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第28章 カンパニーア銀行の舌戦

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 SHWのカンパニーア銀行本店に今日もまた厄介な客がやってくる。
 赤いコートをなびかせて、長刀を背負って。ぼさぼさの頭で黒髪の。
 単身、東方大陸へ渡っていたフォーゲンである。
 金髪にガマグチの髪留めをつけた受付嬢が今日も同じことを聞いた。
「私、テイジー・キタックが担当させていただきます。本日はどのようなご用件でしょうか?」
 今日も今日とてフォーゲンは同じことを言う。
「難民を運ぶために船がいる。船を借りるために金を貸して欲しい」
 何の信用もなくて銀行から大金を貸してもらえるはずもないのに、このフォーゲンという男はあきらめもせずに毎日閉店過ぎまで居座るのである。おかげでここのところ残業が続いていた。
 定時に退勤することを矜持としているテイジーは、今日こそフォーゲンを追い払うべく先制パンチを放つ。
「難民の方々は何名様いらっしゃいますか? 受け入れ先は決まっておいでですか?」
「だいたい一万人です。受け入れ先はSHWです」
「本国はそんなに大量の難民をかかえきれません。まずは行政にかけあって下さい」
 早く出て行け。お前のいるべき所はここではない。考えてはいてもそういう態度はおくびにも出さず、テイジーは懇切丁寧にお引取り願った。
「こんな噂話があります。中央公海のさらに北、黒い海の向こうに未開の地があると。新大陸ミシュガルドです」
「はあ?」
 急に何を言い出すのだろう。テイジーはいぶかしんだ。
「SHWが難民を受け入れないのであれば、ミシュガルドを受け入れ先にします」
 あるかどうかもわからない無主の地を受け入れ先に指定するというのである。馬鹿なことをとも思ったが、これは案外うまい手だ。本気でミシュガルドに移住する気があるにせよないにせよ、架空の土地を受け入れ先にされては手の出しようがない。
 今ここでミシュガルドなどというのは眉唾だからと断れば、万一ミシュガルド大陸が発見された場合困る。テイジーの発言を言質にされ、SHWがミシュガルドに参入できなくなる恐れがあった。
「ミシュガルドを受け入れ先に変更ですね。では手続きを継続します。一万人を船舶で運ぶためには、例えば二千人を収容できる大型船をピストン輸送で五往復させる必要があります。一往復に三十日、五往復ですと百五十日になりますね。百五十日分の大型船の貸し賃と船員の給与など諸経費含め二億五千万VIPとなります。年に三パーセントを難民の方々からの報酬で返済可能ですか? 二億五千万VIP分の担保がありますか?」
 返済のあてなんてなかった。どうせ払えないのだから別に借金がかさんでも問題はないだろう。フォーゲンはさらに大風呂敷を広げた。
「百五十日もかけていられない。難民たちには一刻の猶予もないんだ。最新最速の大型船五隻を遣って一往復で頼む」
 フォーゲンの無謀を苦笑するしかない。それは不可能というものだった。最新の蒸気船は国有民間合わせても四隻しかないのである。
「蒸気船は四隻しかないので無理です」
「ならば四隻だけでかまわない」
 フォーゲンはまったく揺らがない。焦ったテイジーはちらりと時計を確認する。11時半、頃合いだ。
「蒸気船の貸し出しには十五億VIPかかります。四隻で諸経費合わせて六十一億五千万VIPになります。返済可能ですか? 担保がありますか?」
 勝った。テイジーは勝利を確信する。
「返済は可能ですが、無担保でなんとかなりませんか?」
「大金ですので無担保では無理ですね」
「では船会社の方には分割で支払うので、手付金の分だけ貸してもらえませんかね、無担保で」
 しぶとい。
「何分割希望ですか?」
「六百十五回分割払いでお願いするつもりです」
「六百十五ヶ月分割払いですね」
「いえ、六百十五年分割払いです」
「正気か」とつい声が出そうになったが、テイジーはこらえる。明らかに債務不履行となって焦げ付く案件だ。早く追い出そう。
 テイジーは慎重に言葉を選んでお引取り願った。
「そんな無茶な分割案は聞いたことがありません。ひやかしならばお帰りください」
 今度こそ勝った。
「なんであなたがそれを決めるんですか? 船会社にかけあってみないとわからないじゃないですか」
「そこまで言うならば、わかりました。蒸気船のうち三隻は国有で、民間は一隻。ハイランド傭兵ギルド所有なので、ギルドの代表者ゲオルク・フォン・フルンツベルク氏に連絡してみますね。それで断られたらあきらめて下さいよ」
 テイジーはそう念押しして、ギルドへ電信を打った。
 それで午前の業務は終了となったので、席を立つ。
 ギルドの返信を聞きに、あの厄介者はまた来るだろう。だが今日のところは追い払えたのだから、及第点だ。久しぶりに定時帰宅できる。テイジーは心を躍らせながら食堂へと向かった。
 昼食を済ませて、受付席に戻る。
 あと半日で仕事が終わるとわくわくしていたテイジーの出鼻はくじかれた。
「なんでまだいるんですか?」
 対面にフォーゲンが座っている。昼食も食べずにずっと待っていたようだった。
「ギルドの返信を聞かせてください」
 念のため返信を確認しながら、テイジーは答えた。
「そんなに早く返信が来るわけないでしょう。いったん出直して……あれ、本当に返信来てる。ハイランドはフォーゲン氏の条件通りで蒸気船を貸与するって、正気なの? 六百十五年払いよ?」
 流れが、流れがフォーゲンに来ている。
 もはや自分の手には負えない。テイジーは席を立って、頭取に助けを求めた。
 そして、すぐ戻ってきて席に着く。頭取に怒られただけだった。今SHWの元首ヤー・ウィリー大社長と重要な商談中で手が離せないらしい。自分の裁量で決めろと言われた。
 流されるままにテイジーは契約書類を用意する。ちらりと時計を見ると13時15分を回っていた。
 このままではまずい。早くフォーゲンを追い出さなければならないのに。
 追い込まれたテイジーは逆転の一手に打って出た。
 発想の逆転。定時に帰るためにフォーゲンをあきらめさせようとしていたが、とっとと要求を飲んでしまえば良い。流れは来ているのだ。逆らうのではなく後押しすれば良い。裁量は任されているのだから。
 うってかわってテイジーはきびきびと契約書類を処理していく。時刻は13時30分。閉店まで一時間半。
 フォーゲンにサインをもらい契約書類が完成する。これで必要な書類はそろった。頭取に報告すれば契約成立となる。
 テイジーは席を立って、第一会議室の扉を叩いた。
 商談はうまくいっていないのか、不機嫌な声で「入れ」と促される。
 中に入ると頭取とヤー大社長が蒸気船の外輪ほどの広さがある円卓をはさんで座っていた。テイジーは頭取の右隣ににじり寄ると、フォーゲンと交わした契約内容について元気に報告した。
「六百十五年払いだと! ふざけるな! 君に裁量を委ねたのはこんな契約を取って来させるためではないぞ!!」
 またも頭取に怒られてしまった。
「お言葉ですが、貸し主のゲオルク・フォン・フルンツベルク氏は六百十五年払いで良いとおっしゃっています。ゆえにフォーゲン氏の借金は手付金の分のみでリスクは低いと思われます」
「それは一隻分だけだろう。国有の三隻の分はどうするつもりだ」
 頭取の問いかけに思わぬところから声が上がった。
「国有の蒸気船のほうもフォーゲン氏の条件で貸与するよ。六百十五年払いで構わない。難民もSHWですべて受け入れよう」
 二人の会話を聞いていたヤー大社長が助け舟を出してくれた。
「そんな、まさか」
 頭取の声は裏返っていた。
 テイジーの読みは正しい。流れはフォーゲンにあった。
 頭取だけがこの流れに竿さす。
「しかし四隻の大型船が艦隊を組んでアルフヘイムの領海に侵入すれば国際問題になる。SHWが難民たちと心中する義理はない。止めたほうがいい」
「海賊旗を掲げましょう。船は海賊に鹵獲されたことにして。SHWは無関係と言い張るんです」
 テイジーの恐るべき提案に頭取は青くなった。
「そこまでするなら、もう私は一切関わらない。君にすべて一任するから、出向してやってくれ」
 契約は無事締結された。
 今日は定時で帰れるだろう。
 だが定時帰宅のためにテイジー・キタックはフォーゲンの難民救出プロジェクトに巻き込まれつつあった。
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