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「おのれェェぇ……!!コルレオーネ軍曹めぇぇぇええええ……!!」
アーネスト・インドラ・ブロフェルドは激怒していた。
血だらけの顔面を近くの噴水で洗い流し、顔を拭ったハンカチを地面に叩きつける。彼の怒りなど理不尽極まりない彼の日頃の愚かな行いが招いた当然の結果であり、因果応報である。そんな彼が今こうしてディオゴに逆上しているのも、もはや逆恨み同然である。
(よくもこの俺に赤っ恥のこきっ恥をかかせてくれたなぁぁあああ~~~~~)
アーネストは当然、父親のブロフェルド将軍に直訴した。
そして、上官に暴力行為を働いたディオゴ・J・コルレオーネ軍曹を
即刻 軍警察の手で懲罰房送りにし、後悔させてやりたかった。
だが、そんな彼の訴えが認められる筈などなかった。
なんとブロフェルド将軍の傍に居たのはあのダート・スタン総督だったのだ。
「そっ……総督!!」
「……アーネスト・インドラ・ブロフェルド中佐殿。
貴殿はヴィトー・J・コルレオーネ阿闍梨のお嬢様の結婚式に押しかけ
暴力沙汰を働いたというではありませんか……」
「……そ それは何かの間違いで!!」
「……しかも阿闍梨からお聞きした話によれば、貴殿は日頃から
お嬢様に対し、ストーカー紛いの行動をしておったとか……」
「と……とんでもない言いがかりでございますよ~~~!!
総督様ぁぁあああ~~~!! 私はただお嬢様とお友達になりたいと…!!」
「言い訳無用!!儂もあの場に居たのじゃ!全て一部始終目撃しておったわ!!」
ダート・スタン総督は、この北部の白兎や黒兎どころか、北部全ての亜人たちを束ねるノース・エルフ族の族長なのだ。亜人の軍人が事態を揉み消そうとしたところでどうにも出来ない。
「しかも、事もあろうに貴殿は長年黒兎人族の里でスタンプラリーと称して
数々の犯罪行為を行っておったらしいのぉ……」
「ひぃぃいいいいいい それは!!!」
日頃の自分の行いを調子に乗って娯楽のように発言した報いである。
あの温厚である筈のダート・スタン総督の表情は、沸騰したヤカンのようにふつふつと煮えたぎる怒りに満ちていた。
「ブロフェルド将軍も貴様の行いにどれほどお悩みであったか知る由も無いじゃろう……彼はもう自分が罰せられてもいいから、どうか息子を止めてくれと儂に懇願しに来たのじゃ……!」
(おぉおおおおいいいい!!何余計なことしてくれてんだよ~~~~~!!
この糞じじいいいいいいいいいいいいい!!!)
「息子のためを思い、汚い悪事にまで手を染めた父上の苦労も露ほども知らず……
貴様はお父上の名前を利用して、黒兎人族の里で行った行為全てを揉み消していたと……! 自分で犯した愚行を、自分で責任を取るなら まだしも……親に揉み消してもらうとは……貴様は……とんでもない馬鹿息子じゃ!!!!!!」
ダート・スタン総督の怒号がブロフェルド駐屯地に響き渡った。
怒号を聞いた全ての兎人族の軍人たちが縮み上がった。
「ぁああぁああ……」
怒鳴られたアーネストの顔からは血の気が引き、脂汗がにじみ出ていた……
「このことをセキーネ・ピーターシルヴァンニアン殿下が知ったら
どれほどお嘆きか……」
セキーネ・ピーターシルヴァンニアンは、白兎軍の最高司令官であり、
多くの軍人たちにとって軍神と崇拝されるほどの人格者である。
「……お主をこのまま軍警察に突き出し、軍法会議にかけてやりたいところじゃが
我が子を思う父上のその勇気に免じて、貴様を5階級降任に処す……!
職務はおって通達する……! 己の愚行を悔い改めるが良い……!!」
「ご……5階級……こうにぃいい~~~~~~ん!??」
アルフヘイムの正規軍史上で5階級降任を受けた者は居ない。
軍人として1階級でも降任されようものなら、救いがたいほどの赤っ恥のあまり依願退役ものだと言うのに
更にプラス4階級の降任とは、もはや地獄に突き落とされたようなものだ。
いっそのこと、軍法会議にかけられて死刑を言い渡された方がまだ格好が付くというものだ。
落ち込み嘆くアーネストを他所に、ブロフェルド将軍と、ダート・スタン総督は彼のいるオフィスを後にする。
「……これで宜しいですかな?将軍」
「……ありがとうございます……総督……」
「……礼には及ばぬよ これも総督としての定めじゃて」
「……いえ 本来ならば軍法会議にかけられて重罪だった筈の
息子を助命してくださり……本当に……本当にありがとうございます……」
涙ながらに感謝の意をブロフェルド将軍は述べた。
「いいや、お主も彼も充分、重罪じゃ。これから先、恥の人生を歩まねばならんのじゃからのォ」
ダート・スタンは将軍の肩を優しく叩き、その場を後にした。
(……やれやれ 何だか嫌な予感がするのう……どうかこの予感が当たらねば良いが……)
彼の胸に鉛のように重く 溜め込んだ精子のようにねっとりとした 嫌な予感がのしかかる。
残念なことにその予感が的中するのを、この時のダート・スタンは知る由も無かった。
逆上したアーネスト中佐……いや、降格して今や曹長になったアーネストは、馬を走らせる。もう今の彼にとって失うものなど何もない。
「ディオゴめ……後悔させてやると言ってやったよなぁ……お望み通り、そうしてやるぜぇえええぇぇえええ」
この時点でアーネストはまだ中佐としての権限を有しており、まだまだ将軍の威光を傘に行動することが出来た。彼は、ダニィとモニークのハネムーンを計画した旅行代理店ミルトン・クレスト商会に連絡を取り、彼等がドナウ山脈へと向かっていることを突き止めた。
「へっへっへっへっ……今から行けばじゅぅうぶん間に合うぞぉおおお」
アーネストの執念は凄まじいものだった。
すぐさま、馬を走らせて2人が乗っていると推測される馬車を突き止め、その馬車の車輪の跡を見抜き、追跡を開始した。
「モニークちゃんよぉおお~~~……可愛い可愛いモニークちゃん……待っていろよぉ~~~この俺様がたぁぁぁああああぷりと可愛がってあげるからねぇぇええええ」
盗撮したモニークの写真をベロベロと舐めながらアーネストは馬を走らせる。
そう全てはディオゴへの復讐のため……手中に収めたいと思っていたモニークを手に入れるため……