺も薬屋だし、さすがにタダってわけにはいかないけどね」
「もう、渡してやりなよ……かわいそうになってきた……」
すり鉢頭のアルドにそう言われて、渋々薬を渡すロイカ。
ナノコは一瞬だけ躊躇した。本当にこんな初対面のちっちゃい成人男性の言うことを信じていいのだろうか。もう一人もマトモそうだが、すり鉢頭である。
ナノコはその答えを問いかけるかのように、瓶の中の液体を見つめた。
これが下剤である可能性……自分が騙されている可能性……しかし、どちらにせよ、もうすぐそこまでウンチは迫ってきている。ナノコに選択の余地はなかった。
瓶のフタを開けると、覚悟を決めてその液体を喉の奥に流し込んだ。