「かかし」作 どんべえは関西派 0304 18:21
彼は「かかし」と呼ばれていた。
だが、世間一般でいう案山子とは全く違う姿をしていた。人間の背骨のような形状をして、そこからはまるで枝のように白い骨が幾本も伸びていた。その頂点には薄汚いフードがかぶせられていてその内側には虚無が広がっていた。そして何よりも、彼が立っている場所は畑ではなく墓地の入り口だ。
どう見ても案山子には見えない。それでも彼は「かかし」と呼ばれ、道行く人に唾を吐きかけられていた。
もう何十年も前から彼はそこに立っている。
何が目的なのか、何がしたいのか分からない。
ただ、話かけると必ず返事を返すことから、意識を持っていることだけは分かった。
僕は今日、おばあちゃんのお墓参りに来たついでに、この「かかし」に話しかけてみることにした。いつもならお父さんやお母さんに邪魔されるのだが、今日に限って二人とも病気がちな弟の看病で家に残っている。絶好の好機だった。
冷たい風が吹きすさぶ中、僕は「かかし」の前に立つと、まるで親友に話しかけるように馴れ馴れしく声をかけた。
「こんにちは」
「…………こんにちは」
まるで洞穴の奥から聞こえるような声
辛うじて聞き取ることができるが、一度耳に入ってしまうとその特徴的な声を忘れることはできなかった。
僕は少し気圧されるも、気を強く持って言葉を続けた。
「かかしさんは、どうしてそこにいるんです?」
「……私かい?」
「そうです」
「…………知りたいのかい?」
「はい、知りたいです」
屈託なくそう答える。
すると彼は一拍置いた後、答えた。
「…………私はここに封印されているのさ」
「そうなんですか?」
「…………そうさ、私は死神さ」
「死神」
なるほど
実物を目にしたことはないが、そう言われると見えなくもない。
僕がフムフムと頷いている間も、彼の暗い声は聞こえてくる。
「…………その昔、死を恐れた人間が、私をここに縛り付けたのさ。ところが見てごらん、背後には幾人もの死が眠っている。どういうことかわかるかい?」
「分かりません」
「…………私を捉えても、人間に死を免れることはできないのさ」
「……………?」
僕は「かかし」が言っていることが上手く理解できなかった。
この時僕はまだ十二歳、おばあちゃんは物心がつく前に死んでおり、他に身内は死んでいない。まともに死と直面したことない僕に「かかし」が会いうことを完璧に理解しろという方が難しかった。
一方で「かかし」はほんの少し自虐を含んだ声で、こう呟いた。
「それでもだ。ここに住む人間は人の死を私のせいにして、その恨みを向けてくる。お笑い草だと思わないか? 私はただ、死んだ魂を集めるだけの回収人に過ぎないというのに」
それが、僕が聞いた彼の最後の言葉となった。
急速に話に飽きた僕は、別れの挨拶もせずに背を向けると家に帰ってしまったからだ。いや、正確に言おう。彼の言葉を飲み込んだとき、何か恐ろしいもが自分の背中から這い上がってきて首筋をギュッと掴む感触がした。その得体のしれない物に恐怖感を抱いたのだ。
だが、幼い僕にそれを受け入れることはできず、忘れるようにしていた。
それに、温かい夕食を食べ、ベッドにもぐりこみひと眠りした頃には「かかし」の言葉などどこかに吹き飛んで行ってしまい。彼との対談ははるか過去のこととして、忘却の彼方へと捨て置かれた。
結局
僕が「かかし」の言っていたことを思い出し、完全に理解したのはそれから二年後
弟が病気で無くなった時のことだった。