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第六話 放送

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【8日目:未明 東第一校舎一階 ボイラー室】

 暁陽日輝と安藤凜々花は、ボイラー室の天井に設置されたスピーカーに注目していた。
 きっと、自分たちだけではなく、現時点で生存している生徒のほぼ全員が、同じようにこの突如始まった放送に耳を傾けていることだろう。
 なんせ、開会を宣言して自分たちを敷地内のランダムな場所に転移させた後、『議長』はその気配すら見せていなかったのだから。
 この異常な時間と空間が、一週間経った今、その元凶が初めて、自分たちに対し何かを伝えようとしている。
 『議長』本人も言っているように、これは聞いておくべきだろう。
「経過報告――って、言いましたよね?」
 凜々花が眉をひそめ、小声で尋ねてくる。
 陽日輝は、いつ『議長』が喋り出してもその内容をかき消してしまうことがないよう、何も言わずこくりと頷いた。
 それを見て、凜々花も察したのか、同様に口を閉じ、頷き返す。
 そうこうしている間に、『議長』の声はこう切り出した。
『まず、一週間生存おめでとう。この生徒葬会の参加者三百人のうち、現時点での生存者は二百十九人。すでに八十一人の生徒が脱落しています』
 脱落。
 本当にゲームのような言い回しだが、実際は『死』だ。
 それも、大多数が、同じ立場に置かれた生徒による他殺。
 その八十一人の中には、陽日輝や凜々花が殺した生徒も含まれている。
 ……凜々花は、親友・天代怜子のことを思ってなのか、口元を苦々しく歪めていた。
『とはいえ、まだ三分の二以上の生徒が生存しているのは、ペースとしてはいささか遅いと言わざるを得ません。校内にある食料は有限です。私の能力を持ってすれば補充は容易ですが、君たちには必死に『投票』目指して邁進してもらいたいので、それは行いません』
 だったら最初からそのことに触れるな、と陽日輝は苛立った。
 ロクに食料が得られず、水道水とその辺りに生えている雑草で凌いでいるため、お腹は慢性的に空いている。なのに、「食料の補充はできるけどやらない」なんてことを言われて、苛立ちを覚えないわけがなかった。
 陽日輝のそんな心境になど構うことなく、『議長』は続ける。
『これより毎日、日付が変わると同時に経過報告の放送を敷地内全体に聞こえるよう行います。その際に生存者の人数と、『投票』を行った生徒の有無をお知らせするので、今後もこの時間には起きておくことを推奨します』
 次の放送はまた一週間後、というわけではなく、これからは毎日あるのか。
 『議長』の忌々しい声を聞かなければならないのは癪だが、生徒葬会の進行状況が知れるのは、正直ありがたい。
 特に『投票』の有無について知れるのは大きなポイントだ。
 もしかして、すでに『投票』の枠が減っていってるんじゃないか、という不安を抱いた状態は、凜々花との同盟を維持していく上で懸念事項だったからだ。
 なんせ、すでに二人が『投票』を終えて、残る生還枠が一つだった場合、同盟は決裂するのだから。
『――と、本来でしたらこれで放送は終了の予定だったのですが、君たちの議事進行が遅いので、一つだけ議題を追加します』
 議事進行だの議題だの、いちいち生徒総会になぞらえるのが癪に障る――と、陽日輝は舌打ちしかけた。が、『議題の追加』というのは何だ?
 陽日輝の疑問は、『議長』の次の説明により明かされた。
『君たちにより円滑に生徒葬会を進めていただけますように、ルールを追加しました。君たちには『投票』めざして百枚の表紙を集めていただいていますが、それとは別に、実施要項手帳の末尾――能力名と能力内容が書かれたページを五枚集めることで、そこに書かれた五つの能力のうち一つを、君たちが開会時点で与えられた能力にとは別に、追加で与えることとします』
「「!?」」
 陽日輝と凜々花は目を見開き、ほぼ同時にお互いに視線を向け、見つめ合う形となっていた。
 一人につき一能力が、この生徒葬会の大前提だったはず。
 それを、五人分の能力説明ページを集めれば、二つ目の能力を得ることができるようにする? 途中で追加するにしてはあまりにも重大なルールだ。――いや、だからこそ、か。
 生徒葬会の進行速度に業を煮やした『議長』が、進行を――殺し合いを加速させるために追加したルールなのだから、もたらす影響が大きいのは当たり前なのだ。
「陽日輝さん、それって――!」
「しっ! ……まだ続きがあるみたいだ」
 陽日輝が言った通り、『議長』はさらに補足の説明を続けた。
『自分の手帳に自分を除く五人分の能力説明ページを挟んだ状態で、手帳内の好きなページに、その五枚のうちのいずれかの生徒名あるいは能力名を記入すれば、直後に五枚の能力説明ページは消失し、自分の能力説明ページに指定した能力に関する追記がなされます。この能力追加には、一人あたりの制限は設けません。五枚ごとに一つの能力追加が可能ですので、今後は表紙だけではなく能力説明ページも集めていくことを推奨します』
「……!」
 凜々花が、目で訴えてきている。
 その内容は、陽日輝にはおおよそ察しがついていた。
 ――凜々花は、「何かの役に立つかもしれない」と、すでに五枚の能力説明ページを収集している。
 なので、すでに二つ目の能力を得る資格があるのだ。
『また、仮に二つ以上の能力を得た生徒の能力説明ページを手に入れた場合、そこに書かれている能力はすべて追加で得られる能力の候補とはなりますが、その場合でも、能力説明ページ自体は五枚必要です』
 ――記載された能力の数だけ必要枚数としてカウントできることにはならない、ということか。
 陽日輝は、このときになって、自分が今まで殺めてきた三人の能力説明ページをそのままにしていることを後悔した。
 倉条の能力だった『停止命令(ストップオーダー)』を手に入れることができれば、自分たちはかなり有利になる。『停止命令』で動きを止めた相手を、自分と凜々花が一方的に攻撃することもできるし、複数の生徒に襲われた場合も、相手の頭数を実質一人減らした状態で迎え撃てる。
 倉条の死体は、今も同じ場所に転がっているはずだが、あそこは西ブロックの第三校舎付近――東ブロックから行くには、間に中央ブロックを挟むこともあり、いささか遠い。辿り着く頃には、能力説明ページはなくなっている可能性が高いだろう。
 だとしたら、自分たちが取るべき戦略は――
『今説明した内容は、君たちの実施要項手帳にも追記しました。では、二十四時間後を楽しみに、今回の放送を終わりとします。幸運を祈ります』
 幸運を祈る!?
 どの口でそんなことを!
 陽日輝の怒りを嘲笑うように、プツッ、という音と共にスピーカーは沈黙する。
 そして、深夜の静寂だけが、ボイラー室に戻ってきていた。
「……陽日輝さん」
 凜々花は。
 不安げに、しかし、その瞳には確固たる意志を宿して、こう切り出した。
「私に、怜子の能力を追加させてください」
「……凜々花ちゃんがそう言うかもしれないとは、思ってたよ」
 凜々花の親友・天代怜子の能力は、『創傷移動(スクラッチスライド)』。
 自分の身体に受けたありとあらゆる傷を、好きな位置に移動させることができる能力だが、移動させる先はあくまでも自分の身体に限られる。そのため、ダメージ自体をなかったことにしたり、他人に転嫁させたりするようなことはできず、あくまでも、致命傷を避けたり、利き腕を負傷した際に反対側の手に移すことで利き腕を守ったり――そういった、場凌ぎ的な使い方が主となる。
 有用かどうかでいえば有用な能力ではあるが、わざわざ他の四つの能力を諦めてまで得るほどの能力かというと、疑問ではある能力だ。
 ――だが、そんなことは凜々花も承知だろう。
 彼女が不安そうなのは、こちらがその点を指摘するだろうと分かっているからに違いなかった。
「……親友の能力だもんな。凜々花ちゃんが欲しいと思うのも無理ないと思うよ。でも、俺としては――さっき凜々花ちゃんに見せてもらった五つの能力の中なら、『人形遊戯(コントドール)』がいいと思う」
 凜々花が殺した三人のうちの一人。
 二年E組の絢瀬爛(あやせ・らん)に与えられていた能力を、陽日輝は提案した。
 あまり話したことはないが、一年の頃はクラスメイトだった女子生徒だ。
 キャバクラ嬢のような巻き毛が特徴な、化粧の濃い金髪のギャル。
 そのくせどこかほわほわした性格で、友達は多いほうだったと記憶している。
 彼女の能力『人形遊戯』は、同時に二体までの任意の人形を操作できるというものだ。
 しかし、その人形は自前で調達しなければならず、そして人形に殺傷能力を与えることができるわけではない。
 だが、『人形遊戯』の真価は、その偵察能力の高さにあった。
 一体操作時は片目、二体操作時は両目の視界を塞ぐことにはなるが、人形が見ている景色を見ることができ、そして射程距離に制限は無し。
 単独で行動しているときは、最低でも片方の視界を塞がなればならない以上、リスクは少なくない。だが、ペアを組んでいる自分たちの、どちらか一人が使うなら――視界が塞がれるというリスクは消える。周囲の警戒はもう一人が行えばいいからだ。
「……そうですよね。私も、『人形遊戯』は便利だと思います。私たちに今後必要になる能力だとも、思います。ですけど……私、たとえ『議長』に配られた仮初の能力であっても、怜子の能力だった『創傷移動』を、私の能力にしたいんです。自己満足だとは分かってます。でも、そうすることで、私は――怜子と一緒に、生きているような気持ちになれると思いますから――ですから、お願いします。私に、『創傷移動』を手に入れさせてください」
「…………」
 勝手なことを言うな。
 命がかかっているんだぞ。
 より有用な能力を選ぶのは当然だろう。
 ――そんな風に言うのは容易い。なんせこちらのほうが正論だからだ。
 しかし、凜々花が話していた、怜子の死に様と、そのとき怜子の最期の願いに応えてやれなかったことに対する、深い後悔。
 それらを思うと、凜々花が『創傷移動』を望むのも、無理なからぬことなのだ。
 ――それでも、強引に『人形遊戯』を選ばせることはできる。
 凜々花から手帳を奪い取り、書き込んでやればそれで終いだ。
 だが、そんなことをしては、自分たちの同盟には決定的な亀裂が入る。
 だから――陽日輝の答えは、決まっていた。
「……分かった。それで凜々花ちゃんの心が、少しでも救われるのなら、それでいい」
「! 陽日輝さん――!」
 凜々花自身、陽日輝が許してくれるとは思っていなかったのだろう。
 驚愕に目を見開いた後で、歓喜に頬を緩めたが。
 陽日輝は、そんな彼女に対し、
「ただし!」
 と、牽制した。
「それは、今すぐにじゃない。『人形遊戯』は、諦めるには惜しい能力だ。だから、能力説明ページを最低でもあと一枚、手に入れてからにしてくれ。『人形遊戯』以外の五枚を使って、凜々花ちゃんは『創傷移動』を手に入れればいい」
 本音を言えば、『創傷移動』は二回目、つまり能力説明ページが十枚集まってからにしてもらって、あと一枚の能力説明ページを入手しだい、最初に『人形遊戯』を手に入れたいところだったが、仕方ない。
 凜々花の心に不安を残したままでは、彼女の集中力やモチベーションにも少なからず悪影響が出ることは必至だったからだ。
 『人形遊戯』が今すぐなければ、致命的なわけではない。
 ただ、今後の立ち振る舞いが楽になるというだけのことだ。
 それに第一、『人形遊戯』の依代とする人形が、今この場にはない。
 調達できそうな場所はいくつか知っているが、そこに行くまでは、『人形遊戯』を手に入れたとしても、発動させることができないのだから、それは能力を手に入れていないのと変わらない状態といえるだろう。
 だったら、確かに、『創傷移動』を優先させてもいいかもしれない。
 陽日輝はそう思い始めていた。
「――ありがとうございます、陽日輝さん。正直、無理だと思っていました。こんなのは、私のわがままなんですから――。本当に、いいんですか?」
「ああ、もういいよ。もともと、能力追加って新ルールが想定外なんだしな。ただ、念のため『人形遊戯』の分の能力説明ページは俺が預かっとくぜ。俺の見てないうちに『創傷移動』を手に入れるためのコストとして使われたら困るからな」
「それはもちろんです――私としても、そのつもりでした。私が持っていたら、例えば陽日輝さんが仮眠している間に、魔が差さないとは限りませんから。……私はそれだけ、弱い人間ですし」
 凜々花は、目を細めて自嘲の笑みを漏らし。
 それから、陽日輝に対し『人形遊戯』の能力説明ページを手渡した。
「その代わり、でもないけど、ほら」
 陽日輝は、自分のベルトからホルスターを外し、凜々花に差し出す。
 凜々花との戦いの後、あの場から離れる際に忘れずに回収していた、『創刃(クリエイトナイフ)』によって創り出されたナイフが、そこには収納されている。
「俺が焼いちゃったから、凜々花ちゃんのカードのストック、そんなにないだろ。だからこれは凜々花ちゃんが持ってたほうがいい」
「何から何まですいません。ありがたく、頂戴します」
 凜々花がホルスターを受け取る。
 そういえば、『創刃』は三本までナイフを創り出せる能力のはずだが、残る二本はどこにあるのだろう。それとも、これが一本目なのか。
 凜々花がブレザーの内側にホルスターを隠し、外から見えないようにしたのを確認してから、陽日輝はさらに思いつき、「あと、これも」と、自分の胸ポケットから取り出した、折りたたまれた紙を手渡していた。
「これは……?」
「この学校の見取り図だよ。俺はもう大体頭に入ってるけど、凜々花ちゃんは一年だし、まだ行ってない場所も多いだろ。もし万が一、俺とはぐれたりしたときには、そいつを参考にしてくれ」
「……いいんですか、こんなものまで渡して。私が陽日輝さんを裏切る可能性が、上がってしまうと思いますけど」
「そのときは今度こそ容赦しないから覚悟しろよ。……まあ、俺は凜々花ちゃんを信じるよ。少なくとも、友達を想う気持ちは、俺なんかよりずっと強いみたいだしな」
 自分には、凜々花にとっての怜子のような親友はいない。
 それに、親友とまではいかずとも、一年の頃からの友人だった相手を、正当防衛とはいえ容赦なく殺している。凜々花は、介錯という形でさえ、手を下せなかったというのに。
 その点に関して言えば、陽日輝は凜々花に若干の引け目を感じていた。
「――ま、とりあえず、少し休んでから動こうぜ。この放送聞いて、早速動き出してる奴も多いだろうし。ていうか正直、ずっと一人だったから、あまり休めてないんだ」
「同感です。私もだいぶへとへとですし……本音を言えば、お風呂にも入りたいんですけどね。漏らしちゃったのもあって、自分の身体が臭うのが嫌になります」
「……俺も、シャワーくらいは浴びたいな。部室棟に行けば、シャワールームはあるだろうけど――ま、次どこに行くかは、お互いに休憩を取り終えてから決めようぜ。――凜々花ちゃん、とりあえず先に仮眠していいぜ。一時間後に起こすから」
「……お言葉に甘えます」
 凜々花はそう言うなり、木箱を枕代わりにして横になっていた。
 どうやら、かなり疲労が蓄積されていたらしい。まあ、無理もない。
 ましてや体力にはそこそこ自信のある自分と違い、凜々花は女の子で、見るからに運動部系ではない華奢な身体つきをしている。
 陽日輝は凜々花の邪魔にならないよう壁際に移動し、壁にもたれかかるようにして座った。視界の左側にはドアとガラス棚が入るようにし、外から侵入しようとする誰かが現れないか、注意を払う。
 ――そうして、お互い何も言わないまま、数十秒が過ぎたとき。
 凜々花がおもむろに体を起こしていた。
「……どうした? やっぱり、今日会ったばかりの男と一緒じゃ眠れないか? しかもこんな状況だしな」
「いえ、そうではないです――陽日輝さんは、そういうことはしないって、信じてますから。ただ――ちょっと、その、パンツが……冷たくて」
 凜々花は。
 頬を微かに赤らめ、視線をそらしながら言った。
 その仕草が思いのほか可憐で、ドキリとしてしまう。
「……さ、さすがに替えの下着は、持ってないな。この部屋自体、ほとんど物はないし」
「大丈夫です。――気になって眠れないので、もう脱いじゃいます」
「えっ、脱――」
 陽日輝が聞き返すよりも先に、凜々花はスカートの中に両手を入れて。
 その中でごそごそと手を動かしたかと思うと、薄桃色の無地のパンツが、スカートの中から姿を現していた。
 中央の部分――股やお尻が触れる部分は、まだ乾き切っておらず、濡れているのがわかる。
 陽日輝の鼻をツンとアンモニアの臭いがついて、それは悪臭のはずなのに、凜々花の――女の子のおしっこの臭いだと思うと、ドキッとした。
 それから、頭の中でブンブンと頭を振るようなイメージを浮かべて、そんな風に感じた自分を戒める。
 生徒葬会が始まって一週間、当然禁欲生活が続いているので、ふとしたことで反応してしまいそうになっている。
 親友を強姦されて殺されている凜々花に、それを悟られるわけにもいかず、陽日輝は努めて平静を装いながら、
「ちょっと大胆すぎないか? せめて隅っこで脱ぐとかさ」
 と、苦言を呈してはみた。
「履いてる姿を見られるのは恥ずかしいですけど、脱いじゃったらただの布切れですよ、パンツなんてものは」
 ……そういうものなのだろうか。
 凜々花は多少ずれた性格をしている疑惑があるし、凜々花だけがそうなのであって、女の子全般には当てはまらないのだろうか。
 陽日輝が思案していると、凜々花は脱いだパンツを部屋の隅に放り捨ててしまった。
「それじゃあ、お休みなさい――陽日輝さん」
 凜々花は、再び横になり、今度十秒経つか経たないかのうちに、スウスウと寝息を立てながら、肩を微かに上下させ始めていた。
 よほど眠たかったのだろう。
 そして、よほど下着の濡れが気になっていたのだろう。
 ただ――
「……俺の気が休まるか、わかんねえな……」
 部屋の隅には、ついさっき脱ぎ捨てられたばかりの女の子のパンツ。
 目の前には、当の女の子。
 ……当然、彼女はパンツを履いていない状態なわけだが、よほど疲れているからなのか、それともこちらをそれだけ信用してくれているからなのか、無防備にすやすやと眠っていた。
「……まあ、こんな状況だしな……」
 ……陽日輝はふと、『夜明光(サンライズ)』を使えば凜々花のパンツを乾かせるかもしれないと思ったが、やめておいた。
 『夜明光』は熱の高低を調整できる能力ではないので、ちょっと距離を誤っただけで燃やしてしまうからだ。
 それに、凜々花が寝ている間に彼女のパンツを乾かすのも客観的に考えて気持ち悪いし、かといってせっかく気持ち良く眠っている凜々花を起こすのも気が引ける。
 ……こんな状況なのに、女の子のパンツのことであれこれ考えているのがなんだか場違いでシュールに感じられた。
 陽日輝は、これからのことを考える。
 凜々花と交代で仮眠を取り終えたら――やること自体はこれまでと同様、表紙を集めることだが、その際に能力説明ページも回収していく必要がでてきた。
 そして、これから出会う生徒は、一つの能力しか持っていないとも限らない、というのも、大きな差異だろう。
 これまでは、相手の能力が分かりさえすれば、その能力への対策を考えるだけでよかったが、これからは、相手が奥の手としてもう一つ、あるいはさらにもう一つ――能力を隠している可能性も出てくるのだ。表紙はもちろん、誰か他の生徒と遭遇しなければ集められないが、より一層慎重な行動が求められる。
 『議長』は生徒葬会の進行ペースの加速を狙って新ルールを追加してきたというが、これではかえって、積極的な動きを控える生徒も出てきそうなものだが。
 いや――それも一つの戦略か。
 誰か他の生徒同士が戦っているところを隠れて見届け、手札をすべて切って決着が付いた直後に奇襲して漁夫の利を得る。そういう方針で動く生徒もいるだろう。そうすれば、労力も最小限で済む。
 いずれにせよ――自分たちも、手帳を持つ誰かを探して動くほかない。
 そのためにも、手早く残り六枚の能力説明ページを集めて、『人形遊戯』を使える状態にしておきたいところだ。
 『人形遊戯』で索敵を行いながらなら、ある程度安心して動けるし、それこそ部室棟に行ってシャワーを浴びるだけの余裕もできるだろう。
 ――陽日輝が、そんな風にあれこれ考えていたとき。
 凜々花が寝返りを打ち、「ううん……」と息を漏らす。
 その目から一筋の涙が伝い落ち、「怜子……」と呟く声が聞こえた。
「…………」
 自分は、『議長』に復讐をしたいと思っている。
 だが、それが報われるとは到底思えない自分もいる。
 自分が『投票』の土壇場で、それでも『議長』に一矢報いようとするか、それとも、命惜しさに何もしないかは、まだ、わからない。
 だが――どちらにせよ、凜々花のことは、生きて帰してやりたいと思う自分がいた。
 最初は、命を狙われたこともあり、とんでもない女だと思ったが。
 このたった数時間の同行で、凜々花に情が移っている自分がいる。
 ――――それ自体は、構わない。
 凜々花とは二百枚の表紙を集めて『投票』の権利を得るまで共に戦うつもりで、ペアを組んでいるのだから。信頼関係は、あったほうがいい。
 だが――このことから分かるのは、自分の、暁陽日輝という男の、呆れるほどの甘さだ。
 これから先、何人、何十人の生徒と出会うことになるかは分からない。
 だが、そのときは――凜々花に対して見せたような躊躇を、するわけにはいかない。
 そうすればきっと、自分は、そいつのことも――殺せなくなる。
 そうすれば、訪れるのは自分たちの命の危機だ。
「……やってやるさ」
 陽日輝は呟き、拳をぐっと握り締める。
 ――生徒葬会の八日目はまだ、始まったばかりだ。
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紗灯れずく 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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