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 意識が、水底から浮き上がるようにはっきりとしていき、カーテンの隙間から漏れる太陽の光を受け止めた。

『朝~朝だよ~朝ごはん食べて学校いk』

 音声式の目覚ましをうるさく思い、乱暴に止める。
 まだ起きたくはないと、眠気の抜け切らない頭で体を起こそうと努力してみた。
 けれど、心地良い睡魔の誘惑にはなかなか勝てない。
「……あと五分」
 時計は出発時間の二十分前に設定してあるから、まだまだ余裕はある。
「昨日の戦いで、今日は特別疲れてるから~」
 邪気眼を使っての戦い。
 俺はいままで妄想の力でしかなかった、相手からエネルギーを吸収する異能を我が物にした。
 そして、敵だと指定された相手との突然の戦いが起こり、勝った。
 ああ、だから俺はいつも以上に疲れてしまっているのだ。
 昨日までのことを思い出し、もうちょっとだけ惰眠を貪ることにする。

「少しだけ、少しだけ」
 布団を抱き寄せ、言い訳を呟きながら、俺は見た。
 引き寄せた毛布の中から、つまり俺の寝ている横にマッパの幼女が寝ている。
「……え?」
 髪は脱色されたように真っ白で、肌は日焼けしたように黒く、顔立ちは整った可愛いというより、綺麗な子だ。
 歳の頃はまだ五~六歳、限られたロリコンのみが性欲を開放できる特殊な範囲の幼女である。
 生憎、この状況を喜べるほど俺もあっぱれな頭をしていない。
 そのため、この突然やってきた状況に、心臓を鷲掴みにされたような衝撃を受け、固まってしまった。
 これはいったい、なんだと、言うのだ?

「ん」
 ベットの上で一通り狼狽していうると、当の幼女が目を覚ます。
 その子は眠そうな目を擦りながら、俺の存在に気づき、ゆっくりと体を起こすと一声。



「あはようございました」
 そんなみょうちくりんな挨拶をしてきた。
 すぐに、言葉を返すことができない。
 理解の追いつかない頭は、この挨拶でさらにそのパフォーマンスを著しく下げられたからだ。
 なんで過去形なんだ?
13, 12

  


「私、あなた様。対して、変なこと、言いましたでしょうか?」
 所々日本語が妙な幼女は、俺が唖然としたまま呆然としている様に、不思議な面持ちで尋ねる。
 無機質な雰囲気に、吸い込まれそうになるくらい澄んだ瞳が、俺を覗く。
「なんで、『あはようございます』ではなく、『おはようございました』?」
 上手く回らない頭は、代わりに見当違いの質問を吐き出した。

「それは、もう朝でした。から、過去系です」
「ああ、そうなの。でもそういう時も、普通におはようございますで良いんだよ」
「ですか。分かりました」
「わかってくれて良かった」
 いや、よくない。
「そうじゃない。ちょっと、待って」
「かしこまって、ござる」
 幼女は、ふざけてるとしか思えない返答を返すと停止した。
 一体全体なんなんだ、この子。

「まず一つ質問をする。お前は誰?」
 少し冷静になった頭が、今度は正常な質問を出した。
 しかし、幼女は頑なに口を閉ざしたままで、その表情からも感情の一切が読み取れない。
「……なんで黙る。理由があるのか? あったら言ってよ」
「あなた様、先ほど喋るなと命令したです。から、ので、仕方ない。喋れないのです」
 挑発的にさえ思える言葉に、微かな苛立ちを覚えそうになる。
 が、それが全く無意味だという事も同時に分かった。
 怒った所で、目の前の幼女には意味なんて無いと思えたからだ。
 直感というより確信に近いそれが、今は頭にしっかりと浮かんでくる。
 彼女にとって、黙れと言われて素直に黙ることが、真実以外の何者でもないのだろう。

「喋っていいから、質問に答えて」 
 幼女相手に怒るのも大人気ないので、声の調子を優しくして語り掛けるように聞いた。
 すると許可が下りたことを確認した少女は、口を開き、話し出す。
「聞いた記憶によると、あなた様。コレが『誰?』、という質問の回答が欲しい」
「うん、そうなんだよ」
 自分を指して『コレ』と呼ぶことは無視して、頷く。
「簡単です。答えは、あなたの妄想です」
 答えに一瞬、息を忘れた。

「……いや、いやいやいやいや」
 全力で否定する。
 顔は笑っていても、内心は相当の狼狽ぶりだった。
 邪気眼能力に続いて、どうやら俺は相当危ないものを想像してしまったとでも、言うのか?
 こともあろうに、裸の幼女とは!

「俺が邪気眼にしたのは、俺が妄想したのは『第三の手』だけだー!!」
 否定するつもりで叫ぶと同時に、第三の手を呼び込む。
 するとなぜか幼女が抱きついてきた。

「うわあああああああああああああ、ちょっと! なんで抱きついてくるんだ!」
「……呼んだから」
「呼んでない! 俺は断じて幼女の裸なんて呼び出しちゃいない! 『第三の手』ェッ!」
「目の前にいるのが、ですが」
「出ろぉぉぉぉぉぉ、侵略邪気がぁぁぁぁぁん!!!」
 今度ばかりはシャイニングガンダムとか呼べそうな勢いで、指ぱっちんをしながら叫んでみた。

「出現して、いたのでした」
「え? なんだって?」
「あなた様。『コレ』なのです」
 ぼうっとした目と固い表情で、幼女が続けて自分を指さして言う。
「……うん」
 これにまさか、という気はした。
 だって第三の手は、黒いスライムに近いグロテスクな物体だったぞ。
 ありえないじゃないか、『ソレ(化物)』が『コレ(幼女)』になるなんて!
「OK、百歩譲って君を俺の邪気眼だとしよう」
 一度落ち着くために深呼吸をして、ベットに座りなおすと幼女に向き直った。
 ちょこんと座って、長い白髪に漫画のように隠すべき所がちゃんと隠されているから凄すぎる。
 隠されていると逆にエロいというジンクスがあるから、俺はあえて布団を被せてあげる事から始めた。
 これでだいぶ、俺の頭も平静を取り戻し冷静になれたというもの。

「だが、なんでそんな姿になったの」
「昨日食べたモノが、おいしかった故。このカタチを、覚えられたに至る」
 確かに昨日の、戦いが終わる頃にはあの汚物のような形状のままだったはずだ。
 でも、そういえば……昨日あの後から、『食事』を終えてからの『コイツ』を見ていない。
 ならば言うとおり、そこで成長したとでも言うのか?
 だが、それが何故――こんな幼女なのだ!?
「私はあなたの望んだ容に為れる。だから私は、人に生った。
あなた様はサイズを気にしているようだが、理想になるにはもっと食べなければいけない」
 一瞬だけ大人びた顔で、整った言葉を言われてドキっとしてしまう。
 しかし、すぐに目の前の光景と言葉を対比して頭を抱えた。
 こういう女性を望んでいないと言えば、確かに嘘になるが……なにか釈然としない感じがする。
 だが『コイツ』が本当になんなのか、その判断を今下すことは難しいので、止めた。
 今、どうしてもできそうにないことは、しないに限るのだ。

 代わり、できること。
「とりあえず、名前を決めておかないとな」
 いつまでも『コイツ』では呼びにくい。
 昨日は名前をつけようってとこで、後回しにしてしまったし。
「そうだな。クールな感じだから、クーにしよう」
 クールというより、無機質に近かったが、安直にそう決めてやった。

「クー、名前か。私の名前」
 するとクーは、珍しく人間らしい、おもちゃを与えらた少女らしい柔らかい笑顔で応えてくれた。
 これに、安直な名前をそのまま名前にしてしまったことに後ろ暗さを感じるも。
「さて、あなた様。言いたい事があります、一つ程」
 咄嗟に、何かに気づいたクーが俺に言いたい事があるらしかった。

「何?」
 だからか、素直に聞いてやれる気になったのだけれども。
「学校に行かなくてはいけない時間かと?」
 ゆっくりとした動作で時計を指差すと、指された時計の時刻は当にそろそろ遅刻タイム。
「なんで知ってるの?」
 余りにも不意打ちすぎて頭は意外にも冷静でいられた。
「あなた様から生まれましたから、知識はあなた様から頂きました」

「そうなのか。流石は俺の妄想」
 なでなでしてやる。
「関心している場合ですか?」
 伏目に、冷静なつっこみを放ってくる。
 が。
「……全くだよ! いくぞ、クー!」
 布団から飛び起き、支度を急ぐ。
 焦りは強かったがそれ以上に、心の中に確かに湧き上がっているものがあった。

 それは、新たな一日が訪れたという、高揚感である。
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