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第十二話 爆発

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【8日目:朝 東第一校舎一階 ボイラー室】

 それはあまりに突然の出来事。
 ボイラー室の扉――機械の駆動音が外に漏れないよう、分厚く頑丈に作られているはずのその扉が、バリケード代わりにしていたガラス棚もろとも砕け散ったのだ。
 破片と粉塵がボイラー室内に飛び散り、轟音の中で凜々花が短い悲鳴を上げたのを口の動きで察しながら、陽日輝は叫んだ。
「敵だ!」
 ――敵。
 たとえ面識がなかったとしても、同じ学校に通っている人間を、そんな言葉で形容している自分が嫌になる。
 しかし、少なくとも向こうは、こちらを『敵』だと思っているからこそ、このような行為を仕掛けてきたのだろう。
 幸い、砕け散ったガラスや扉の欠片は、ほとんどが正面に散らばり、陽日輝と凜々花が咄嗟に飛びのいていたこともあって、負傷には繋がらなかった。
「誰だ!?」
 陽日輝は叫びながら、扉があったはずの場所を見据える。
 立ち込める粉塵の中、一人の男子生徒が廊下に立っているのが見えた。
 肩にまで触れる長めの髪をした、痩せた男子生徒。
 その右の掌には、どういうわけかヨーヨーが握られていた。
「……!」
 殺気に満ちた表情をしている。
 目が合った瞬間、彼はその血走った目を驚愕に見開き――次の瞬間には、ヨーヨーを握る指に力が込められたのを、陽日輝は見逃さなかった。
「凜々花ちゃん!」
 陽日輝が叫んだのと、男子生徒がヨーヨーを持つ手を振りかぶったのはほぼ同時。
 陽日輝は直感的に、あのヨーヨーこそ扉が破壊された原因だと判断していた。
 振りかぶられたヨーヨーが投げられ、糸が不規則に宙を舞い始める。
 その先端に付けられた、二つの円盤が重ねられたような形をしたプラスチックの物体――ヨーヨーの本体部分が、まるでこちらを食い殺そうとする蛇の口のようにすら感じられた。
 だが――そのヨーヨーが、陽日輝や凜々花に命中することはなかった。
 凜々花が素早く投げた百人一首の札が、ヨーヨーの糸を切断したからだ。
 男子生徒の手からヨーヨーが離れた直後には、凜々花は投擲を行っていたため、糸はほとんど伸び切らない内に切断されていた。
 その結果、ヨーヨーの本体は空回りするように、男子生徒の胸の辺りに戻るように落ちてくる。
「……!」
 それに気付いた男子生徒の目が、絶望に見開かれた。
 そのあまりにも恐慌した瞳から、陽日輝は直後に訪れる現象を悟り、凜々花に対し叫びながら、自身もボイラー室の奥へと跳んでいた。
「伏せろッ!!」
 凜々花が反応できたかどうかを、確認する余裕もなく。
 次の瞬間陽日輝は、背後で鼓膜を震わせる轟音が響くのを知覚していた。
「……いってえ……」
 思い切り跳んだため、壁に体をぶつけてしまった。
 腹や背中などを触りながら、傷が無いことを確かめる。
「凜々花ちゃん、無事か!?」
「は……はい、こちらはなんとか――あっ」
 凜々花の声が、途中で詰まる。
 ……何が原因かは、大方察しが付いていた。
 陽日輝は立ち上がりながら振り返り、唖然としている凜々花を見――ボイラー室と廊下の境目辺りに飛び散った『それ』を目にしていた。
「……凜々花ちゃん、もう遅いだろうけど――あまり、見ないほうがいい」
 陽日輝の読み通り、あのヨーヨーこそが彼の能力だったのだろう。
 ヨーヨーに触れた物を爆発させるとか、恐らくはそういった類の能力。
 しかし、凜々花のカウンターによって、彼は自身の体にヨーヨーを当てられてしまった。
 その結果もたらされたのは――見るに堪えない惨状だ。
 男子生徒だった『モノ』が、ボイラー室内にも廊下にも飛び散っている。
 赤黒い液体の中に無造作に散らばった、大小様々な肉片。
 交通事故に遭った小動物の死体なら見たことがあるが、サイズが違う。
 それに、やはりさっきまで生きて、動いていた人間のモノであるという事実が、後頭部をガツンと殴打されたような衝撃を陽日輝に与えていた。
 ヨーヨーが当たったのが胸だったからか、辛うじて下半身は、膝の辺りから下は無事だったが、転がったソレはまるでマネキンのようだった。
 ボイラー室に充満しているのは、血と糞便の臭い。
 後者は、腸の中身も一緒に散らばったことによるものだろう。
 凜々花が口元を抑え、今にも吐きそうな表情で辛そうに声を絞り出した。
「……分かってはいたつもりですけど……やっぱり、堪えますね――……」
「無理に喋らなくていい。……それに、凜々花ちゃんがカードを投げなきゃ、俺たちは無事じゃ済まなかった」
 今までにも、自分も凜々花も他の生徒を殺してきている。
 ただ、死体がここまで無惨なことになったのが初めてというだけで。
 そう頭では分かっていても、凜々花の言う通り、ショッキングではあった。
「……行こう。今の爆発を聞いて、誰か来るかもしれない」
 陽日輝は、努めて平静にそう言ってから、肉片の中、この男子生徒のものだったであろう手帳が、無傷で残っているのに気が付いていた。
「……。この手帳は、壊れないようになってるんだろうな」
 ルール説明では特に触れられていなかったが、この規模の爆発を身に受けていたにも関わらず、こうも綺麗に残っているということは、そういうことなのだろう。
 血の海から手帳を拾い上げる――不思議なことに、手帳には一切の血が付着していない。だが、表紙と能力説明ページは他の手帳同様、容易に破り取ることができた。
「……どんな能力だったんですか? その……この人の、能力は」
 凜々花は、足元に散らばるモノに一瞬視線を落とし、そう尋ねてきた。
 陽日輝は、ちぎり取った紙片を見、そこに書かれた内容を読み上げる。
「能力名『意気揚々(ゴーゴーヨーヨー)』、能力内容『手の中にヨーヨーを具現化する。同時に二つ以上のヨーヨーは存在できない。ヨーヨーを消滅させる場合には、ヨーヨーの本体部分が掌の中にある必要がある。ヨーヨーの本体をぶつけたとき、対象は爆発する』――だ、そうだ」
「爆発――威力だけなら、陽日輝さんの『夜明光(サンライズ)』よりも上でしたね。リーチもありましたし、恐ろしい能力でした」
「まあな――ただ、ヨーヨーが今みたいに壊されると隙が大きそうだ。消すためには掌の中に戻す必要があるっていうのも不便だな。いつでも好きに消せるなら、コイツはもっと厄介だった」
 凄惨な死体を挟んで、冷静に能力について話し合っている現状の、なんと異様なことか。
 陽日輝はふとそんなことを思ったが、だからといってセンチメンタルになっているような余裕はない。生きるためにも、心は図太く、強く持つ必要があった。
「じゃあ、そろそろ行こう。この東第一校舎は、多分もう危険だ。じきに誰かやって来るかもしれない」
「そうですね――行きましょう」
 陽日輝と凜々花は、血や肉片を踏まないように気を付けながら、ボイラー室を後にした。
 すでに廊下には朝日が差し込み、すっかり明るくなっている。
午前八時を過ぎているのだから当然ではあるが、日中は日中で、夜間とは違った注意が必要になる。
 夜間はこちらの視界も悪い代わりに他人からも見つかりにくいが、日中は視界がいい分他の生徒からも見つかりやすいからだ。
 どこかから聞こえる鳥の囀りの中に、誰かの声や足音が混じっていないか注意を払いつつ、陽日輝は凜々花と共に廊下を進む。
 リノリウムの廊下は、注意していてもカツカツという硬い音が鳴りやすい――ただ、まっすぐ伸びた廊下は見晴らしがよく、どこかの教室や階段から人が出てきたとしても、すぐに分かるようにはなっている。
「凜々花ちゃんはまっすぐ前を見ながら進んでくれ。俺は後ろを確認しながら進む」
「……分かりました。このまま校舎を出たら、最短ルートで向かいますか?」
「そうだな――」
 陽日輝はふとそのとき、先ほどの男子生徒は、ボイラー室の中に自分たちがいることに、どうやって気付いたのだろう――と、いう疑問に思い至っていた。
 声が漏れていた? いや、そんなはずはない。
 ボイラー室の防音性の高さは、たびたびあの場所でサボっていた陽日輝はよく分かっている。
 適当にアタリを付けて扉を壊した?
 だとしたら、周囲の部屋のドアが無事だった以上、一発目にボイラー室の扉を選んでヨーヨーをぶつけたことになるが、いくらなんでも、そんなことがあるのか? 他にも部屋はいくらでもあり、そしてボイラー室が一番出入口に近いというわけでもないのに。
 扉や壁の向こうにいる人間を探知できるような能力があるのなら話は別だが、あの男子生徒の能力説明ページには、『意気揚々』しか書かれていなかった。つまり、他の能力を使ってこちらの存在に気付いていたという線も消える。
 と、すると――
「……凜々花ちゃん。あのさ――」
 陽日輝は、凜々花の意見を聞くべく、凜々花のほうを振り向いて――その瞬間、見た。
 凜々花の眼前に、一人の男子生徒が現れたのを。
「「!?」」
 陽日輝と凜々花が目を見開く中、その男子生徒はニヤッと笑った。
 背の高い、柔和な優男風の男子生徒だったが、その右手には、ナイフが握られている。
 ――考えている暇はなかった。
「凜々花ちゃん!」
 陽日輝が叫んだのと、男がナイフを突き出したのとはほぼ同時。
 陽日輝は凜々花のブレザーの襟首を掴み、渾身の力で引き寄せることで、ナイフが彼女の腹に突き刺さるのを回避していた。凜々花が華奢で本当によかった――と、陽日輝は内心安堵する。
「――っとっとぉ」
 勢い良くナイフを突き出していたため、男は空振りしてつんのめる。
 そのときには、陽日輝は凜々花を庇うように自分の後ろに放って、『夜明光』を右手に発動させていた。
「テレポートでも使えるのか? だったらさっさと逃げたほうがいいぜ。逃がすつもりはないけどな」
 この男が、凜々花の目の前に突然出現したのを、陽日輝はハッキリと目にしている。
 考えられる能力は、テレポート――瞬間移動の類だ。
 だとしたら、もし取り逃がしてしまったなら大変な脅威になる。いつ襲撃されるかも分からず、まるで心が休まらない。
 だから――今、この場でこの男は殺さなければならない。
 そんな陽日輝の決意を感じ取ったのか、男は目を細めて軽薄に笑った。
「おー怖い怖い。だけど逃がすつもりがないのは僕も同じだよ。その光ってる手、当たったら大変なことになるんだろう? それにさっきの素早い反応。君を生かしておくのは、僕のサバイバルプランに影響しそうだ」
 大げさに肩をすくめて見せる彼の目には、生徒葬会という状況に陥る以前から持ち合わせていたものであろう悪意の光が宿っている。
 この男は、他人を殺傷することに躊躇いを覚えないタイプの人間だ。
 覚悟をする必要もなく、最初から『できる』ような精神構造が成立している。
 そういったタイプの人間を、陽日輝は他にも見たことがあった。だから、わかる。
「何がサバイバルプランだ。ゲーム感覚かよ」
「ゲーム以外の何だっていうんだい? アイテムを集めてゴールを目指す。普通のゲームと違うのは、命がかかっているかどうかだけ。そもそもがこの状況自体、あの『議長』とやらの、僕たちの命を使った箱庭シミュレーションみたいなものじゃないかなぁ?」
 人を小馬鹿にしたような口調に苛立ちを覚えたが、不本意ながらも、最後の台詞に対しては概ね同感だった。
 ――だからといって、目の前にいるこの男を殺すということに変わりはないが。
「ゲームだっていうなら、お前はここでゲームオーバーだ」
「言うねぇ。カノジョの前だから格好付けたいのかな? 凜々花、って呼んでたっけか。君のほうはなんていう名前なんだい? ちなみに僕は、峠練二(とうげ・れんじ)っていうんだけど」
「……暁陽日輝だ。でも、名前なんてどうだっていいだろ。お前はここで死ぬんだから」
「やっぱり怒ってるねぇ。その子がそれだけ大切なんだね。ま、大切なものがあるってことはいいことだよ。そのほうが、僕にとって壊し甲斐があるからねぇ」
 彼――峠練二は、ニヤニヤと愉快げに、不愉快な笑みを浮かべている。
 陽日輝は握った拳に力がこもるのを感じながら、背後にいる凜々花が心配そうに「陽日輝さん……」と呟くのを聞いていた。
「……大丈夫だ、凜々花ちゃん。テレポートされても、出てきた瞬間叩けばいい。凜々花ちゃんはすぐに攻撃できる状態で、俺の後ろを見ててくれ」
 陽日輝と凜々花は背中合わせになる。
 それを見て練二は、ヒュウ~、と、軽快に口笛を吹いて見せた。
「お熱いねぇ。信頼し合ってるねぇ。そういうの見ると、ますます殺したくなってきちゃうよ。自分たちなら乗り越えられる、そんな自信を木っ端微塵に砕いてやりたくなるよ。――実際に一つ、絶望を見せてあげようか」
 練二はそう言って、ナイフを持っていない左の手で、パチン、と指を鳴らした。
 ――直後。
「っ!」
 凜々花が身じろぎしたのが分かる――だが、目の前にいる練二に動きはない。
 にも関わらず凜々花は、読み札を投げたようだった。
 陽日輝から見て、背後に対して。
「!? どうした、凜々花ちゃん――、……!?」
 陽日輝は、練二から目を離さないギリギリのところまで視線を動かし、背後の様子を確認したが――そこには、信じられないものがあった。
 凜々花が投げた読み札によってだろう、首の頸動脈を切断され、鮮血を噴き出しながら倒れ伏していく練二が、そこにいた。
 慌てて向き直る――だが、練二は変わらず、そこにいた。
 首どころか全身のどこにも、傷なんてものはない。
 凜々花もそのときになってようやく、その異変に気付いたようだった。
「そ――そんな! 確かにこっちに現れ――まさか!?」
 凜々花が叫ぶ。
「――この人、能力を二つ持ってます! テレポートだけじゃなくて――分身を創り出す能力も!」
「なっ――!」
 焦燥する凜々花を落ち着かせる余裕もなく、陽日輝は目を見開いた。
 そんな陽日輝たちの様子を、練二は満足そうに眺めている。
 自分の思っていた通りのリアクションをしてくれた、と言わんばかりに。
「その子の言う通りだよ、暁陽日輝君。僕はあの『放送』からすぐに動いてね。すでに二つ目の能力を手に入れてるんだよ。その子が倒したのは、ただの分身さ。ほら、致命傷を受けたから消えていく」
 練二が言うように、ぶくぶくと何かが沸騰するような音が背後から聞こえた。
 見ると、凜々花に倒されたほうの練二――練二の分身が、全身を泡立たせながら萎んでいき、そのまま二秒ほどで跡形もなく消えてしまっていた。噴き出したはずの血もろとも、だ。
「でも、ちょっと惜しいねぇ。ただ単に分身を創り出せるだけじゃないんだよねぇ。そんなつまらない能力じゃないんだよ、この『複製置換(コピーアンドペースト)』はね」
 練二はそう言いながら、さらに指を鳴らして見せる。
 パチンパチンパチン。
 廊下に反響する乾いた音。
 ――先ほどは一回だったのに、今回は三回だ。
 それは――つまり。
「――ああっ!?」
 凜々花が叫ぶ。
 だが、無理もない。
 凜々花の正面、そして左右にも、練二とそっくりそのままの姿をした分身が出現していたからだ。
 つまり――陽日輝と凜々花は、前後左右を囲まれてしまった。
「この分身にはね、僕と同じ動きをさせることもできるんだよ」
 練二がそう言いながら、ナイフを持つ手を掲げて歩き出すと、他の三体の分身も、同じように歩き始めた。
 分身は練二とまったく同じ姿かたちで再現されている――そのため、彼らも同じように、その右手に、ナイフを持っている!
「ゲームで言うと、『詰み』ってやつだよ。陽日輝君に、凜々花ちゃん」
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