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第20話『均衡衝動』

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 コンクリートに血が垂れている。
 市ヶ谷の血。今日の、獲物の血だった。
 俺は規則的な呼吸を保ち、血の香りを嗅ぐ。硬い床に、棘の生えた檻。たくさんの人間がここで血を流し、その匂いが染みついている。俺の鼻はその中でもっとも新鮮な血を嗅ぎ分け、狙いを絞る。 
 むこうはまだ俺のことを獲物だと思っているか?
 そうだろうとも。やつは距離をとり、口を押えている。手の中に自分の血を貯めている。それは目潰しに利用できるだろう。
 気持ちが高揚しているのが分かった。
 呼応するかのように、観客どもが威嚇する猿の声で騒ぎ立てる。市ヶ谷の歯が折れるのを、もっと見たがっているのだ。折れた歯を持って帰り、枕の下に入れて眠れば朝にはコインに変わっている。観客全員にコインをやるには、やつの歯を全部へし折っても足りはしない。一つ一つを粉々に砕いて数を増やす必要がある。そして俺は市ヶ谷の自尊心を粉々に砕く必要がある。コインは貰えない。だが、その記憶を持ち帰って枕の下に入れて眠れば、俺はきっといい夢が見れるだろう。
 わざとらしくメリケンを構え、俺は再び間合いを詰めた。 
 市ヶ谷は手に溜めた血で迎撃する。目線の高さは予想通り。
 俺は頭を下げ、同時に直突きのフェイントはタックルに化けている。
 組み付きは自殺行為だ。密着間合いになれば、そのまま引き込まれ寝技に持ち込まれる。たとえテイクダウン自体に成功したとしても、ブラジリアン柔術は寝技のスペシャリストだ。下のポジションから技をかける方法などいくらでもある。そもそも俺とやつの体格差では、上のポジションをキープし続けることはほぼ不可能。
 だから、タックルももちろんフェイント。
 上体を下げると同時に、俺はメリケンを仕込んだ左を振りかぶっていた。
 トシのロングフックの真似事だ。それは外れる。市ヶ谷は迷いなくバックステップで距離を取っていた。やはりリーチの差はデカい。
 俺は市ヶ谷がわざとタックルを喰らい寝技に引き込むことを期待したが、やつは冷静だった。ケージ内の位置取りにしても、有刺鉄線付きのフェンスを背にするのを避け、常に退路の確保に気を配っている。メリケンがあるとは言え、組み付きのリスクとリーチ差を考えれば、打撃の圧力をかけ位置をコントロールするのは難しいだろう。
「どうした、五分で倒すんじゃないのか? 盛り上げ上手」
 俺は挑発の言葉を口にした。前歯を折られた市ヶ谷に答える気はないらしい。
 分かったことがある。
 ユキトの予想通り、市ヶ谷の打撃スキルは高くはない。少なくとも、俺が苦手とするボクシング系の打撃には疎いようだ。ロングフックを空振りして生まれた隙に、やつは手を出してはこなかった。試合の主導権を握りたいむこうとしては、元気な俺にダメージを与え黙らせたくてたまらないはずだ。技術がないせいでチャンスを見逃さざるをえなかった、と考えるのが妥当だった。
 立ち技における市ヶ谷の主軸は、直突きと前蹴り、手首を取って腕の関節を極める合気道の技。どちらも自衛隊式の徒手格闘に組み込まれた技だ。
 直突きの打ち合いの感触からして、打撃センスそのものにおいても俺は市ヶ谷を上回ってるようだった。もちろん体格差ではこちらの不利だが、むこうも強引な打ち合いを続ければさらにダメージを喰らうリスクがある。当たればデカいが、命中率では負けており、敵の打撃もそこそこに効く。市ヶ谷はそういう危うい勝負を好むタイプではない。間違いなく、やつは次に手首を狙ってくる。
 今度は、むこうが間合いを詰めてきた。
 直突きよりも、さらに距離のある位置でのステップイン。予想通り、やつの腕は俺の左のメリケンナックル目がけて伸びてくる。
 バックステップで距離を取ったが、逃げ切れなかった。やつの歩幅は俺より広い。ここでもリーチ差が出る。
 遠い距離から腕だけを伸ばし末端部位を掴む動きに対して、『突っ込んで来る打撃』の直突きと同じようなカウンターをとるのは難しい。こちらの打撃が入ったとしてもダメージは浅く、むこうに組み付くチャンスを献上することになるだろう。
 もちろん、対策はある。
 相手が末端部位を狙うなら、こちらも同じことをすればいい。
 スナップを利かせた左拳が、市ヶ谷の指先を弾き飛ばしていた。
 防御と末端への攻撃を兼ねる、空手の受けの応用だ。メリケンの重みがある分、予備動作は小さく済む。加えて、グラップラーに対し掴む手段そのものを破壊する攻撃は非常に有効だ。
 しかし、防御には成功したが、攻撃は失敗。
 市ヶ谷も上手くいなしている。
 指関節に威力を吸収されたこともあるが、やつは自分で手を引き、打撃のポイントをずらしていた。ギリギリ反応が追いつく距離を保っていたからこそできた回避行動だ。
 打撃屋とは違う、特殊なタイプの間合い管理のセンス。
 立ち技におけるやつ独自の武器は、どうやらそれだった。手首を狙うという、現代格闘技ではマイナーな戦法に適合した結果だろう。 
 俺はそのまま追い打ちをかけようとしたが、やつは距離を維持し逃げられる。
 その時点で、開始から三十秒が経過。
 やけに長く感じた。やはり十分間は長丁場だ。
 互いが一撃で仕留める技を持っている場合は、特に。
 ケージの周囲に設置されたタイマーはすでに作動中だった。それぞれのファイターに割り当てられた二つの内、制限時間十分のカウントダウンを刻んでいるのは市ヶ谷に充てられた赤色のタイマー。今夜だけの特別ルール、挑戦者である俺には『時間切れで勝つ』という逃げ道がある。それでもやつは短期決着を狙ってはいない。ここまでの攻防は温すぎる、と俺は思っていた。
 市ヶ谷はあえて本気を出していない。
 体格差という武器をチラつかせ、膠着状態を作り出している。時間稼ぎをしている。そういう戦い方だ。迷っているが、浮付いてはいない。むしろ用心深く、冷静に、危険地帯の一歩外からこちらを観察してやがる。
 やつは今日の相手を五分で倒すと予告した。盛り上げるためだけではない、ベットを集中させ、それ以外の時間帯の倍率を引き上げるための嘘の予告だ。本命の、誰も賭けていない時間帯に賭ければ、大金を総取りできる。そして、それは『運営』との取り決め、勝利条件でもある。
 挑戦相手の変更、武器の持ち込みという不足の事態が起きた今、それを律儀に守るメリットが、市ヶ谷にあるのか。
 やらない場合のメリットはでかい。約束を破り『運営』の金が無駄になれば、市ヶ谷は大きな借りを作ることになる。対『四天王』の共同戦線を続けるなら、市ヶ谷は何か追加の条件を飲まなければならないだろう。それは『運営』側に主導権を渡すことと同義だ。ここでの失敗は、ボディブローのように後から響いてくる。何としても、避けるべき。理屈で言えばそうだ。
 だが、あいつは用心深い。用心深いというのは、理屈ではなく一種の病気だ。
 俺は一か月前、このリング脇でウィンを含めた二体一の状況になったとき、やつが即座にナイフを取り出したのを見た。頭をカチ割られかけた人間に対して、一瞬の迷いもない判断だった。臆病な野郎。市ヶ谷というのはそういう男なのだ。だからこそ厄介で、手強い。
 この状況、普通は頭のキレた無謀な中学生だと判断する。臨時の対戦相手で出てきたことも、俺自身の策ではなく『運営』の仕掛けだと思う。あからさまで雑な隠し武器の持ち込み方は、賢さよりもイカれ具合を印象づける。
 その上で、やつがそれを疑う可能性は十分あると俺は感じていた。
 予感、直観、虫の報せ、妄想。市ヶ谷という男は、それらに憑りつかれた人種だ。物事を斜めから勘ぐり、最適解の反証を探そうとする。そして、疑念が一定ラインを超えれば、やつは『運営』との取り決めを捨て、生き残ることを優先するだろう。そうなればこちらの敗北は必至。
 お膳立てはしたが、警戒心を解き行動をコントロールするには、あと一押し。決定的なきっかけが必要だ。
 俺はあえて、左腕を差し出すように構えてやった。
 反対側の右手は、ガードを構えたままやつに対して手招きをする。分かりやすい挑発。やつには罠に見えているだろうか。 
「やれるもんなら、やってみろよ」 
 市ヶ谷は、またも俺の挑発を無視。冷静のこちらの言葉、行動の裏を探っている。意外と無口なやつだった。こちらからの口喧嘩には乗らず、自分のペースを守る。武器を準備して乱入するようなやつだ、それぐらいの神経の図太さは持っていて当然だろう。構いはしない。
 俺はそのまま半歩、すり足で相手のほうへにじり寄る。
 次の瞬間、やつの片腕が蛇のように動いていた。
 さすがに状況の理解が早い。こちらの狙いは、あからさまな罠で警戒心を煽り、やつを後退させること。行動をコントロールし、ケージ際に追い詰めるためのブラフでもあった。やつはそれを即座に看破した。看破することも含め、読み通り。
 スナップを利かせたメリケンの迎撃を、蛇の指先は寸でのところで躱す。
 二度目は避けられるに決まっている。
 俺はすでに本命の動き、右の直突きの予備動作に入っていた。
 逆突きで顔面を狙うには、少し距離が遠すぎる。狙いはもっと下、腕を伸ばしたせいでガラ空きになった脇。一か月前、蹴りでへし折ってやったアバラを、今度は拳で打ち抜いてやる。
 市ヶ谷は、その必殺の一打を足元で刈り取った。
 左膝を横から叩く関節蹴り。
 日拳にはローキックはない。つまり、立ち技における市ヶ谷独自の隠し武器の一つ。踏み込む直前で脚を浮かしていたため、ダメージは浅いが、バランスは崩された。
 踊るように空中で軌道を変えた市ヶ谷の手先は、俺の左手首を掴み取っていた。
 直後、手刀がそれをぶち抜く。
 俺の手刀だ。自分の腕ごと、それを掴んだ相手の指をブチ折るつもりで叩いた。残念ながら、外れたが。
 済んでのところで、やつの指は俺の手首から離れていた。鬱陶しい、ハエが。あるいはモグラ叩きをしている気分になる。デカい図体の割にすばしっこい。
 間髪入れずに、俺は再び左腕を突き出しながら距離を詰める。本気で手刀を打ち込んだが、俺の末端部位は人並み外れに頑丈だった。ダメージなし。
 やれるもんなら、やってみろ。
 今度は口には出さず、頭の中で呟いた。
 先ほどまでの単なるブラフとは少し状況が違う。やつからすれば掴んでも即座に攻撃に移れない上、指を壊されるリスクも出てきた。掴むべきか、引くべきか、判断に一瞬の迷いが出るはずだ。考える時間を奪い、追い詰めることが目的だ。主導権を奪い取る。
 再び同じ攻防が繰り返された。
 むこうの掴みを、メリケンが迎撃。同時に俺は視界の端で、二度目の関節蹴りのモーションを捉える。蹴りをカットするために片脚を浮かせるが、フェイントだった。
 やつは対角線の左ジャブを繰り出している。
 上下の打ち分けだ。それもやつの隠し持っていた攻撃パターンの一つだ。一か月前の仕返しのつもりか。小癪な野郎め。おまけに、ただのジャブではない。
 フィンガージャブ。
 ジークンドーの技、要は目突きだ。ただの打撃なら耐えれるが、これは避けるしかない。失明すれば負けは確定。俺は上体を後ろへ逸らし回避する。
 と、同時にフィンガージャブの先端、丸められた親指と人差し指が弾かれ、そこに付着していたやつの血が、俺の目線を目がけて飛んだ。
 ジャブを打ちながら前方に血を飛ばす。明らかに訓練しなければ不可能な動き。二重の策だ。
 瞼を閉じたおかげで、目に血は入らなかった。
 だが、両手首を掴むには十分な隙を与えてしまっていた。
 血の目潰しは一度回避していたのに。明らかにこちらの油断だった。
 両手で組み合った上体で向かい合うのも、一月前を再現していた。一度やったパターンだ。つまり今回の蹴りは予想されている。不用意に片脚を上げれば、テイクダウンは免れない。 
 ダメージを与えるなら頭突き。
 即座に判断した俺は。すでにへし折れたやつの前歯目がけて、ツギハギな額を捩じり込むように打つ。一瞬、前歯のない口で市ヶ谷が笑うのが見えた。間抜け面が。
 入ったが、ダメージは浅い。腕の長さが邪魔したのだ。
 同時にやつはわざと後ろへ倒れ、立った状態の俺の両腕を掴んだままで背中を床に着けている。
 ブラジリアン柔術の引き込みだった。
 柔術家の強みは、下からの攻めだ。相手に組み付くことができれば、自ら倒れることで技をかけられる。つまりテイクダウンを必要としない。競技化によるテイクダウン能力の低下という弊害もあるが、極めればその特性は明確な武器になる。
 俺の両肘の関節に、市ヶ谷の脚の裏が添えられていた。
 スパイダーガードと呼ばれる体勢だった。普通なら、手首ではなく道着の袖を掴んで作る形だ。だから、ノーギ(道着なし)でやる総合格闘技では使われないのが普通。わざわざこのガードを作る優位性はほぼない。
 だが、立ち技における市ヶ谷のメイン武器は、手首を掴む合気道だ。
 マッチしている。その上で、両腕を封じることができる形。やつ自身のスキルと、長い手足がそれを可能にする。総合ですら使えない、柔術ルールでしか活きないはずの技術を地下で運用できる。それが市ヶ谷の柔術家としての異質性だ。 
 脚を広げているせいで、ちょうどやつの急所が潰しやすい位置にある。だが、こちらが片足を上げた瞬間バランスを崩され、技をかけられるのは見え見えだった。だが、蹴らないわけにはいかない。
 舐めやがって。
 俺に対してこんなに無防備に急所を晒すということは、オカマ野郎にしてくださいと懇願しているのと同じだ。俺はその望みを叶えてやらなくてはいけない。これはもはや義務だった。
 俺が噛みつくような笑いを浮かべ片足を浮かしたとき、市ヶ谷もまた動いていた。
 左肘関節に添えられていた足が、腰に移動して俺の身体を押す。
 軌道がずれた蹴りはやつの内腿を叩いた。それでいい。痛みによるダメージを与え続ければ、相手の動きにも支障が出る。可能な限りのダメージを与えておくことは、後々で活きてくる。
 やつは痛みに顔をしかめながらも、掴んだ両手とそれぞれ右肘と腰に添えた両脚で俺の体勢を崩そうとするが、トシとユキトに仕込まれたレスリングの体幹と技術がそれを防いだ。地面に背中をつけた市ヶ谷を中心に、引っ張られた方向へ反時計回りで九十度向きが変わる。
 スタンドの状態では慎重だったが、寝技は得意分野である分、やつは不用意だった。
 有刺鉄線付きのフェンスが俺の片足の届く位置に来ている。それを足の指で掴み、トゲで固定すれば、崩しのディフェンスをしながらもう片方の脚を蹴りに使える。
 こちらが状況の主導権を得るには、もうひと押し。
 つねる、という攻撃。
 寝技の密着状態における武器として鍛えた俺の指の力は、素手でアルミ缶をちぎりとれるぐらいには強い。
 その指力でこちらの右手首を掴んでいた左手をつねり返してやると、やつは再び俺の体勢を崩そうとした。痛みによる反射行動。同時に、右足の指先がフェンスを掴む。
 有刺鉄線は深く刺さっていた。
 ほんの一瞬だけだが、片足一本でで全身を支えるのには十分。
 振りかぶった左の蹴りは再び股間を外れるが、つま先は刺さるように相手のケツの肉をえぐっている。
 やつは両腕を引き、俺を前方へ倒そうとするが、痛みに反応したせいで動作が遅れていた。着地した左脚とフェンスに刺さったままの右足で踏ん張りをかけ、俺は立ったままの状態を維持した。
 膝をつけば、やつは胴を足で挟みクローズドガードのポジションになるだろう。両手首を掴まれた状態でそうなれば、こちらの攻撃手段はせいぜい右手でつねるぐらいに限定されてしまう(左手には包帯がまかれている)。
 スパイダーガードは相手を下からコントロールすることには長けるが、その状態から直接かけられる技は限られている。相手を崩して有利なポジションに移るためのポジションというのが本来の用法だ。下手に逃れようとすれば一瞬で技をかけられるだろうが、膠着状態を維持すれば案外凌げる。こちらが主導権を握ることが重要だ。
 俺はすでに口の中を噛み、血を貯めていた。
 下にある市ヶ谷の顔面目がけて、目潰しの仕返しをくれてやる。 
 スパイダーガード、蜘蛛の巣だと?
 もっとヤバい獲物がお前の巣にかかったのだ。お前が餌の側なのだ。それを分からせてやる。
 俺は右手でやつの手首を再びつねり上げた。皮膚がうっ血し、青紫に変色している。すると、やつは痛みに耐え、俺の顔に血を吐き返してきた。目潰しの応酬。
 俺は楽しくなってくる。
 俺を相手に我慢比べを挑んだ馬鹿に、馬鹿を見せてやる。それは非常にやりがいがあることだった。 
 二度目の目潰しと同時に市ヶ谷は肘に引っ掛けていた脚を胴周りにフックし、体重を利用して俺に膝を着かせようとした。重いが、この半年間、トシの格闘ジムで散々鍛えられた俺の筋力を舐め過ぎだ。
 ぶら下がった状態で、やつの背中は床から浮いている。
 後頭部をコンクリに叩きつけるには、高さは十分ではなかった。しかし、危険物が存在するのは縦方向だけではない。右サイドの有刺鉄線の生えたフェンス。それに側頭部を叩きつけてやる。俺は勢いをつけるために身体を左に捻った。
 その一瞬の隙を市ヶ谷は逃さない。
 自ら床に背中を着けると、こちらの両肘に足裏を添え、再びスパイダーガードの形を作る。
 一つ違うのは、やつが地形を利用したことだ。
 脚で、右腕を有刺鉄線に押し込まれていた。
 目潰しがなければ反応できていただろう。逆に言えば、やつは視界を奪われた状態からでも、柔術家としての経験でこちらの関節の位置が把握できていた。
 肘から前腕の半分ほどにトゲが刺さり、先端のかえしの部分が肉に引っかかる。
 つまり己で右脚を、相手には右腕を金網に固定された形だ。力を込めれば引き抜くのは容易だが、左半身への対応はワンテンポ遅れる。
 右手首を離した市ヶ谷は、次の瞬間には左腕に絡みついていた。
 実戦で使えるレベルの柔術。
 技への理解、反復練習、経験がものを言う、そんな技術だ。数ある格闘技の中でも、熟練者とそうでない者の壁は大きく、もはや別次元と言っていい。
 クソったれ。
 一切抵抗する暇もなく、俺は左腕をへし折られていた。
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