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不気味な商人

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◆読み飛ばしても平気なオープニング

その夜、ドラゴンの咆哮を聞いた者の数は決して少なくなかった。

予想外に手こずったローパー退治により、峠を越える前に野営を強いられていたハイランドの女戦士は、山体を揺るがした鳴動に飛び起き、獲物の戦斧を抱き寄せた。

覚醒数秒で全身に神経を張り巡らせた臨戦態勢となって魔物の襲撃に備える。
武器を抱え込み、息を殺して月灯遮られた山中の闇を見つめる……

──程なく山は静けさを取り戻した。



突如として出現した謎の大陸『ミシュガルド』の存在により、甲皇国とアルフヘイムの2国の争いには休止符が打たれた。
共に国家体制が揺らぐ程の戦いをした両国は休戦状態となり、一転して協力体制の元にこの大陸を調査し始めたのだが
これが真の共存平和への第一歩でないことは、誰の目にも明らかである。



◆ミシュガルドSHW交易所 プロローグ

未知の生態に囲まれたこの土地。危険など星の数程ある。
その中で最も危険視されているのは魔物(モンスター)だ。

「交易所の西を開拓したいんだが……」
「畑地に足跡が残っていた……」
「森が危険で薪も拾いにいけない……」
「新たな開拓村までの道中に……」

行く先々に魔物は現れる。討伐依頼は盛んに行われていて、仕事を得ることは難しくない。
が、その報酬は危険に見合うとは言い難かった。
討伐金は、戦う事を生業としていない入植者の納めた税の一部から支払われる事が多く、魔物の数に反比例して当たり前のように低くなる。

交易所に舞い戻った女戦士は、ギルドの窓口で退治の証である遺骸の一部と引き換えに討伐金を得る手続きを終え、
追加の戦利品として、素材価値のある臓器などを換金して酒場へと移動し、その片隅で食事をしつつ資産を確認していた。
仕事の諸経費を差し引くと、命がけで魔物を狩ってきた事が悲しくなるほどの小金が残る。
討伐から戻ったばかりだと言うのに、次の依頼の事を考えなければならない。

「姉さん。景気の悪い顔してますなぁ」

親しげに肩に手を置かれ投げかけられた言葉は、心中を見透かしたようだった。
見れば「醜悪な」なんて形容詞を着けてなお余りあるブサイク中年男性が立っている。
当然、知った顔ではない。

「良い儲け話があるんだけど、どうだーい?」

本人はフランクに笑っているつもりなのだろう。
胸元や指先に光過剰な装飾品。
脂ぎった体躯。
香水では誤魔化しきれない体臭。
商売っ気の強い笑顔……典型的な「人の生血を啜って財を成すタイプ」だ。
好きか嫌いかで聞かれれば、大嫌い。と返事ができる。

無言のまま、肌に触れてきたその右手の中指を取り、グキ!と音がするまでねじり上げた。

「おひょおおおおお!!!」

男の悲鳴が酒場内に響き渡り、皆の視線を集める。

「…ま。まあまあ、まずはお近づきに一杯驕らせてくださいよ……」

それでもメゲナイ男性に根負けして、『儲け話』とやらを聞く。
この店で上等な部類のお酒を2つ、テーブルにもってこいと従業員に大声で横柄に言い放つと、ちょっと泣いてる彼は正面に腰を下ろした。

「いやぁ。よかった。強そうな冒険者さんが見つかって。こりゃ幸先がいい。大儲け確実だ」

仕事の内容も提示しないまま、景気のいい言葉を並べだす。詐欺師の手口そのものだ。

「本当に儲かるなら、協力してあげてもいい……」

適当に話に乗っかる態度を示しつつ、自然な動作でおデブちゃんから視線を外し、店内を見渡す。

ここを遊び場にしている3人ほどのガキんちょ集団。正義の組織だのなんだのと騒いでいる。
亜人が囲んでいるテーブルが2つ3つ。評判の良くない虎人もいるようだ。
交易所に所属した、頼りなさそうな警備兵が1人。
話し込んでいる船乗りの集団。
生意気そうな駆け出し冒険者風の男の子。
ミルクを飲んでいる大きな魔道帽が目立つ子供。
剣を収めた背を角壁に預けて隅のテーブルに座る、陰キャまるだしな青年。
モンスター討伐の際に『何度も見かけた事』のある、亜人女戦士。

このメンバーであれば、私を第一選択にするのも当然……。
不自然さはない。そう確認した後に、テーブルへと運ばれてくるお酒を追う形で視線を戻した。

「まずは乾杯!シシシシ」

グラスを合わせてくる彼。
奢ってもらう身としては邪険にする訳にもいかないが、なんていうか「連れ」だと思われたらヤダなーなんて考えた。

「仕事言うんは、モグリ(潜り)なんや。これ、まだ内緒の話でっせ」
「まさか、手付かずのダンジョン……?」
「せや。昨晩な、北へちよっと行った一帯で地震があって、交易途中で土砂災害に合ったんだが…」

彼の話はこうだ。
北の開拓地からの帰り道、土砂崩れに合い立ち往生してしまい、迂回路を探していたところ、地震によって露出した地下迷宮への入り口を発見した。
未踏破遺跡であれば、どんな価値ある財宝が眠っているかもわからない。ここからはスピードが勝負となる。
入り口をカモフラージュして隠し、急いで交易所に戻りダンジョンにアタックする冒険者を探しているのだ──と。

「なるほど……」

昨晩の地震が実際にあったのは身をもって知っている。この男の話を嘘と判断できる材料が、また1つ消えた。

「必要な道具はこっちで揃えれる。火も食料も心配しないで贅沢につかってくれ」
「報酬は?」
「こうなったらウチらは運命共同体や。戦利品の30%でどや?もちろん、必要な諸経費も全てこっちが持ちまっせ。今なら儂が経営する宿屋の優待券もお付けして、日当330YENでどや!」

持ってけドロボー!と繰り出された条件は、元の大陸でも、ミシュガルドでも、望むべくも無い破格のものだった。
ダンジョンでの戦利品は財宝鑑定の知識や技術が必要になり、かつ市場に精通していないと、金の卵をゴミ同然の捨て値で買叩かれる事も少なくない。
遺跡の第一発見者で商人でもある依頼主が、遺跡攻略のスポンサーになり、攻略中のバックアップ要員として、そして事後の換金処理他雑用も行う──。

「見た目と違って、良心的ね」
「商売は真面目が一番でっせ。シシシシシ……」
「その依頼。受けましょう」
「それでな、報酬以外の条件は、アタックするメンバーは、あと3人まで自由に集めてほしい。日当で1人頭300YEN出せる。明日の昼までには出発してほしい。これが1つ。そしてその中に1人、いや、なんちゅーか、記録係みたいな感じでな、攻略後いろいろ利権を主張する為の調査要員として戦闘員とは別にウチの者を連れて行ってほしい……ええか?」


依頼:ダンジョン探索
依頼主:ボルトリック
報酬:日当+出来高(発見財宝の30%)



◆一月前 奴隷商人軍団

金の亡者・奴隷商人ボルトリック・マラーは、その日も手下のハーフオーク戦士ガモを従えて、大商人である異母兄への対抗心、そして己の性的嗜好に突き動かされ、恥の多い仕事に精を出していた。

彼は、年端もゆかぬエルフ族の娘を売り飛ばしたその帰り道、SHW交易所から北へ半日あまりの山岳地帯で、遺跡を発見する。
ガモが奴隷狩り軍手勢を引き連れ調べ上げた結果、そこは目ぼしい宝飾品装飾品、金銀財宝はおろか、獣も魔物も住み着いていない、蛻の殻であった。
湿った空間に蠢くのは虫ばかりで、これは奴隷の収容所にもできないとの報告を受けた奴隷商人は、何事か思案した後にその目を細めた。

「なあ、ガモ。これからはエロも手広くやらないといかん」

主の発言の意を汲み取れず、ハーフオークはただ彼の次の言葉を待った。

「エルフ娘を売り飛ばし、娼館を経営する……それだけでは、より資金力のある同業者には勝てん。時代の寵児となるには、かつて無い独創的で時代を先取りするアイディアが必要なんや」
「そのアイディアが……あの遺跡と……?」

何を言っているんだお前は?と、そんな胡散臭気な表情を隠さない部下を手招きして、馬車の奥へ導く。
雑然と並べられた古美術品を通り過ぎると、曰く形容し難い某かの道具の前で足を止めた。

「これはな、甲皇国の軍から払い下げられたもので……」

読者の皆様に対して説明すると、それはつまり、映像を記憶するビデオカメラの様なものと、それらを受信し、編集再生する機器であった。

「これからは……見るエロだ!それも一流のエンターテイメントでなければならん!わかるか!?ガモ、わかるか!?」

よくわかりません、と答えた手下を無視し、彼はその日のうちから、恐るべきプランに着手し始めたのである。


「ガモ!エロモンスターを掻き集めるんや!」
「ガモ!エロ植物も忘れずにな!」
「ガモ!お~いお茶!」
「ガモ!媚薬の在庫ないやん!馬鹿っ!」
「ガモ!明日までにエロトラップのアイディア100個提出な!」
「ごめんなガモちゃん……ワガママいっぱいのワシに付き合ってくれてありがとう……明日はSHW交易所で、獲物を探そうね」
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