幸いにも、薬屋はちゃんとした薬を渡してくれたようだ。みるみるうちに腹痛と便意は引いていった。
それから一行はまたしてもウンチを見つけた。一里塚ならぬ、一里糞(いちりグソ)だった。
さすがに、今回は反省したのか、例のようなウンチ談義もなく、一行はそのまま町へと歩いていった。道中、運鎮術についてロイカがリオバンに尋ねていたが、そんなことなど今はどうでも良かった。
そして、さらにもう一つのウンチを発見した。
「どうやら、これが最後のウンチになりそうですね」
リオバンが地図を見ながら言った。もう町のすぐそばまで来たのだろう。やっぱり、ウンチの話をしなければ、すごくスムーズに移動できた。
「ラストウンチッチか……」姉が寂しそうに呟いた。「最後に、ちょっとお礼でも言っておくか」
(言わなくていいよ、そんなの……)
むしろ、ウンチの持ち主(?)に言うべきだろう。あのリンクスドラゴンは、最後に私たちの道しるべとなるように、ウンチをしてくれたのだろうか。
そんなことは、ありえないかもしれない。知能あるドラゴン族(ただし、今となっては伝説上の存在でしかないが)とは違い、あれはただの飛竜で、そんなことを考えているように見えない。でも、仮に偶然ウンチを落としただけだとしても、それが確かに一行を導く役割を果たしたことは、事実である。
姉がウンチに敬礼をしていると、後ろから叫び声が聞こえた。おそらく女性の者と思われる、甲高い声だった。
危うく、その女の子とナキシがぶつかりそうになった。もしこのままぶつかっていたら……きっと、姉のナキシはラストウンチッチの上に倒れ込んでいただろう。ただ、姉は軍隊で鍛えられていたため、直前でその女の子の体当たりを軽くかわした。
「うわ!」
女の子が叫んだ。姉が悲劇を避けたかわりに、女の子はそのままウンチッチを踏んでしまった……そう、べったりと。その様子をナノコはしっかりと見たが、当の女の子は全く気にしていないようだった。
「アブね、どうしたんだよ、急に」
「ストーカーに追いかけられてるんです!」
こんな森の中でストーカーとは、一体何だろうか。変なモンスターじゃなきゃいいけど……それより気になるのは、どちらかというとこの女の子の方がストーカーっぽいということだ。帽子にカメラ……どう見ても怪しかった。
「あ、私はクラーケン新聞社のママラッチという者なんです。ここで会ったのも何かの縁ですし、是非ともわが社の新聞をご贔屓に」と言って商魂たくましくそそくさと名刺を取り出したけど、その時にはすでにストーカーの群れが到着していた。
どうしてウンチの元に、こんなに人が集まってくるんだろう。この大陸には、本当に何かあるのかもしれない。信じられないことだが。
まあとにかく、そのストーカーは虎人の3兄弟だった。
「オラオラ、とりあえずそのカメラ寄越せや」赤い虎人が言った。
「絶対嫌です! カメラは記者の命なんです! しかも、中にはあなたたちのテロ活動が収められてるんですから……!」
と、誇らしげにカメラを掲げた。
「あ……フィルム入ってなかった……」
ギャハハハハハ!! 虎人が三人とも大笑いした。ナノコもこの人おっちょこちょいだなぁ、と思ったけど、それよりママラッチの靴にへばりついているウンチの方が気になった。やはり、あれにも火をつけたら燃えるんだろうか。非常に気になったが、今はそれどころではない。
「まあいいや、それじゃあ、写真は撮ってないってことで、見逃してくれますよね?」
「ダメに決まってんじゃん」と黄色い虎人。
「そうそう、お嬢ちゃんは色々知り過ぎたんだよ。とりあえず、ここでおとなしく捕まるか、でなければ俺たちの胃袋の中に入って連れていかれるか、どっちか好きな方を選べや」と赤い虎人。
ナノコは焦った。せっかく町の近くまで来たのに、ここでチンピラとまたチンタラするのは、非常に危険だ。薬の効果もいつまで持つか分からない。
ナノコは、隣の2センチ高い成人男性のロイカに、周囲には聞こえないような囁き声で話しかけた。
(あなた達の力で、何とかなんないですか?)ナノコは一抹の期待を抱いていた。特にすり鉢頭のアルドは、とても背が高くて強そうだった。
(うん、まあ……俺たちはなんていうか、後方支援役だから……)
アルドもすり鉢頭がずり落ちそうなくらいに、激しく首を縦に振っている。こんな光景、メタルバンドのヘドバン以外で見たことがない。
この時点でナノコは全てを悟った。自らが生き残るための戦術を。
少し心が痛むが、やむをえまい。ロイカに話すと、ロイカも名案だと同意してくれた。
リオバンも(ついでにリオバンの悪魔も)ママラッチも、みんな賛成してくれた。
そう、みんな集まれば怖くない。これは民主主義の結果だ。赤信号だって渡れる――ナノコはそう信じて、どこにいるともしれないクソッタレな神に、作戦の成功を祈った。