ハァハァ……どのくらい走ったろう。
さっきの二人はよほど顔が広いみたいで、通りのあちこちにはラッパー風の男が僕達を探している。
彼らに見つからないように移動していると、気づけば僕たちは自宅アパート近くの通りにいた。
「はぁはぁ、あなた……#イケメン格闘家なんですか?」
「ち、違うよ! イケメンじゃ無いし格闘技もケンカもした事ないよ」
「でも……イケメン……」
「あ、雨」
大粒の雨が一滴落ちたかと思うと、あっという間に豪雨になった。
女の子は悲しそうに
「ああ……どうしよう……
お父さんのギターが濡れちゃう……」と呟いた。
「僕のアパートもう近くなんだ。大家さんは女性だから、君をかくまって貰うよう頼んでみるよ」
「う……うん……」
・
ピンポーン
桜子さんはまだ帰っていないようでチャイムを押しても無反応、窓は真っ暗。
まさか僕が一人えっちに励めるよう気をきかせて遅く帰るつもり?? うう、嬉しくない気づかいだ。
「大家さん、もうすぐ帰ると思うんだけど。
この雨だし、どうしよう。
そうだ、代わりに僕の部屋を使ってよ。あとで大家さんに電話して説明するから」
そう言って二階に上がり、取りあえず彼女を入れた。
バスタオルを渡すと、彼女は体の前にギターケースを丁寧にふく。
よほど大事なものなのだろう。
彼女は僕に背を向けてパーカーを脱ぐと頭をタオルで包みゴシゴシとやる。
「さっぱりした……ありがとう……」とこちらを見た。
マッシュボブの黒髪に中性的な凜とした美しい顔立ち。黒目勝ちの大きくて綺麗な瞳が不安げに泳いでいる。
ドキッ
その顔とギャップのある大きな胸がボーダーシャツに強調されている。
これがボーイッシュ巨乳と言うヤツなのだろうか、桜子さんのお胸ほどではないにしてもスゴい破壊力。
ぐぅぐうぅぅぅぅきゅるるるるる
彼女のお腹が突然鳴り、顔を赤くして壁の方に向いた。
「ごめ……朝から……何も食べて……なくて」
僕は
「お腹すいてるなら冷蔵庫にあるものは好きに食べて。総菜パンと冷凍食品くらいしか無いけど。
あと濡れた服はハンガーにかけてこっちで乾かしたらいいよ」
「こんなに親切にして……何が目的……? 体……?」
「そそそそそんなんじゃないよ! 僕はすぐネカフェにでも行くから。
部屋は好きに使っていいけど、この棚の書類は見られると困るから触らないでね」と言いながら部屋を片付けた。
プリントアウトしたエリナの『雲海のフーガ』の設定画をまとめてファイルに入れていると
ひらり
と一枚、彼女の足元に舞い落ちた。
彼女は拾いあげて
「これ!!!!『雲海のフーガ』のレナファスト!?」と叫ぶ。
レナファストはグールエルフという種族で僕の作品の狂言回しだ。
「あの……これ、あなたが描いたの?」
「いや、これは、その……絵師さんが描いてくれたものでゴニョゴニョ」
「絵師って……これウサロック先生の絵……」
「う、うん」
「ボク……ウサ先生のファンだけど……こんな絵見たことない……
あなたは一体だれ!?」
「その、、、僕は牧野ヒツジなんだ」
「う……うそ……こんな事って……」と彼女は口を両手で押さえて目を丸くして僕を見つめる。
「これで信じてもらえるかな?」とスマホから新都社の作品管理画面を見せると彼女はこくりと頷いた。
「あの……ボク堤 真琴(まこと)っていいます……
その、だから……先生の大ファンなんです!
すみません、勝手に曲まで作ってしまって……それに助けて頂いて……」
「いや僕こそ。堤さんの曲を聞いて、凄く僕のイメージにあっててビックリしたし嬉しかったんだ」
「そうなんですか……あ……ぁのぅ……」
「どうしたの?」
「その苗字は母の再婚相手の名前だからイヤなんです、真琴って呼んで下さい。」
「えっとじゃあ、真琴さん」
「呼び捨てしてもらえると嬉しい……です。
死んだお父さんがずっとそう呼んでくれたから」
「えっと……じゃあ……ま、真琴……どうしたの」
「アタシずっとお父さんみたいに強くて優しくて、かっこよくて創造的な男の人に憧れていたんです。
それが大好きな『雲海のフーガ』の牧野ヒツジ先生だったなんて……」
「いや……そう言ってもらえるのは嬉しいけど買い被りすぎだよ……」
「違います!お願いです!先生! 何でもしますからここにいさせて下さい!!
あの……ボク……お金も無いし行くところが無くて……」
バァアン!!!
突然ドアが開いて
「誰なんです!その子は!!」の声が。
玄関を見ると、今にも泣き出しそうな顔の桜子さんと楓ちゃんと鬼のような形相のエリナが立っていた。
「みみみみなさん、おおおおお帰りなさい……どどどどうしたんです?」
桜子さんはスマホ画面を向けて
「これ! #イケメン格闘家 #瞬殺動画 #公開処刑で動画が拡散されてるから心配になって帰って来たんです!!
ケガとかしてないでしょうね?」
エリナは
「Nej! Nej! Nej! Nej!
ダーリン!! もうモテるの禁止!! モテ界隈の誘蛾灯なんだから自重して!」
「お兄ちゃん!!ちゃんとセーヨク処理しないで溜めるからこんな事になるのよ!
言ってくれたらママだってあたしだって手伝うのに!」
楓ちゃんエ……