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「冤罪・2」

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 数日後、家にやってきたのは四十一歳の中年女性だった。六十二の私から見てもオバサンという感じだ。割に恰幅の良い体つきをしていて、まあ、良く言えば包容力がありそうといった感じか。私は開口一番彼女に問うた。
「料理の腕前は?」
 少し戸惑いつつも彼女は答えた。
「まあ……家政婦ですので、それなりの心得は」
 いきなりの不躾な質問に対しても、彼女は不快感を露わにするなどということはまったく無かった。気立ての良い女性だ。
「うん。心得があるところ申し訳ないが、わざと下手に作れるかい? わかるかな、“おふくろ”の味というか……少し不細工なくらいの料理に愛着があってね」
 私がそう言うと彼女はその顔を崩して笑い、慌ててすいませんと取り繕った。
「わかりました、やってみます。と……その前に、まずはこの部屋の掃除からですね」
 そう言って彼女が袖を捲るとだるんだるんに|弛《たる》んだ二の腕が顔を出し、私は思わず視線を逃がした。
「まあ、よろしく頼むよ。私は散歩にでも行ってくるから」
 行ってらっしゃいませ。さっそく掃除に取り掛かっている彼女を尻目に私は部屋を出た。
 ――その日の夕食には、私の希望で握り飯が二つ。彼女が買い揃えてきてくれたお皿の上にちょこんと並んだ。脇には、私の注文にはなかったはずの|沢庵《たくあん》とお吸い物。頑張って私の好みに合わせてくれたのだろう、形は不格好で、海苔にご飯粒がいくつも付いている。
「いただきます」
 もしゃっ。
 すっかり衰えた口元でゆっくりと咀嚼する。彼女がその様子を緊張しながら眺めているのが背後からの気配で十二分に伝わった。
「……この味付けは?」
 え? と彼女は驚いたように声を上げた。
「塩味きつめにって、お願いしたよね」
 私は至極平然に、決して声を荒げることなく語りかけた。
「あ……すいません、お口に合わなかったでしょうか。ですがそれでも充分すぎるくらい塩は使ってます。それに、あまり塩分を摂りすぎるとお体に障りま」
 彼女が言い終えるのを待たずして、私は拳でテーブルを殴りつけた。
「そんなことは聞いてない!! いいか、君は家政婦だろう? 私がこうしろと言ったらその通りにしてくれれば良いんだ!!」
 自分でもびっくりするくらい、意外なくらい自然と怒声は飛び出した。
 人に怒るなんて……叱責するなんて、それこそ三十年以上振りのことだ。体を硬直させた彼女を見て、私はふっと我に返った。
「いや、すまない、つい」
 環境が、立場が人を造るとはまさにこのことだ。
 三十一年も監獄で大人しくしていたこの私が、看守に|諂《へつら》って生きてきたこの私が、ちょっと人を使う立場になった途端にこれだ。
「すまない」
 黙ったままの彼女に向かって私は繰り返した。

 ○

 翌日、私は昼過ぎまでベッドで過ごした。長い習慣のせいで目は朝六時に覚めてしまうが、意地で二度寝をしてやった。
 彼女は今日も朝一番にやってきて家事に勤しんでいた。今は買い物か何かに出ているのだろう、無駄に広すぎる家の中は閑散としていて、私は意味もなく声を上げた。
 ほっ。
 ほっほほ。
 独り暮らしには大きすぎる食卓。そこには既に朝食が用意されていた。性懲りもなく、握り飯が二つ。その横には水差しに用意されたたっぷりの冷や水と、サラダ。更に、置手紙。
『おはようございます。良く眠れましたでしょうか。
 昨晩言われたことを参考にもう一度おにぎりを作ってみましたので、もしよければお召し上がりください。
 ただ、やはり塩分の摂りすぎはお体に障りますので、せめて、併せてたっぷりのお水をお願いします。――丸岡』
 私は呆れて笑みを零した。
 一体、死にぞこないの体を気遣って何になるというのだろう。今さら多少塩を摂ろうが摂るまいが、何が変わるというものでもなかろうに。
 ふと……、見渡した部屋はすっかり綺麗になっていて、昼下がりの日差しは例えようもなく心地が良かった。
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