第2話:才能を意識する
正直、ユリには会おうと思えば会うことができたんだ。
親の車の中から、何度かユリの姿を見ていたのだ。4丁目のデニーズ、毎週日曜日の午後5時くらいにいつもいた。毎回いた。ぼくは知っていた。
デニーズの駐車場のスミに自転車を置き、一つ大きな深呼吸をした。
こないだ会ったのは、偶然だ。
だけど、今回は狙って会いに行くのだ。偶然を装う気もさらさらない。だからこそ恥ずかしい。でも、会わなきゃ気が済まない。見せたいものがあったから。
そして、頼みたいことがあったから。
案内しようとしてくる店員を手で制して、ぼくは一直線でユリの元まで向かって行った。
「よっ」
そう、バスのときのお返しをしてやった。
「わっ! …あー、ビビった」
「なんでそんな驚いてんだよ」
「いやあ、あんまりこのような姿を人様にお見せしたくないもので……」
確かに。
目が血走ってるし、表情も明らかにフツーじゃない。休みにこんだけ疲れ果ててる女子高生って日本にどんだけいるんだろう。
「ネタ出ないの?」
「出ない。全然出ない……才能が枯れ果てた……」
「…気分転換が必要なんじゃない?」
――覚悟は決めたよな? 俺よ。
ぼくは、スケッチブックをユリの前に置いた。
「これ?」
「…近所でシニアの試合やってたから、試しにスケッチしてみたんだ」
「上手いねえ……思い出したけど、図工の時間、いつも先生に褒められてたよね。才能あるんだ……あたしの才能は枯れたけど」
「…この才能、どう思う?」
知りたいのは、その先なんだ。ユリ。
「俺、どこまで行けるかな?」
「…絵で?」
頷いた。
「…あたしは絵はわかんないからなあ……とりあえず、座れば?」
なぜか、向かいじゃなく隣に座らされた。ドキドキするんですが。
「先に分かっておいてもらいたいから描くけどさ……」
そう言ってユリは、デニーズのアンケート用紙の裏側を使って何やら描き始めた。見てると描きづらいだろうと思い、ユリの空になったドリンクバーのコップを持って、立ち上がった。確かユリは炭酸がダメだった……昔、4年生の頃、無理矢理コーラを飲ませたらゲロゲロ吐いていたのを思い出して。
ユリのには無難にウーロン茶を入れて、コーラの入ったぼく自身のコップとで、両手は塞がった。席に戻ったらもう絵は完成していた。
コップを2つ並べてテーブルに置いてからすぐ、爆笑した。爆笑せざるを得なかった。
「わはははっ!! ひでー、ぷっすまよりひでーよ!」
「そう、私はこの程度のレベルなのです。絵は。ちなみにこれドラえもんです」
「ははは! 言われなきゃわかんね~」
「…殴っていいかしら?」
殴られちゃかなわん。俺は笑いながらコップを手にして一気に飲み干した…あれ? 間違えた。
これ、ユリのコップだった……と気付いた瞬間、ユリは盛大にコーラを口から吹き出していた。
「だけど……意外だったなあ」
「ん?」
落ち着きを取り戻したユリが、真面目な声に転じて言った。
「ヒロくんも、表現してたんだねえ」
「いや、してなかったよ全然」
「そうなの?」
「これ描いたの、昨日だし。授業以外で絵描くことなんてほとんどなかったもん。初めてだったよ、そうして描いたの」
「そうなんだ……ホント上手いのに。練習とかしてないんだ、なるほど、確かにそう分かって見ると、人の描き方が微妙におかしいかも……」
「多分、風景はよく見てるから描けるんじゃねぇかな。土日、俺ほとんどウチいないから。バスとか電車乗って出かけてる」
「ああ~。ウチいたら手伝わされるからヤなんだ?」
「イエス」
よく分かってくれて嬉しい。
「うん、風景の捉え方とか上手だね……これ、第二小学校のグラウンドだよね。絵見ただけでそうだって分かるのがすごいよ」
「…俺さ、これからもっと人物の練習もするわ。やりたいことが見つかったから……」
あの時、お前と再会できて、俺の中で目標が定まったんだ……とは言わずにおいた。それ言っちゃうとハズいから。
「それ、なんなの? 絵描きとか?」
「絵描きっちゃ絵描きだけど……漫画」
ぼそっと言った。ハッキリ言えない自分が情けなく思えた。
「漫画、描きたいなって思って。そんで、プロになって……えーと……」
お前に並びたい、なんて言えない……
「…漫画……漫画、漫画……」
ユリが、震えていた。
そして、爆発した。
「漫画、いいねぇ!!」
「えっ?」
「あたし、頭の中でお話が絵で浮かんでくるの! 漫画みたいに! それを文章で落とし込んでる。本当は漫画にできたらいいなって思ってたんだ……でもあたし、さっき見てのとおりだし。あ~あ、絵が描ければあたしも漫画家になりたかったよお。ヒロくんはなれるね! ぜえったい!!」
…これって、望外じゃない?
「…ならさ」
だってさあ、俺はお前に、それを頼みたかったんだから!
「俺にやらせてみてくんないか」
「え?」
「お前の物語、漫画にさせてくれ」
言ったった。
「喜んで!!」
ユリは即答した。
始まる――そう思った。
今日が、絶対、なんかよく分かんねぇけどなにかの始まりなんだ!