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義弟の想い、男同士の譲れぬ戦い

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~5~

 去りゆく兄ディオゴの背中を見たモニークはそのまま馬車へと乗り込んだ。

「モニーク?」

モニークは溢れる涙を拭っている。
先程までモニークが見つめ、ブーケを投げた先には、去りゆくディオゴの姿があった
モニークを振り返り、ダニィは全てを悟った。

「すまないが、ちょっと待っててくれないか?」

御者に一声かけ、モニークの両頬を包み込みダニィは優しく見つめる

「少し話をしてくるよ モニーク……」

「……ダニィ」

「……心配しないで ハニィ 男同士、大事な話をするだけだ。」

気の効いたダニィの計らいに、モニークは女神のように微笑むと
ディオゴを追って走ってゆくダニィの背中を見送った。


「おーい 何してんだよー!花婿さんよぉー!」

「ちょっと忘れ物しちゃってね…」

馬車で走りゆく新郎新婦をそのまま見送る筈だった招待客たちは
引き返すダニィを茶化す。口々に平謝りしながら、ダニィは人ごみを掻き分けて
ディオゴの許へと走っていった。



実家の居間の暖炉の前で、ディオゴはソファーに深々と腰をかけ、左手で顔を抑えて泣いていた。
モニークに対して劣情を抱いていた自分が情けなく、そんな彼女の幸せを祈ってやれない
自分の愚かさを責め、嫌悪した。

コンコンコンと扉を叩く音がした
慌てて顔を拭い、ディオゴは尋ねる

「誰だー?」

「僕だよ お義兄さん!ダニィだ!」

(ダニィか……こんな時に……)

正直、ダニィと顔を合わすのは気まずかった。
彼の恋人であるモニークに対しての劣情を抱いていただけに、余計に気まずい。
それに、ダニィと自分はモニークが縁で義兄弟になっただけの関係では無い。
ダニィの父マテウスが亡くなった後、彼のゴッドファーザーだった
ヴィトー・J・コルレオーネは彼の身元引受人となり、彼を実の息子のように育てた。
父マテウスはインスピレーションを求め、ドラウ山脈を登山中に死亡。父の死で冷え切った
ダニィの心を温めたのは、ヴィトーであった。ヴィトーは、ディオゴにダニィを
義弟と思って接してやれと言い聞かせた。 ダニィもディオゴを義兄として尊敬し、義兄さんと呼んでくれていた。

だが、先に記した通りのモニークへの劣情からか義弟ダニィへの憎しみは少しずつ募っていた。
突然入ってきて自分から妹を奪った憎き義弟だと……
モズの巣に卵を産み付け、親の愛を横取りするカッコウのように、
自分から父ヴィトーの愛だけでなく、妹モニークの愛までも横取りしたと……

だが、義兄としてのプライドが自分のその劣情を悟られることを拒否した。
ましてや、憎き義弟だけにはそんな劣情を知られるのは屈辱の極みだった。

「…入っていいぞ」

申し訳なさそうにダニィが扉から顔を覗かせ、部屋へと入ってくる。

「……義兄さん……」

「……結婚おめでとう……ダニィ……どうか、モニークを幸せにしてやってくれ」
ダニィの目を合わせるのがあまりにも辛く、ディオゴは再び顔を手で覆い、
ソファーに深くもたれ掛かった。その態度はまるで、一刻も早く出て行ってくれと
言わんばかりだった。

「義兄さん 僕がモニークの夫になることが……そんなに不安なのかい?」


「…そうじゃあない」

「顔がそうとは言ってないよ……」

ディオゴは近くの人参酒をグラスに注ぐと、それを一気飲みした。

「…………」
一気飲みした後、ディオゴはダニィを激しく睨みつけた。酒を煽ったせいからか、
ディオゴはもはや義兄としてのプライドなどどうでもよかった。
ただ、妹への劣情を抑えきれず、そのドス黒い感情の捌け口をダニィにぶつけていた。

「義兄さん……!」

突如として向けられた憎悪の目にダニィは身震いした。
いくら、口で取り繕うとも目はダニィへの憎悪に満ちている。

だが、モニークを心の底から愛する男として
この鋭い眼光に負けるわけにはいかなかった。
ここで目を逸らしたのなら、お前の愛はそんなものかと侮辱されそうだった。
義兄のディオゴにそんなセリフを吐かせたくはなかった。

「…義兄さん」
ダニィはディオゴのグラスを握る手を握り、ディオゴを誠実な眼差しで見つめた。
義兄ディオゴが自分に憎しみの目を向けるほど、妹であるモニークを
愛しているのかと改めて思い知った。
尊敬する義兄ディオゴの心の氷を溶かすには、
自分が妹モニークの婿として、愛に誠実であることを身をもって証明するしかないのだ。

「……モニークはお義母さんの忘れ形見だ……亡くなる寸前に、義兄さんが
モニークのことを託されたことも知ってる……それ以来、義兄さんが
身を削ってモニークの面倒を見てきたのも知ってる……! 
毎月の仕送りと、暇を見つけて遊びに来てくれてるのが何よりの証拠だ……!」

ダニィはディオゴの日頃の行いを述べることで、
ディオゴのモニークへの愛を誠心誠意 理解しているという意思表示をした。

「だからこそ、他の男に……ましてや面倒を見てきた僕なんかに彼女を任せられない
気持ちも分かる……でも、どうか信じてくれ。モニークを愛する気持ちは
少なくとも義兄さんと同じぐらいだ。」

ダニィの誠実な眼差しにディオゴは目を合わせていられなくなった。
ダニィの言葉の前に、ディオゴは劣情を抱く自分が情けなくなった。

「……負けたよ……ダニィ」

ディオゴはそう言うと、先ほどの人参酒を手に取りグラスに注いだ。
ため息をつきながら、ディオゴは人参酒を義弟に勧める。

「手間をとらせて悪かったな……これ以上、花嫁を待たせる訳にもいかねぇ……
こいつを食らったら行ってこいよ」

「義兄さん……っ」

ダニィは自分を義弟としてではなく、モニークの花婿として認めてくれたことが嬉しくて、
注がれた人参酒を一気に食らった。食らったアルコールのせいで、
内側から目を締め付けられるかのような感覚を堪え、ダニィはグラスを机の上に置くと
口を拭ってモニークの許へと戻る。

「ありがとう 義兄さん!!絶対にモニークを護ってみせるから!」

ディオゴが手を振るのを確認するとダニィは直ぐに元来た道を戻り、馬車へと乗り込んだ。

「出してくれ」

待ってましたと我慢汁を噴き出すかのように、御者はダニィの言葉がかかるとすぐに
馬の尻を引っ叩き、馬車を走らせる。

「モニーク!!幸せになぁーーー!!」
「ダニィーーーー!!! 嫁さんを大事にしやがれー!」

外からダニィとモニークの乗った馬車を見送る人々の声が聞こえていた。

その声を遠くに感じながら、酒を食らったディオゴは終わることない劣情の渦へと引きずりこまれていく……
たった一度の和解、歩み寄り如きで人の心が改心するのならば苦労は無い。
いずれにせよ、どうあがいても自分のモニークへの劣情は決して消えることは無いのだと……
宴会恐怖症で酒など大嫌いな筈のディオゴが、あえて酒に逃げたのも
酒の力を借りて、モニークへの劣情の渦の中で改心を繰り返す
堂々巡りから目を背けて逃げたいためだ。

ディオゴはそのままソファーに沈みこみ、ドブのように静かに眠るのだった。

これからダニィとモニークはハネムーンのため、ドラウ山脈へと向かう。
同山脈は観光地としても名高く、ハネムーンにはうってつけだ。
ダニィにとってもそこは父親を亡くした父の墓標である。
亡き父に愛するモニークとの結婚を報告したかったのだ。


この時のダニィも、モニークも、ディオゴも、ヴィトーも、ツィツィも……
これが悲劇の始まりになろうとは微塵も予想していなかった……

そう……これは黒兎物語の始まり。
黒い兎たちの悲劇の歴史の始まりである……
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