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最終章 世界を救う18の方法

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 うんちの斡旋によって甲皇国皇帝とSHW大社長との間に自立性記憶装置|人工電子妖精《ピクシー》の後継機であるハイピクシーを介したホットラインが構築された。
 吟味をしている時間はない。
 メゼツはヤーの提案を全面的に信用し受け入れた。
 甲皇国陸海軍は丙武の侵攻に備え、北側の防備を固める。一方義勇兵を募り、うんちに率いさせて特殊任務を与えた。


 甲皇国駐屯所の西側に広がる森林地帯は、ミシュガルドでは珍しく木々がまばらだ。そのため樹木の間には深い|藪《やぶ》や低木、色鮮やかな花々が咲き乱れている。
 オークやダークエルフと一貫性のない集団が、甲皇国駐屯所から西にある森をうろつき回るなど前代未聞のことだろう。
 黒い色の服と肌が、じりじりと西日に焼かれていた。汗をぬぐいながらダークエルフ娘が不平を言う。
「おいおい、丙武は北から来るんだろ。こんな西の森探索して、何になるんだ?」
「ケイ・キーさん、時間が惜しいんです。あとでゆっくり説明しますから」
 唯一任務の内容を知っているうんちがなだめた。
「まったく、お宝が手に入るって聞いたから参加したのに」
 ケイ・キーはもっと派手な冒険を期待していたようで、終始機嫌が悪い。
 うってかわってオークとのハーフである甲皇国将軍、ナキシ・オークトンは不平どころか終始幸せそうな表情をしている。
「姉さまはオークのトンブゥさん目当てで参加したんですの?」
 からかっているわけではなく、自然な疑問として妹のナノコ・オークトンが尋ねた。
「あわわわ、ばかばか、何言ってるのさナノコ!! トンブゥさんのことはちょっと気になるってだけで……」
 あわててナノコの口を塞ぐナキシだったが、妹の声よりも自身の声のほうがよっぽど大きかった。
 トンブゥは照れ笑いしながら先導に専念している。森をよく熟知しているオークだけあって一番にお目当てのものを発見した。
 ツリーハウスほどの大きさはあるだろか。2本の巨木を飲み込むほど巨大なハチの巣は遠目で見てもすぐに見つけることができた。
 ハニカム構造の出入り口から、すぐに偵察のハタラキバチの群れが飛び出す。トンブゥの目の前を素通りし、うんちを横切り、ハタラキバチたちは一斉にケイ・キーに群がった。
「なんで、アタシだけ!?」
 ハチは黒いものを攻撃する習性がある。着ていた黒い服に刺激されたハチたちは逃げるケイ・キーを|執拗《しつよう》に追いかけまわした。
「クッ、殺せ」
 涙目になってあきらめているケイ・キーにうんちがアドバイスする。
「ハチは黒いものに集まります。くっころのお姉さんは服を脱げば良いんです」
 ケイ・キーは命惜しさに、人目をはばからず服を脱ぎ捨てた。
 ハチたちは一度は投げ捨てられた黒い服の周りに集まったが、すぐにケイ・キーの浅黒い肌めがけて襲いかかった。
「ひいぃー!! 脱ぎ損!?」
「くっころさん、危ない!!」
 トンブゥが防虫菊を練りこんだお香を焚いてケイ・キーを助ける。
「だめー!!」
 ナキシがケイ・キーの一糸まとわぬ姿を見せないように、トンブゥの目を両手で覆った。
 お香の効果でハチがおとなしくなり、攻撃性は弱まる。
 ほっとしたのもつかの間、ハタラキバチはせわしなく4枚羽を震わせ仲間を呼び寄せた。
 次々と出入り口から兵隊のハチが駆けつける。人間の兵隊よりもひとまわり大きいハチの化け物、メガベスパが密集体系をとって|槍衾《やりぶすま》で応戦してきた。
 うんちは冷静にハチの巣の出入り口を粘土を詰めて塞ぐと、全員に警鐘を鳴らす。
「メガベスパは腹部の毒針と毒の塗布された槍さえ気をつければ一匹一匹はたいして強くありません」
 ナキシは|槍衾《やりぶすま》を伏せてかわし、斧で穂先をたたき折った。
 戦意を喪失するどころか、メガベスパは針から毒を滴らせながら突進する。
 トンブゥはナキシの手を引いてしなやかに右によけた。
 曲がれずに直進したメガベスパはバラバラと崩れ落ちる。ケイ・キーの投げナイフにより、メガベスパたちの細い腰はすでに断ち斬られていた。
 うんちたちは巨大な巣を手土産に甲皇国駐屯所へと帰還する。


 メゼツは駐屯所の正門まで出向いてうんちを出迎えた。
「おっ、やったな。おかえり。皇帝ってつまんねーなあ……本当なら俺も参加したかったんだが」
「皇帝には皇帝の仕事があるじゃないですか。ヤー大社長に準備が整ったことを報告しましょう」
 うんちに促され、メゼツはピクシーでホットライン接続した。
 しばらくタイムラグがあってピクシーがヤーの口調でしゃべりだす。
「すべての準備は整っているかい?」
「ああ、ぬかりねえ」
「現在の状況は?」
「北部防衛部隊が天空浮遊城アルドバランと会敵、丙武の目を引きつけつつ逐次後退させてる」
「最後にひとつ確認。砲兵指揮官を呼んでもらえますか」
 メゼツは作戦図とにらめっこしている皇国軍人を手招きした。
 いかにも勤勉そうな丸眼鏡の将校は弾道計算の手を止め、メゼツの招集に応じる。
「砲兵指揮官のアレッポだ」
 メゼツの紹介した将校をピクシーを通してヤーは値踏みするように質問する。
「君は優秀な砲兵指揮官ということだが、どんな物でも砲弾として撃ち出せるというのは本当かい?」
「自律自動砲ミスター・ストークに不可能はない」
 アレッボは自信を持って言い切る。
「なら巨大なハチの巣でも撃ち出すことは可能だね」
 ヤーの言葉により皆はようやく作戦の意図を理解した。正攻法しか思いつけなかったメゼツはヤーの|搦《から》め手に素直に感心するばかりだ。
「なるほど、ハチの巣を砲弾にするのか。よし、作戦開始だ」
 メゼツの勅命を受けたアレッボは計算尺をこん棒に持ち替えて、ミスター・ストークが設置されている砲兵陣地へと向かった。
 自律回路で自ら考え、ミスター・ストークはすでに動き出している。基部から伸びた触手のようにくねるワイヤーを操作し、ハチの巣に巻き付けた。リールを使って手繰り寄せたハチの巣を砲口に取り付ける。口径の小さなミスター・ストークの砲身には入りきらないので、|擲弾筒《グレネードランチャー》のように砲口の先に取り付けられた。
 アレッボの到着を予想し、ミスター・ストークはお膳立てを整え終わる。予想時間ちょうどに到着したアレッボは北からせまる空飛ぶ城にこん棒をかざし、命令した。
「緒元入力。目標敵機動要塞。|撃てー《ファイエル》!!!」
 ハチの巣は大きなアーチを描き、アルドバラン城に接近する。
 主砲である紅炎の充填はまだ完了しない。丙武は黒い柱から光球を発生させ、再び太陽フレアのような攻撃をした。しかし精密機械ではないハチの巣に効くはずもなく、見事命中して砕け散る。
 要塞内部は文字通りハチの巣をつついたような騒ぎになった。
 あるものは毒針に刺され、あるものはアナフィラキシーショックで倒れていった。
 黒い雲のようなハチの群れは|蜂球《ほうきゅう》を作り、丙武軍団を飲み込んでいく。
「殿! アルキオナの宝玉を使って脱出しましょう」
「ざけんな!! 虫が怖くて脱出するバカがどこにいる!! それでも精強丙武軍団か!!」
 丙武は|檄《げき》を飛ばすが、恐怖と痛みに耐えかねて思考能力が落ちた部下の耳には届かない。
「俺たちはアンタについてけば略奪しほうだいだからついてきたんだ。ハチに殺されるためについてきたんじゃねえ」
 軍団が丙武を取り囲み、四方八方から襲い掛かった。
「集団で襲えば勝てるとでも思ったか? てめえら雑魚や虫けらが束になってかかってこようが無駄なんだよ。この丙武をなめるな!!」
 丙武はあたりかまわず改造散弾銃マッシャーを乱射、すぐに死体の壁が出来上がった。軍団は一瞬怯んだものの波状攻撃をかける。
 返り血を浴び続け、丙武の義手義足は悲鳴をあげ始める。関節部に肉片でもはさまったのか、右手義手はまったく動かなくなってしまった。
 そのすきに丙武の足に部下たちが組み付く。まるで今まで殺した亡者の群れが丙武を地の底へ連れて行こうとしているようだ。|戦慄《せんりつ》を覚えた丙武は自分の義足もろともに、部下たちをマッシャーで撃ち抜いた。


 メガベスパたちが丙武軍団の|亡骸《なきがら》で肉団子を作っている。アルドバラン城の中はハチたちに占拠され、人間の形をしているものは何一つ残っていなかった。
 ハチたちが暴れまわって、アルドバランの武装はまったく使いものになりそうにない。ただの椅子になってしまったアルドバラン王の玉座だったが、女王蜂のハチノス様はとても気に入っているようだ。
「人間どもに巣を壊された怒りはあるが、このような新居を用意してくれたから許してやろう」
 ハチノス様はハニィが運んできたワイングラスのローヤルゼリーに口をつけた。
 

「空軍の生存者、乙空からの報告です。アルドバラン、駐屯所郊外で移動を停止。丙武軍団は壊滅。アルドバラン内はハチに占拠されていて侵入不可とのことです」
 作戦成功の報告を聞いて甲皇国駐屯所の作戦指揮所は歓喜の渦につつまれた。
 メゼツは余韻に浸りながらも、ヤー・ウィリーに改めて協力を感謝した。
「あんたのおかげで甲皇国は救われた。あんがとな。それにしてもあんた、アルドバランがハチどもの巣になって誰も近づけなくなることまで計算済みだったんじゃねーのか?」
 ピクシーがヤーのおどけた口調を再現する。
「さあてね。とにかくこれでアルドバランが悪用されることは二度とない」
「よし、あとは残党狩りだけだ。今度は俺も行くぞ。反対するなよ、うんち!」
「わかりました。いっしょに戦いましょう!」


 アルドバランの直下、甲皇国駐屯所北方の郊外。
 大地にナメクジがはったような跡がついている。虫の跡にしては大きく、ローパーの足跡にしては小さい。
 よくみれば金属で引っかいた跡があり、ミシュガルドの原生生物のものではなさそうだ。
 跡をたどって行くと、義手義足を破壊され蛆虫のように|匍匐《ほふく》する丙武の姿があった。
 体からは血と油の交じり合った粘液が漏れ続け、ぬめぬめと光る道を作っている。
 追討の手が迫っている、早くこの場から離れなければ。
「くそったれが。虫けらのように地べたにはいつくばって、無様な姿をさらして……」
 余りの痛みと惨めさで、丙武は呪うようにわめき散らす。誰に言うでもなく口をついて出た独り言だったが、思わぬ返事が返ってくる。
「誰かいるんですか?」
 少女と機械じかけの下僕といった風情の主従が丙武の目の前に立っていた。黒を基調とした上品な服には花の刺繍が入っている。少女にしては地味な恰好だが、育ちのよさそうなお嬢さんなのかもしれない。
 うかつだった。逃げることに躍起になりすぎて、近づいてくることさえ気がつかなかったなんて。
 自分が悪名高い丙武であることはもう知れ渡ってしまっているかも知れない。そうでなくても鬼のような形相で恨み言を言っていれば、警戒して通報されてしまうだろう。
 あきらめきれず、丙武はじっと隙をうかがった。
 少女は白杖を頼りにふらふら一歩二歩と間をつめる。
 丙武は自分をあまり怖がらない少女に何か違和感を感じた。目の前の相手に対して「誰かいるんですか?」という言葉も考えてみればおかしい。夜更けとはいえ、月は出ている。丙武の姿が見えないわけがない。
 やはり俺は神に愛されている。丙武はこのメクラ少女との出会いは神の采配としか思えなかった。
 思えば両手両足を欠損する重症を負った新兵のときも、甲皇国軍がアルフヘイムの禁断魔法にさらされた大戦末期のあのときも、神は丙武を見捨てなかった。
 神というものの存在の是非はともかく、このような奇跡的な体験がきっかけで丙武は戦後機械教団に入信するのである。
 丙武は努めて柔和な声色で尋ねた。
「アンビリーバボー!! もしかして目が見えないのか?」
「はい、目が悪いのでロボットのピポパに助けてもらっています」
 ピポパが意地悪そうに少女にウソを吹き込む。
「シュガーお嬢様、この男性は手足が不自由なようですがとても立派な身なりをしています。悪い人ではないみたいです」
 こいつとは仲良くできそうだ。
 丙武とピポパはお互いが似たものどうしであることを瞬時に見抜いた。
「お互いハンディキャップがあって大変だな。ところで義手義足が故障してしまって困っているんだが、人気のないところまで連れて行ってくれないか」
「いいですけど。なぜわざわざ人気のないところに?」
「かっこ悪い姿を人に見られたくないんだ」
「わかりました。私のお城に招待いたします」


 シュガーはピポパに丙武を引きずらせて、共同墓地へと連れてきた。
 これは早く死ねというメッセージだろうか。
 丙武には悪い冗談にしか思えなかった。
 本当は自分が丙武であることも見透かされているんじゃないのか。
 ピポパが丙武の疑念を晴らした。
「りっぱな城でしょ。静かで荘厳で。人生の|終《つい》の住まいとしてまさにサ☆イ☆テ☆キ」
 シュガーは何も知らないのだろう。ピポパがシュガーをだまして墓になんて住まわしているに違いない。
 丙武はピポパにならってウソに乗っかった。
「常識では考えられない浮世離れした城だ。とても気に入ったよ。しばらく世話になる」
 丙武とピポパは顔を見合わせてせせら笑った。


 シュガーは丙武をオルガン型の墓碑に座らせ、壊れた義手義足の破片を取り外した。手際よく傷口の消毒まではできたが、丙武がシュガーの目の代わりをしながら包帯を巻いてもらうしかない。スイカ割りのように右だ左だと細かく指示したが、包帯は大げさに何重も巻かれて余計に動きずらくなってしまった。
 丙武はかいがいしく看護してくれるシュガーにだんだんと欲情してくる。手足があれば今すぐにでもお礼をしてヤりたいところだが、シュガーはなぜか代わりの義手義足を用意してくれることはなかった。
 どこでみつけてくるのか食料だけは用意してくれる。が、丙武はひとりで食べることすらできない。
 シュガーが大福を手に取り丙武の口元に近づけて言った。
「はい、あーんして!」
「お前は俺の母ちゃんかっつーの!!」
「あなたのお母さん?」
 シュガーは丙武に母がいることに本当に驚いているように聞き返した。
「ウチは貧乏貴族だったから、義手義足が買えずに母ちゃんによくこうして食べさせてもらってたんだよ。母ちゃんは俺の世話だって大変なはずなのに、毎日外に働きに出ていた。俺も少しは生活の足しになればと思って街角に立って援助を求めたんだ。金を恵んでくれる奴もいたにはいたが、どいつもこいつも俺を見世物のように見やがる。ある日乞食みたいなことに耐えられなくなって、婚約者がいるのに不倫を繰り返した。すぐにバレた後どうなったと思う? 傷痍軍人年金をもらえなくなったばかりか縁談はご破算、今まで援助してきた奴らがだまされた金返せって言ってきてよ。善人の不具者でなきゃ不具者でないんだと。それでも母ちゃんだけは最期まで味方でいてくれたよ。今まで働いてきた貯金をはたいて義手と義足を買ってくれた……ほどなくして母ちゃんは死んだ。過労が原因だ。チッ、くだらねえ長話しちまったな」
 シュガーの隣に不思議な居心地の良さを感じ始めていた。これ以上らしくないことを語ってしまう前に、食事を済ませてしまおう。丙武は雛鳥のように大きく口を開けた。
 二人羽織のように四苦八苦しながら食事をすませると、もう新しい太陽が顔を覗かせていた。
 逆光の中に人影が見える。太陽がメゼツの髪を赤々と染め上げていく。
 丙武の震えが伝わったのか、シュガーは恐る恐る尋ねた。
「何を見ているの?」
「どうやらお迎えが来ちまったようだ」
 メゼツは丙武を見据えながらゆっくり近づくと、処刑執行人のようにかたわらに立ち大剣を振り上げた。
「探したぜ。これで皆まくらを高くして眠れるってもんだ。お前が殺してきた人々の墓の前で死ぬ、因果なものだな」
 シュガーは両の手を広げて丙武を庇う。
「おやめなさい! この人は悪い人ではありません」
「お嬢ちゃん、分っているのかい。そいつは庇うに値しない悪党、あの丙武だ」
 林立する墓石が血の色に染まっていく。
「そんな気はしていました」
 自分のことを丙武と知りながら助け、今また庇おうというのか。丙武は母が死んで以来失っていた感情を思い出した。人を助けたい。この娘だけは助けてやりたいと思った。
「メゼツ、この女は関係ない。俺に騙された哀れな女だ」
 どんなに突き放してもシュガーは丙武のそばを離れようとしない。
「悪逆非道の限りをつくしてきた悪党も最期には善人になりましたとさ? そんなこと信じられるわけがねーだろ!!! 女ぁー、無意味な戯れ事は止めろ。俺はてめえの体もろとも丙武を斬ることだってできるんだぜー」
 シュガーは自分の身を差し出すようにずいとメゼツの前に出た。
「それで構いません。私は目が見えないんです。目の代わりをしてくれる丙武さんがいなければ、どのみち私も生きてはいけません。ここでいっしょに殺してください」
 メゼツは振り上げた大剣をついに振り下ろすことができなかった。
「ちくしょー、勝手にしろ! もしまたてめえが悪事を働くことがあれば地獄の底まで追い回してやる!!絶対にだ!!!」
 メゼツは捨て台詞を吐くと、振り返ることなく共同墓地を後にする。
 もう二度と会わないような、そんな気がしていた。


「メゼツ! そっちはどうだ、丙武はいたか!?」
 途中、精力的に丙武捜索を続けていたカールに、メゼツは皇帝として捜索終了を命令した。
「丙武は死んだ。俺たちのよく知っているアイツはもうどこにもいない」


(ENDE)
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