大交易所の旧市街にかつての英雄が住んでいると言ったら信じるだろうか?
あんまりどうどうと暮らしているので、誰もその大工が英雄クラウス・サンティとは気づかない。
元英雄の大工の初仕事は自分たちの家を建てることだった。妻のミーシャと共に「部屋は広くなくてもいいから多めに欲しいよね」「お風呂は三人で入れるくらい広くしよう」などと設計していたら、家はどんどん大きくなってしまった。親子三人で暮らすには広すぎるけども、息子のルキウスが成長して家族も増えたら手狭になるかも知れない。
クラウスは自分で作った椅子に座って、朝食が来るの待っていた。テーブル中央の盛り皿からは焼き立てのアルフヘイムパンの香ばしい匂い。ルキウスは空腹だったがミーシャが席に着くまではとパンに手を付けず辛抱していた。母親に似て優しい子だ。父親に似て賢い子だ。
クラウスは息子の気がまぎれるように昔話を始めた。元英雄の大工が元大工の英雄だったころの話。
かつてクラウスの祖国アルフヘイムは甲皇国と戦争をしていた。アルフヘイム正規軍は貴族たちの私兵となり下がっていたため、クラウスはやむなく女子供、老兵を率いて義勇軍を立ち上げる。クラウス義勇軍は天然の要害ホタル谷に盤踞し、アルフヘイムびとの盾となり剣となった。
義勇軍司令部のテントは十分に広かったが、ミーシャが身寄りのない子供を連れてくるので手狭になってきていた。
「またなのかい!? どうしてそう君は次から次へと孤児を拾って帰ってくるんだ。犬猫じゃないんだよ」
クラウスは怒ってはいなかったが、冗談めかして釘を刺しておく。
「あら。犬猫じゃないから連れて帰ってくるんですよー」
ミーシャはふくれ面して冗談で返す。
クラウスのそばに侍している副官のニコロが、オーガの巨体を揺らして豪快に笑った。
ミーシャが連れてきたエルフの幼女はやせぎすの体をミーシャにぴったりとくっつけて、笑いもせずにもじもじとしている。
しまったなと思って、今更ながらに自己紹介。
「こんにちは。クラウス・サンティだ。こっちは副官のニコロ。自分の家だと思ってくつろいでね」
孤児エルフの肌は透けるように白い。健康的に日焼けしたビビと並んで立たせたら対照的に見えるだろう。ふたりはいいコンビになるかも知れない。
あんまりジロジロ見るものだから、幼女はさらにミーシャにくっつき顔をうずめた。
「またまた大勝利!」
元気のいい戦勝報告が突然舞い込んで、赤いビキニアーマーのよく似合っている女の子がテントに飛び込む。
件のビビである。
ビビはすぐに幼女を見止めて、にこりとあいさつした。
「あたしビビ! よろしくね!!」
幼女はミーシャの体から少し顔を浮かせてビビの顔を見たけども、それでも表情を崩すことはなかった。
思い出したようにビビはクラウスに向き直り、戦勝報告の続きをする。
「すごいんだよ! 言った通りにやったら、敵はみんな逃げだしちゃったよ! みてみてお父さん!」
ビビは言葉の間違いにすぐ気づいて、ばつの悪そうにクラウスの腕から手を離した。
「間違えた」
褐色の肌がみるみるうちに染まっていく。
クラウスはまんざらでもなさそうに照れ笑いし、ミーシャはお腹に手をそえて優しい笑みをたたえている。ニコロは大爆笑だ。幼女もはじめて笑顔をみせてくれた。
「いってらっしゃいお父さん」
ミーシャが幼馴染の大工を送り出す。
「いってきますお母さん」
ビビを伴い英雄は戦場へと向かった。