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「欠けていた男」作:岩塩 0316 22:34

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 自分の好きなものを食べ、好きなテレビを見て、好きな詩を綴る。
 こうして私は終える。全てに満足して、そうして終わる。
 後悔は無い。来ると分かっていたものだし、歯向かうことの無意味さも知っていた。
 来たるべき絶望を前にして、私はしかして希望する。
 唯一無二の、それが精一杯の反抗。
 誰が悪いわけではない。私だって悪くない。
 責めるべき相手を見つけるべきものではないのだから、心の内はまったくといっていいほどに揺らがない。
 投じられた巨石に反し、水面はちっとも波打つことがなければ飛沫を上げることもしない。
 
 ―――ああ、こんなものか。

 最期まで希望することを抵抗と、反抗としながらも。私は思いの外、自身に絶望していた。
 喉が裂けるまで叫びたかった、頭を掻き毟って泣き喚きたかった。
 死にたくない、死にたくないと。
 無様に生に縋り付きながら終えたかった。
 だが、いざその時を迎えてみればどうだ。最期の晩餐に丁寧に舌鼓を打ち、画面に流れる映像に曇りない笑みを浮かべ、ふと思いついた詩をノートに書き連ねては満足している。
 満足している。

 ―――こんなものか。私の人生はこんなものか。

 違うだろう。そうじゃないはずだ。何かの間違いではないか。
 空が燃えている。深紅色の天空が絶望を撒き散らしていく。外は阿鼻叫喚の大騒ぎ。醜く顔を歪ませながら、空を見上げ救済を乞う人達。
 何故、自分がそこに含まれない?
 もっと、あるだろう。やりたいこととか、遺恨とか無念とか心残りとか。死ねない理由があるだろう。
 どうして私は、こんなにも穏やかに絶望を受け入れている?
 どうして私は、こんなにも嫋やかに希望を払い除けている?
 
 ―――そうか。私は、そうだったのか。

 考えに考えて、全ての終わりを間近に控えて、ようやっと理解に至る。
 所詮そんなものだったのか。
 願う未来が無かった。
 望む結末が無かった。
 希う世界が無かった。
 私という人間は、こうなる前にとっくに終わっていたのだ。

 ―――道理で。縋れないわけだ。

 窓から見える終末の景色は、とても鮮やかで美しく見えた。
 宙より降る紅色の災厄。星を滅ぼす大隕石。
 最愛の女を娶り、子を持ち、満ち足りた世界を創り上げたと思っていたけれど。

 ―――その実、私には何も無かったわけだ。

 空っぽの心には、生命の終わりも世界の終焉も、絶望とすら捉えられなかった。
 ここまで生きて来たはいいけれど。結局のところ、

 ―――最期まで、|希望《しあわせ》も|絶望《ふこう》も、よくわからなかった。

 何かが欠けていた男は、地上を吹き飛ばす炎と衝撃に見舞われる一瞬まで、小首を傾げたまま咀嚼を続けていた。
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