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第24章 ブドウ農園の虐殺

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 馬にまたがった人の影が、夕日から伸びている。行く当てもなくさまよい、いつしか懐かしき古砦にたどり着いた。厩舎の跡に愛馬アークをつなぎとめ、飼い葉桶に干し草を山盛りにする。アークが初めてジテンの用意した餌を食べた。心細かったジテンは、アークの首に抱きつく。アークはじっとして、少しも嫌がる素振りをみせない。ジテンのことを主と認めていた。
 寂しさが消えたのはほんの少しの間。日が落ち、暗闇が迫ってくる。心細さを振り払って、ジテンは特訓を始めた。
 中庭に出て、的に使っていたパトの木に臨む。パトの実は一房も付いていない。自然に落ちてしまったのだろうか。そうではない。
「来るの遅いから、すべて的を落としちゃったぜ」
 暗さに目が慣れてきて、声の主の姿が見えてくる。
 ケーゴが目の前に立っていた。
 アンネリエとベルウッドも付いて来ている。
「フローリアにいたら商売道具の武器を取られちまうからな。ジテンに付いてくぜ」
 ショーコとメン・ボゥもいる。
 心細さは吹き飛び、賑やかな声が帰ってきた。
 一方そのころ甲皇国本国では、終戦工作の会の活躍によりヒャッカはネクル子爵夫人として正式にフローリアに訪れることとなった。
 つまりジテンとは入れ違いとなってしまったのだ
 あと少しでもジテンが留まっていれば二人は再会できていたのに。
 そうとは知らずヒャッカは、すぐさまネクルの元へと急いだ。
 百合の館の玉座に納まっているネクルの泳いだ目の焦点が定まる。ヒャッカの満面の笑みがそこにはあった。
「ネクル子爵、お会いできてうれしく思います。私に軍事の話はわかりませんが、お傍にあってお支えしたい一心で参りました。甲皇国で勉強したので農業のことなら少しわかります。フローリアの進んだ農法を甲皇国に取り入れることに従事する所存です。さし当たっては、ご領地で試行錯誤している宝果の改良に取り組みたいと思っています」
 言葉があふれてくる。ネクルに話したいことは山ほどあったし、見せたいものもあった。
 ヒャッカは収穫した宝果の果実を手渡した。塩漬けの領地でとれた宝果は水気が少なく、しわしわと黒くしぼんでいる。
 この状態から改良したいという意味で見せたのだが、ネクルは反射的に手渡された宝果を食べてしまった。
「おいしいおいしい」
 ネクルがお世辞を言えるわけがない。もしかしたらこの宝果は改良しなくても商品になりうるのではないだろうか。存外ドライフルーツで通用するかもしれない。
 ヒャッカはひとしきりおしゃべりすると、今更ながら玉座の周りをうかがった。ネクルを傀儡にしようとしたダイ中尉の姿はない。代わりに後方に控えていた女性士官があいさつした。
「ネクル子爵夫人、第二巡視隊のアンネ・イーストローズと申します。以後お見知りおきを」
 ヒャッカは軍人というものが嫌いだったが、物腰の柔らかいアンネに嫌な感じはしなかった。アンネからは心地よいマナの流れを感じるのである。この人ならばネクルのことを任せられるかもしれない。
 手が空けばジテンの捜索を始めることができる。
 しかし運命はヒャッカのささやかな願いすら打ち砕いた。
 凱旋将軍となった丙武が戻ってきたのである。
「臭え! おかしい? 難民どもの臭いがするぞ。どういうことだ」
 丙武がわざとらしく鼻をつまんで玉座の前にやってきた。
 臭いと言うならばヒャッカにとっては丙武のマナの臭いこそ臭かった。刺激臭からあのダイ中尉以上の危険人物であることが読み取れた。
「丙武大佐。実は反乱軍の生き残りがフローリアに移住を希望していたので、自発的に武装解除させて移住させました」
 アンネは簡潔に報告した。
「アンネちゃ~ん、わかってねーなあ。フローリアは甲皇国の物、甲皇国の物は俺の物。難民に食わせる食料なんて、麦の一粒もねえ」
「それならご心配なく。フローリアは難民に対して一切の支援をしないそうです。難民たちは自給自足の生活を営んでいます」
「やっぱわかってねーな。フローリアの土地もすべて俺の物。ショバ代も払わず勝手なことされちゃかなわねんだよ。アンネちゃんも俺の留守中に勝手してくれちゃって、どう落とし前つけるつもりかな? まあ今回は敵の武装解除の手柄があるから目をつぶってやってもいいぜえ。武装解除で丸腰になった敵をなぶり殺せばいいって作戦か。いやー、アンネちゃん残酷ー、えげつねー」
「いえ、そんなつもりは……」
 アンネの返答も聞かず、言いたいことだけ言って丙武は今度はネクルのほうをにらみつけ恫喝した。
「これから丸腰の難民どもを狩りに行ってくる。かまわねえよなあ、総司令?」
 きょとんとした顔でもの言わぬネクルに代わって、ヒャッカは勇気を奮い立たせて言った。
「あなたもネクルを傀儡にしようとしている! そんな無法は許されません」
「それはお互い様だろおおおお! お前だって総司令を操ってるんじゃねえのか」
 丙武は意にも介さず吐き捨てると、荒くれ者ぞろいの部下たちを引き連れて虐殺へ向かった。
「奪え! 犯せ! 殺せ!」
 難民たちのほとんどがただの市民だった。逃げ惑う丸腰の難民たちを兵隊たちは追いかけ回して殺した。難民かどうか怪しいものも殺した。明らかに難民ではないフローリア人も殺した。
 丙武たちは飛蝗のように農作物を勝手に収奪しながら移動していく。フローリア国内の麦はまだ収穫には早かったが刈り取られた。果樹園のぶどうは木ごと切り倒された。難民に食べられるくらいならと、青草の一本に至るまで刈り取る。
 丙武の部下たちを止める者はいない。むき出しの暴力と性欲が難民の上に降り注ぐ。
 それでも絶望していない者はいた。
 ボタン・フウキの両親は借りていたぶどうの木をすべて切り払われてしまったが、それでも自暴自棄にはならない。借家のだんろの中に娘を隠した。娘の命さえ無事ならばそれでいいと。
「お前、若い娘を隠すところ見たぞ。娘を出せ」
 丙武の部下たちはすでに奪われた者達からもさらに搾り取ろうとした。父親は娘を守るために素手でつかみかかったが、斧で頭を割られてしまった。
「娘はまだ子供、お許しください」
 母親は娘のために命乞いしたが、首を鎌で切られて父親の後を追った。
「まだ青いぶどうも摘んだ。まだ若い麦も摘んだ。女も幼いうちに犯すにかぎる。早く自分から出てこないと燃やしちまうぞ」
 ロリコンの兵士がだんろに薪をくべ始めた。薪の一本に火を着けて、松明がわりにだんろの奥を照らした。
 震えるボタンの顔が照らし出される。震えながらも必死に生き残る方法を考えていた。 時に人間は集中力が研ぎ澄まされたとき、神がかり的な力を発揮することがある。
 借家の中で突風が吹いた。突風の中にきらりと刃が光る。松明の先が切り落とされ、ころりと落ちた。くべていた薪もみな割れている。
 集中力は魔法を使うときに不可欠なものだが、高まりすぎた集中力が作用して新しい魔法が生み出される例は少ない。少ないだけでゼロではないのだ。
 ロリコン兵士を通り抜けた突風の中で、無数のナイフが体をズタズタに刻んで四散させた。
 ボタンに自覚はなかったが、土壇場で才能に目覚め新魔法を編み出していた。
 

 アンネは丙武を止めるために、いっしょに帰還した第一巡視隊のダーク・ジリノフスキーにかけあっていた。
「ダーク隊長! いっしょに丙武大佐を止めましょう」
「アンネ君。我々は軍人だ、軍人なんだ」
 ダークは丙武たちの暴挙に加わることもなかったが、止めようともしない。あくまで命令を遵守しようとした。
 丙武たちの難民狩りをくぐり抜けて、満身創痍の男が飛び込んでくる。ボロボロすぎてアンネは気付くのが遅れたが、ウォルト・ガーターベルトだった。
「頼む。武器を返してくれ。このままでは我々は一方的に皆殺しにされる」
 ウォルトの悲痛な叫びをアンネは無視できなかった。
「もう耐えられない。武器はお返しします。私が武器を奪ったことは誤りでした。これで許されるわけではないですが、せめて供に戦い丙武を止めます」
 腹をくくったアンネがウォルトともに難民たちの元へ走っていくと、ダークが追いすがって言った。
「有史以来、軍隊が市民の側について戦った例はない」
「もういいです。私一人でも丙武を止めます」
「軍隊が市民の側についた例はないが、我々が初めて市民に味方する軍隊になろう。俺も丙武を止める」
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