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2 祖父との決別

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そのシンボルである彼岸花を形どった紋章が、巨大な魔法陣の如く床に描かれている。その床はミルク、いや何カ月も溜め込まれ熟成された精子のように真っ白で、床だけでなく見渡す限りの壁と天も真っ白である。 故にそんな真っ白な空間に刻まれた巨大な彼岸花はより一層赤みを帯びているかのように見えた。
その紋章の上に、1人の少年と1人の初老の男が向き合っていた。

 その少年はアングロサクソン並の金髪、碧眼を持ちながら、肌はと言うと真夏の太陽に照らされたサーファーのような小麦色の褐色をしていた。 首の周囲に分散するかのごとく異様に出た白い襟巻の付いた黒いジャケットを着用し、腰回りには血の如く真っ赤な彼岸花の絵が描かれている。そのジャケットの下に着た白いシャツは胸から染み出してきた血で染まりつつあった。おそらく、胸を怪我しているのだろう。胸元からは赤く染まった包帯が見えている。髪型といえば、ところどころ彼の黄金色の髪の毛は、複雑に跳ね上がり、ヤマアラシのようにトゲトゲとしていた。まるで、本人の兇暴性を表すかのように。
「よォ、マタイオス。
俺からの餞別だ。受け取ってくれよ。」
片方の頬を吊り上げ、あざ笑うかのようにその少年は笑った。彼の手には銀色の45口径の大型拳銃インベルM911が握られていた。ガバメントのブラジルコピ一版である筈のその銃は、その銀色が少年の黄金色の髪の毛に反応してか、オリジナルのガバメントよりも美しく輝いていた。そのインベルの銃口は少年に正対するマタイオスという男に向けて突きつけられていた。マタイオスは、首元を包む襟と、肩と胸周辺を覆うマントを羽織っている。マントには教会のシンボルである彼岸花が左右対称に1つずつ並んでいる。彼は金髪碧眼の白人で、口髭を蓄えた初老の男だ。
「・・・ダニエル すまなかった」
マタイオスが目を閉じ、謝罪の言葉を言い切る前に、ダニエルと呼ばれたその少年はシルバーインベルの引き金を引いた。銃口から45口径の銃弾が弾き出され、マタイオスは鮮血を胸から噴き出し、仰向けに倒れこむ。
 後頭部を強打してか胸の傷かは不明だが、宙を見上げ、マタイオスは息を詰まらせる。
「が は」
ロから滝のような皿を流し、マタイオスは苦悶の表情を浮かべる。

「は ぁ」
ダニエルへ向け、マタイオスは右手を差し伸べる。同時に彼の呼吸は大きく乱れつつあった。心臓に銃弾を撃ちこまれ、肺へと流れ込んだ血で溺死しそうになっていたのだ。
「・・・マタイオス アンタと俺の仲だ。せめて楽に逝かせてやるよ。」
ダニエルの相変わらずやや嘲笑うかのような表情が少し悲し気となる。
彼はそのままマタイオスの首を両手で鷲掴みにし、絞め殺そうと力を込める。
「は  ぁ  ぅ」
苦悶の表情を浮かべていたマタイオスは、白目を剥いたかと思うとそのまま目を閉じ、意識の奈落へと沈んでゆく。まるで、揺りかごで眠る赤子のように安らかな寝顔となっていくマタイオス。効果的に頸動脈を絞められたことによって脳が酸素を失い、意外にも苦しむことなく意識を落とすことに成功していた。
「・・・あの世に着いたら、親父に伝えてくれよ・・・モニカのことは心配ない。兄貴と俺に任せてくれと・・・・・だから、約束だぜ・・・お祖父ちゃん」
マタイオスをお祖父ちゃんと呼んだダニエルの両目から零れた一筋の涙がつり上がった口元へと下りていく。しばし涙を吟味し、祖父の息の根が止まったのを確認したダニエルは
そっと手を離して立ち上がる。
そして、両の掌に残った仄かに残る
温もりを暫し見つめると、掌へと落ちていく涙を受け止めながら力強く握りしめた。

(・・・なんなんだ この涙は・・・)
涙を拭き取りながら、ダニエルは
祖父の骸を見下す。
祖父の身体から流れ出た血が床に刻まれた紋章へと吸いこまれていくかのように、赤く光っていた。
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