言葉無き戦い
早く…早く逃げないと、“あれ”が飛んでくる!
俺たちはひたすら来た道へ向けて走っていた。
小鳥が囀るのどかな森。
強いモンスターも出てこず、俺たちは半ばピクニック気分で、森を抜けた先にあるという古代ミシュガルド時代の遺跡へ向かっていたが…。
その途中で、あのボルト野郎に出会ってしまった。
モンスターか人かも分からない異形。
頭部は工業製品なんかに良く使われるあの“ボルト”に覆われていて、外套もまとっているけど、手や足の先にもボルトらしき黒い物が見える。ということは、あれは体中がびっしりボルトに覆われているということなのかもしれない。
やつは無言でこちらに襲い掛かってきた。
手をかざしたかと思えば、あのボルトが物凄い速度で飛んできた。
幸い、誰にも当たらなかったが、かわすために動くなんて想像もできない速度だった。
矢や銃弾よりも圧倒的に速い。
「やべぇ! 逃げよう!」
即座に判断したのは俺だった。
戦うという選択肢はなかった。
残念ながら、このパーティーでかろうじて戦力となるのは俺だけなんだ。
他は、回復魔法しか使えないヒーラーのアンネリエ。
特技は靴磨きと皮肉だけという(何でこいつはついてきているんだ)ベルウッド。
情報分析はしてくれるけどそれだけの甲皇国産の人工電子妖精、通称ピクシー。
それに…アンネリエもベルウッドもエルフの女の子だ。
男は、戦士と言えるのは俺ケーゴだけ。
え? じゃあお前が戦えばいいんじゃねーのかって?
かなう相手なら戦うって。
だが、俺も駆け出しのとレジャーハンターに過ぎない。
戦闘経験は浅いし、唯一の武器となるのは…俺が旅に出る前、実家の倉庫にあったのを持ち出してきたこの宝剣だが、いざという時に炎の魔法を繰り出すことができる。ただ、炎の魔法が当たる距離よりも、あのボルト野郎は遠くからボルトを飛ばしてきやがる。近づけばボルトによって体に風穴開けられるだろうし、こりゃもう逃げるしかねぇって判断したんだ。
ざす、ざす、ざす。
ボルト野郎は早歩きでこちらに近づいてくる。
時々、威嚇するように手をかざし、ボルトを飛ばしてもくる。
幸い、こちらが逃げる速度の方が早く、ボルトが届く距離からは離れられている。
だが、しつこい。
「………っ!」
アンネリエが苦しそうな顔をして、わき腹を抑えていた。
畜生、だから出発前にあんなに肉ばっか食ってんじゃねーよと言ったじゃねーか!
案の定、お腹痛くなって吐きそうになってるし。
遂に、アンネリエの足が止まる。
うげええっと朝食べた肉を吐き出してしまっている…。
くそっ! こうなったら…いちかばちか、戦うしか!
「ベルウッド! アンネリエを連れて隠れていろ!」
「ああん!? お断りだね!」
「はぁ!? てめっ…ありえねーだろ!」
ベルウッド、こいつはマジで何のためについてきたんだ。
いつも皮肉ばっか言って憎まれ口叩いていて、逃げ足だけは早い。
アンネリエを連れて隠れたり逃げたりするどころか、自分一人だけわき見も振らずに逃げていく。
ぶぅん、ドシュ、ドシュ、ドシュ。
ボルトだ。
足元にまで飛んでくる。目にも止まらぬ物凄い速さだ。
遂にやつの射程距離に入っちまったらしい。
「情報分析完了」
ピクシー。平坦な機械音声で呟く。
「怪人・捻式ビスボルト。古代ミシュガルド時代の遺産を護る衛兵。体内に発電器官があり、手のひらから無数に出てくる小さな工業製品を銃弾のように電磁誘導により高速で飛ばすことができる。弱点は細長い螺旋状の棒、そういった形状の工業製品と推察されます」
「……分析ありがとよ。でも、そんなものねーんだけど……」
ドシュ、ドシュ、ドシュ。
足元や、周囲にボルトが着弾し、土煙をもうもうと上げていた。
やつめ、何のつもりだ。
こちらをいたぶろうってのか?
狙えば当たる距離になっているのに、当てようとはしない。
ざす、ざす、ざす。
一定速度の早歩きでやつが近づいてくる。
もうやつの姿が視認できる。
アンネリエは……嘔吐を続け、肩で息をしている。とても走れる状態じゃない。
逃げることは難しい……。
「だが、宝剣は届く」
俺は腰から宝剣を抜き放ち、溜めていた炎の魔力を放出する。
巨大な火球が現れ、やつに直撃した。
ごうごうと燃え盛り、やつのコートを焦がしている…。
更に、電流を体内で蓄積していたからか、誘爆でもしたのか、予想以上の火勢となった。
鉄をも燃やす炎で、やつの頭部がドロドロに溶けていた。
「やったか!?」
歓声を上げる俺だったが、それは負けフラグだった。
ぶぅん、ドシュ。
炎だけでは足らなかった。
やつのコートが焦げていたが、どうもあれは耐熱性があったようだ。
そしてやつは体内で無限にボルトを生み出すことができる…。
体表面の溶けたボルトを弾いて剥がし、中からまた新品のボルトの体皮が表れていた。
これじゃ、幾ら攻撃してもきりがないじゃないか!
「くそったれ…どうしろっていうんだよ!」
「諦めたら…そこで試合終了よ!」
「!?」
唐突に、俺の横を物凄い速度で駆け抜ける戦士がいた。
そいつは、巨大な戦斧を振り回し、あのボルト野郎の頭部に重い一撃を加えた。
ボルト野郎が、後ろの木々に体をぶつけるまで、体を吹っ飛ばされた。
「根性あるじゃないの、少年」
豊満な胸が目の前にあった。
オークかトロルかってぐらいでかくて、顔を見上げようとしても胸が邪魔で見づらいが…この白いビキニアーマーは、ハイランドの女傭兵シャーロットだ! 酒場でいつも俺たちを冷やかしながらガザミとかヒザーニヤとかと一緒に管を巻いているどうしようもない連中…と思っていたが、ここに加勢してくれるとなるとめっちゃありがたい!
「そこのおチビちゃんが加勢してくれって言うからさ、一杯奢ってくれるんならいいよって安請け合いしちゃったわ。何よ、思ったより手強そうなヤツじゃない」
「へへへ、シャーロットの姉御なら大丈夫ですよ!」
ベルウッドだ。単に逃げた訳じゃなかったのか……いや、分からないけど、とにかく助けを呼んで戻ってきてくれた。
今は、その事実だけで胸がいっぱいだった。
何だよ、友達想いなやつじゃん。
友情パワーを胸に、俺は力が沸き上がる思いだった。
きりっとボルト野郎を見据える。
「……あいつ、すごくタフなんだよ。炎で焼いても再生してきた」
「見たところ甲皇軍が使う機械兵みたいだけど…」
さすがシャーロットだ。
可愛らしい名前に反して頼もしい。
昔、アルフヘイムで甲皇軍ともやりあったっていう。経験豊富な傭兵は心強い。
「機械兵って雷魔法に弱いのよ。でも、あいつ自身が電気属性みたい。ということは、また別の弱点がある」
「電気に強い属性攻撃ってなんだよ?」
「私は魔法には詳しくないけど……経験上、土ね」
「土魔法ってことか? うーん、残念だけどそんなの使えるやつは…」
ぽんぽん。
俺の肩を、アンネリエが叩いた。
「何だよ? 回復したのか、アンネリエ。危ないから下がってろ!」
アンネリエは小さな黒板を取り出し、文字を書きだした。
そう、彼女は言葉が喋られないのだ。
戦争で両親を失ったショックで失語症になったという。
だからコミュニケーション用の小さな黒板を常に持ち歩いている…。
ちなみに、詠唱のいらない簡単な回復魔法なら杖の補助があれば使えるから、ヒーラーとして冒険者をすることもできている。
「“私、土魔法が使える”」
アンネリエは黒板にそう書いていた。
それからは結構大変な戦いとなった。
シャーロットを中心に、俺も加わってボルト野郎とやりあった。
その時間稼ぎをしている間に、アンネリエはベルウッドやピクシーと一緒に魔法陣を地面に描いていた。
簡単な回復魔法なら杖の補助があれば使えるということだが、攻撃用の土魔法となれば、詠唱がない以上は魔法陣を地面に描いて、ちょっとした儀式をすれば何とか使えるそうだ。そのためにベルウッドがそこらに沢山のさばっている雑魚モンスターの陸マンボウを捕まえてきていた。土魔法の行使の生贄として必要らしい…。
「……くぅぅ! まだかよ、アンネリエ!」
思わず弱音を吐いた。
その間、いつの間にかシャーロットがボルト野郎に捕まり、電流を体に流されて体をびくびくと痙攣させていた。何だかオーガズムを感じているかのように、顔を紅潮させている。
うわぁ……な、何かちょっとエロ……いや、戦闘中に、仲間に対してそんなことを考えちゃダメだ!
「あと1ターンかかるってよ」
ベルウッドがアンネリエの言葉を通訳する。
「1ターンってどれぐらいの時間なんだよー!」
そうこうしている間に、ちょっと奇妙なことに気づいた。
ボルト野郎はシャーロットにとどめをささず、ぽいっと放り投げた。
こんなに近づいているのに、ボルトを飛ばしてくるそぶりもない。
何か、こちらに言いたそうにしているようにも感じたが…。
だが、ボルト野郎は顔面をボルトに覆われて喋ることはできないのだった。
俺たちとボルト野郎は膠着状態になり、だらだらとした戦いが少しだけ続いた。
「“完成した”」
アンネリエの周囲に大きな魔法陣ができていた。
陸マンボウがバラバラ死体となって何体か横たわっている。
ベルウッド頑張ったなぁ。
アンネリエは精霊樹から切り出されたという聖杖を振り回し、ドンッと魔法陣に突き立てた。次の瞬間。
ドドドドドドッ!
魔法陣から大量の土砂が召喚された。
それは津波の時に起こる土石流とあり、ボルト野郎に直撃して押し流していくのだった。
やった! 遂に、俺たちの友情パワーで撃退できたんだ!
「ふぃ~~もう、ダメかと思ったぜ」
「でも最後、ちょっと敵の攻撃が弱まっていたなかった?」
「シャーロットの姉御の攻撃が効いたんじゃない?」
などといったことをワイワイと話していると…。
ぶぅん、ドシュ。
この物音は……。
もう…もう、いい加減にしてくれぇぇ!!!
ボルト野郎が、電磁誘導によって体を浮かせており、ゆっくりと土石流の中から這い上がってくるのだった。
だが、様子がおかしかった。
体中にまとわりついていたボルトがボロボロと剥がれていく。
やはり、土魔法がかなり効いたらしい。
体からオーラのようにほとばしっていた電流も、何だか弱弱しいものとなっていた。
「………オレは……」
遂に、顔を覆っていたボルトも剥がれ落ち、ボルト野郎は素顔を露わにした。
気弱そうな、根暗そうな男の顔があった。
それより、こいつ喋れたのかよ?
そうか、ボルトが剥がれたから…。
「オレは、友達が欲しいだけなんだ……」
ボルト野郎はそう言って、俺たちの前に崩れ落ちた。
ビスボルトは孤独だった。
古代ミシュガルドから永遠と稼働するべく、人体を素体に改造された機械兵なのだという。古代人の技術はすさまじく、本当に永遠に動き続けることができた。自分を改造した古代人も、守るべき遺跡に住んでいた人たちが誰もいなくなっても…。
近年になり、この大陸に人が訪れるようになったのは気づいていた。
だがコミュニケーションを取ろうにも、言葉が通じるかも分からないし、どうやら通じることが分かっても、このボルトに覆われた顔は会話をするようにはできていない。
結局、そのまま感情を無くした機械兵のように戦うしかないのかと絶望していたが、たまに現れる冒険者がいつか自分のボルトを顔から剥がしてくれるのではと期待していたというのだ。
「いつまで持つかは分からない…。体内の電気を作る器官が調子をおかしくしているから、ボルトを作れない状態だ。こうなっている今だけ、人と話せるのかもしれない…。そして、この状態が続けば、俺はたぶん死ぬのだろう…」
「あなたにはAI、人工知能というものが積まれていない」
ビスボルトの言葉を受け、ピクシーが補足した。
「つまり、生体の脳を使っている。あなたは機械ではありません」
「そうなのか? オレはもう、自分が機械なのか、人間なのかも分からなくなっていた」
「100%人間であると、甲皇国の技術にかけて、AS-002PIXYが保証致します」
「そうなのか……ありがとう」
ビスボルトはふっと笑った。
だがその微笑みが彼の最期だった。
ボルトを生み出す電気の器官を停止させたままだったのがいけなかった。
彼のその器官はあらゆる臓器に連結されてあり、おかげで永遠の命を得られていたのだ。
停止すれば、おのずと他の臓器も機能を停止する。
「……こいつは、最期に人と話すことができて、幸せだったのだろうか」
「幸せだったと思う」
「だけどよぉ…」
俺は納得できない思いだった。
古代ミシュガルド人め、大層な遺跡を作っただろうが、やり方がえげつねぇじゃねぇか。
ビスボルトがかわいそうだ……って。
「ちょっと待って。今、誰が喋った?」
びっくりして俺はアンネリエを見たが、彼女はふふっと微笑むだけで。
黒板に、すらすらと文字を書きだした。
「“後でトーチさんの店の焼き肉奢ってね、ケーゴ”」
アンネリエはそう書いて、すくっと足取りも軽く立ち上がるのだった。
おわり