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第七章「ジルカールの罠」

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~第七章~「ジルカールの罠」


「すっげー! 変わったところだな、ここは」

 魔法都市ジルカールに着いたクローレンの第一声はこれだった。

「うん、こんな街オレはじめて見たよ」

 クローレンの言うとおり、そこは見るからに不思議な街であった。

 一緒に旅をするようになってから五日ほどの時をかけ、ようやくジルカールの街の入口までたどり着いた二人は、その見たこともないようなジルカールの街の不思議な光景に目を奪われていた。

 そこは街全体に巨大な魔法がかかっており、低級のモンスターならば中へ侵入できないような結界が張られていた。
 街に見張りの兵士はなく、代わりにその結界を維持するための魔導師が数十メートルおきに配置され、絶えず魔法を発動させ続けている。

 何十人もの魔導師たちのそれぞれの魔力が混じりあった結界は、不思議な七色の光を放ち、街全体が輝くなんとも幻想的な光景を作り出していた。


 レキとクローレンはその結界に足を踏み入れてみたが、するりと通り抜けることができた。
 どうやらモンスターにのみ反応する結界のようで、街を行き来する人々はそれが当然のように結界をすり抜け、出たり入ったりしていた。

「さすが、魔法都市って呼ばれるだけのことはあるよな」

 街の中にはさらにいくつもの魔法がかけられていた。
 触れるだけで溶けるように消え、人を通すとまた元通りに戻る扉や、光のサークルに乗ることでわずかな距離を移動できる仕掛け、そして特にどんな意味があるのかはわからないが、歩くと「ポン♪」と愉快な音を鳴らす地面などがある。


「これって、魔力の無駄遣いじゃないのかなぁ?」

 レキはその地面を踏む度に不思議に思ったが、あまり気にしないことにした。
 ジルカールは魔力で溢れており、無駄遣いといえばすべてがそうなってしまうような気がする。

 また、ほとんどの店は客を呼び込むために壁や看板が数種類の色に変化しており、店の前にはほのかに光る小さな光の玉をいくつも浮遊させて、美しい光景を作り出していた。


「魔法を使える者以外立ち入り禁止」

 幻想的な光景に目を奪われながらも、通り過ぎる店に書かれていたチカチカ光る張り紙の内容をクローレンが声に出して読み上げた。

「魔法を使えない奴には入れない店もあるのかよ。まったく……差別だぜ」

 そう言いながらクローレンはその張り紙のある店のほうへ、くるりと向きをかえ扉に手を触れてみた。

 瞬間、バチィッ!という音とともにクローレンの指先に電流が走る。

「イテーッ!!!」

 どうやら扉に触れたものにほとんど魔力を感じなかった場合、この仕掛けが発動するように魔法がかけられているようだ。

「このやろ……! ふざけやがって」

 クローレンはこの仕打ちにかなり腹を立てたようで、今にも扉を無理矢理こじあけそうな勢いだったため、レキはクローレンを引っ張りその場から引き離すことにした。

「おい離せよレキ! 魔法なんかより剣のほうがよっぽど優れてるってことをさっきの店の店主にわからせてやる!」

 クローレンはどうやら魔法が全く使えないらしい。
 誰にでもある程度の潜在魔力はあるというが、それを魔法に変えられるかどうかは本人次第だ。
 潜在魔力を魔法に変換することではじめて「魔法が使える」ということになる。

 一般的には、潜在魔力をほとんど持っていない者は変換することも苦手で、魔法が使えない者が多かった。

「落ち着いてよクローレン。その分キミがすごく剣が得意だってことはわかってるから」

 レキはクローレンを引っ張りながらなだめた。
 このジルカールまで来る間に何度かモンスターとも遭遇し、お互いの実力をある程度は認識していた。

 クローレンはかなりできる人物だ。フォンほどではないが、偽フォースを語るだけのことはある。
 以前カルサラーハで吹いていた「ドラゴンの群れを一人で蹴散らして~……」の話はどこまで本当だかわからないが、そのあたりの旅人とは比べ物にならないくらい強いだろう。

「チッ! オレだってちょっと練習すれば魔法くらい……!」

 クローレンはまだ少しブツブツ言っていたが、レキに促されてその場を後にした。

 再びポンポンいわせながら通りを歩きはじめた二人だったが、クローレンは若干不機嫌なままでその音にさえイライラしているようにみえる。

「チ……! この街はなんだかオレの性には合わねーぜ。なぁレキ、酒が飲める店でも探そうぜ!」

 クローレンの提案にレキはズルッと足を踏み外した。

「!? ジルカールにはそんなことをするために来たんじゃないよ! フォースの情報を集めるのと、世界一の魔導師に会うために来たんだから」

 レキの言葉にクローレンはチッチッチと指を振る。

「わかってねぇな~レキ。情報を聞き出すと言えば、まずは酒場と相場は決まってるんだぜ!」

「……でもクローレンの場合、単に酒が飲みたいだけなんじゃないの?」

 少し腑に落ちないレキだったが、クローレンの言うことも一理あるということで、二人は酒場を探すことにした。

「魔法都市にも酒場なんてあるのかな?」

「酒が飲めるところっつーのはどんな街にもあるもんなんだよ!」


 クローレンの言うとおり、酒場はすぐに見つかった。
 街の中心部からは少し外れたところにあるものの、客足はなかなかいいようだった。

 店の中では、旅人やジルカールに住む魔導師が、まだ昼間だというのに酒を片手にワイワイとにぎやかに騒いでいる。


「おーいマスター! こっちにも酒くれー!」

 クローレンは店に入るなり椅子にかけると、早速酒の注文をはじめた。

「ちょっとクローレン! 飲みに来たわけじゃないってば!」

「まぁまぁ~固いこと言うなよレキ、一杯だけだから! ……お前も飲むか?」

 クローレンは見るからに活き活きとしていた。よほど酒が好きなようだが、今まで酒を飲んだことのないレキにとってはその良さが全くわからない。

「……いらない」

 レキはハァと大きくため息をつくと、役に立ちそうもないクローレンをその場に残し、一人で情報を集めることにした。

 端から順に声をかけようと店の中を横切るレキに、後ろからクローレンの「プハー! 生き返るぜー!」という声が聞こえていた。




 ——30分後。

「……そっか。ありがとうございます」

 レキはお礼を言って、聞き込みをした最後のグループに軽く頭をさげた。

「いや、あまり力になれなくてすまないね」

 グループのうちの一人である少し年老いた風の魔導師は、そう言うとまた再び仲間のほうへと向き直り、酒を飲みはじめた。


「……はぁ。やっぱりここでもフォースについての情報はないなぁ」

 収穫がなかったことに、再びため息をつきながらレキはクローレンのいるテーブルへと向かった。

 戻るとそこにはさっきよりかなり気分の良くなったクローレンが、テーブルには三本の空になった酒瓶を転がらせ、さらに四本目の瓶からグラスへと酒を注いでいる最中だった。


「く~ッ! 一口飲むと止まらねーぜ!!」

 レキは酒を注ぐクローレンの手から、瓶をひょいと取り上げた。

「こら何すんだよ! ……ってレキ!? 早ぇな、オイ」

 クローレンはチェッという顔でレキを見る。
 どうやらクローレンはレキのいない間に、かなりハイスピードで酒を飲めるだけ飲もうとしていたようである。

「クローレン、一杯だけじゃなかったの?」

 レキがやや呆れてクローレンを見る。

「いや~、そのつもりが飲むと止まらなくなってよ~! ま、全然酔っぱらってねぇから安心しろって!」

 ハッハッハ、とクローレンが開き直って笑う。
 たしかに結構な量の酒を飲んだにもかかわらず、クローレンの様子はほとんど変わっていなかった。顔が赤くなることもなく、相当酒に強いらしい。


「で? 何か分かったか? レキ」

 クローレンはすみやかに話を切り替えた。

 あまりにもあっさりとしたその様子に、なんだかそれ以上の追及のタイミングを逃してしまったレキは、仕方なく先ほどの聞き込みの成果を報告することにした。

「フォースのことは聞いてみたけど、やっぱり誰も知らなかったよ。でも世界一の魔導師のことはみんなが知ってた。この近くに家があるから行ってみるといいって。場所も教えてもらったよ」

 クローレンはカリカリと頭を掻きながら立ち上がった。

「ふーん。やっぱフォースはそう簡単に見つかんねーか……。じゃあ仕方ねぇ。とりあえず、その世界一の魔導師さまとやらの家に行ってみるか!」


 二人は代金を払って酒場を出ると、情報を頼りに世界一の魔導師の家へと向かった。

 また再びポンポンいう地面を通ることになったが、酒を飲んで機嫌がよくなったクローレンは今度はその音を楽しんでいるようだった。

「ジルカールも、まぁなかなかいい街だよな~」

 クローレンはキョロキョロと街を見回しながらつぶやく。

 気分ひとつでさっきと言っていることが全然違う……と思ったレキだったが、せっかくクローレンがご機嫌なので今は口に出さないことにした。


「あ! おいレキ! あれ見ろよ!!」

 そんなレキの肩をバシバシと叩きながら、今度は何かを見つけたらしいクローレンが興奮した声をあげる。

「イタタ……! 急にどうしたの? クローレン」

 クローレンはよっぽど興奮しているらしく、かなり強くレキの肩を叩いていた。

「なにか見つけたの?」

 レキが振り返ると、クローレンはある一点を食い入るように見つめていた。

「……なぁレキ、あの店入ってみないか?」

「ん? どの店?」

 聞き返しながらレキはクローレンの視線の先を追ってみた。
 そこには一軒の小さな魔法の店らしきものがあり、その店の看板には、どうやらクローレンの視線を釘付けにしている理由らしい“誰でも簡単に魔法が使えるようになるアイテムあります”という言葉がきらきらと輝いていた。

「誰でも簡単に魔法が使えるようになるアイテム? ……いいけど、本当にそんな物あるのかなぁ?」

 レキは看板を読みながら怪訝な顔をする。
 クローレンはなんだかんだ言いつつも、魔法が使えないことに多少のコンプレックスを持っているようだ。
 だからこそ、こういった文句の店に惹かれたのだろう。

 レキはまだ看板を疑わしそうに見ていたが、その横でクローレンは勢い良く扉に触れ魔法のかかった入り口を開けると、一人でずんずんと中へ入って行った。

「ちわ~!」

 店に入るなり大声であいさつをしたクローレンだったが、彼の予想に反してそれに応える店主の返答はなく、店の中はひっそりとしていた。

 店内を見渡すと外の華やかな装飾とは比べものにならず、そこは薄暗くガランとしていてどこか陰気な雰囲気であった。

 商品棚の上にはいくつかの数えるほどの商品が並んでいるがどれも埃をかぶっており、あまり客足の良くないことが窺い知れる。

「あれ? 店の人は留守なのかな?」

 後から入ってきたレキがカウンターに目をやりながら言った。
 店主らしき人物はどこにも見当たらない。

「なんか出掛けてるみたいだな。ここはよっぽど客が来ない店らしい。……それより、これ本当だと思うか?」

 クローレンは店主がいないことなど全くお構いなしな様子で、並んでいる商品のうち一番左にあるひとつの指輪を差していた。
 商品にはそれぞれ説明のかかれたメモが添えられており、クローレンが指差している商品には“はめるだけで誰でも魔力をコントロールできるようになる指輪”と書かれている。


「どうかな……。ちょっと怪しいけどね」

 魔力をコントロールするためには自分でイメージを練らなければならない。
 その動作を果たしてアイテムによってできるようになるのかは疑問である。

 レキはちらりと他の商品を見た。

 “つけるだけで剣術が上手くなる腕輪”“姿が消えるネックレス”“異性を虜にできる媚薬”“持つだけで運気が上がるコイン”……

 なんだかどれも怪しいものばかりだった。

 特に“つけるだけで剣術が上手くなる腕輪”は、本当に効果があるのだとしたらかなりの貴重品だろうが、そんな夢のような効果を持つアイテムなんてありえない気がする。

 不審に思いながらレキはざっと商品を見渡したが、その棚の一番右端にあるものに気づき、ふと目を止めた。

「あれ……?」

 レキはそこに置かれている商品に驚いた。
 他の商品のように説明の書かれたメモはなかったが、レキはその商品に見覚えがあった。というよりもそれは今自分が持っているものと全く同じ物のように見える。

「なんだ? レキ、その星型の石がどうかしたのか?」

 レキの様子に気づいたクローレンが不思議そうに尋ねてきた。

「この石、オレが持ってるものと同じだ」

 レキは商品として置かれている石を見つめながら、自分のポケットに手を入れた。そこにはユタの村でミーリにもらったあの石を大切にしまってある。

「ほら、これ」

 レキは持っていた石を取り出しクローレンに見せた。

「へ~、ほんとだ。星型の石なんて珍しいよな。お前、それどこで手に入れたんだ?」

 クローレンが興味津々で聞く。

「ランガ大陸にあるユタの村って所で友達にもらったんだ」

「ユタの村ぁ? 聞いたことねぇな~。んで、その石はどんな効果があるんだ?」

 クローレンはその石にも何かすごい力があるに違いないといった様子でわくわくしている。

「ここには何も説明がないけど、この石をくれた友達は願いが叶う石って言ってたよ」

 願いが叶うというのは言い伝えだと言っていたため本当だとは限らないが、そんなことはレキにとって実はどちらでもいいことであった。
 この石にどんな力があろうとなかろうと、ミーリが一生懸命探してくれたこの石は、それだけでレキの宝物だ。

「願いが叶う石!? それが本当ならすげーアイテムじゃねーか! 持っててなんか効果あったのか!?」

 レキの思いとは裏腹に、クローレンはかなり食い付いて来た。
 願いが本当に実現するのかどうかについて興味津々である。

「うーん……。今のところ効果はないけど、願いが叶うのは言い伝えだからね」

 レキの言葉にクローレンは少しがっかりしたようだった。

「なーんだ、そうなのか」

 言い伝えだということで、クローレン興味は再び例の指輪へと戻っていた。
 クローレンらしくなんとも切り替えが早い。

 ——じゃあこっちの指輪も単なる言い伝えか? それとも本当に効果があるのか? そんなことをブツブツと言っている。


 レキはミーリのくれた星型の石をもう一度よく見てみた。
 しかし特に変わったところはない。

 なぜ、ユタから遠く離れたこのジルカールに全く同じ石があるのだろうか。
 魔法の店の商品として置かれているということは、やはりこの石には何か特別な魔力が込められているのだろうか?


 考えながら、レキはふと無意識にクローレンを見た。

 クローレンは商品棚に置かれていた指輪をついに手に取ってしまい、しげしげと眺めているところだった。

「ちょ……クローレン! あまり勝手に触らないほうがいいよ! 不思議な力のこもったアイテムの中には危険なものだってあるんだから。特に、ここにあるアイテムはどれも全体的にあやしいし……」

 しかしクローレンはレキの忠告を聞かず、ハハッと軽く笑うと指輪を自分の指にはめてしまった。

「だ~いじょうぶだって!! 本物かどうかちょっと確かめてみるだけだか……」

 ——らぁ!??

 クローレンは笑いながら言いかけたが最後までは言えず、それは叫び声へと変わった。

「うわぁ!?」

 同時にレキも叫ぶ。

 なぜならクローレンが指輪をはめると同時になんらかの魔法が働いたようで、レキとクローレンが立っていた部分の床がきれいに円を描いて抜け落ち、そのまま二人を穴の奥深くへと落とし入れたのだった。



「……——ぁぁあああ!!!」


 ——ドスンッ!!!

 と鈍い音をたて、二人は抜け落ちた穴の一番奥へと着地した。

 着地といっても体勢を崩したまま落下したため、おもいっきり体を地面に打ちつけ、それはかなりの衝撃だった。

「いってぇー!」

 クローレンが涙目で叫ぶ。どうやら盛大なしりもちをついてしまったようだ。

「だ……大丈夫? クローレン?」

 そう聞いたレキ自身もあまり大丈夫ではなかった。全身を強打し、あちこちがかなりイタイ。


「くそー! どうなってやがるんだ? 一体ここはどこだよ!?」

 悪態をつきながらクローレンが立ち上がり、辺りを見回す。
 レキとクローレンの二人は薄暗い地下室のようなところにいた。

 先ほど通ってきた天井の穴は魔法で開いたものらしくすでに消えており、二人の目の前には厳重な鉄格子が隙間なく並んでいる。
 後ろと側面は壁で覆われており、出口がない。

 完全に、壁と鉄格子に囲まれたその空間はまるで……。


「……牢屋?」

 レキが唖然として呟く。クローレンも自分のいる場所にかなり驚いているようだった。

 二人が状況をよく飲み込めないままでいると、薄暗い前方から、ややしゃがれた低い声を発してゆっくりとこちらに歩いて来る人影があった。

「ホホッ……! 久しぶりに獲物が二匹かかったぞぃ」

「ソウデスネ……」

 その声の主に邪悪な気配を感じとったレキとクローレンは反射的に身構える。

「誰だ……!」

「ホッ! 威勢のいいボウヤだねぇ」

 暗闇から姿を現したのはかなり年老いた老婆だった。

 左右長さの違う白髪をボサボサに振り乱し、目には邪悪な光を灯してギョロリとこちらを見据えている。
 小さな体は腰から半分に折れ曲がっており、杖をついて体を支えていた。その杖を持つ手にはギラギラと光る宝石のついた指輪がいくつもはめられている。
 それはまさに「魔女」というイメージがピッタリの老婆だった。

 そしてその魔女らしき老婆のそばには、フードを深く被った一人の男の姿があった。
 フードのせいで細かな様子はよくわからないが、感情のない声でしゃべる人形のような印象を受ける……。

「その指輪をつけているところを見ると、お前達はどうやら魔法が使えないようだねぇ……」

 クローレンがはめている例の指輪を見て、老婆がにやりと笑う。

「しかし、剣術がうまくなる腕輪はつけていない……。ということは剣には自信があるということか……、結構結構。お前達は合格じゃよ」

「はぁ!? 一体なにを言ってやがるんだババァ!」

 クローレンが理解できないというように吐き捨てる。しかしその声色は、目の前の老婆にかなり緊張していることが感じとれた。
 老婆の危険な笑みとともに、合格と言われても不吉な予兆以外のなにものでもなかったからである。

「ホホ……! じきに分かるわぃ。残念ながらワシは今忙しくての。お前達の歓迎は後ほどすることにしようぞ……」

 老婆はそう言ってこちらに手をかざした。
 同時にクローレンのはめていた指輪と、レキが持っていた星型の石がするりと手を離れ、老婆のもとへと飛んでいった。

「これは返してもらうぞぃ。……フム、石に目を付けるとはなかなか変わったボウヤだねぇ」

 老婆が石とレキとを交互に見つめながらつぶやいた。

「ちがう! その石はもともとオレが持っていたものだ。返してよ」

 レキが静かに反論する。
 しかし老婆は軽くフンと笑うと、指輪と石をローブの中へとしまいこんでしまった。

「……下手な嘘だねぇボウヤ。こんな珍しい石を持っている奴はそうはいないよ」

 言いながら老婆は探るような目つきでレキを見る。

「嘘じゃない!」

 レキがさらに反論すると、老婆は一瞬なにか考えるような顔つきをした。

「………!」

 しかし急に何かを思いついたようになり、それと同時にレキに対する視線が鋭いものへと変化する。

「もしや……、ボウヤはこの石があの場所の“鍵”であることを知っているのかい?」

 そう言うと、老婆をとりまく空気がさっきまでとは比べ物にならないほどにはりつめた。その変貌ぶりは驚くべきほどのものである。

「……え? かぎ?」

 しかし老婆の突然の過剰な反応とは正反対に、レキはきょとんとした。
 言っている意味がよくわからない。
 老婆が言っている“鍵”とは、あの星型の石のことなのだろうか?
 あれは願いが叶うという言い伝えの石ではなかったのだろうか……。
 それとも老婆は石のことを何か知っているのだろうか?

 様々な疑問が一度に浮かんだレキだったが、その様子を鋭く観察していた老婆はレキの反応にフンと口元を緩めると、はりつめていた空気をといた。

「……知らないのならそれでいいんだよ、今のことは忘れておくれ」

 そう言うと老婆は唐突にくるりと背をむけた。フードの人影もそれに従う。

「また後で可愛がってあげるよ……ボウヤ達。逃げようったって無駄だからね。その檻は特別性で、魔法の力でないと開かないのさ。剣や力でいくら足掻いても無意味だよ。……つまり、魔法の使えないお二人さんには逃亡不可能ってことさ」

 老婆はそれだけ言うと、不気味な笑い声を残して再び闇の中へと消えていった。


「な、なんだったんだアイツは……」

 老婆の姿が完全に消えてからクローレンが恐怖でひきつった声をだした。

「わからないけど……かなり危険な感じがしたね」

 レキは老婆と人影の消えていった方向を睨んだまま答える。
 しかし、頭の中ではさっきの老婆の言葉がまだ引っかかっていた。

 “鍵”とはなんなのだろう。

 老婆はつい、口を滑らせてしまったようだがあの石には何か秘密があるようだ。
 実際に、この石があった星の湖も不思議なところだった。フォースの導きの書の二冊目をようやく見つけたのもその場所である。
 あの時にもっとよく調べてみるべきだったかもしれない……。

 ——今度ユタに行った時は、もう少し詳しく湖や石について調べてみよう。


 そんなことを考えてから、レキは今、自分達の置かれている状況を思い出した。今はゆっくりと考え事をしている場合ではない。

「……チクショー! 一体なんでこんなことになったんだ! オレはただ指輪をはめてみただけじゃねーか! あのババァの目的はなんなんだよ!?」

 隣でクローレンが騒ぎ立てる。この状況にかなり納得のいかない様子だ。

「目的か……」

 地上にあった怪しいアイテムの多い不自然な商店。魔法を使えないものが好む指輪。老婆の言った言葉。そしてこの魔法以外に脱出不可能な牢獄——。


「あいつは魔法が使えない人を狙って罠にかけ、なにか恐ろしいことをしようとしている……?」

 その言葉にクローレンの体がビクッと動いた。

「おいおい冗談じゃねーぜ! 恐ろしいことって一体なんだよ!?」

「それはわからないけど……」

 チッ! とクローレンが舌打ちする。

「……とにかく、今は考えてても仕方ねぇ! それよりもこんな不気味なところは、とっととずらかるぜ!」

 言いながらクローレンは剣をすらりと抜くと、そのまま鉄格子に向かって突撃した。

「奴は、ああ言ってたがオレ様の剣にかかればこんな檻くらい……!」

 鉄格子に届く寸前に、クローレンは剣を真上に振り上げた。

 ——バチィッ!!!

 そのまま勢いにのせて剣を振り下ろし、鉄格子を攻撃したクローレンだったが、その衝撃は檻の前にある見えない壁によって阻まれてしまった。


「なにぃ~~ッ!?」

 全力の攻撃が効かなかったことでクローレンはかなり動揺したようだった。
 老婆の言っていたことは本当だった。この牢獄は、力がどんなに強くても魔法を使えない者には脱出不可能——……。


「大丈夫だよクローレン。オレに任せて」

 レキはクローレンを下がらせると同時にイメージを集中し、魔力を練りはじめた。

「レキ……! お前、魔法使えたのか??」

 クローレンが半ば呆れたようにも安堵したようにもとれる調子で言った。

「ジルカールに着くまでの間、一回も使ったことなかったくせに……」

「そんなに得意じゃないから普段は使わないんだよ。……いくよ! —バースト!!—」

 レキが詠唱を終えると同時に魔法による爆発が起こった。

 ——ドゴォォン!!


「げ! お前……! もーちょっと加減しろよ! そんなでけー音だしたらババァに気づかれるだろ!?」

 クローレンがあまりの轟音に文句を言う。しかし、レキだってそこまでは上手くない。

「そんなこと言ったって、魔法のコントロールって難しいんだよ!」

 二人がギャーギャーと言い争う。もはや緊迫しているのやら、余裕があるのやらよくわからない状況だ。
 牢獄はレキの魔法によって壊れ、脱出が可能になっていた。


「……とにかく! ババァはもう気づいてるかもしれねーからさっさと逃げるぞ!」

「賛成だよ」


 二人はようやく、牢獄を抜け出した。
 辺りは薄暗くほとんど暗闇だったが、目も大分慣れてきていたため、うっすらと今いる場所がどんなところなのかが見えてきた。

 そこは地下迷路のようなところだった。

 牢獄を含め、たくさんの通路や部屋があり、それが複雑に絡み合っている。
 規模もかなり大きいようで、ジルカールの地下すべてにこの迷宮が広がっているのではないかと感じられる。


「くそっ! なんなんだここは!? 出口はどっちにあるっていうんだよ!?」

「……うーん」

 二人の前にはいくつもの道が広がっていた。
 一体どの方向へ進むべきなのか二人が迷っているところに、さっきの老婆の声が遠くから聞こえてきた。

「……シーラのことは後回しだよ! ボウヤ二人が逃げた……! 絶対に捕まえな!!」

「ワカリ、マシタ」

 そんな声と同時にこちらに向かって来る足音が聞こえてきた。もう一刻の猶予もない。

「ゲーッ!! やっぱバレてるぜ! ……とりあえず、奴らとは反対方向へ逃げようぜ!」

 クローレンは足音が聞こえて来る通路とは別の道に向かって走り出そうとしたが、レキは動かなかった。老婆達が向かって来る方向へと剣を構えている。

「コラコラー!! レキお前なにやってんだよ! とっとと逃げるぞ!!」

 クローレンがそれに気づき、レキの首の後ろの辺りの服をおもいっきり引っ張って連れていった。

「うわ! ……だって、あいつにとられた石を取りかえさなきゃ!!」

「ゲゲッ!! お前本気で言ってんのかぁ!?」

「本気だよ! あの石は大切なものなんだ!」

 レキはクローレンに掴まれているところを必死に振りほどこうとしている。


「石なら、あの店にあったほうをなんとか盗むほうが簡単そうじゃないか?」

「違うよ。もともとオレが持っていたほうを取り返したいんだ!」

 レキの必死の訴えに、クローレンはやれやれとため息をついた。同時にレキを掴んでいた手を放す。

「わーかったよ! だけどここは一旦逃げるぞ!! この暗くて狭い通路じゃ、状況をよく把握している奴らのほうが有利だ。一度対策を立てて出直そうぜ!!」

 クローレンのもっともな意見にレキはしぶしぶ頷いた。

「……わかった」

「よしよし! そうと決まれば……」

 二人の意見がようやく一致したところで、さっきよりもかなり近い場所から老婆達の声がした。

「いたかい!?」

「前方二、確認シマシタ」

 その声を合図にクローレンが続きを叫ぶ。

「……走るぞ!!!」

 二人は全速力で声のするほうとは反対方向へ駆け出した。




 通路はとても細かく入り組んでおり、分かれ道や曲り角がいくつもあったが二人はどちらに行くかを瞬時に選び、止まることなく走り続けた。

「……これ、カンだけで進んでるよね」

 何度目かの角を左に曲がりながらレキがつぶやいた。

「もちろんだ! 他になにがある?」

 クローレンもその角を同じように左に曲がりながら答える。

 今自分達の通っている道が正しい道かどうかなんてわからなかったが、じっくり考える暇もなければ引き返すこともできない。
 二人はとにかく行き止まりにならないことを祈るばかりだった。

 一体どれだけの通路をそうして曲がったかはわからないが、ふと違和感を感じてレキは足を止めた。

「あれ?」

「おい! 今度はなんだよレキ!?」

 すぐさまクローレンが急停止してレキを振り返る。
 またさっきのように剣を振り回し始めるのではないかと危ぶんだためだったが、レキの次の言葉は予想外のものだった。

「そこにあるの、さっき逃げ出した牢屋だよ」

「……え!?」

 その言葉にギョッとしたクローレンはレキの指差す方向に目を向けた。
 たしかにそこにはレキの言うとおり、檻にぽっかりと穴のあいた、先ほど脱出したばかりの牢屋があった。

 どうやら通路を適当に走っているうちに見事に一周してしまい、再び同じ場所に着いてしまったようである。


「ホホ……! おかえりボウヤ達」

 そんなことを見越していたかのように、前方から老婆の声がした。
 暗闇からゆっくりと姿を現す。

「まさか金髪のボウヤのほうは魔法が使えたとはねぇ、計算外だったよ。……でもここから逃げることはできないよ」

 老婆がゆっくりと近づいて来る。ちょうどその時、レキとクローレンの後ろからフードを被った人影も追いついてきた。

「追イツメ、マシタ」

 二人は完全に挟み込まれてしまった。もう逃げることは不可能だろう。二人は覚悟を決め、剣を抜いた。

「チィッ! やるしかねーようだな……」

 クローレンが緊張しながら言った。魔法の使えないクローレンにとっては、この得体の知れない魔女のような相手は苦手なタイプなのだろう。


「お前の目的は一体なんなんだ? 魔法の使えない人を集めて何をしようとしている?」

 レキは戦闘体勢をとりながら鋭い声で老婆に質問した。

「ホホホ! ボウヤには関係のないことだよ。それにオマエは魔法が使えるようだから、ここには必要ない……!」

 老婆はそう言い放つと同時に巨大な魔力を練りはじめた。
 その体に纏わる魔力の量を見るだけでも、かなり強力な魔法を撃とうとしていることは明らかである。

「……まずい!」

 その魔法が完成してしまえばとんでもなく危険であることは間違いない。
 レキはなんとか魔法が発動する前に食い止めようと老婆に向かって駆け出そうとしたがその瞬間——突然すぐそばの壁から出てきた謎の「手」におもいっきり腕を引っ張られ、ひっくり返りそうなほどによろめいた。

「はやく!! ……こっちです! もう一人の方も!!」

「……うわっ! なに!?」

 壁から突き出したその「手」はレキの手を引くと、壁の中へと連れ込んだ。

 すると、今まで壁だと思っていたものはスルリとレキを通し、そこにはレキの手を引いたと思われる薄青色の長い髪をした一人の女性が立っていた。

「これは隠し通路か!?」

 同じくレキの後から入ってきたクローレンが驚いて言った。

「そうです。ここから外へ出られます」

 その女性は少し前方に見える光の溢れ出ているサークルを指差していた。

「さぁ早く!! やつらが追ってきます!」

 女性がそう叫ぶと同時に、隠し通路の後ろから老婆の怒り狂う声が聞こえてきた。


「シーラだよ! あんなところに隠れてたのかぃ!! ボウヤ達を逃がす気だ! 絶対に全員捕まえな!!!」

 続いてフードの人物がそれに応え、ワカリマシタと呟きこちらに向かって来る。

「ゲッ! やべえ!! おい、行くぞレキ!」

 クローレンはそう言うと同時に走り出した。レキもそれに続く。

「光に飛び込めば地上へと運んでくれます!」

 レキ達を導いた女性は、叫ぶと同時に光の中へとダイブした。
 クローレンとレキもその女性にならい、光りの中へと飛び込む。


「……わっ!?」

 その瞬間体が軽くなり、急激に宙に浮くのが感じられた。
 光が溢れ出し、その速度をどんどん増すと、そのまま三人を一気に地上へと押し出した。




 ……——ドシン!!

 地下に落ちた時と同じように、着地はあまり快適とはいえなかった。

 三人は“誰でも簡単に魔法が使えるようになるアイテムあります”という看板がある店の、外側の壁に描かれた丸い円のような模様から出てきたようだった。
 これも魔法の力が働いているらしく今はもうただの模様になっており、先ほど通った穴は閉じてしまっている。

「イッテェー! また同じところ打っちまったぜ……」

 クローレンがヒリヒリする尻を撫でながら立ち上がった。

「なんとか地上に戻れたみたいだね」

 レキもホッと胸をなでおろし、辺りを見回しながら立ち上がる。
 あの薄暗い地下から帰還して見るジルカールの街並は一層太陽の光が輝いており、街を行き交う人々の群れが賑やかに感じられた。

「まだここも安全とは言えません。少しこの場を離れましょう」

 二人を助けてくれた女性は真面目な顔でそう言うと、スタスタと早足で歩きはじめた。

「……あ、待ってよ!」

 レキとクローレンは慌ててその女性を追いかける。
 女性は大通りに出ると街を行き交う人々に混じり、そのまましばらく歩き続けた。

 その後ろ姿を見失わないよう必死についていった二人は、しばらく歩いてようやく女性が一軒の茶屋のようなところに入ったためホッとした。


「ここならもう大丈夫でしょう……」

 レキとクローレンが女性の座っているテーブルを見つけ、それぞれ席に着いたところで、そう女性が言った。

「さっきは危ないところを助けてくれてありがとう。助かったよ!」

 レキは感謝を込めて女性に笑顔を向ける。

 しかし女性はそう言われて今はじめてレキの顔をはっきりと見たようで、自分が助け出したその少年にかなり驚いたような表情になった。

「あ、あなたは……レクシス?」

 女性がつぶやくように言った。同時にレキの笑顔が固まる。

「……えっ」


 レキはこの言葉にかなり焦った。

 ……この人、オレの本当の名前を知ってる??

 ということは、皇子であるときの自分と会ったことがある人だろうか?


 しかし、レキにはその女性に全く見覚えがなかった。
 レキが驚いて何も言えないでいると、横からクローレンが口を挟んできた。

「なんだなんだ? お前達、知り合いなのか?? ……てか、レクシスってお前のこと? レキ」

 クローレンはどういうことなのか、さっぱり訳が分からないという顔をしている。


「ち、ちがうけど」

 レキはクローレンの質問と女性の質問の両方に、同時に答えたととれる返事を返した。

 正体がバレてしまうのはまずいため一応否定はしたものの、かなり動揺しまくった不自然な声のトーンになってしまい、それは自分でも怪しさ満点に感じられる……。


「……クスッ」

 レキのそんな様子に女性は小さく笑った。

「そんなに警戒しなくても大丈夫ですよレクシス。私はあなたを狙っている類いのものではありませんし、本当のことを言っていただいて大丈夫です」

 それから女性はもう一言付け加えた。

「まぁでも、会ったのはこれが初めてですから警戒する気持ちはわかりますが……」

「え!? 会ったことがないのになんでオレの名前を知ってるの?」

 レキは思わず聞いてしまったが、その後でしまったと思った。
 しかし女性はレキが認めるまでもなく、最初から全てわかっているような様子で優しく微笑んでいた。

「では、あなたの質問に答える前に、まず私のことをお教えしておかなければなりません」

 女性はキリッとした真面目な表情に戻り、レキを見つめ直した。

「私の名前はシーラ。ここ、ジルカールに住む魔導師です」

 そういえば先ほどの老婆が「シーラ」という名前を叫んでいたことを思い出した。やはりこの女性のことだったのだ。

「私には他の魔導師とは違う少し不思議な能力がありまして、人の過去や未来を見ることができるのです」

 そこまで聞いてクローレンが立ち上がり、「あ————っ!」とおもいっきり叫んだ。

「もしかしてあんたが噂の世界最高の魔導師か!? 未来を見る魔法の!」

 クローレンの突然の発言にシーラは一瞬驚いたような顔を見せたが、すぐにうつむいてしまった。

「……噂はいつも、真実よりも大きくなってしまいますから」

「え? でもあんたのことには変わりないんだろ?」

 シーラの薄い反応にクローレンはちょっとがっくりとした。

「……はい、たしかに私はそう呼ばれる事もありますが、それはほとんど噂が一人歩きしているようなものです。実際、私に世界最高と言われるほどの力があるのかは疑問で……、攻撃魔法などは全く使えないですし」

 シーラはどうやら自分の力にあまり自信がないようである。
 自分の意志とはうらはらに、他人と少し違う力を持っているだけで有名になっていることに多少の戸惑いを感じているようだ。


「でも、過去や未来を見る力ってすごいと思うよ」

 うつむいているシーラに向かってレキが声をかける。レキはなぜ初対面のシーラが、自分のことを知っていたのかがなんとなくわかってきた。

「……ですが、自分で過去や未来を意識して見ることはできないのです。ある日突然イメージが頭の中に浮かぶ、突発的な予知のような魔力なのです」

 そこまで言うとシーラは再び顔を上げてレキを見た。

「レクシス、あなたのことはその能力によって何度か見たことがあります。すべて断片的なものであり、あなたのことを詳しくは知りませんが、顔と名前、あなたが何者であるかは分かっています。……あなたこそが聖なる力に選ばれし、グランドフォー……」

「!! シーラ!」

 次に出てくる言葉を察したレキは、慌ててシーラの言葉を遮った。

「……? どうかしましたか? レクシス」

「……いや」

 シーラはすでにレキがグランドフォースであることを知っているようだ。しかし、今ここでそれを言われるのは非常にまずかった。
 特に、クローレンがいるこの場所では……。


「何だよレキ! 急に叫ぶなよ。最後が聞こえなかったじゃないか」

 クローレンがムスッとしてレキを睨む。

 急に叫ぶななんて、クローレンにだけは文句を言われたくないな……などと心の中で突っ込みを入れながら、どうやら話が聞こえなかったらしいことに安心したレキは話の方向を少しずらすことにした。

「えぇと……、じゃあオレ達があの地下迷宮にいることも、シーラの能力で分かって助けてくれたの?」

 自然な流れでグランドフォースの話題を遠ざける。フォースの話はまた後で聞いてみることにしよう。それよりも、今は他に聞きたいことがたくさんあった。

「いえ、あそこで会ったのは本当に偶然でした。助け出したのがあなただと分かって驚いているのは私のほうです」

「そっか……」

 レキはさらに、一番気になっていることを聞くことにした。

「さっきの地下迷宮にいた老婆は一体何者? シーラはあいつのこと何か知ってるの?」

 あの不気味な老婆、おそらくただ者ではない。
 しかしシーラなら何か知っている、そんな気がしたのだ。
 同じくクローレンも地下で起こったことに興味を戻したようである。しかめ面でシーラに問いかける。

「あのババァ、魔法が使えない奴を捕まえて何をしようとしてたんだ?」

 シーラは二人の質問に、これまでになく深刻な顔を見せた。
 やはりシーラはあの老婆について何か重大なことを知っているらしい。


「……そうですね。私の知っていることなら全てお話します」

 一瞬の沈黙の後、シーラはようやく口を開くと、老婆について少しずつ語り始めた。


「彼女の名前はイズナル。今から五・六年ほど前にこのジルカールへと移り住んできた魔導師です」

「……魔導師ねぇ~。あのババァには魔女っていう言い方のほうがぴったり当てはまるけどな」

 クローレンがどうでもいい茶々を入れる。しかしシーラは気にせず続けた。

「イズナルはどこか不気味で……、この街でもあまり評判がよくありませんでした。……それに彼女は以前、魔法の使えない人を集め、魔力の使い方を教えるとふれ回っていたのですが、その後……彼女の元から返って来た者は誰一人としていなかったのです」

「……誰一人?」

 レキが怪訝な顔で聞き返す。なんだかイヤな予感がした。

「はい。彼女は本当のところ、魔法を教えてなんかいなかったのです。……そのことがはっきりしたのは本当に最近なのですが……、例のごとく私の過去を見る魔力でイズナルが映りました。それによると、彼女は魔導師ではありません。……人ですらなかったのです」


 人ですらない……。
 シーラが一呼吸置いて話を続ける。

「彼女の正体はモンスター。しかも“世界を破滅へといざなう者”の直属の臣下であり、限りなく人に近い知識を持っているかなりの高位モンスター……所謂、魔族として位置付けられる者のようです」


 魔族……そして“世界を破滅へといざなう者”の直属の臣下。

 なんだか聞くだけでゾクリとする言葉だ……とレキは思った。


「そしてイズナルは魔法の使えない人を集め、ある実験をしていました。その実験とは……人にモンスターの心を植えつけること、です」

「人にモンスターの心ぉ!?」

 クローレンはシーラが言った信じられないような話につい聞き返してしまったが、その目は恐怖を感じていた。

「……そうです。イズナルは長年の研究で発見したのです。人に魔の心を植えつけるには、もともと魔力に耐性のない魔法を使えない人間が一番だということを。そして魔力を少しでもコントロールできる人間には、魔の心を植えつけることができないということを……。彼女は魔力のない人間を使い、ついに人をモンスター化させることに成功したのです」


 ———恐ろしい話だった。

 それが本当なら先ほど魔導師イズナルは、レキとクローレンを捕らえ、モンスターにしようとしていたことになる。
 なんとか逃げることができたが、もしそうでなかったら……。

 魔法が使えないクローレンはゴクリと音をたてて唾を飲み込んだ。


「……ジルカールは魔法都市と呼ばれています。魔法を使えるものはもちろんですが、魔法を使えないものもそれに憧れ、ここへたくさん訪れます。イズナルはそれを利用し、魔法を教えると嘘をついたり、“魔力をコントロールできる指輪”などを置いて、魔法の使えない人を罠にかけていたようです」

「じゃあ、あの店にあったアイテムは全部罠? 偽物ってこと?」

 店には他にも、剣術の上手くなる腕輪や姿が消えるネックレス、星型の石などがあったが……。

「いえ、私も見てみましたがすべてが偽物というわけではないようです。罠をカムフラージュするため、中には本物もあったようですが、魔力をコントロールする指輪と剣術が上手くなる腕輪は間違いなく罠でした。モンスターにした後のことも考え、剣の覚えがない者はいらないと判断したようです。剣の腕輪をつけず、魔力の指輪をつけた者だけを地下へ落とすという仕組みになっていました」


「……お前、やけに詳しいな」

 クローレンが若干怪しそうにシーラをちらりと見る。

「はい。イズナルの正体がわかり、いてもたってもいられなくなったので、自らその罠にかかり、地下へと侵入したんです。そこへちょうどあなた達も来て……」

「えっ……イズナルは“世界を破滅へといざなう者”の直属の臣下なんでしょ? それにシーラは攻撃魔法も使えないって……。それってすごく危険じゃないか」

 レキはシーラの無謀な行動に驚いて言った。

「そうですが……このジルカールの街で、モンスターの陰謀が影で動いていることに我慢ができなかったのです」


 シーラは大体のいきさつを話し終えたようだった。
 そのまましばらく、三人は考え込むように黙りこむ。


「……でもよー、あのババァは人間にモンスターの心を植えつけて、一体何がしてぇんだ?」

 クローレンが沈黙を破ってボソッと疑問をつぶやいた。

「……それはおそらく、私の予想ですが……モンスターが人間の世界に入り込むため、でしょう。見た目が人間であれば大半の人はそれで安心してしまい、まさかモンスターだとは思いません。そうして見た目が人間のモンスターをスパイとして送り込み、影から街や国を侵略しようとしたのではないでしょうか」

「ゲ……。おっそろしーこと考えるな。あのババァは」

 クローレンが身震いする。これからは相手が人間だからといって迂闊に信用してしまうのは危険なのかもしれない。

「ですが、人に魔の心を植えつけるのはかなり難しいことではあると思います。イズナルはこれまでに数えきれないほどの実験をしたでしょうが、成功したのはまだそれほど多くないと願いたいものです」


 シーラがそこまで話した時だった。


「……やっぱり、すでにワシの正体と目的に気づいてたんだねぇ、シーラ……」

「!!!」

 突然、頭の中に直接話しかけるような声で老婆の声が響いた。

「お前はその厄介な能力と共に、もっと早くに消しておくべきだったよ。……まぁ今からでも遅くないがね」

 その声はレキとクローレンにも聞こえた。同時にシーラが叫ぶ。

「まずいです……!! 私達の居場所がバレています! 早くここを出なければ……!」

 しかしその叫びは最後までは聞こえなかった。
 瞬間、おそらく魔法による激しい大爆発が起き、三人のいた店は一瞬にして吹き飛んだ。
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