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炎の見解、彼女の理解

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少女は俺の心の中で歌い続ける、あの時の歌声で。

仙道ユリ。
中学時代から声優業を始め、今ではカリスマ的人気を誇るアイドル声優。
しかし俺は仙道ユリの声が嫌い、服装が嫌い、とにかく大嫌いな声優。
でも心の中の歌声は変わらず響き続ける。
何故なんだろう?
彼女の甘ったるくも切ない歌声を聞くと、
彼女を一心不乱に見つめていた頃の、応援していたあの日の記憶が蘇るのは。
何故なんだろう。

「マイ メモリーズ…」

「うん、なんか知らないけど現実逃避はやめようか」

その声に現実に戻され、周りを見回す。
何度見ても景色が変わることはない。
ここは美容室、オタクにとって現在の秘境。魔窟。地獄。そしてイケメンの聖地。
今の俺が近寄っていい場所なわけがない。

「死のうかな」

「いや、死んじゃ駄目だよ。
 お、翔ちゃんこれ見て!メンズのヘア雑誌も沢山あるんだねえ」

隣りでやたら嬉しそうにヘアカタログをめくっていた時子が体を寄せてくる。

「翔ちゃんに似合う髪形ってどんなだろう。
 まあ基本は美容師さん任せでいいと思うけど。あ、モヒカンに興味は無い?」

ない。

「髪型の前にだな時子、美容室って値段とか高いんじゃないか?
 あんまり金持ってきて無いし、また後日ってことにしようぜ」

最後の反抗を試みる。

「カットとシャンプーだけなら普通の床屋さんと同じくらいだよ」

一瞬で鎮圧された。

「え、そうなのか?」

「そうだよ」

ヘアカタログを勢いよく閉じながら幼馴染が言葉を続ける。

「それでね、この店、今日が男性カットモデルを募集してた日でね、
 こういうのってすぐ人数埋まっちゃうけど駄目元で昨日電話確認してみたら、
 まだ締め切ってなかったんだ。だから千円でカットしてもらえるんだよ!」

「それは凄いな」

「しかも特殊な方法で散髪してくれるらしくって面白いらしいよ。
 そういう楽しい雰囲気なら翔ちゃんも恥ずかしくないんじゃないかな」

時子…
そこまで考えてくれた幼馴染に感動してしまう。
全て下調べあっての行動なんだから本当に凄い女だ。なんて素晴らしい友人なんだ。

「えへへー」

時子が胸を張る。
そうするとおっぱいが強調されて凄い事になる。

「すごいな…」

おっぱいが。

「でしょー」

なんて素晴らしい友人なんだ。

「あのう、カットでお待ちの篠原様ですかぁ?」

「うわあ、びっくりした!」

横からいきなり声をかけられ驚きの声をあげてしまう。
おっぱいに集中しすぎて気配に気付かなかった。
首だけそちらの方向に向けながら見上げると、
先ほどのサンシャイン60みたいな髪型をした女性が立っていた。

「ふふ、驚かしちゃいましたかあ?
 改めて始めましてぇ、本日カットを担当する平岡です」

もの凄く間延びした喋り方。
美容師とはこういうものなんだろうか。
時子が手を横に振る、行ってらっしゃいという事だろう。
それを見て意を決して立ち上がる。
あーあ、女の人は基本的に苦手なんだ怖いどうしよう。

「はい、ひゃじめまして」

噛んだ。

「ふふふ、緊張しなくてもいいですよぉ、
 あ、もしかして美容室は初めてですかぁ?」

「え、ええ……そうなんですよ」

何とか声を絞り出す。
歩き出すと何ともぎこちない。自分のことながら嫌になる。

「そうなんですかぁ奇遇ですねぇ私もなんですよ」

「ああ、そうなんですか……え?」

いま彼女おかしな事言わなかったか。

「お互い初心者かあ、頑張りましょうねえ
 はい、こちらの椅子にお掛けください」

そう言いながら大鏡の前の椅子を引き、座るように促される。

「は、はあ」

俺は何を頑張ればいいんだろうか。
一抹の不安を覚えながら誘導に従って椅子に座ると、
俺の体に床屋でも馴染みの深いエプロンのようなものがかけられた。
横に置いてある台の下から取り出したようだ、
そこにはハサミやカミソリの他にライターや線香も置いてあり、
なんとなく専門的なものを感じる。

「ではカットの説明に入ります。洗髪は必要ないのでしません、
 カット中は絶対に動かないで下さいねぇ……いや本当に危ないので」

最後のほうだけ異常に真面目な顔になって念を押される。
すげえ不安。

「ハサミを使わないって珍しいですね」

これが時子の言ってた特殊ってやつか。
まあ、それくらいおかしな方が面白いのかもしれない。

「はい、炎を使います」

おかしすぎる。

「ほ、ほのお?」

炎で何をするんだ?こんなことあるのか?
混乱しながら時子の座っている窓側の席の方を見てみると、
こちらに気付いた時子がグッと親指を立ててニッコリと笑った。
そして声は出さず口だけ動かす。

「め・ず・ら・し・い・で・しょ、って言ってますね」

「あの女ああああああああああああああ!」

ハメられたああああああああ!!!!

「ははは、まあそんな心配しなくて大丈夫ですよお、
 これでも私インドで修行してきましたし」

海外修行経験があるのか…?
それならまあ、技術は確かなんだろう。

「インドか、インドってカレーのイメージしか無いけど」

「ええ、カレーの修行をしてきました」

「カットは…?」

「えへへぇ」

俺の問いに答えずライターで線香のようなものに火を点ける

「それではカットをはじめますぅ」

「ちょっと待てぇぇぇ!!!!!!」

「どうかしましたかあ?」

「質問には答えましょうよ!
 そもそも火って消防法かなんかで無許可で使っちゃ駄目なんじゃ」

「篠原さん、こういうコトワザを知ってますかぁ?」

「は?」

平岡さんが俺の耳元で囁く。

「黙ってたらバレない」

「そんなコトワザねえよ!」

「冗談です冗談。安心してくださいよお、
 日本では少ないですけどちゃんと技術として確立されてますから」

「本当ですか?」

「はい、インドあたりの一部地域で」

アバウトだなおい。

「凄い不安です」

「えへへぇ」

「寝ます」

この恐怖は平岡さんに届く事は無い。
何となくそう感じて俺はゆっくりと目を閉じ、時の流れに全てを任せたのであった。

8, 7

  

それから五十分ほど経った頃だろうか、
ドリフコントの雷様みたいなアフロヘアーになってたらやだなあ、
などと思いながら目を閉じていた俺の耳に、平岡さんの声が聞こえてきた。

「もう丸坊主しかない…」

「ええ?!」

「あは、起きましたねぇ、冗談ですぅ
 どうです?こんな感じになりましたがぁ」

心臓が跳ね上がったじゃないか。驚いた。
気を取り直して自分の前にデンと構える大鏡を見る、
そこには当然のように俺の姿が映し出される、
意外とまともに切られていて驚いた、いや驚きはむしろそういう部分ではなく。

「べ、別人みたいだな」

鼻の頭に届くくらいに伸びていた前髪は大幅にカットされ、
眉毛が隠れるくらいの位置で左側から右へ流すようにワックスで固めてある。
耳を覆っていた髪はすっきりと切られ、モミアゲは長さそのままに綺麗に揃えられている。
何よりも、驚いたのは今まで首下まで伸びていた襟足の長さを少し短くして、
光が透過するように髪の量を減らしてあったことだ。
ようするにかっこいい。

「そりゃそうですよぉ、
 髪ボッサボッサなんですもん、時間掛かっちゃいましたよぉ」

でも自信作ですよ、と後頭部の部分を合わせ鏡で映しながら笑う平岡さん。

「多少、眉毛もいじりましたけどぉ、細くしたってほどじゃないんですよね、
 どうせならやっちゃいますかぁ?」

「ああ、いや取り合えずはこれでいいです」

少しだけ震えた声を出してしまった事に気付く。

「はい、ではこれで終わりましたのでぇ、
 私も初めてだったから緊張したけど篠原さんが動かないでいてくれて良かったです
 篠原さんは緊張はしませんでしたか?」

「いえ、とんでもない」

平岡さんなりに気を使ってくれていたらしい、
どこで気を使ったのかよくわからないが、まあそういう事なんだろう。
エプロンを脱がせてもらい、立ち上がる。

「お連れ様に見せてきたらいかがですかぁ?
 きっと喜びますよぉ」

確信がある。
これは小さくない大きな一歩、
もしかすると俺のイケメン伝説はここから始まるのかもしれない。
道が開けたのを強烈に感じる、時子は俺のことをどう感じるんだろう。
はやく時子に俺の姿を見てもらいたい、その気持ちで自然と歩みも早くなる。
あと、三歩、二歩、一歩!
さあ、時子!感想を言ってくれ! 

「時子、感想を聞かせてくれ」

「ああ、いいと思うよ。
 お会計済ませたらゲーセン行こうゲーセン
 クレーンゲームの巨大ポッキー取ってよ」

反応薄い。巨大ポッキーの方が関心が強いとは。
主観と客観の違いとは酷く残酷ですね、
まあ時子から見たら何も変わってないのと同じということですか。
受付カウンターを見ると何だか気の毒そうな顔で平岡さんが見ていた。
カウンターに向かって歩き声をかける。

「そんな顔しないで下さい」

「力が及びませんでえ……申し訳ないですぅ……」



会計をすませ、トイレを借りる。
そこで少し泣いただけでゲーセンに向かえた俺は間違いなく強い子だと思う。
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