モデル勧誘窃盗にあった経緯を警察で証言して、ホテルに戻るとちょうどいい時間になっていた。
授賞式はホテルの式場大広間で行われる。
授賞式の前に説明を受けて軽くリハーサル、それから一旦休憩を挟んで本番であとはパーティーとなる予定だ。
さて式本番。
大広間の一段高い壇上に各受賞者は座り、名前を呼ばれたら中央に進み出て、選考委員長から賞状と目録を授与されて簡単な挨拶をするだけ。
リハーサルでの司会はカミナリマガジンの社員さんがやっていたが、本番ではアイドルの藤咲 希春(きはる)さんに変わっていた。
わ!本物だ!!!!さすが大手出版社ともなると一流芸能人が華を添えるんだな。
それにしても流石オーラがもう全然違う!!光輝いてる!!
彼女は深紅のパーティードレスを上品に着こなし優雅にMCを務める。
18歳という年齢に似合わない高い演技力と不思議な倍音を持つ声で、その美貌と小悪魔キャラと相まってアイドルの枠に収まらない人気を誇っている。
映画、ドラマ、モデル、声優、歌手……なんでもそつなくこなすトップ・オブ・アイドル。
僕は彼女のファンだ、写真集もCDも買った。
元気を出したい時や落ち込んだ時に眺めている。
そしてその美声で
「最優秀賞は牧野ヒツジさんの『暁のファンファーレ』です!!」と呼ばれた。
ふわーっと、思わず脳がとろけそうになる。
僕は感動に震えながら立ち上がり、中央に進み出て審査委員長から賞状をいただき、副賞目録を手渡された。
「副賞として賞金3000万円を授与いたします!!」
パシャパシャパシャ
一斉にフラッシュを浴びる。
そ……そうだった……
最優秀賞はずっと出ていなくてキャリーオーバーされていたのだ。
藤咲希春さんから
「さぁ牧野ヒツジさん、受賞の喜びを皆さんにお伝え下さい」と促されてマイクに向かう。
僕は緊張と興奮で何を言ったか覚えていないまま話し、頭を下げた。
盛大な拍手に包まれたまま元の席に戻った。
ふと藤咲希春さんを見ると、無表情でこちらをじっと見ていて思わず目が合った。
僕はビックリして視線を降ろしてしまった。
式は最後に受賞者の記念撮影して終わり、そのあと立食パーティーになった。
緊張しっぱなしで食欲が湧かず、各テーブルの食事に手は出なかったがさすが5つ星ホテル、どの料理も豪華で美味しそうだ。
桜子さんと楓ちゃんに食べてもらいたい。
後でお土産用に包んで貰おう。
などと思っていると、澪奈さんに連れられカミナリマガジンの重役さんや作家さんに挨拶をして回り、事前に澪奈さんから渡された名刺を配る。
慣れない事の連続で変な汗が出て疲れた。
澪奈さんが席を外した隙に壁際の椅子に崩れるように座った。
ふう、
すると藤咲希春さんがこちらにやってきた。
わっ!わっ!!
他の誰かに用があるのだろうと思ってそっと席を外しかけたが、彼女は足早に僕の前に立ちふさがった。
「牧野先生!
改めまして、藤咲 希春です」
「え、は!はぃ牧野ヒツジです。さ、先ほどはどうも」
ふふっと彼女は可愛らしく笑い、
「『雲海のフーガ』拝読いたしました!!!!
凄く深い内容と世界観で感動して……あの……もしアニメ化されることがあったら……
いえ、確実にされるでしょうがヒロインのトアーの声を私にさせてください!」と頭を下げた。
えええ!!!
まだ藤咲希春が目の前にいることが信じられない上に、僕の小説を読んでくれて、しかも頭を下げてまでトアーの声をしたいなんて!!!
「え? フーガ読んでもらったのですか?」
彼女はコクリと、うなずいて僕をじっと見る。
そんな大きな瞳で見つめられると吸い込まれそう……
僕は
「も、もちろんです。嬉しいです!トアーは藤咲希春さんをイメージして書きましたから」
「ああ嬉しい!
私ね、先生の大ファンになりました!!!
はじめて読んだ時からもう夢中で夢中で! お仕事先でもずーっと読んでて、もう3周目なんです!!
だから、早くお会いしたくて無理言ってこの司会をさせてもらったんです!」
「え!本当ですか?夢みたいです! 嬉しいです」
はっと藤咲希春の後ろにいる澪奈さんに気がついた。
なんぞ青暗いオーラをまとい妖しく輝く瞳で僕をメッチャ睨みつけている。
澪奈さんがやって来て
「先生!!
ご歓談のところ申し訳ありません。弊社会長が参りましたのでご挨拶して頂いてよろしいですか?」と言って僕の腕を掴んで引きずって行った。
そんなぁ……もっと話したいのに……