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第九話 少年の希求、退魔の本領

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「なあ。手ぇ、貸してくれや……」
 巨大な肉塊から枝分かれした不気味な手足が何十と少年に殺到する。それらを迎撃しながらも少年は何者かに助力を求める。
「この状況、わかんだろ。今の俺じゃ無理だ。知識も力も足りない……」
 捌き切れなくなった少年が数発その身に受け、廃ビルに背中を打ち付ける。肺の空気を吐き出しながら、少年は巨大な肉塊となって黒い邪気を纏う怪物のようなそれを見上げてさらに呟きを重ねる。
「あいつを止めたい。まだ、……そういえば、まだ俺、あいつの名前も知らないんだ。くそ、なんで最初に自己紹介から始めなかったかなー…!」
 自分の馬鹿っぷりに頭を抱える。その間にも巨人のように膨れ上がった人の形になりつつある肉塊のいたる部位から飛び出る手足の突撃を走り続けて回避する。
「…行くぞ、主導権はテメエに任せる。好きに使え、ただし必ずあいつを元に戻せ。出来るんだろ。俺がそう認識してるんだ、出来ないわけがない」
 右側から巨大な掌底が迫る。跳んで避けようと思った時には既に頭上に大きな影が出来ている。左側にも巨大な拳骨。
 背後か、前方。間に合わない。
 踏み込むより早く、真上と左右から肉の塊が押し寄せて挟み込まれた。地面ごとバゴンッと空き缶を潰すように圧力が掛かる。
(…あっ…!)
 もう意識が希薄になり消えつつある中、自分の意思に反して肉塊が行った質量任せのデタラメな攻撃に呑まれた少年に由音はほぼ大半を肉塊に取り込まれた中で残った右目と右手を当てもなくふらりと揺らして遠く肉塊に挟まれた少年へと向ける。
 あれだけの質量を逃げ場もなくあの速度で叩きつけられたら…。
 普通の人間であれば圧死は免れない、いくら肉体を強化できる異能を持っていたとしても無事では済まない。
「まったく……」
 だが、押し寄せた肉塊の内側からは、そんな呑気な声が聞こえて来た。

「ーーーそういう台詞は、もう少し『僕』に理解を向けてから言って欲しいもんだ。どうせ、僕がなんなのかも知らずに便利な奥の手程度にしか思ってない癖に」

 言葉と共に、肉塊をバラバラに吹き飛ばしながら無傷の少年が跳び上がる。その右手には、いつの間にどこからか、真っ黒の黒曜石のような色合いの刀を握っていた。
「…っと、すまん。抜け出す為とはいえ、バラして斬り捨てちまった。痛いか?……いや、こんだけの大質量を生み出すだけでもデタラメなのに、わざわざ神経まで構築するわけはないか。そうとわかれば遠慮はいらねえな」
 ぼんやりとしてきた由音へと話し掛ける少年は、勝手に納得したように頷いて刀を構えた。
 だが確かに痛覚は感じない。自分の体を核として発生したこの肉塊だが、少年の言う通り痛覚神経は通っていないらしい。蠢いたいたモノの一部分が斬って分断されたことによるちょっとした喪失感はあるが。
「さて、どうしたもんかね。|凶祓《まがばら》い…じゃ駄目か。悪霊憑きとなりゃ普通は切り離して滅するもんだったが…。……うーん、無理か。ってかどうなってんだそれ、魂と完全にくっついてんじゃねえか。“再生”で喰われた寿命を元通りにしてんのか…?」
 両目を見開いて、少年は何か普通には見えない何かを視ている。その間にも少年へと増え続ける肉塊が襲い掛かる。
「…なるほど、大体わかった」
 少年へ迫っていた肉塊の一つは右手の刀で斬り飛ばされる。恐ろしいほどの切れ味だった。
 だが切り口からも“再生”で肉塊はどんどん増殖していく。四方八方から少年に覆い被さるようにして来るのを見て、少年は左手をかざす。
 左手の内から火球が出現し、射出された先の肉塊は爆ぜて大穴を開ける。一歩で跳躍した少年はその大穴から肉の猛攻を掻い潜る。
「ようは、その悪霊を定着させたままその活動を抑制させればいいわけだ。となれば方法は『祓う』のではなく、むしろ『縛る』。留めることしかないってことだな」
 大穴から跳び出して、そのまま肉塊の上を触手のように伸ばしてきている本体を目指して駆け出す。
「|封縛《ふうばく》と重ねて鎮魂儀礼で悪霊を抑え付ける。あとはお前の根性でどうにかしてもらうしかない。…おい!聞こえてっか!?僕が元に戻してやる!だがそれから先はお前が内側に悪霊を閉じ込められる精神が必要だ!いつまでも弱気になってねえでそろそろお前もやる気出せよ!!」
(……元、に…?)
 ほとんど何も考えられなくなった頭で、必死に少年の言葉を理解しようと集中するが、もう言っていることの意味すら分からなかった。
「…、“浄め改め断じて|頌《うた》え、此の身は厄を|遣《や》らう者”」
 由音の様子に時間の制限を感じ眉を顰めながらも、少年は慌てることなく肉塊の攻撃を避けながら肉の塊に沈み行く本体たる由音から再度離れる。
(出来るだけ儀礼に沿って行う。その為にはっ)
 パジンッ!
 勢いよく掌を叩きつけた地面が、引っぺがされるように薄い円盤となって少年の左手に装備される。
 それは右手に持つ刀と同じで、磨かれたように綺麗な黒色をした盾のように見えた。
「“右手に矛、左手に楯、|面《つら》には|黄金《こがね》に煌めく四眼を”」
 巨大な肉塊の怪物の周囲を大きく迂回するように、少年は走り続けながら唱える。その最中に襲ってきた不細工な腕を火球を放って迎撃する。火球は肉を焼き焦がし火柱を上げた。
「っとと…“踏み締め不浄を退け絶ち除け!”」
 次に肉迫した巨大な腕を、地面から発生させた先端が鋭く尖った石柱で貫き止める。
 引き続き巨体を周りを走りながら少年の手の中に水の球を浮かべる。それは少年の持つ力によって大気中の水分を掻き集めたものだ。
 これを前面に壁のように張ることで、肉塊の力任せな一撃を凌ぐ。だが耐久力不足だったのか少年ごと水の壁は吹き飛び飛沫を周囲の地面に散らばせた。
 ボロボロの体へ圧し掛かる衝撃に吐血しながら、さらに少年は走る。既に最初の地点から巨体を中心に一周はするところまで来ていた。
「…よし、こんなとこか。あとはっ!」
 靴底を滑らせながら逃げ回るのをやめた少年は、立ち止まった標的へ殺到する肉塊の手足や触手を右手の刀と左手の盾で斬り払い受け流しながら手の回らない攻撃を両手とは違う方法で止めていた。
 ギシリと、少年の足元から地を突き破り伸び上がった植物の枝や蔓が、意思を持っているかのように肉塊の猛攻を絡め取る。
「順序は少し変わったが、大雑把ながらに準備は整った。行くぞ、お前を人間に戻す。お前は化物なんかじゃない、すぐにそれを教えてやる」
 一瞬少年の姿が消えたかと思えば、既に少年を包囲し掛けていた肉塊が細切れにされてバチャバチャと地面に落ちていた。斬られて分断されたそれらが“再生”するより早く、さらに生えて枝分かれしたそれらが襲い来るより速く。
 ダン!!と力強く片足を地に叩きつけて、
「“|奔陣《ほんじん》|之《の》改・|囲追儺《かこいついな》”」
 ぐるりと肉塊の本体を走り一周した少年の足跡を繋ぐように、巨大な肉の怪物を囲うさらに大きな円陣が光を放ち、立ち昇る光が邪気を覆い包むドーム状に展開された。
(さあ、仕上げだ。外側からは僕が抑える。内側からは…お前が自力でやるしかねえんだぞ。気張れ。全部終わらせて、俺に名乗らせろよ。そんでお前も名前を教えろ)
 じゃなきゃ友達になれねえだろうが、と心中で静かに呟いて、少年は自身の身に宿る退魔の力を発揮する。
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