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近くに来てよ

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「んじゃ、また明日な」

いつもの交差点で時子と別れる。
こちらに顔も向けず別れの挨拶をして遠ざかっていく彼女。
その背中を見つめながら足を止める。
顔をこちらに向けて手を振る時と、今日みたいに、ぶっきらぼうな日の違いはなんだろう。
と、思考を巡らせてみるものの、やはりそれは気分次第なんじゃないだろうか、
という結論しか出てこない。
イケメンLVが上がればこういう事もわかるのかなあ、と思いながら自分も家へと向かう事にした。

「取りあえず今日も一日無事でよかった」

玄関を空けながら、独り言を言っていたら妹が居た。
目があった瞬間「うげ」と踏まれたトカゲみたいな声を上げたあとに、
取り繕うようにニコリと笑う。

「おかえりなさい、お兄ちゃん」

機械みたいに事務的な声で挨拶をする妹。
洗濯物を自室に取り込む途中だったようで小さい体に押し付けるように
両手いっぱいに、大量のTシャツその他もろもろを抱えている。
兄としては手伝ってやるべきだろう。手を出して話し掛ける。

「ただいま沙希、手伝ってやるよ」

顔色を変える沙希。

「いいよ。そんな別に」

今回は感情がこもった声だった。
つまりこれは嫌がっていないということだろう。

「遠慮するなって、ほら」

よろよろ、と壁際まで下がりながら避ける沙希。

「い、いや。やめなさい」

「遠慮すんなって」

「い、いやああ!!!!さ、触らないでえ!!!」

後ずさる沙希が突然、大声をあげる。
その声に反応して親父が居間から飛び出してきた。

「て、てめえ。翔一!とうとうやりやがったか!」

「いや、ちょっと待て親父。
 俺は洗濯物をだな。というかとうとうって何だ」

「問答無用!死ねこの変態!」

驚いてる俺の横をゴゥッっと何かが通りすぎる。
父親のマジパンチだった。
外したというか外れたという感じだろう、戦慄が走る。
その証拠にチイッと舌打ちして親父が構えを戻しながら威嚇してきた。

「次で殺す」

「な、なにやってんだこのゲロニート!
 息子殴ろうとするなんて正気か!」

「淫魔と交わす言葉は無い
 あと親父のことニートとかいうな。傷つくだろ」

完全に自分を棚に上げたセリフを言いながら、
握りこんだ拳をまた一直線に顔面に放り込んでくる。

「うわあ」

思わず服を掴もうと伸ばした手が、頬を掠め父親の顔が歪む。
それを見た妹が驚愕の表情を浮かべながら叫んだ。

「カウンター?!気をつけて父さん!
 お兄ちゃんはカウンター使いよ!」

「楽しんでるだろ、お前」

実況をする沙希に取りあえずツッコむ。

「だ、大丈夫だ。
 お、お父さんはDVなんかに負けないぞ」

「腰が引けてるじゃないか」

はあ、と呆れ自室へと戻ろうと足を進める。
なんか後ろからギャアギャアとわめき声が聞こえてきたが気にしない事にした。

なんだ、この家。
階段を上りガチャリ、とドアを開ける。

「ふう」

自室。
一息つき、ベッドに腰掛けテレビのリモコンを探す。
ガラス製の机の上に置いてあった。手が届かない。
面倒だが再び立ち上がり、リモコンに手を伸ばす。
今日は何をやってたんだっけ、と思いを巡らせながらテレビを付ける。
テレビが映って少し驚く。
放送していた番組は音楽ランキング番組で出演していたのは声優の仙道ユリだった。

「なんでゴスロリなんだよ…」

うんざりしながらテレビを切る。
ゴスロリは大好きだが、着ている人間が嫌いだ。
世間じゃ、ゆりゆりボイスなんていわれて人気があるようだが、
俺はこいつの声は苦手。
顔は確かに可愛いが歌声とか作った感ありありの萌え声で違和感がある。
昔はちょっと追っかけていた事があるが、今は本当に嫌い。
実力派じゃないんだよお前は!
そう叫びそうになった時、俺の部屋をノックする音が聞こえてきた。
なんだ?と思ったが、よくよく考えたら、
この家で俺の部屋をノックするのなんか沙希しかいない。

「どうぞ」

ガチャリとドアが開いて、しずしずと沙希が入ってきた。
少しだけ落ち込んだ顔をしていて、なんだか儚げな雰囲気すら感じる。
もしかすると反省しているのかもしれない。

「さっきはごめんね、お兄ちゃん
 私お兄ちゃんのことが嫌いだから思わずああいう反応になっちゃって」

反省とか勘違いだった。

「ああ、まあいいよ」

苦笑いしながら答える。

「ただ私は人を顔で判断してるわけじゃないし、そこだけは分かってもらいたいの。
 でもそれが自分の兄っていうのが許せなくて…」

凄い、こいつ全然フォローする気がない。

「もういいから、帰ってくれ」

「私、可愛すぎるし、
 お兄ちゃんは変態性欲の持ち主だし
 怯えながら日々を過ごしてる私はむしろ被害者みたいな部分が」

「うん、わかったから帰れ」

「本当にごめんね?
 反省してるから刺さないでね?
 最近物騒なニュース多いし心配なの」

我が身可愛さか貴様。

「今のテンションなら刺せそうな気もするよ」

「うん…
 あ、お父さんには私の誤解だったからって説明しておいたからね」

びっくりした。全く俺の話を聞いていない。
そして言いたい事だけ言って満足したのかバタン、とドアを閉じる。
一体なんだったんだろう?
いつもの事ながら無軌道この上ない。
近しい存在でありながら全く理解できない妹、
切れ長の目を持ち貧乳以外は抜群のプロポーションを持つ俺とは全く似ていない美少女。
それが篠原沙希だった。
本当に美少女で良かったと思う。これでアレな顔だったらもう救いようが無い。

「あ、それと」

「うわあ、美少女」

「ありがとう」

ガチャっとドアを勢いよく開けて
ひょこりと沙希が顔を出している。
超びっくりした。ドキドキする。

「時子先輩から聞いたんだけどイケメンになるんだって?」

「え、なんで知ってるの?」

「授業中ずっとメールしてたし」

なるほど。

「そうだけど。それで、どうしたんだ?」

本気だったんだあ、と笑いながら手招きされる。

「こっちに来なさい」

はい。と立ち上がり近づく。

「そこまで」

ピタリと止まる。
俺は犬か。

「それ以上近寄ったら大声だすよ」

「なんだこの屈辱的な扱いは」

ふふっと笑って小鳥のさえずりのような声を出す。
改めて非の打ち所の無い美少女だと認識する。
性格以外。

「私はね、お兄ちゃんの妹よ?
 こんな事言うの恥ずかしいけど心から愛してるの」

「嘘つけ」

「でもね、お兄ちゃん、醜いものは嫌い。私辛いの。
 さっきだって近づかれたくなかったしね。
 でもお兄ちゃんが私と仲良くなりたいって言うのは凄くよく分かる
 だからこれはチャンスだと思うの」

「イケメンになれたらってことか?」

「そういうこと」

今日、初めて俺の言葉に反応して目を見つめてくる。

「まあ、頑張りなさいな
 一応、お兄ちゃんも名女優の血を引いてるんだからさ、
 才能、無いと思うけど」

パッと手を振り去っていく沙希を見送り、
俺は今までに無いモノが湧きあがるのを感じていた。
それは本能に根ざすものであり、抑えきれない感情の奔流。
つまり俺は、さっきの妹を見てこう思った。


気持ち悪い妹だ。と。
4, 3

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