その3
Ⅲ
自分の人生のあまりのどうにもならなさに、いい加減嫌気が差した斉藤武雄は、ついに人を呪おうとしていた。
A4のコピー用紙をハサミを使って人形(ひとがた)にくり抜いた。あとは人形に恨みを込めながら黒い待ち針を刺せば呪いは完成なのだけど、その作業がさっぱり進まないでいた。なぜかといえば、恨みを込める相手をどうにも決め兼ねているからだった。確かに死ねと思っている奴は、特にfacebookではたくさんいるし、さっさと不幸になっちまえと思っている奴なんざ、その比ではない。本当にたくさんいる。あの時、たとえば高校生の頃、僕を小馬鹿にしておきながら、今はtwitterで絶賛のろけ中のあいつだとか、中学生の頃散々やんちゃをしまくっていたくせに、facebookでは善人じみた発言を繰り返す、彼女と仲睦まじく過ごしている写真ばかりをアップロードするあいつだとか。
挙げ始めればきりがないが、さっさと不幸になってしまえと思っている奴の数は数十人以上に及んでいた。だけど、僕はその誰一人に対して、呪いをかけることはできなかった。
人の幸福を奪って、代わりに不幸を与えるほどの権利を僕が持ち合わせているとは到底思えなかったのだ。だからい僕は誰一人に対しても、呪いをかけることができなかった。
―本当は誰かを呪って、不幸にしてやるつもりだったのに。僕はどうしても人を呪う事ができなかったのだ。どうして呪う事ができなかったのだろう…と心の奥底で反芻してみる。だけどやっぱり理由はよくわからない。
人を呪って、不幸を願うほど僕の性根は腐っていなかった、というだけなのかもしれない。もしそうだとすればそう思いたい。
久しぶりにカーテンを開けて、窓の外を見つめてみる。もうすっかり日は暮れていた。夕闇が少し残っているだけで、空はもう真っ黒だ。ぽつりぽつりと灯る街灯を眺めながら、各々の家の生活を少しだけ思いを馳せてみる。窓の右下に映る家には、最近引っ越してきた若い夫婦が住んでいる。彼らの生活は? 夫婦生活は? 今日の夕ご飯の献立は? どうだったのか? 等々、想像の余地はたくさんある。だけど僕はそんな彼らの生活について何一つ知らない。なぜなら僕は彼らと接点がないからだ。だから彼らの生活なんて知る由もない。……別に知りたいわけではないけれど。
久々の窓の外を堪能した後、僕はPCの電源を点けた。本当はもっと窓の外の景色を堪能したかったのだけれど、あいにく今日の僕には珍しく予定がある。pちゃんとチャットをするのだ。
pちゃんはチャットサイトで知り合った17歳の男子高校生で、実際に何度か会ったこともある。ちゃん付けをしているのは彼がいつもチャットに「pちゃん」という名前で入室してくるからだ。
PCが起動する。Skypeを起動する。オンライン状態のpちゃんからほどなくしてメッセージが飛んでくる。
「saitoさん久しぶり」
一昨日ぶりだろ、とツッコもうとしたけれど、言われてみれば随分と久しぶりな気がしてツッコむのはやめておくことにした。