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第九話 「任せとけって」

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(くそっ数が多過ぎる!前に…進めねえ!!)
 まるで手応えのない割には絡み付くように次から次へと現れる餓鬼に、守羽は歯噛みしながらも“倍加”で強化された身体能力をもって迎撃していく。
 だが倒した数より増える数の方が早く、そして多い。
 それがたとえ個としては皆無に近しい戦力だったとしても、
「…ッ」
 群れとしての質量そのもので攻め込まれてしまえば、いずれ押し潰されるのは単身の守羽の方であるのは必定。
「く、っそ…!どけ、邪魔だ!」
 そう、分かり切っていたことではある。消耗し、疲弊し、僅かな傷も疲労も蓄積していけばいずれ敗北へ繋がる要素となる。人外であったり、ほんの一部の例外的な能力を持つ人間でもない限り、このジリ貧の状況は打開できない。
「クソ鬼が、待ちやがれ!置いて行け…先輩を、久遠さんをっ」
 そして残念なことに、守羽は異能力者でこそあれ、この状況を切り開けるだけの強力な能力の持ち主ではなかった。少なくとも、『今現在の「神門守羽」』は。

「……いた」

 |しかし《・ ・ ・》、|いた《・ ・》。
 いたのだ。
 いつか命を救った友人。その大恩を未だに抱いて、その身の全てを賭してでも尽くそうと息巻いていた、彼が。
 かつて自身に宿る異能と悪質な概念種に死すら覚悟していた者が。
 ほんの一部の、例外的な能力を持つ、このジリ貧を打開できる、人間が。

「見、つ、け、た、ぞっ、オラァあああああああ!!!」

 夜空に響き渡る大声量を撒き散らし、餓鬼を背後から纏めて吹き飛ばした東雲由音は、その両目を悪霊憑きの黒色に染めてニィッと快活に笑って現れた。
「おま、なんでこんなとこにっ由音!」
 いきなり突撃してきた友人の存在に驚きを露わにして、守羽はさっきまで大鬼に向けていた憤慨すら一時的に忘れて友の名を呼んだ。
 対する由音はといえば、薙ぎ払った餓鬼共が空中に舞い落下していくのを無視して守羽に人差し指を向ける。
「なんで、じゃねえよお前よ!はえぇんだよ!ちょっと見失って追い付くのに時間かかっちゃったじゃねえかまったく!!」
 言っていることの意味は不明だったか、どうやら守羽の姿を見つけた由音が事態もよくわからず追い掛けてきたらしい。
 由音は落下してひしゃげた同胞を踏み越えてさらに出現して増えた餓鬼共を見回してから、
「なんだやっぱりか!まーたお前人外絡みでなんかやってたんだな!」
「好きで絡んでるわけじゃねっつの」
 互いに屋根の上で背中を合わせ、周囲を囲う餓鬼の動きを見張りながら話す。
「んで!?コイツらぶっ飛ばせばいいんか?」
「いや…たぶんだが、無限湧きだぞコイツら。それよりも俺はこの先に行きたい、餓鬼を発生させてる親玉がいるんだ」
 あの茨木童子とかいう大鬼を退治しない限り、おそらく餓鬼の出現は止められない。静音の安全を確保する為にも、一刻も早い茨木童子への接触が最優先事項。
「そっか、じゃ行けよ守羽!」
 すぐさま納得した由音が、漆黒に染まった瞳で背中を合わせた友人に言う。
「ここはオレがやっとくから!お前はお前のやりたいことやれ!」
「って言ったってお前、この数…」
 二人掛かりでようやく突破できるかどうかというほどの数まで増殖していた餓鬼に囲まれ、それでも由音は笑って拳を構える。
「守羽だけなら蹴散らして行けんだろ!追うヤツはオレがぶっ飛ばすからっ」
「いやでもお前」
 守羽は由音の異常なまでの戦闘能力を知っている。由音もまた異能を持つ者にして、概念種という人外に胎児期から魂を喰らわれ続け今なお悪霊に取り憑かれている者。
 二重の異質を兼ね備えている由音の、その潜在能力には底知れぬものがある。
 だがその力には大きなリスクがある。
 異能の暴走、悪霊の乗っ取り。
 いくら強大な力を持っているとはいえ、由音が無事に済むかどうかはまた別の話なのだ。ただでさえ、かつての暴走事件のことは由音にとってちょっとしたトラウマと化しているのだから。
「お前に助けられて、お前に力の使い方を習ってから、オレだってずっと自力で色々やってたんだぜ?任せとけって!」
 自信満々の発言に守羽も戸惑いを見せる。素直に任せていいものか。
 だが静音のこともある。ここで時間を掛けていられないのも確かな事実だ。
 苦渋の決断だったが、守羽はその提案を受けることにした。
 直後、餓鬼の集団が一斉に襲い掛かる。
「わかった…気を付けろよ、由音。連中弱いけど数が多い」
「おう!そんじゃあ……」
 ぐるんぐるんと回した右拳を振り被るのに合わせて、守羽も同じ方向へと渾身の四十五倍強化の蹴りを放つ。
 ドッパァァンッ!!!
 胴体が爆ぜ、頭部が弾け、手足が吹き飛ぶ。
 二人分の衝撃が集束されて、一方向の餓鬼共が文字通りの散り散りになって後方へ飛び散る。
「よっしゃ行けっ!」
「すまん!」
 新しい餓鬼が発生するより先に、包囲に開いた一点へ守羽が走り出す。半数が残った由音を、もう半数が包囲を突破した守羽を狙って動き出そうとする。
「余所見、してていいのか!?」
 守羽の方へ顔を向けていた、痩せ細った矮躯を殴り散らす。
「守羽ほどじゃねえけどよ!オレも強ぇぜ!?」
 その身体からは黒い瘴気のようなものを滲ませて、自身に巣食う悪霊の力を引き出した由音が遠ざかる守羽の姿を遮る壁のように立ちはだかる。
 実戦で試すのは初になるが、おそらくどうにかなるだろう。
 元々忌み嫌ってきたこの力を研鑚しようと思ったのは、ただ単純に守羽の戦力になる為だ。その為だけに、苦痛と辛苦を乗り越えてこの領域まで至った。
 今の由音は、悪霊の力を人の身に宿し戦う、半ば人外のような存在。
 それに関して嫌悪は無い。むしろ誇らしいほどだ。
 昔は絶望させられたこの力で、今は希望を紡ぎ繋げられる。恩人の助けになれる。
 もう、それだけで由音はこの上なく満足なのだ。
 そう。
「リアル無双ゲームだな!一騎当千してやんぜ、やべえちょっと楽しくなってきたぞ!!」
 由音は自分の為に|恩人《しゅう》を助ける。
 それでいい、それがいい。それが理由で、それが全てだ。
 他の誰がなんと言おうと、信念は揺らがない。芯はブレない。
 拳を握るのに大層な理由はいらない。一個人の為にだって命は張れる。
 力に憑かれた彼の場合は、掲げる大儀はそのただ一つ。
9

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