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Like a Charm

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朝、目を開けたら妹がいた。
衝撃的な展開に眩暈がする。もしかするとエロゲ的なアレだろうか?

「起き抜けの顔はまさに性犯罪者といった風体ね」

罵倒だった。逆に意外性が無い。

「おはよう沙希。朝から絶好調だな」

「おはようお兄ちゃん
 時子先輩から起こせと頼まれていたので起こしたわ」

それではさようなら、と言いながら、そそくさと部屋から出て行く沙希。
その後姿に声をかける。

「ありがとうな沙希」

バタン

全く取り付く島もなく閉められたドア。
我が妹ながら見事なクソビッチぶりである。

「よーし、イケメンになってエロゲみたいな妹になってもらうぞー」

決意を新たにして、ベッドから身を起こす。
今日は土曜日、本来なら時間など気にせずに寝ているのだが、
本日は少しだけ事情が異なった。幼馴染と約束しているのである。
枕もとに置いておいた時計を見る。
時刻は朝9時30分。約束の時間まであと30分ほどの余裕があるが、
時子は時間にうるさいから少し早く用意したほうがいいだろう。
反動をつけてカーペットに足を下ろしベッドから腰を上げ窓を開ける、
そこには秋という季節に反発するかのよう、カンカンに照っている太陽。
今日も暑くなりそうだ。


待ち合わせ場所で先に待っていた時子は俺の姿を確認するなり、
目を白黒させながら両手の人差し指で俺を指し、その指をふらふらさせた。
なんかの儀式みたいで非常に怪しいぞ幼馴染。

「あーと、えーと。翔ちゃん、翔ちゃん、
 この待ち合わせ場所が街中なのはわかってるよね?」

「当然」

「うん、それはわかってるんだね。
 それでちょっと聞きたいんだけど」

「おう、なんでも聞け」

「なんで迷彩服なの?」

時子がこの世の終わりみたいな顔をして両手で指差す。

「時子がちゃんとした服装で来いって言ったんだろ」

「いや、そうだけど…?」

「下着にまで気を使った秋物コスメというやつをしてきた」

時子に貰った雑誌にも、男の身だしなみは下着から!って書いてあったし。

「コスメティック…?何と勘違いしてるの?」

「え、なにが?」

「うわー、どうしよう…」

なにやら考え事をはじめた時子の服装は素人目にも似合って見えた。
フレアタイプのジーンズにキャミソール。
大きな星型ネックレスをアクセントに学校とは違う赤ぶちメガネを着こなした彼女は、
しかしその明るい服装には似合わない怪訝な表情を浮かべ続ける。

「悩んだ顔は似合わないぜ?」

「全部、翔ちゃんのせいだけど」

「人のせいにするのは良くないぞ」

はあ、とため息一つついて時子は首をふる。

「翔ちゃん、休み前に男性ファッション雑誌を渡しておいたでしょう?
 今日までに服装揃えておくように言ったじゃない」

「だからトランクスを」

「うるさいカス」

「ひい」

時子がキレた!

「外見が大事って前に話してたよね?
 外見って普通は他人に見える部分だよね?
 意味わかんないの?幼稚園からやり直そうか?」

一拍置いてまた口を開く。

「ああ、それともここで殺してやろうかしら」

あれ。なんだかバトル漫画みたいな空気になってきたぞ。
この雰囲気をなんとかしないと痛ましい事件が起こってしまう。

「あはは、話を変えようぜ!
 先日、俺の妹が犬を拾ってきたんだよ!」

「へえ」

「それで飼おうかって話になったんだけど」

「へえ」

「作り話だから、これから先のこと考えてない」

「へえ」

「ガムって美味しいよね」

「そうだね」

「ごめんなさい」

「…わかればよろしい」

仕方無いなあと俺に向かって言いながら言葉を続ける。

「付いてきて」

そう言って歩き始める、
その迷いの無い足取りが目的地の存在を予感させた。

「目的地はどこなの?」

「ライクアチャーム」

ニヤニヤと笑いながら応える時子。
機嫌は直っているようだが、なんだか怖い笑い方だ。

「なんの店?」

「というか着いたよ」

うわあ、すげえ早い。十歩くらいしか歩いてないじゃないか。
まあ待ち合わせ場所を街中に設定したんだから店の近くで当然なのか。
そう考えて、店の方向に体を向ける。看板にはシックにlike a charmの文字
外装はガラス張りになっていて、店内が丸見えになっている、
中々オープンな雰囲気を持った店である。
店内を覗いてみるとイケメンやギャルの店員がサーセンサーセン言いながら髪を切っていた。

「時子、ここって」

俺の方を振り向き、手を握ってくる。
普段なら嬉しい、でもこれは握られたというより、囚われたという表現が正しい気がする。
だってほら渾身の握力ですよこの女。

「うん、美容室」

にっこり笑って引っ張られる。

「いや、ちょっと待て。心の準備が」

ひっぱられる。

「ダメー」

ひっぱられる。

「いや!いや!無理だから!」

ひっぱられる。

「全然ダメー」

ひっぱられる。

「いやああああああああ絶対にいやあああああああ」

ひっぱられる。

「普通にダメー」

ひっぱられた。

「いらっしゃいませー」

その声のした方向に目を向ける。
そこには髪をサンシャイン60みたいな形に膨らませてる女性がいて。
そして俺の格好を見て苦笑いをしている気がして。
なんだか時子が怒っていた理由が分かった気がして。


俺は死にたくなっていた。
6, 5

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