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「荒野より」中島みゆき

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動画はこちら
https://www.youtube.com/watch?v=ia1HWtcQLwQ


 中島敦は「山月記」の続きを書こうと思い立った。思い立ったが立ち上がることは出来なかった。日に日に酷くなっていく喘息が彼を苦しめていた。憂歌団の「胸が痛い」を聞けなくなるほど胸が痛かった。眠る姿勢は喘息をより悪化させるため、壁に布団を添わせてよりかかっていた。立てないし眠れないし座ることしか出来ないがその姿勢もまた辛いのだった。何より台所にいる妻に声をかけてもなかなか届かず、妻がこちらに来るのを待つしかなかった。
「曲を変えてくれ」とようやく彼の様子に気が付いた妻に、中島敦は振り絞るように声をかけた。
「あなたが、この曲は今の自分のようだ、と言ってらっしゃったのに。それなら中島みゆきをかけますよ。最近サブスク解禁されたんです」
 そう言うと妻のスマホから力強く震える中島みゆきの歌声が流れ始めた。ランダム再生しているらしく、「空と君のあいだに」「わかれうた」と来て、「荒野より」が流れ始めた。ああ、この曲だ、と敦は思い、リピート再生を妻に頼んだ。


僕は走っているだろう
君と走っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は笑っているだろう
君と笑っているだろう
あいだにどんな時が流れても
荒野より君に告ぐ
僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ
後悔など何もない


 長くはない、長くはないのだ、と敦は自身の余命を自覚していた。残してゆく家族に向けて今から自分が何を為せるかといえば、結局書くこと以外にはなかった。もはや立ち上がることも叶わぬような体では教壇にも立てず、南方での役所勤めに戻ることも無理な話だった。自身のスマホを引き寄せながら、敦はGoogleドキュメントを開き「続・山月記」と打ち込んだ。本文にかかる前に、Kindleで自作を読み返してみた。「山月記」は役所勤めをしながらも詩人になる夢を捨てきれなかった男が、ある日出奔して家に戻らなくなる話だ。彼は虎へと姿を変え、森で吠える日々を過ごしている。人間の意識に戻る数時間が恐ろしくなってくる。


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今までは、どうして虎などになったかと怪しんでいたのに、この間ひょいと気が付いて見たら、己はどうして以前、人間だったのかと考えていた。

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 偶然再会した旧友を襲わんとするところで踏み止まり、虎となった元・詩人は自身の詩を聞いてくれ、書き留めてくれ、と旧友に懇願する。だがやがて、妻子のことを思い出し、己は既に死んだと伝えてくれ、と頼む。本来なら自身の詩作のことなどより、このことを一番に頼むべきだったのだ、と気が付く。

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 本当は、先ず、この事の方を先にお願いすべきだったのだ。己が人間だったなら、飢え凍えようとする妻子のことよりも、己の乏しい詩業の方を気にかけているような男だから、こんな獣に身を堕すのだ。

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 中島敦は続編のタイトルを「虎になっていた間のことを詩にしてみた」と今風のタイトルに変更しようとして、すぐにデリートした。そのようなものではない。しかしどのようなものであるかまでは具体的な案は浮かんでこなかった。「山月記」の最後で、虎は旧友にその姿を見せる。決して帰りは同じ道を通ってくれるな。君だと気付かずに食い殺してしまうかもしれないから。醜い虎となって私を目に焼き付けてくれ。恐れてくれ。というメッセージを込めて。
 敦もいっそ酷い態度で妻子に接すれば、自分の死後も彼らの悲しみは減じてくれるのではないかと考えた。しかし今の身ではどのような暴虐も行えず、暴言を吐く気力もなく、何より家族を悲しませたくはなかった。虎のような爪も牙も生えてはいなかった。

 あまりに繰り返すものだから、妻は歌詞を覚えてしまったらしく、中島みゆきの声を少し真似て歌い始めている。「暗い歌ばかだと思ってたんだけど」と言いかけて声を詰まらせた。「荒野より」とて、暗い曲調ではないが、故人が生者に向けて語りかけている歌だ。


朝日の昇らぬ日は来ても
君の声を疑う日はないだろう
誓いは嵐にちぎれても
君の声を忘れる日はないだろう
僕は歌っているだろう
君と歌っているだろう


 敦は進まぬ筆の手を止めて妻の声に合わせて歌おうとしてみたが、喉の奥から歌声は外にまで出てきてはくれなかった。荒野は遠い僻地にあるのではない。荒野は外にあるのではない。荒野は自身の中にどこまでも広がっている。荒野はどこにでもある。荒野はここであり、原野に佇む己は人であり虎でありミジンコであり原子の塊であった。数日もしくは数時間後に、かつて自分であったものは崩壊してバラバラに砕け散り、妻子やごく少数の親しいものの心の中にしか存在しなくなるものだ。

 書き残したものの中に生き続けるのは、書かれたものだ。作品が作者の生きた時間より遥かに長く生き延びたとしても、失われた作者の命は二度と帰ってきはしない。荒野から叫びたくても、荒野に立つための足も命も失われてしまっている。

 中島敦は夢うつつの中でいつの間にかスマホを取り落としていた。拾い上げてくれた妻の顔が目の前にある。
「どうしました?」
「君の目に僕は人に見えているか、虎になってはいないか」
「そんなに分厚い眼鏡をかけた虎などいませんよ」
 そう言うと彼女は敦の唇を唇で塞いだ。歌声が直接体の中に入ってくるようだった。敦は僅かに身体の内に力が戻ってくるのを感じた。隣の部屋から子どもらが母親を呼ぶ声がしたので、彼女は唇を敦から離してしまった。やがて隣室から掃除機の音が響き出し、中島みゆきの歌声は中島敦の耳から遠のいていった。ドン・キホーテで買ったその掃除機は切スイッチが壊れてしまっており、一度電源を入れてしまえば、オーバーヒートで停止するまで動き続ける。「あなたみたい」と言ったのは妻だったか、自作小説の中の誰かだったか、敦はもううまく思い出せなくなっている。

 それからひと月ほどして「山月記」の続編を書き出す前に、中島敦は帰らぬ人となった。没後の彼の名声を、彼自身はもう知ることはない。自身を虎になぞらえる人は後を絶たないが、その誰もが人間のままでいる。人間のままで荒野で吠え続けている。

(了)
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