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No believe(6)

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「……そうですか」
「うん、そう」
「……」
「…………」
「もう遅いですし、帰りましょうか」
「うん、そうだね……」

 そんなことがあったのが、つい……四十時間ほど前の話だ。
 今日は土曜日、文化祭初日。クラスから一歩廊下へと出れば、賑わう人の波。
 軽音部の一年が中夜祭で行うライブの宣伝を大声で触れ回り、バスケ部のフランクフルトをサンドイッチマンが出張で売り歩いている。
 うちのクラスで行っている――やる気があるのかないのか微妙なセレクトだが――駄菓子屋の売り子が、午後からの演劇が割りと面白いらしいという話を楽しそうにしていた。
 僕はその売り場の裏方に回り、サボるほどではないけれど別に文化祭なんてぶらぶら回るのもめんどくさい、という連中と一緒にだらだらと過ごしていた。
 準備は大変だが、本番が始まってしまえばそれほど忙しくない、というのがスタッフというものだ。
 やることといえば、スタッフの腕章を付けて問題が無いか各所を回るだけ。
 ゴミの管理やステージでの企画運営などがあるにはあるが、そういうのは福原みたいなアクティブな人員や、一年生主体でやってもらっている。
 というか、とにかく僕はもう今日は仕事があったとしても、何もする気が起きなかった。
「はー………」
 長いため息を吐き出し、大きく伸びをする。周りを見渡し、できるだけ外から見えない位置へ、同じように座っている連中の影に回るようにさりげなく椅子を移動する。
 そう、僕はここ二日間、先輩を避けに避けていた。
 昨日は用事があるからと先に福原を生徒会室へ行かせ、図書館で時間を潰してから生徒会室へ向かった。忙しい先輩は、さすがに待ち伏せたりはしていられないだろうという思惑からだ。
 待ち伏せる気などあったかどうかは知らないが、とにかく顔を合わせる事が気まずかった。
 木曜と同じようにほとんど先輩は生徒会室には戻ってこなかったし、戻ってきたとしても資料を置きに寄ったとかで、話すような時間は無かったのが、僕にとって幸いだった。
 生徒会室は早めに閉めてしまった。もちろん木曜みたいな鉢合わせがないためにだ。そのために死ぬ気で早めに仕事を終わらせた僕は、家に付いた後張り詰めていた上での疲れで、泥のように眠ってしまった。
 結局、昨日は目もろくに合わせないまま一日を終えたわけだ。避けるにしても、あからさま過ぎて自分でもどうかと思う。
 正直な話、何を話していいのか分からないのだ。
 つい数日前までは自然に話せていたはずなのに、今は何か声をかけられただけで動揺してしまうだろう。
 それだけ、あの告白は衝撃的だった。自分から話を振ったくせに。
 というか、冷静に考えれば別に向こうが何を言い出そうと気にする必要は無いのだ。別に『付き合ってくれ』と言われたわけでもない。言い方は悪いが、一方通行に想いを言われただけで、何かを求められたわけではないのだから。
 そう頭では分かっているのに、実際に顔を見ると全く話せる気がしない。
 反射的に逃げ出してしまうのだ。
 一昨日、あの時に気付いた感情。汚らしい自分を吐き出してしまいそうなのが怖くて。
 机に突っ伏すようにうだうだやっていると、椅子を寄せ合って名前は忘れたがなんか指が何本立つか当てるゲーム――いっせいの二―とか言うやつ――をやっていたクラスメイトから声がかかった。
「そろそろ飯にしようかって話してたんだけど、高崎もジャンケン参加するか?負けたやつが全員分買ってくるってやつなんだけど」
 食堂なんて人が集まる場所に絶対出て行きたくなかった僕は、喜んでジャンケンに参加した。

「なんで負けるかな……。お約束かな?」
 そんな独り言をつぶやきながら、僕は食堂への廊下を歩いていた。昼休み前のこの時間帯、食堂までの道は一番の人ごみで溢れ、各屋台から伸びる長蛇の列が手前の廊下からでも嫌になるほどに見えた。
「うわ……あれに並ぶのか」
 僕が頼まれたのは、焼きそばの上にオムレツを載せたオムソバという料理だ。
 やっていることは焼きそばに一工夫加えただけの単純なものだが、こういう場ではそういう一品が人気を得るもので、多々ある列の中でも一・二を争う長さを誇っていた。
 こりゃあ二十分は並ぶかな、と思ってその列に並ぼうとすると、列の前の方に見知った顔があるのに気が付いた。福原だ。
 福原のすぐ後ろに並んでいる人たちには嫌な顔をされるだろうが、背に腹は返られない。クラスの連中の分だけでも買ってもらうことにしようと、僕は福原に話しかけた。
「よう、こんなところで何やってるんだよ。ステージでのイベントの方はどうした?」
「あ、高崎じゃん。もうすぐ昼休憩だったからな、他の二年に任せて早めに飯にさせてもらったんだよ。でも聞いてくれよー、この列もう二十分くらい並んでるんだぜ? これならスタッフやってた方が楽だったかもしれんわ」
「そうかそうか、でももうすぐ買えるみたいじゃないか。今までよく頑張ったな」
 僕はうんうんと頷きながら、福原にクラスメイトから預かった金を握らせる。
「おい……なんだよこの金は?」
「いや、僕は決して自分が楽をしたいというわけではないんだ。ただ、腹を空かせて待つ友人たちに早く飯を届けてあげたいという一心の行動なんだよ?」
「はぁ? いや、嫌だよ。自分で並べよおい」
 まぁ、いきなりこんなことを言われたのでは怒るのも無理は無いだろう。僕は真面目に頼むことにして、表情を改めた。
「そんなこと言わずに頼むよ。僕の分は入ってない、本当にクラスのやつらの分だけでいいんだ。今から並ぶと、今日の分売り切れちゃいそうだろ?」
 こういう文化祭での露店物は、数に限りがある。用意している分量がそれほど無いのもそうだが、今日売りすぎてしまうと二日目である明日の分が無くなってしまうのだ。
 そのため、人気の高い店ではまとめ買い対策に、一人いくつまでと決めて販売する店まである。
「ったく、しょうがねーな。じゃあお前は並ばないようなところで自分の分でも買って、その辺で待ってろよ。話もあったしな」
 真摯に頼めば、ぶっきらぼうにでも結局は答えてくれる。福原らしいと思いながら、僕はその言葉に質問を返した。
「話ってなんだ?」
「会長のことに決まってるだろ」
 当然だと言わんばかりに、福原は言い放つ。
「お前、会長になんか言ったんじゃないのか?」
 屋台付近の混雑から少し離れた、丸テーブルが均等に並べられたテラスで、僕は福原を待っていた。
 僕の手にはさっき買ったチヂミとサーターアンダギー――なんか揚げ物っぽい沖縄のおやつ?――のトレイ。
 昼飯にはどうかと思うチョイスだが、待たずに買えそうなのがこれくらいしかなかったのだから仕方ない。売ってる側には悪いが、やはり知名度がある程度低いものは人気も芳しくないのだろう。
 周囲のテーブルでは、僕と同じようにトレイを持った生徒たちが思い思いに食事をしている。時間が時間だけあってテラスは人が多く混みあっており、こうやって僕が座れたのも運が良かったという事なのだろう。
「よっ、お待たせ」
 何分も待たずに、福原がオムソバのトレイを両手に抱えてやってくる。
「ありがとうな。助かったよ」
 おつりを返してもらいながら言うと、福原は肩を回すようにしながら目の前の椅子に腰掛ける。テープルにどっかと置かれたトレイからは、うまそうな卵の匂いが漂ってきた。
「いいって。それより先輩のことなんだけどな」
 僕としては、冷めないうちに飯を届けなければという気持ちもあったのだが、昨日先輩を避けていたという負い目もあって、僕はそれを言い出すことはしなかった。
「今日、なんか様子がおかしいんだ。さっきもステージの方に様子見に来てたんだけどな、いつもの落ち着いた感じとちょっと違う気がしてな」
「昨日まで忙しかったから、急に暇になって気が抜けたとかじゃないのか?」
 先輩も僕と同じように、今日はほとんど仕事が割り当てられていないはずだ。
 僕や福原、織原先輩のように役職のついている人間は、この準備期間本当に忙しかった。だから、そういった準備期間に忙しかった人ほど文化祭当日は仕事を入れない割り当てにしたのだ。
 この文化祭の準備に一番貢献していた先輩は、今日明日とほとんど仕事という仕事は入っていないはずだった。
「俺も最初はそう思ったんだけどな、話してみると微妙に挙動不審だし。聞いてみるとなんでもないって言うんだけど、たまに誰か探してるみたいに辺り見回すしな……。ま、それで何かあったんじゃないかと思ったわけだ」
「それはいいけど、それがなんで僕と関係あると思うんだよ?」
「ほら、俺がこの前言っただろ? 『お前は告白しないのか』ってさ」
 そういえばそんな事も言っていた。まぁ結局、僕が自分から告白するという選択肢は永遠に失われてしまったわけだが、それを福原が知る由も無い。
「だから、まさか先走って告白でもしたんじゃないかと思ってさ」
「そりゃあ……まさかだろ」
 僕の方が先輩に告白されたという事実を、福原に言う事はできなかった。
 妙な罪悪感があった。
 福原は自分に告白する気は無いようなことは言っていたが、それでも先輩のことを少なからず想っているはずなのだ。弓道部に入って、先輩を追って生徒会まで始めて、そのどれもで成果を上げて、僕よりも先輩のことについて詳しかった。
 こんな、一週間かそこらしかコミュニケーションしていない人間が先輩に好かれてしまったことを知ったら、福原はどう思うだろう。多分、笑って「良かったな」とか言い出すに違いない。僕にはそれが耐えられなかった。
「告白なんか、するわけない」
「ふーん。じゃあお前は会長に対して、特に後ろめたいことはしてないのな?」
 下から伺うように聞いてくる、ニヤニヤと笑いながら。
 バカにされているというか、むしろ全部知っていて聞いているのかと思うような素振りだった。まぁ実際、後ろめたいことがあった僕は、その視線を真っ直ぐ受け止めることはできなかったわけだけども。
「……当たり前だろ」
「ま、そう言うならそうなんかな」
 それだけ言うと、福原はオムソバのトレイを持って立ち上がった。僕はあわててそれを呼び止める。
「おい、それ持ってどこ行くんだよ」
「ああ、これは俺が教室のやつらに持って行ってやるから。お前の方はお前でしっかりやれよ」
「は? 意味が分からない……」
 立ち上がった福原は、俺の後ろ辺りを指差す。それに促されるように振り向いた僕は、驚いて腰を抜かすかと思った。
「……先輩」
 胸の下で腕を組んだ織原先輩が、まるで当然のように僕の後ろに立っていた。人が多く、周りの話し声も多かったからだろうか、全然気が付かなかった。
「お前が言ったんだぞ、後ろめたいこと無いってな。それじゃ、ごゆっくりー」
 僕が呆然としている間に、福原は足早に立ち去っていく。恨めしげな視線を送る暇さえなかった。いや、それ以前に目の前の先輩から目が放せなかった。
 先輩の表情はいつものように、穏やかなままに見えた。少なくとも表面上は。でも、少しずつ話すようになった今ならなんとなく違うのが分かる。怒っている気がする、なんとなくだったが。
「高崎君」
「はい」
「ちょっと、場所移して話さない?」
 拒否権など、あろうはずもなかった。
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