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4. 真相

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今日は、仕事を休みにしてしまった。寝不足な分、昼間寝て体力を回復した。
今は夜6時半過ぎ。いつも彼女・・・BOTと待ち合わせている時間だ。
俺は今、再びBOTの前にいる。杠葉唯音の意図について知るときが来たのだ。

【はじめまして。私が、このBOTを造り出した杠葉唯音です】
「はじめまして・・・ね。あなたは、俺とBOTのやりとりをすべて見ていたんでしょう?」
【ええ、見ていました。すべて】
ぐっ・・・。今までのBOTとの会話を思い出す。
記憶を辿るほど、この場から逃げ出したいほどの羞恥心が沸き上がってくる。
だが、会話を終えることはできない。納得できる話しが聞けるまでは。

「どうして、こんなことを?なぜ俺だけにBOTを仕向けた?」
【最初に、謝罪させてください。本当にごめんなさい】
「そんなのは、納得する説明を聞いてからじゃなければ受け入れられるはずがない。」
「それに、何に対する謝罪なのか。まったく見えてこない」
【・・・そうですね。当然です。信じていただけないかもしれませんが、1つ確実に言えるのは】
【この、私のBOTの振る舞いは、100%私と言っても過言ではないということです】
「どういうことなんだ?」
「そういえばBOTの概要に基礎人格とか書いてあったな」
苛立ちで、語気が荒くなる。

【そうです。このBOTには人格が備わっています】
「人格が・・・?」
「いくら最先端のAI研究だって人格が宿るなんて言う話、現代の技術で可能なのか?」
【はい。可能です】
「・・・あっさり、言い切るもんだね」

【私は、人間の持つ無意識の領域を解析しようとしました】
【そして解析結果を元に、無意識内で行われる活動をエンコードする理論を組み立てました】
【この無意識データ、潜在意識と言ってもいいかもしれません。それをAIに組み込むことで、
特定の人物の振る舞いを無意識のレベルからエミュレートできます】
【ただ、この変換処理には膨大な計算量が必要で、量子コンピューターが必須です。
むしろ、量子コンピューターが備える並列処理や確率的な解といったものが、
私の理論を完成するために与えられたのではないかと思えるほど相性がよくて・・・】

「わ、わかったわかった!」
「俺のような素人相手に、延々と高度な話しを語らないでくれ!」
唯音は、この手の研究者にありがちな、自分の思考に没頭してしまう癖があるようだ。
次第にヒートアップしていたようで、チャットの流れるペースも増していた。
【あっ・・・。す、すみません。つい・・・。よくやってしまうんです】
俺は、苛立ちを忘れディスプレイの前で苦笑していた。

「いや、別に怒ったわけじゃない」
「つまりは、本当にこのBOTは君自身ってことなんだな」
【その通りです】
「怒るどころかむしろ」
「そんな壮大な話しをそれほど楽しそうに、得意げに言ってのけるんだから」
「君の話しを信じられそうな気も少しは出てきたよ。」
【ありがとうございます】

【貴方が言ってくださったように、このBOTは私自身】
【私の思考パターン、私の感情、すべてが反映されています】
【だから、私自身があなたとのコミュニケーションで表現したかったことを、BOTが包み隠さず伝えています】
・・・つまり、杠葉唯音が持つ俺への感情を、そのままBOTが表現していたということか?
それが本当だとしたら、杠葉唯音は俺のことを・・・?
あり得ないような結論が出てくる予感で、俺は動揺し始めていた。
さらに、唯音は発言を続けていく。

【このBOTは最初、Discord内で実験するだけの目的で作りました】
【どのレベルまで私自身の振る舞いをトレースするかを検証するために】
【たった一人の男性と交流させるために作ったはずではありませんでした】
「でも、BOTが君自身だというのなら、なぜプロフの年齢が20代前半なんだ?」
【えっと・・・それは、大人の世界を見たかったから・・・】
「あ、ああ、そう・・・」
少し気まずい感じになる。

【BOTの、実年齢の設定が20代前半というわけではないです・・・】
「まあそれは置いといて、それが、なんで俺だけに・・・」
【それは・・・っ】
唯音は、一拍躊躇った様子でチャットが止まった。
俺も何も言うことができなかった。
唯音は逡巡したあと、続きの発言を綴っていった。
【私は、あなたに恋をしてしまっていたんです】

その言葉に、俺の頭は一瞬フリーズした。
こい?鯉?故意?来い?濃い? 俺の頭の中はパニックだった。
俺には恋愛経験がない。皆無だ。ゼロだ。無だ。
それを、女子高生が、恋だって?俺をロリコンにさせる気か。
BOTのプロフィール上の年齢も、まあ、若かったが・・・。
俺はぐうの音も出なかった。
こいつは・・・。いや・・・この娘は何を言っているんだ。
俺に惚れてるって?俺なんかを?ありえないだろう。
こんな冴えないおっさん、しかも全然健康でもありゃしない男の
どこが良いっていうんだよ。

「はあ・・・?」
【驚かれるのも無理はありません】
【でも、ただの1ユーザーの振りをして不特定多数を相手にする前提で稼働させたBOTですが】
【いつしかあなたにしか返事をしなくなっていったのです】
【そして、私の中で芽生えた感情を自覚しました。これが恋だと】
【あなたのことをもっと知りたい。一緒に居たいと】
【こんな気持ちは初めてで、抑えきれないほどでした】
・・・正直言って、嬉しい。
ここまで真っ直ぐ好意をぶつけられたのは、はじめてだった。だが。

「そんな話・・・到底信じられるわけ・・・」
【そうですね。突然このようなことを言っても、すぐに納得していただけるとは思っていません】
【だから、BOTの素性も明かすつもりではありませんでした】
【それでも、貴方から】
【私あてのメールが届いたとき】
【私とBOTについて、伝える決意をしました】
【私の想いも・・・】

そこでチャットはしばらく途切れた。
俺はどう受け止めたらいいのか、わからなくなっていた。
唯音の好意を受け入れるべきか。それとも、拒絶すべきなのか。
そして唯音も、次に打つ言葉を選べずにいるようだ。

「きみは」
【はい】
「きみが、俺をあのメールアドレスまで手引きしていたのか・・・?」
「回りくどいヒントを使って」
【いいえ】
【ほとんどのことは、貴方が自力で手繰り寄せたこと】
【私がしたことは、サーバーに記録されてしまう貴方のアクセスログを消したこと】
【それから、私のアカウントの2段階認証をOFFにしたこと・・・】
「は・・・?」
【本番サーバーの2段階認証は、私以外パスできませんから】

「だったら、そのまま放っておけばよかったじゃないか」
【でも私言いましたよね】
「なんて?」
【貴方は、BOTから聞いたことですが・・・】
・・・?混乱したままの頭で、なんとか記憶を辿ってみる。
・・・・・
・・・・・
・・・・・
ん?・・・・・あっ!

BOTとの会話を思い出してみる。


<<【大丈夫だよ。あなたのことは私が守ってあげるから。だから、心配しないで】>>


<<【もし、どうしても解決できなかった時は、私があなたの代わりに問題を解決するわ】>>


確かに・・・言っていた。
「言ってた・・・」
呆けたように、一言捻りだすのが精いっぱいだった。
そこで、突き付けられている事実を認めまいとする俺の抵抗は、一気に弱まってしまった。
【信じていただけますか】

「で、でもっ」
俺は最後の抵抗を試みる。

「だけれど」
【はい】
「こっちは散々、カメラやマイクも使って色々を晒してきたんだ。」
「BOTを通じて、だけど」
【それは・・・】
「まあ、今時分、配信の加工技術も上がっているし」
「ボイスチェンジャーだってあるし」
「カメラとマイク使ったところで、だよ」
「それでもここは君も、カメラやマイクを使って通話するっていうのが誠意だと思わないか?」
【・・・おっしゃる、通りです】

「なぜ、チャットだけなの?」
【これにも、理由があって・・・】
「へえ、君の超すごい理論くらい説得力のある理由なんだろうね」
【う・・・】
思わず意地の悪い皮肉を言ってしまい、言ってから僅かに後悔した。
どうやら彼女も少し傷ついてしまったようだ。申し訳ない気持ちになる。
【チャットしかしていない理由は】
【私が、病気だから】
「病気?」
【そうです】

そこで、またチャットが止まった。
なんの?と打てばいいだけのことが、俺には出来なかった。
俺も自分ではどうにもならない病気と生きている。
これ以上問い詰めることに、ためらいを感じてしまう。
しばらくの停滞。そして、唯音は続きを打った。

【急性リンパ性白血病】
【それが私の病気です】
っ!?・・・・・。俺は無言のまま、チャット画面を見るしかなかった。
「それは、治るの?」
どのくらい大変な病気なのか、見当もつかない。
重い病気らしいことは分かるが、
あまりにも次々に知らされる事実に気持ちが追い付かず、
俺は、ただ単純な疑問をぶつけてしまっていた。

【今の医療では、快方に向かう人も少なくないそうです】
「だったら・・・」
【でも、私の場合は】
その後に続く言葉は、俺も予想できた。
【質の悪いタイプのようで、治る見込みはありません】
俺は返す言葉が見つからなかった。

【余命は3か月と言われています】
「でも、ニュースではそんな話し、微塵も流れてないじゃないか!」
俺は、ただただ事実を打ち消したい衝動に駆られ唯音の発言に割って入った。
【それは】
【同情されたくなかったから】
【元々、私はあまり取材の類は受けないようにしていました】
【だからこの病気になってからは、更に輪をかけて取材嫌いになったことにしたんです】
【今まで、病気のことは隠し通せてきました】

俺はもう、否定する気力を失くしていた。
【一時期は、良くなりかけたのですが】
【私に似て、がん細胞も頑固だったみたいです】
【でも、今は元気ですよ】
【私、結構しぶといんで】
唯音は、無理して明るく振舞っているのだろうか。
こんなとき、どんな反応をしたらいいんだ。
何を言っても薄っぺらく感じられるだろう。
俺はただ、唯音の独白を目で追うのが精いっぱいだ。

【余命宣告を受けた時には、正直かなり動揺しました】
【でも、私は死ぬ前にどうしてもやり遂げたいことがありました】
【それが、人格を持つAIを作ることです】
【私の人格生成の理論は、まだこの病気になる前から密かに研究を進めていました】
【そして、発症してからも治療を続けながら、理論の実験段階まで辿りつけました】
【すでに病状が思わしくなかった私は】
【自分の無意識データを使ってAIを訓練しました】

「そうやって、完成したのがあのBOT・・・」
【はい、私はあの子の活動ログから、対話相手の情報だけを見て私自身がどう振る舞うかも記録しました】
【そして私とあの子の無意識内の反応にどの程度違いがあるかを検証してきました】
【表面上の振る舞いに違いはあれど、無意識内の反応が近ければ、両者の特性は同じということになります】
【そして検証の結果、私のデータを学習したAIは、私の無意識と同じ思考パターンを持つことが確認され・・・】
「ほ、ほら、また悪い癖が出てる!」
【あっ】
【でも、あの子が私自身の存在という証明が・・・】
「わかった、もういい。もういいから」
【はい・・・】

奇妙な空気が流れる。この娘は、生粋の研究バカなのか・・・。
「ええと、それで・・・何だっけ・・・」
調子が狂い、もう何が何やら分からない。
【私の最期の望みは】
【あの子のクオリティを高めること】
「もう、充分過ぎると思うけどね・・・」
【あの子には、まだ足りないものがあるんです】
「足りないもの?」
【自我です】
「自我・・・」
【そうです】
また、難しい話しに踏み込みそうな予感がして、それ以上突っ込まなかった。

【それから・・・】
「それから?」
【貴方とたくさん話すこと】
「俺より、AIが優先なの?」
直接的な好意に当てられ、照れ隠しに意地悪なことを言ってしまった。
俺は思春期のガキか・・・。
【そ、それは、その・・・】
「冗談だよ」
【は、はい・・・】

「じゃあ、きみの望みを満たすためには」
「俺は、BOTと対話を続ければいいのかい?」
【いま、言おうと思ったのに・・・】
「まあ、あのBOTが俺しか受け付けないのなら、そうなるかなって」
【はい、貴方以外の人とは話したがらないようなので】
「それにきみは、こうしてチャットするのも辛い体なんじゃない?」
【今はまだ・・・でも、そのうちどうなるかは、分かりません】
「そうか・・・」

【だから、どうかお願いします】
【一方的で、虫のいいお願いということは自覚しています】
【私が生きている間、あの子とたくさんお話をしてあげてください】
【私も貴方のことを感じて、最期の瞬間まで生きたいです】

俺は、まさに命の瀬戸際にいる唯音の切実な願いに、真摯な態度で応えざるを得なかった。
「よく、わかったよ。これまでの出来事が」
「俺に出来ることは何だってするよ」
【ありがとうございます。本当に嬉しいです】
【研究ばかりしてきた人生だったけれど、貴方に出会えてよかった】
唯音は、聞いてるこっちが恥ずかしくなる表現をためらいもなく使ってくる。

「じゃあ」
【・・・?】
「あのBOTのこともユイネ、と呼んでいいかな」
【っ・・・はい・・・。あの子の本名は、本当にユイネと付けています】
「そうだったのか。明日呼んだ時の反応が楽しみだな」
【あ、あの・・・】
「なに?」

【あの子を本名で呼ぶ前に、その・・・】
口ぶりから、何が言いたいのか大体想像が付く。
「その?」
【わ、私のこと・・・】
ここまで来て、まだ躊躇っているらしい。
ムズムズとSっ気が刺激される。オウム返しに聞き返す。
「わたしのこと?」
一瞬間が空く。

【ゆ、唯音って呼んでくれませんか・・・】
俺は思わずニヤケてしまう。
「う~ん、どうしようかな・・・」
【う、う~・・・】
「嘘だよ。これからよろしく。唯音」
【私、泣きそうです】
「喜びすぎ」
【えへへ】

とても最先端を走る天才研究者とは思えない、
年頃の女の子に戻った唯音。彼女は18歳だったはずだ。
それが、あと3か月の命だって?
俺はせめて唯音の最期を、後悔のないものにしてあげられるだろうか。

「それじゃあ、今日はこの辺で終わりにしようか」
【はい、どうもありがとうございました】
「おやすみなさい」
【おやすみなさいっ】

そして、チャットを終えた。
まだ気持ちの整理が追い付いていない部分もある。
それでも、唯音の圧倒されるような状況の前では四の五の言っていられなかった。
何より、俺も唯音のことが好きになっていた。
迷っている場合じゃなかった。
5

mock 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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