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第2話 母親のくれた豆

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第2話

 わたしがおかっぱの女の子の名前を知ったのは、教室でしずくちゃんとなんでもない話をしている最中だった。それと同時に『お祈り女』との異名がつけられていることも知った。
「――あのお祈り女さ、須崎いつか。ビックリしたよ、塾の帰りにもいたんだもん! 昨日! 七時過ぎだよ? マジ怖いって思った」
「いつか? あの子の名前?」
「そうだよ。すーちゃんは知らなかった? 私あの子と3年の時同じクラスだったんだよ。いつも変わった柄の水筒持ってて、引いてた」
 知らなかった。聞き覚えのない名前だから、多分同じクラスになったことはないのだろう。クラスが違うとたまの学校行事くらいでしか関わることがないので、名前までは知ることができない。

 下校中に一人になった。わたしは他の子たちと違い塾に通っていない。その代わり、母親がたくさんのドリルをくれた。学校の宿題に加えて毎日コツコツとそれも解いているので、勉強にかける時間はけっこう多いし、学校のテストの点数も悪くないので今のやり方が間違っているとは思っていない。ただ、本当のことを言うと、他のみんなと同じ時間を過ごしたい気持ちもないわけじゃなかった。
 いた。いつかちゃんだ。わたしは、お祈り女と呼ばれていた彼女を初めて名前で呼ぼうと思った。
「いつかちゃん」
 いつかちゃんはいつもの格好のままだった。今日も背筋が地面と水平にピンと伸びていて、決まってるな、かっこいいなと思った。わたしは砂場の縁に座っていつかちゃんの様子を見ながら、まるでその場にわたししかいないような調子で話し続けた。
「今日初めてあなたの名前を知ったよ」
「同じ小学校だっていうのはなんとなく分かってたけど、クラスは違ってたんだね」
「今日も四時からやってるの?」
「あ、塾帰りの小さい子達が出てきたよ。みんなこっち見ててすごいね」
 いつかちゃんは石になったように動かない。まるで砂場とセットの芸術作品みたいに見えて、わたしはテレビの鑑定番組に出したらいくらの値段がつくんだろう、なんてあり得ないことを考えてしまっていた。でもこれが冗談じゃなくて、いつかちゃんは本気の本気で砂場と一つになろうとしてるんじゃないか。だって、だんだんお祈り? の時間が伸びてきていると思うからだ。そのうち、何日も続けるようになるのかもしれない。そうなったら、小学校には来られなくなってしまうのだろうか。来年こそついに同じクラスになる可能性だってなくはないのに。それは寂しい気がした。
「小学校にはきてね?」
「毎日通っているよ」
 いつかちゃんから反応が返ってきた。今日のお勤めが終わったのだ。いつかちゃんはいつものように身体についた砂を一つも払うことなく、わたしに背を向けた。でも、この後がいつもと違った。
「遅れることはあるけど」
「……あ、そうなんだ!」
「うち、くる?」
「え、え?」
「いやならいいけど」
「え、いやなんて、そんなことはない、です」
「くるの?」
「いく、まだ怒られる時間じゃないから!」
 わたしはただ嬉しすぎて慌てていた。いつかちゃんと一緒に歩ける日がくるのをこの前夢で見た。夢ってほんとに叶うんだ! と思った。

 秋の遠足で、わたしのおやつは定番の豆だった。母親から持たされたもので、豆といってもコーヒーっぽい味のチョコレートでコーティングされたものや、レーズンも入っているから、お父さんが食べているようなおつまみとは全然違うのだけど、みんなからは珍しがられた。
「すーちゃんいつもこれじゃない? あんたんちのママこれ好きだよね」
 バスの車内で通路を挟んで隣の席になったしずくちゃんは、これを何度も見たことがある。なにせ、幼稚園から一緒なのだ。ほしい? というと手のひらを向けられた。お断りのポーズだ。
「ウチにいっぱいあるからいつも持たされるんだ。わたしはおいしいと思うけど……」
「それでも、同じ豆を三袋はちょっとねー」
「じゃあ交換しようよ、あたしのチョコ棒三本と」
 そう言ってくれたのはかなえちゃんだった。かなえちゃんとはお家の方向が違うから登下校は別だけど、活発で人の嫌がる係も率先してやってくれるので先生やクラスメイトからも信頼されていた。たぶんわたしに気を遣ってそう言ってくれたのだ。
「あ、ありがとう。じゃあ、一袋」
「やったー、あたし豆菓子も嫌いじゃないからさ。チョコ棒もおいしいよ!」
 チョコ味は豆の中にもあるので本当はしょっぱいのか果物系の甘いのが良かったけど、かなえちゃんの善意からの申し出を断るのがなんだか気が引けて、わたしはなるべく元気に聞こえるように、かなえちゃんありがとう! とお礼を言った。
 遠足そのものより移動の時間の方が好きかもしれない。着いてしまうと、あとは行程をこなすだけだという感じがしてしまう。この日のやりとりもとても楽しかった。
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