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第1話:春原百合子

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 ぼくは今高校3年生だ。
 ということは、小学校の頃のクラスメートたちも、ほぼ全員高校3年生なんだよなあ。
 …そんな当たり前のことを思ってしまったのは、春原百合絵と小学校以来の再会を果たしたせいだろう。


 話は先週の土曜日に遡る。
 いつものようにぼくはバスの一番後ろの席の右側に陣取っていた。
 ある停留所にバスが停まった。ぼくはヘッドフォンに意識を集中させていて、目なんて瞑っていた。
 隣に人の体重が圧し掛かる気配を感じて、ぼくはなんとなく迷惑そうにそちらを見た。
 目が点になった。
 座っていたのは、制服姿の女の子だった。しかもそれは、なんか知ってる子だった気がしたのだ。
 ややあって、「よっ」と言いたげな顔で女の子は片手を挙げた。間違いなくユリだと確信できた。


 それからぼくらは積もる話をした。
「いつもはバスなんて乗んないんだけどね。今日チコクしそうだったからさ~」
「ふ~ん……土曜も学校あんだ?」
「ウチの学校隔週だから」
「ふ~ん……」
 なんだか、あまり上手く話せなかった。ユリってこんな顔だったっけか、と思っていた。なんか大分゛女の子゛になっとる。一言で言や、ずいぶんぼく好みの顔になってた……
「…そっちの学校は進学校なん? 俺の学校なんかバカばっかだ」
「まあね~。でも、あたしゃバカだ。クラスで大学行かないのあたしだけみたいだしね」
「行かないの?」
「行かない。東京行って、ちゃんと小説書くんだ」
 それからユリは、東京の出版社にアテがあるとか、貯金は200万貯めたとかそんな話をして、ぼくは圧倒された。ぼくなんて2万くらいしか貯金ないし、大人に認められたこともない。
「じゃあプロになるんだなあ。大学なんて行かなくていいよな、そんなら」
「分かんないよ? 売れるかどうか。そもそも、担当いるとはいえデビューできるかどうかも……まぁ、ねえ。頑張ることだよね。がんばりゃなんとかなるってね」


 ぼくはいつもどおり、終点まで行って折り返すことにしているが、ユリもなかなか降りなかった。ユリが乗ってから、かれこれもう1時間近く経っている。
「降りねえの?」
 ぼくは訊いた。
「ウチこんなに遠くないでしょ?」
「あ~……ほら、ネタ出しって、外にいるほうがはかどるから」
「ネタ出し?」
「新しく書こうと思ってるヤツのアイデアを出してんの、今。考えてんの」
「話しながら考えてたのか!?」
「うん」
 ケロっとした顔でユリは言った。
 そういや――ユリは、小学校の頃から1人でモゾモゾ何かしていたなあ。今思えば、あれは小説を書いてたのかもしれないな。
「バスはいいね、なかなかいいね。電車はかな~りはかどったけど、負けてないねぇ……」
「そ、そうなんか……」
 ぼくにはわからない世界の話だ。


 バスを降りると、川沿いの道だった。
 降りるつもりはなかったのに。ユリが終点で降りてしまったから、ぼくも付き合って降りた。それだけだった。
 なんとなく、まだ一緒にいたかった。
 偶然会えたんだから……これを逃したら、もう、会おうと強く思わなきゃ会えなくなる。もう二度と会えなくなる可能性だってあると思う。それは、とてもイヤだった。
「この川――」
「なに?」
「いいね!」
 なんでも、この橋から見下ろす川がとても想像力を奮い立たせられる形をしていたらしく。わからない世界だが、同時になるほどとも思った。なんでだろ。
「いやぁ、今日ここまで来てよかった! ホントよかった! こりゃ今日夜はかどるぞう」
「良かったじゃん」
「ありがと。これもヒロくんのおかげだよお」
「俺の?」
「そうだよ! 1人じゃ途中で降りてたもん。ここまでは来なかったね~絶対」
「そう……役に立ってよかったわ」
 ハハハ、フフフと2人で笑った。
 しかし……゛ヒロくん゛って妙に懐かしいなあ……そう思いながら、ぼくもまじまじと川を見てみた。確かに、なんか物語がありそうな川だった。


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