大会当日、会場へ続く大通りには、観戦客を当て込んで出店がずらりと並んでいる。さすが大交易所、SHWの拠点だ。商魂たくましい。
ニャマンジュー、ヒダコの酢だこ、ローパー焼き、マタドンのハム、フォンミー飴。三角コーンを売っているポゥ・リンキーは隣の出店で似たようなお菓子を売っているコーン=トンガリに対抗心を燃やしている。ひょっとこのお面をかぶったシャイボーイのウラシマはお面を売っていて、なかなか繁盛しているようだ。
メゼツはSHW流の奔放さに苦手意識はあるものの、お祭り騒ぎの喧騒は嫌いではない。寄り道するほどの時間はないが、会場までの道のりを退屈せずに済みそうだ。
いつもはメゼツについて回るうんちは残念ながら見に来れないらしい。うんちの恩人であるヤー・ウィリーの選挙の手伝いをするという話だ。絶対にこっちのほうが面白いのにと思いながら祭りを楽しむ人々を見ると、もっと面白いものを見つけた。
「げっ、親父。こんなところで何を」
目の前に見覚えのある恐鳥の頭蓋の面をかぶっている者がいる。出店の前に並んでいることにも違和感があるが、一番驚いたのはその服装だった。
赤いビキニだけを身に着け、惜しげもなく健康的な小麦肌を見せつけている。
父ホロヴィズは仮面をかぶり続け、子のメゼツにすら一度も素顔を見せたことがなかった。だからホロヴィズのお面の下から少女の声を聞くまで、父親の乱心かと慌ててしまったのも無理からぬことだ。
「誰がオヤジだってぇー」
ホロヴィズのお面を投げ捨てると、ツインテールにかつての幼さを残す凛とした少女の顔があらわとなった。
「どこの誰かと思えば、アルフヘイムの精霊戦士ビビじゃねーか。敵の総大将のお面なんてつけて平和ボケしたのかよ」
メゼツもすぐに応酬する。
「はぁー? 誰?」
「ホントにボケちまったか~。メゼツだ」
メゼツはウンチダスの体なのも忘れてうっかり名乗る。信じてもらえるとは思わなかったが、ビビは驚くべき素直さで受け入れてしまった。
「甲皇国のメゼツ!! ここであったが百年目ぇー、勝負しろー!」
「勝負なら戦中に決着しただろ。俺の勝利で」
「は? あの時の勝負は私の勝ちだったじゃん」
「いや、俺の勝ちだし」
一触即発、両者はいまにも往来で武器を抜きかねない。
「まあまあ、ご両人。ここは落ち着いて」
ビビの連れのひとり、おっぱいの大きなダークエルフのメン・ボゥが割って入る。
ビビが実の妹のように可愛がって連れ回しているレダ・プラウダが臨戦態勢を解いた。線の細い体のレダが空色の瞳に心配を浮かべ顔を覗き込むと、それだけでビビは落ち着きを取り戻す。かよわそうに見えて、芯の強い子だ。
付き添いで来ていたもうひとり、目つきの鋭い女傭兵ショーコは大会のパンフレットのトーナメント表を指さして諭す。
「ここで決着をつけなくても、AブロックのメゼツとBブロックのビビは勝ち進んで行けば決勝で当たるぞ」
ふたりは武器を収め、にんまりと笑って同時に宣言した。
「「決勝では俺(私)が勝つ!!!」」
ビビとメゼツは道すがら、いちいちケンカをしながらも仲良く会場へと到着した。
ショーコは出店をちらちら見ながらも、水筒がわりのスキットルで空腹をまぎらわせている。中身は水だ。
メン・ボゥは気分に任せて買い食いしている。大会には出ないので、すっかり観光気分。コラウドのお面をかぶってレダとじゃれあっている。
「亜人が亜人の仮装して、何が楽しいんだか」
初対面のメン・ボウにもメゼツは平気で毒を吐いた。
「トーギッジョ!」
緊張感のない一行に冷や水を浴びせるように、野太い声が響いた。
大会の歓声がここまで聞こえてきたのだろうか。まだ試合は始まっていないはずだが。
メゼツは会場となる闘技場を一望した。
メイン会場であるドームのわきには折りたたんだ巨人の足のようなスロープが左右一対あり、二階席へと続いている。ドーム中央には一階席へと続く大きな入口がある。声はここから響いている。
ドームからはイルカを模したモニュメントが左右線対称に生え、その付け根には巨人の腕のオブジェが一対づつ付いていた。
半球のドームのてっぺんには三本の剣のレリーフが突き刺さり、中腹は採光のためか大きく空いている。そこからのぞく、くりくりとした一つ目とメゼツの目が合う。
「なんだ、この化け物は」
メゼツの言葉にショックを受けて、化け物は「トーギッジョ↓」と悲しく鳴いた。
外見こそロボットのようだが内装はいたって普通の闘技場だ。レダ、ショーコ、メン・ボゥは観客席に座り、メゼツとビビは選手控室へと入った。
ここで読者諸兄に悲しいお知らせをせねばなるまい。Aブロックの第一試合メゼツ対セキーネは何の見せ場もなくメゼツが敗退したので全カットとあいなりました。
選手控室から女の子の笑い声が漏れ聞こえている。
「一回戦負けしてやんのwwwwww」
ビビは文字通り捧腹絶倒、笑い転げている。
メゼツはここでビビともう一戦してやろうかと構える。が、ビビは笑いが止まらず相手してくれそうにない。
「やっぱり試合とか俺にむいてねえっつーか、実戦形式だったら負けてねーし……」
「いいわけダセー!!」
ビビだけには絶対に笑われたくないメゼツはさらに蛇足な弁明を重ねてしまう。
「実際戦争中は(ry」
「ひーwwwおなかイタイ。壊れる、壊れちゃうーwwww」
メゼツがどんなにもっともらしい屁理屈をこねても、悲しいかなビビを爆笑させる燃料にしかならない。あきらめてビビを送り出すしかなかった。
「笑ってる場合じゃねーぞ。Bブロックが始まってる。そろそろお前の番だ」
メゼツに促され、ビビは選手控室から出てリングに上がる。
余裕しゃくしゃくのビビだったが、対戦相手を見て顔色が変わった。
どんなに強い戦士でも苦手な相手というものは存在する。
例えば相性が悪く、天敵というべき相手。例えば手の内を互いに知り尽くしている見知った相手。
ビビの対戦相手は後者だった。
使い古したなめし皮の鎧は簡素だったが、それで十分すぎるほどに相手の全身は筋肉で盛り上がっている。スキンヘッドの額には小ぶりながら二本の角があり、灰褐色の肌と合わせてオーガ族であることがうかがえた。
「ニコロ!」
知己との再会にニコロと呼ばれたオーガは仏頂面を崩して人懐っこい笑顔をみせた。
「ビビじゃないか。ミシュガルドに来ていたのかい」
亜骨大聖戦のさなか、幼くしてクラウス・サンティの義勇兵に参加したビビ。ニコロはビビと共に戦った戦友だった。
「それはこっちのセリフだよ。どうしてミシュガルドに?」
「アルフヘイムにいると悲しいことを思い出しちまう。だから今はミシュガルドに渡って山奥の炭焼き小屋にひとりで暮らしてるんだ」
「そっか」
もっと話したいこと聞きたいことがあったが、今は試合中。ビビはハルバードを構え直し、ニコロに向けてハルバードを力任せに叩きつけた。自分の本気の一撃でもニコロは受けきってくれる。そう信じるからこそタガをはずせた。
ニコロは両刃の巨大|鉞《まさかり》を手斧のように軽々と扱って防いだ。金属のぶつかり合う高い音が二度三度鳴り、再び静寂に還る。
ビビの太刀筋はすべて読まれているのか、何度ぶつかっていっても、派手な音を鳴らすだけだ。
それもそのはず、戦中ビビにハルバードの使い方を教えたのは他でもないニコロ本人だったから。
今度はニコロが|鉞《まさかり》を振りかぶった。
相手の戦い方を知っているのはニコロだけではない。ビビだって何度も手合わせしてニコロの戦法を学んでいる。
ニコロの|鉞《まさかり》をまともに受けてしまっては、薪のように真っ二つにされてしまうだろう。次の一撃は確実にかわさなければならない。
右にフェイントを入れてビビが左に避ける。
ニコロはビビならよけられると信じているからこそ、全力で|鉞《まさかり》を振り下ろすことができた。
風圧が波紋のように広がり、衝撃音が遅れてついてくる。
|鉞《まさかり》を振り下ろしてガラ空きになった首を狙って、ハルバードを横なぎに振るった。
ニコロに油断はない。すでに手元に引き戻された|鉞《まさかり》でビビのカウンターは止められてしまった。
反撃に備えて、距離をとる。
ビビのハルバードはニコロの|鉞《まさかり》よりも柄が長い。ビビはハルバード突き出してけん制しつつ間合いを測っている。自分の攻撃だけが通る間合いを。
しかし自分のほうがリーチがあるという思い込みはすぐに打ち砕かれた。
ニコロは巨大な|鉞《まさかり》をトマホークでも投げるように投げはなったのだ。
|鉞《まさかり》自体の重量にニコロの|膂力《りょりょく》が伝わり、さらに回転も加わっている。空飛ぶ凶器となったそれはビビの髪をかすめて、放物線を描き、闘技場の地面にめり込んだ。
ビビはニコロとの間に十倍近い実力の差を感じる。自分は何もわかっていなかった。ニコロの戦い方を知っているというのも驕りだったのかも知れない。ビビはニコロの意外な技に動揺するばかりで、|鉞《まさかり》を手放した千載一遇のチャンスを逃してしまった。
ニコロはゆうゆうと|鉞《まさかり》を拾い上げると、ビビに正対し大きく振りかぶる。
相手の戦い方を知っているという思い込みはニコロとて同じ。
ビビだって最後に会ったときよりも成長している。
後ろには退かずに、むしろビビは前進した。
すばやく攻撃倍化の魔法を詠唱する。
「魔導の15、デュランダルの刃」
|仄《ほの》かな赤い光がハルバードの刃を覆っていく。
ハルバードの長さはビビの身長よりも長く、全金属製で重い。それをビビはバトンでも回すように軽々と振り回す。ハルバードが光の尾を引き、円を描いている。
「デュランダルの刃の魔法効果により攻撃力は2倍!」
ビビは高く飛び上がり叫ぶ。
「いつもの2倍のジャンプがくわわって2×2の4倍!! そしていつもの3倍の回転をくわえれば4×3の12倍だー!!」
振り上げた|鉞《まさかり》めがけて、ビビは突っ込む。二つの斧がぶつかり、二人の動きが止まる。止まって見えるがとてつもないエネルギーがぶつかり合い、二人の力が拮抗して均衡状態を作り出していた。
少しでも気を抜けば腕が持っていかれる。この極限の状況で両者は微笑んでいた。
緒戦からの好カードに、観客たちも酔いしれる。ニコロを応援していた者はビビも応援し、ビビを応援していた者はニコロも応援している。さっきまでさんざんケンカしていたメゼツさえ二人に声援を送っている。
(あれ、やばい……こんなときに、どうして。)
どういうわけか、ビビの脳裏にさっきのくどくど言い訳するメゼツの顔が浮かんでくる。必死に思い出し笑いをこらえていたが、ツボに入ってしまった。
「もーだめ、あはははははははっはあはははあははあははwwwwwwwwwwww!! あっ」
力の均衡が破れ、|鉞《まさかり》が叩きつけられる。ビビは力を削ごうとふんばったが、|鉞《まさかり》に打ち付けられたハルバードは地面に深々と突き刺さった。
引き抜こうとするがびくともしない。
「勝負はついた。降参してくれ」
ニコロは聞き分けのない子供を諭すような優しい口調で言う。
ビビはうなずき、自分の負けを認めた。
選手控室に戻ると、待ち構えていたメゼツが鬼の首でも取ったように仕返しする。
「なーにが『決勝では私が勝つ!!!』だ。初戦敗退してんじゃんwwwwww」
「あんたも初戦敗退でしょーが。そもそも私が負けたのはあんたのせいなんだからね!」
「え、なんで!?」
「し~らない!!」
「なんだよ、教えろよ」
ビビは思い出し笑いしながら逃げる。メゼツはそれを追いかける。
決勝戦で闘えなくても二人は勝負を続けるのだろう。
メゼツに関してはウンチダスの体の実力通りの結果だったと言える。ビビに関して言えば緒戦にニコロと当たらなければ結果は変わっていたかも知れない。ニコロが順調にトーナメントを勝ち進み優勝したからだ。
ニコロは一時的に脚光を浴びたが、再び炭焼き小屋に引っ込んでいる。
それでも変化はあった。
ビビがことあるごとにレダを連れてニコロに挑戦してくるようになったのである。
ニコロの静かな生活は少しだけやかましくなった。
戦争で負ったニコロの心の傷もいつかは癒えて、かつての日々を取り戻すのもそう遠くはないだろう。
(完)