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第4章 東コースニャの一斉蜂起

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 あれから、蛇の池から生還したのにもかかわらずウォルトたちは許されていない。三人の入れられた独房の前の通路には十五人の屈強な男が見張りに着き、誰もその道を通れないほどであった。
 すると、一番北側で薄暗くじめじめした独房から声がする。南隣の独房に監禁されているウォルトが気づいて聞き耳をたてた。
「俺が負けたのは武器のせいだ。聖剣さえ手に入ればお前なんかに負けるものか」
 レビはまだそんなことを言っている。ウォルトの気配に気づくと、見張りに聞こえぬようにひそひそ声でいっしょに脱獄しないかと持ちかけてきた。
「もう丸一日何も食べてない。スカロプスの野郎、俺たちを苦しめて楽しんでやがるんだ。うんうん。いかんよな、こういうことは。これもなんかの縁だし協力してやるよ」
 ところでどうやって脱獄するかというと、剣闘士たち全員で脱獄するのである。見張りが厳重な以上騒ぎを起こす必要があった。
 それで騒ぎに乗じて牢と武器庫のカギを奪い取り、剣闘士たちを牢から解放し反乱を起こす。ずいぶんとおおざっぱな計画をやろうとしていた。
 ウォルトはもう一つ隣の独房のフォーゲンにレビの計画を伝えた。
「いいだろう、いっしょに蛇の池で溶岩に溺れて死にそうになった縁だ。協力しよう」
 フォーゲンの独房のさらに隣には女囚用の牢獄が建っている。フォーゲンはレビの計画を私たちに知らせた。
 それからこの計画を隣の牢に伝えてくれとお願いされた。
 私は隣の牢と女囚用の牢獄の間にある見張り小屋を見る。とてもじゃないが隣の牢に伝えられそうにない。
 すると話を聞いていた相部屋のダークエルフ、メン・ボウが「あたいはシーフなんだ。カギをちょろまかす役あたいにやらせてくれよ」と言った。
 メン・ボウは続ける。
「まずあたいがカギ束をちょろまかす。そのカギ束で他の剣闘士の牢を開け、そこで計画を話す。どうよ」とこう言った。
 とするとおおざっぱなレビの計画は大幅に変更され、行き当たりばったりなものとなる。フォーゲンはレビの了解を得るために再び伝言ゲームに戻るのだった。
 荒くれ者の剣闘士たちはぶっつけ本番で計画に乗ってくれるだろうか。
 心配の種は尽きないがレビはメン・ボウの修正案にゴーサインを出した。
 独房の三人と違い私たちには食事が出ていたが、メン・ボウはもう貧しい食事で限界にきていてすぐさま行動に移した。
 メン・ボウは粗末なカップを派手に落とす。ハチミツ入りの水がこぼれた。
「いたたたたた。衛生兵! えーせーへーー!! ポンポンペイン!!!」
 するとスカロプスのしもべが見張り小屋から出てきて、牢のカギを開けて中の様子を覗く。
「うるせーな。お前らも飯抜きにするぞ。静かにしねーか」
「こっちは病人だぞ。もっと優しく付き添ってくれるとかさー」
 メン・ボウは会話で注意を引きながら、しもべの腰ひもに吊ってあったカギ束を盗み私に目配せした。
 私は後ろから近づいてしもべを三角締めで落とす。倒れ伏したしもべを代わりに閉じ込め、私たちは外に出た。
「ザルだねー。独房のほうに見張り割きすぎだから」
 メン・ボウが無人になった見張り小屋を素通りして行くので、私もついて行った。
 そして一般用の監獄のカギを二人手分けして開けていく。
 これで屈強な剣闘士たちは感謝して力になってくれるはずと考えていたが、そのアテは外れた。
 カギが開いても逃げようともしない剣闘士たちに向かって、私は訴える。
「クソ野郎ども! しっかりしろ!! お前らを救ってやれるのは己自身しかいないだろうが!!!」
 女の一喝で九十二人の剣闘士たちのうち八人が正気を取り戻した。
 が、指笛を吹いて茶化す者、ただ便乗して騒ぐ者、傍観者であろうとする剣闘士たちは口々に不平不満を言い、「俺たちは剣闘士だ。武器なしじゃ戦えねえ。こっちは命を懸けるんだ。お前たち二人が慰み者になるくらいはしてもらわねえとな」とあざ笑う。
 牢の外に出た八人だけが私たちと手を取り立ち上がってくれた。
 これだけの騒ぎだ。すぐに暴力のサーカス団全体に知れ渡ることだろう。
 一般用監獄を出て、三差路にたどり着く。
「時間が惜しい。私と八人の剣闘士は独房のウォルトたちを助けに行く。メン・ボウは武器庫を開錠して武器を取ってきてくれ」
 言うなり私とメン・ボウは二手に分かれた。
 独房の前の通路に出ると、八人の剣闘士も付き従う。
 そこには所せましとひしめき合う十五人の屈強なしもべたちがいた。
 剣闘士たちは目を大きく見開いて、しもべたちを押さえつける。
 しもべたちは手にした槍で丸腰の剣闘士たちを次々と刺していった。
 急がなければならない。
 私は剣闘士たちがしもべを壁際に押し付けてかろうじてできた道を押し入った。しもべたちは刺しても刺しても立ち向かってくる剣闘士たちにおののく。
「こんなことは暴力のサーカス団始まって以来見たことがない」
「まるで悪夢だ」
 ひるんだすきに、私はメン・ボウから預かっていたマスターキーを使ってウォルトたちを救い出した。
 見ると私のために道を拓いてくれた剣闘士たちは力尽き倒れている。
 頭に血が上ったレビが怒鳴った。
「何か武器はないのか! 誰か武器を持っていないのか!」
 レビは八人の剣闘士たちを見る。
 漁師の三兄弟のうち長男のアンドレイは軽傷、次男のジュードも捕えられ、末弟のサンチャゴが連れ戻そうしたが返り討ちにあった。善良なフィリップは足を折られ、盲人のヴァルフォロメイは重傷。熱血漢のシメオンは刀創により皮膚がちぎれていた。疑り深いトマは難を逃れ、元銀行員のマシューは殺された。
 レビは何かを思いつくと「とっておきの武器があるぞ。持ってくる」と言って、ひとり戦場を抜け出していく。
 釣られてしもべたちはレビに注意を向け、一斉に追っていった。
 さて独房の前で置いてけぼりをくった私は、メン・ボウと合流すべく剣闘士たちを引っ張って言う。
「アイツおとりになるためにあんなことを」
 ウォルトが応じた。
「いや、たぶん何も考えてないぞ」
 負傷者に肩を貸しながらポツリとフォーゲンもつぶやく。
「アイツまさか逃げたんじゃあるまいな」
 一方そのころメン・ボウは武器庫の門番を石柱の影から覗き見ながら、怖気づいている自分自身を責めていた。
 ああ武器さえあれば。ああ武器はないか。その武器を取りに行くのがアタイの役目だった。だがあの門番はどうやって倒す? 武器がなければアタイには力も技もない。アタイに残された最後の武器は……。
 メン・ボウはようやく意を決して、女の武器を使うことにした。荒布の短パンをこれでもかとまくり上げて、なまめかしい脚を石柱の影からあらわにして門番を誘う。
「アハーン★ ウフーン★ 来て見て触って。私とイケナいコト・し・ま・しょ」
 門番はよほど飢えていたのか終始笑顔を絶やさず、無防備に近づいてきたメン・ボウに覆いかぶさった。
 すぐに逃げて武器庫を開けるべきだっただろう。
 しかしメン・ボウの体はがっちりとだいしゅきホールドで固められて、かろうじて右手が動くだけだった。
 門番が耳元でそっとささやく。
「私ハリー・ハリー言うネ。大好物の弱っちいヤツのおびえる顔見たいから、串刺にしするヨロシ」
 するとハリーの体中から黒く袖の長い民族衣装を突き破って、無数に伸びた棘が刺し貫いた。
 激痛で何も考えられない。
 意識が飛ぶことで一瞬痛みから解放されたが、きつく抱きしめられた痛みでむりやり現実に引き戻された。
 メン・ボウはまだ動く右手で必死に尻ポケットをまさぐる。
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。何か武器、武器はないの?」
 ポケットの中の手が冷たい金属の感触を探り当てた。それを握りこんで渾身の力のパンチを顔面に叩きこむ。
 目から血を流し、驚いてハリーは飛びのいた。
「アイヤー、いったい何したアル。武器は持ってないはずヨ」
 メン・ボウは血の付いたカギ束を人差し指でくるりと回して見せる。痛みで細い目をさらにつむっているハリーには見えるわけないのに。
 カギ束をメリケンサックのように握りこみ、指の間から二本のカギを突き出させて目つぶし。ハリーに種明かしする義理もないので、メンボウはカギの本来の使い方でさっさと武器庫を開ける。
 私たちが合流したころにはすっかり生き絶え絶えになっていて、メン・ボウは武器庫の中で守るように宝箱にすがりついていた。
「よく頑張ったな。無茶しやがって」
 私はすぐさま魔法が使えるトマに頼んで、メン・ボウの傷を癒す。
 ハリー・ハリーははしっこいヤツのようで、もういずこかに逃げ去っていない。
 メン・ボウの活躍で武器が手に入り、約束通り残りの剣闘士のうち五十六人だけだが仲間になってくれた。後は脱走するだけ。あれ、何か忘れているような。
「レビがいない!」
「どうせアイツ真っ先に逃げたんだろ」
「おい! あれを見ろ!!」
 私たちは声に従い、ウォルトの指差す闘技場の屋根のほうを向く。
「アイツ馬鹿だ」
 私たちの見上げた先、闘技場のてっぺんを目指してただひとりレビが屋根を上っていた。
 三つの巨大な剣のオブジェの中心にある、伝説の聖剣の刺さった台座を目指して。レビは武器を得るため聖剣を引き抜くつもりなのかもしれない。
「おーい! レビ戻ってこーい!!」
「武器ならこっちにあるぞー」
 叫んではみたものの、遠すぎてレビは気づかない。
 その時レビを追って、十五人の屈強なしもべが後ろから迫っていた。
「レビー!! 後ろ後ろ!」
「ああもー剣はいいから私たちといっしょに来い!」
 声が届いたのかようやくレビは追手に気づいて、急いで聖剣を引き抜こうとする。
「なぜだ。なぜ抜けない。普通なら抜けるとこだろうが!」
 そうこうしてるうちに追手が集まり、悪質タックルをお見舞いした。それでもレビはあきらめない。
「今ちょっと剣が動いた気がする。あとちょっと、あとちょっとなんだ」
 レビの言葉に対して、どこからか声が聞こえた。
「抜けるわけがない。その聖剣は今まで何人たりとも抜けなかったのだ」
 これは団長スカロプスの声だ。つまりスカロプスは抜けるはずがないのを知りながら、毎回聖剣を引き抜く権利だけを優勝賞品にしいていたということ。私たちは武器を掲げてわめく。
「汚ねえぞ!!」
 すると地鳴りがして、闘技場から手が伸び、二本の足で立ち上がった。
「トーギッジョ!!!」
 闘技場が変形した巨大ロボットが私たちを踏みつける。
「愚民どもに告ぐ。悔い改めてはいつくばり、許しを乞うて暴力のサーカス団に戻れ。でなければ踏みつけ、目玉をえぐり出して、生きたまま火にくべてやる!!!」
 逃げまどいながら、後から仲間になった者たちはすぐにひれ伏して頼んだ。
「どうかお許しください」
 しかしスカロプスは承知せず、成り行きを一部始終見ながら巨大ロボットを運転して、怒り任せに暴れまわる。
「なんて悪いヤツだ。こんなに頼んでいるのに」
 急に闘技場が動いたので、てっぺんに乗っていた屈強なしもべたちは振り落とされていた。
 レビだけは抜けない聖剣の柄を握っていたので無事だったが、そのレビを命綱にして屈強しもべたちがぶら下がり押し合いになっている。
 すると重さに耐えかねて、あれだけ抜けなかった聖剣が横滑りを始めた。
「なんでこのタイミング!? お、落ちるーっ」
 レビは剣の動きを止めるのではなく、逆に剣のスライドする方向へ合わせて走った。しもべを蹴散らしながら。
「こうなったら破れかぶれだー!」
 剣を引きずりながら闘技場のてっぺんから駆け降りると、突き刺さっていた台座は斬れ巨大ロボットの胴体は縦に引き裂かれていく。
 蚊でも潰すように巨大ロボットの手が覆いかぶさったが、手ごと斬ってそのまま足まで割ったしまった。
 二つに分かれたロボットが崩れていく。
 ディアスポラの乱の発端となったこの騒動は近くの村の名をとって、東コースニャの一斉蜂起と呼ばれた。
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