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第25章 イバラの壁

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 ジテンとともにケーゴ、アンネリエ、ベルウッド、ショーコ、メン・ボゥは出て行ってしまった。難民たちに残っている戦力はたった二人しかいない。ウォルトはアンネから返してもらった武器をヴァルフォロメイに手渡した。
 受け取るやいなや、ヴァルフォロメイは短剣八本を指の間に挟んでいく。両腕を交差させて左右同時に投擲した。
 右の三人の敵兵、左の四人の敵兵が道を開くように倒れる。
「話が違う。難民は丸腰じゃなかったのかよ!」
 顔面にかすり傷を負った敵兵は泣き言を言いながら逃げていく。
 丸腰相手の楽な仕事と油断していた丙武軍団はにわかにひるんだ。
 その一瞬の隙、アンネとダークは一挙に丙武本陣に肉迫する。
 甲皇国将校同士が相打つ事態となった。
 できるかぎり同士討ちを避けたいダークは、自分一人突出する。丙武の首だけを挙げて、この場を治めようと。
 丙武の顔が見えた。十歩ほどの間合い。どんなに悪運が強かろうが、この距離からかわす術はない。
 ダークは迷わず引き金を引いた。銃声が六発鳴る。丙武の顔がない。
 近くにいた兵を持ち上げて盾にしていた。それも自分の見方の兵を。
 それでも、肉盾を貫通した銃弾が丙武の肩に食い込んでいる。
 丙武は肉盾ごしに、マッシャーと呼ばれる散弾銃を乱射した。
 アンネ率いる部下たちが追いついて、ダークと丙武の間に割り込む。
 血飛沫が上がった。生き残りの部下たちももはや歩けないくらいの手傷を負ったが、なおも人の壁であろうとする。
 ダークは止まらない。すでに敵味方多くの血が流れてしまった。ここで丙武を殺さなければ、それは続く。
 ダークはツェット合金製の特殊警棒を横薙ぎに振った。丙武のこめかみをかすめて、真皮をえぐる。
 浅い。
 丙武はマッシャーを突き付け、笑う。初弾の発射と、ダークが警棒を叩きつけるのはほぼ同時だった。
 マッシャーの雨が地面に降り注ぐ。丙武が倒れていた。
 ダークの足に激痛が走る。右ふくらはぎの肉がごっそり削げ落ちている。左足のかかともない。それでも意識を繋ぎとめ、ダークは説得を試みた。
「聞け、皇国の将兵よ。栄えある我ら人間が丸腰同然の難民をいじめ殺すとは何事か。諸君らは誇り高き皇国の兵か。それとも丙武の私兵か。皇国の兵ならば、ただちにネクル総司令の指揮下に帰隊せよ」
 皇国の兵たちは止まった。
 ある者は気色ばみ、ある者は狼狽し、ある者は感極まって泣く。
「人間が丸腰の難民を殺すのが何事かだと。難民どもは獣なんだよ。だから俺たちも人間を捨て、野生のおきてに従うのみ。暴力。圧倒的暴力だ!」
 ゆがんだ顔の丙武が地獄から蘇って詭弁を振るうと、兵たちは熱狂して元の私兵に戻った。
 警棒は頭骨を割っていたが、クモ膜の手前で止まっていたのである。肉体を改造していた丙武は、自身の頭蓋骨の内部にも鋼線を張り巡らせていた。
 数分昏倒したが、脳に支障はない。
 手を止めていた丙武軍団が再び動き出す。目的をもたない彼らは、ただ殺すために殺すのだろう。丙武の手足となって。
 時間は十分稼いでいる。アンネは部下たちに、後退して難民たちと合流するように指示した。そしてダークを背負い自分も脱出を図る。
 長身のダークを背負って運ぶのはバランスが悪い。アンネはよろめきながらもしんがりを務める。
「私を置いていけ。もう足がダメになってしまったから、ここに留まり説得を続けるくらいしかできない」
 ダークの命令をアンネは断る。初めての命令違反だった。
「いやです。私があなたの足となります。これから先もずっと」
 
 フローリアには街の周囲を囲んだ城壁がある。イバラの城壁。外敵を防ぐためのものだが、逃げ出そうとする難民たちにとっては障害となった。
 丙武軍団から追われて来た難民たちは、行き止まりの壁を叩く。
「出してくれー」
「助けて!」
「お終いだ……」
 うろたえる大人たちに頼らず、ボタンは魔法を唱えるための集中力を高めた。
 両親を殺した兵士をバラバラに切り刻んだ魔法ならば、こんな城壁ぐらい切断できるはず。
「離れてください。魔法を使います」
 城壁にすがりついている大人たちに危険を喚起して、避難させてから魔素を放った。
 何も起こらない。
「子供だからといって、やって良いことと悪いことがある」
「遊んでいる場合じゃないんだぞ」
「こんなときに嘘をつくなんて」
 少し冷静さを取り戻した大人たちは、魔法を使えるのが嘘だと決め付けた。
「本当なんです。私の魔法は何でも切断できる魔法なんです」
「そんな魔法は聞いたことがない。魔法ってのは火や氷を出すものだろ」
 ボタンが魔法の説明をしても、大人たちは信じようとしない。
 城壁前の喧騒を聞きつけて、浅黒い肌の姫騎士が仲裁に入る。
「確かに何でも切断するという一般魔法はない」
「ほら見ろ、ジータ様もこうおっしゃっている」
 ボタンの魔法を難民たちは誰も信じはしない。
「だが固有魔法と呼ばれる魔法がある。その人だけにしか使えない、一人一種だけの魔法。あなたが使ったのはあなただけの固有魔法に違いない」
 ジータが信じてもまだ難民たちは半信半疑だった。
「しかし実際、壁を切断できなかったんだ。子供のほら話ですよ」
「魔素の量が不足していたのかもしれない。一般魔法を試してみてはどうか。私の後について詠唱してみてくれ」
 ジータの提案で、ボタンは別の魔法を試してみることになった。ボタンの固有魔法に近いのは物理系の魔法だろう。ジータはそらんじている物理系の初歩の詠唱を口ずさんだ。
「清らかなる水晶、邪なる者をあらわに照らし出せ」
「清らかなる水晶、邪なる者をあらわに照らし出せ」
「天の星のように、海の砂のように砕け散って爆ぜろ」
「天の星のように、海の砂のように砕け散って爆ぜろ」
「漆黒の闇に風穴を穿て」
「漆黒の闇に風穴を穿て」
「クリスタルナハト!」
 詠唱を終えるとの足元から地割れが起こり地下から杉の木ほどの大きさの水晶が生えてきた。水晶は飛翔して城壁に衝突。砂礫混じりの爆風を起こした。
「クリスタルナハト!」
 ボタンが詠唱すると、たけのこ程度の大きさの水晶が十二個生えてきた。やはり飛翔して、次々と城壁に衝突。
 砂煙が晴れると、城壁には人が並んで通れるくらいの大穴が二つ開いていた。
「さすがジータ様。ありがとうごぜえます」
 難民たちは礼を言って大穴から出て行く。
 誰も気付いていない。ボタンの魔法の水晶は小さかったが、開けた穴はジータが開けた穴と遜色ない大きさだということに。
 ジータだけが認めて、ボタンを姫騎士にスカウトした。
「姫騎士の条件を君は満たしている。フローリアのために姫騎士として働いてもらえまいか」
 ただ魔法が成功して喜んでいたボタンもまた、自身の潜在能力に気付いていない。「無理です」と断ってしまった。
「丙武のせいで荒廃してしまったフローリアで、姫騎士をしろというのは酷な話だったな。断ったこと気にしなくていい」
「そうではないのです。私はもっと強くなるために難民たちといっしょに行きます。いつかフローリアに帰って来たとき、姫騎士に見合う強さになっているか見て欲しい」
 この孤児はフローリアで姫騎士をするよりも過酷な道を進もうとしている。ジータは木桶いっぱいのブドウを餞別にして送り出した。
「このブドウを持っていってくれ。ここにあっても丙武の腹に入るだけだから」
「このブドウの種をまける肥えた土地を旅先で探します。フローリアのブドウを絶やさないために」

 フローリアから脱出した難民たちの流浪の旅が再び始まった。
 ようやく手に入れた居場所は理不尽に奪われ、心休まるひまもない。先行きの分からぬ不安から、難民たちは一番前を歩いているウォルトに詰め寄った。
「フローリアに行けば何もかも上手くいくって言ったじゃないか」
 ウォルトはフローリア行きを強く主張してはいたが、すべてうまくいくと言ったことはない。しかしフローリア行きのリスクについてはあえて言わなかったことが、間違ったメッセージとなってしまったようだ。
「行くあてはあるんですかい」
 あてなどなかった。しかし心細い思いをしている難民たちに希望を見せなくてはならない。
「東のサーペントへ向かおう。今フォーゲンがSHWと交渉してくれている。受け入れ先が決まったら、サーペント港から出国する」
 難民たちはフォーゲンに一縷の望みを託した。
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