~第六章~「記憶」
レキは目を覚ました。
心臓が早鐘のようにドクドクと鳴っている。
暗い部屋の中で、それはまるで自分のものとは思えないほどの大きな音で響いているように感じた。
恐怖が体を支配している。動きたくても、まるで金縛りにでもあっているかのように体を動かすことができない。
全身には汗をびっしょりとかいており、さらに額からはそのしずくが頬を伝って流れ落ちる。
どれくらいの時間そうしていたかはわからないが、ほんの少しだけ体の緊張がとれてきたところで、レキはそっと辺りを見回した。
暗い部屋の中には外から差し込む月明かりだけがぼんやりと輝いている。
まだ時刻は真夜中頃だろう。そのため、月の光以外はひたすらに真っ暗な闇しかない。
だがそれは何の変哲もない、ただ静かで平穏な夜の光景であった。
レキはようやくベッドから起き上がることができた。
まだ激しい動悸は完全にはおさまっていなかったが、夜風にあたりたくなったレキは月の覗く窓を開けた。
ひんやりとした風が部屋に入ってくる。汗だくになっていたので、その風はとても心地よく、レキの心を少しずつ落ち着かせてくれた。
レキが今いる場所は、リアス大陸にある港町「カルサラーハ」というところの宿の一室だった。
リアス大陸はウェンデルなどのあるランガ大陸の隣にあり、カルサラーハはその二つの大陸を結ぶ船が行き来する、なかなか大きな港町である。
カルサラーハにはリアス大陸の北にあるアルキタ大陸から来る船も停泊しており、この町は近隣の大陸間を結ぶ海路の主要都市だ。
レキはリオーネやフォンと別れた後、ウェンデルの北西にある港町から船に乗り、リアス大陸に来ていたのだった——。
「……あの時も、満月だったな」
夜空に輝く丸い月をぼんやりと見上げながらレキが呟いた。
さっき見たあの恐ろしい光景が再びリアルに思い出される。
きっとこの先一生忘れることはできない、あの光景。未だに何度も何度も夢に見てはうなされてしまう……。
エレメキアが滅ぼされたあの夜から、すでに三年近くの時が経っていた。
「ティオ……」
レキはぽつりと、今はいない友の名を呼ぶ。
あの惨劇の中、レキだけが生き残ってしまった。
ニトが最後に放った移動魔法は奇跡的に成功し、エレメキアから少し離れた森の中へとレキを運んでいたのだ。
その森は少し離れたといってもエレメキアまでは歩くと、ゆうに一日はかかる距離である。
ニトの魔法は完全ではなかったので、どこへ飛ぶかは正直、使った本人でもわからなかったし、落下の衝撃もかなりあった。
魔法による衝撃で意識を失ったレキが次に気がついた時はもう朝になっており、それから急いでエレメキアへと戻ったが、レキが着いた時にはもう全てが終わっていた。
ルートリア大陸一の大国・エレメキアは見るかげもなく、城はモンスターによって滅ぼされ、崩れ落ちていたのだ。
まだ痛々しい戦況の跡がいたるところに残っており、爆発によって起きたであろう火災の煙が燻り、いくつも空へと立ち上っていた。
そこは見渡す限り全てが血と骸で紅く埋め尽くされたまさに地獄のような光景、かつてそこに城があったことなどまるで想像できない。
今や死臭漂う瓦礫の山と焼け野原のなってしまったその場所に、生存者は誰一人としていなかった。
もちろん、ニトもティオも……。
瓦礫に埋もれ武器庫がどこかはわからなくなっていたが、あのモンスターの大群とこの大爆発跡の中、生き残っていられるはずがなかった。
それはこの惨状を一目見るだけでも十分すぎるほど絶望的で確実なことだった。
あの時エレメキア城にいた者は全滅だったのだ。
ただ一人、皇子であるレキだけを除いて———。
物思いにふけっていたレキはふいに、自分の左胸に輝く紋章を見た。
“世界を破滅へといざなう者”を唯一打ち破ることができる聖なる力の証・グランドフォースの紋章。
リオーネとフォンも、この紋章の持ち主を探して旅をしていた。
が、レキは自分がそのグランドフォースだとは打ち明けなかった。
リオーネもフォンも、レキにとっては既にかけがえのない仲間だ。
正直、二人に一緒に旅をしないかと誘われた時は心が揺れてしまった。
しかし、大切に思っているからこそ、一緒には行けない。
自分はグランドフォースであり、これからの行く先々でモンスター達に命を狙われるだろう。
今はグランドフォースが死んだということになっているかもしれないが、この先ずっとそういうわけにもいかない。一緒に行けば必ず自分のせいでリオーネ達を危険な目に遭わせてしまうことになる。
フォースを守護するために旅に出たと言っていたリオーネ。
……守られるのは、もうごめんだ。ティオやニト、エレメキアのみんなの時のような思いはしたくない。
レキは敢えてリオーネとフォンには何も言わずに旅立ったのだ。
そしてフォースを導く全ての本と、自分と同じ使命を持つ残り二人のフォース達を、一人で探し出す決意を固めていた。
「……そういえば」
レキは今更ながらに、ふと思い出したことがあった。
「リオーネってセルフォードの王女だよな……。ニトが言ってた、婚約相手も確かセルフォードの王女……」
——と、いうことは。
レキは頭の中でぴたっと線がつながり、そこでようやく小さくクスッと笑顔をみせた。
「まさか、リオーネのことだったとはね」
あまりの偶然の出会いにレキはちょっとだけ可笑しくなった。
——たしかに評判通りの美しい姫だったけど、中身はちょっとイメージ違ったな。一国の王女が国を飛び出して旅に出るなんて、相当男勝りなお姫様だよ。
そんなことを考えながら、レキはもう一度月を見上げる。
さっきまでの恐怖はほんの少しだけ薄れていた。
レキはその瞳に再び強い光を宿す。——そしてその左胸にある紋章は、まるでレキの意志に反応するかのように白く淡い光を放って輝いていた。
——……†
「いやー、キミは運がいいなぁ。フォース様ならちょうど昨日からこの港町に滞在されてるよ!」
次の日、カルサラーハの町でレキがフォースについての聞き込みを開始するなり、早速こんな答えを聞いた。
「え! この町に今、フォースがいるの!?」
レキは思ってもいなかった答えに驚き、思わず聞き返してしまった。
今までの大陸では誰に聞いてもフォースについての情報さえ全く手に入らなかったのに、リアス大陸に来た途端、これほど簡単にフォースのことを聞けるとは考えてもいなかった。しかも今現在、この町にいるという。
「そうだよ。きのう北のアルキタ大陸からの船に乗って、このカルサラーハにやって来たんだ。もう昨日は町中すごい騒ぎだったよ!」
レキが声をかけた雑貨屋らしき店の主人は、興奮した様子でその時のことを詳しく話し始めた。……船から降り立ったフォース様はとても立派で強そうな人だったとか、胸にある紋章はとても神聖であったとか、話し始めるとその賛辞はとどまるところをしらない。
「……で、そのフォース様は今この町のどこにいるの?」
レキはついに待ちきれなくなって話の途中に口を挟んだ。その言葉に雑貨屋の主人は、はたと我に返り、つづきを区切る。
「フォース様ならこの町のもう一軒の宿に泊まってるはずだよ。ちょうど町の中心辺りだね。きっと今日も町のみんながたくさん集まっているはずだから、行けばすぐ分かると思うよ」
「そっか、ありがとうおじさん! 早速行ってみるよ!」
レキはその言葉を聞くなり、お礼を言うと全速力で町の中心へと駆けて行った。
昨日、レキがカルサラーハに着いた時にはもう夜になってしまっていたため、聞き込みは明日からとして港近くの宿で一泊していたのだった。
まさか同じ日にフォースが来ていたとは全く気づかなかった。
しかし、それにしてもすごい偶然である。
こういう偶然が出会うべき運命とでもいうのだろうか。
こんなに突然二人目のフォースに会えるとは思ってもいなかった。
一体その「フォース様」とはどんな人なんだろう……?
走りながらレキは期待に胸が膨らんだ。
これから自分と運命を共にし、“世界を破滅へといざなう者”を倒す使命をもった人物。また、これまで世界を一人で旅して探し求めてきた人物でもある。気にならないわけがない。
そうしてしばらく夢中で走っていると、遠くに人だかりが見えた。
どうやらその人だかりは、フォースを一目見ようと集まった町の人や偶然訪れた旅人によってつくられているようで、その人数は建物に入りきらないほどのすごい数で宿屋におしかけていた。
「ごめん! ちょっと通してね!!」
レキは人だかりをすり抜け、ぶつかりながらも、なんとか宿屋の中へとたどり着くことができた。
「えーと、フォースは……?」
宿屋の中はさらにすごい人だかりで奥の様子が全くわからなかったが、レキは人と人との隙間から背伸びをしたり、ジャンプをしたりしてなんとかフォースの姿を見つけようとがんばった。
そして何度目かのジャンプでついに、その中心で椅子に腰掛けている一人の男の姿を見つけた。
「……え。あの人かな?」
レキがついに見つけたフォースらしき男の第一印象は……なんだか思っていた想像とは少し違うような気がした。
それは単に男の容姿や見た目の問題ではない。
その男はまだ若く、おそらく年は十代後半から二十代前半といったところだ。そして短い茶髪に、耳にはいくつかのピアスをしている。
肌の色も髪とよく似ている焼けた褐色をしており、なかなか腕っぷしが強そうな体つきをしている。
それだけでは特に問題はないのだが、その男の前には町の人達が持ち寄ったであろう豪華なご馳走がたくさん並べられており、まだ真っ昼間だというのに男は豪快に酒を飲みながら、周りにはべらせた何人かの女性達に愉快そうに話をしていた。
「そんでよー! オレはたった一人でドラゴンの群れを蹴散らして、そこで言ってやったのさ!『ドラゴンなど、仮に100匹来ても恐れるに足りん! このクローレン様の相手にもならんわ!』ってなー!! あれは決まったぜ~!!」
わはははは! と男が豪快に笑う。それに合わせて周りの女性達が口々に黄色い声をあげた。
「クローレン様素敵!」
「クローレン様、お強いんですね!」
男はその声にさらに気分を良くしたようだ。手に持っていたグラスの中身をぐいっと一気に飲み干すと、宿屋の主人に声をかけた。
「お~い、おっさん! もっと酒持って来てくれ~!!」
「はい! ただ今!」
宿屋の主人は声が掛かるなりそう叫ぶと、次々にその男の前に酒の入った瓶を運んでゆく……。
「…………」
レキはしばらくその光景を唖然として見つめていた。
その男はかなり派手に騒いでおり、その様子はちょっと……いや、かなりフォースのイメージとはかけ離れているように感じる。
なんだか釈然としないレキだったが、とにかくフォースらしき男のもとへと向かうことにした。まずは話をしてみなければ、何もわからない。
「食事中すみません。あなたが伝説のフォースですか?」
レキは今運ばれて来たばかりの酒を飲もうとグラスをかかげているその男の隣に立ち、丁寧に話しかけた。
「んん……? なんだボウヤ? 熱心なファンだな……。まったく、人気があり過ぎるのも困ったもんだぜ」
男はわざと、ちょっと困ったような表情を作ってからそう言うと、今度はニカッと白い歯を見せ、レキへと爽やかに笑いかけた。
「そうだぜ! このオレが、伝説のグランドフォース・クローレン様だ!! わかったら下がってくれよボウヤ。オレは今、食事中で忙しいんだ」
そのクローレンと名乗った男は、レキをシッシッと追い払うまねをする。
「……え!? グランドフォース?」
なんだかおかしなことになってきたぞ、とレキは思う。
グランドフォースが世界に二人いるはずがない。一体どうなっているのだろう……?
レキはもう少し詳しく、この男の話を聞いてみることにした。
「ねぇ、ほんとに紋章があるの?」
レキのさらなる追及に、クローレンは一瞬面倒くさそうな顔をしたが、やれやれと言いながら上着を脱ぐ。
「まったく……、これだから好奇心の強いガキは困るんだ。いいかボウヤ! 紋章を見たらさっさとお家に帰るんだぜ!?」
そう言いながらクローレンは、何度もそうしたであろうブカブカになっている服の襟口をぐいっと下に引っぱり、レキに左胸の紋章が見えるようにした。
その胸にはたしかに、伝説に記されているフォースの紋章があった。
しかし、なにか違和感がある。
なんだかそれは自分で描いたようにも見える、かなりの不自然さを漂わせていた。明らかにレキの持つ紋章とは全然ちがう。
だが町の人々はクローレンが紋章を見せるなり、みな何か神々しいものを見るように感嘆の声をあげたり、拝んだりし始めた。
おそらく町の人は今まで実際の紋章を見たことがないのだろう。
本物を一度でも見たことがあれば、それは間違いなく偽物であると断言できるような代物であった。
「……それ、本物のフォースの紋章じゃないね」
レキがきっぱりと言い放った。
「………ヘッ!??」
その言葉に、クローレンは一瞬ドキリとしたような表情になる。
周りの町人たちも、レキのあまりにもはっきりとした言い方とクローレンのその反応に小さくざわついた。
「どうやらキミは、オレが探してる人じゃなかったみたいだ……残念だよ。じゃあね!」
レキは人違いだとわかるなり、くるりとクローレンから背をむける。
しかしそのまま歩き出そうとしてレキは、はたと足を止めると、再び後ろを振り返った。
「あ、そうだ。……クローレン? だったかな。あんまりフォースのフリとかしない方がいいよ!」
じゃあ、ともう一度言って店を出ようとしたレキだったが、その行動は叶わなかった。何者かに後ろからガシッと肩をつかまれる。
「……くぉ~~~~ら、待てよガキぃ!!!」
クローレンはさっきの焦った顔つきから、早くも怒りの表情へと変わっており、レキの肩をがっしりと掴んでいた。
「てめぇ適当なこと言って逃げようとしてんじゃねぇぞ!! この場の空気、どーしてくれんだよ!!?」
町の人のざわつきは、さらに大きくなっていた。みなクローレンを見ながら不審そうにコソコソと囁きあっている。
「別にオレは適当に言ったわけじゃないよ。本物の紋章を見たことがあるから、違うって言ったんだ」
レキも真っ向からクローレンを睨み、言い放った。
「このガキ……!!!」
クローレンの頭にさらに血が上る。怒りを抑えきれなくなり、レキに向かって拳を振り上げた——が、クローレンがそれを振り下ろす前に周りから一斉にヤジの声が飛び交い始める。
「……やっぱり! ちょっとおかしいと思ってたんだ。なんだか全然フォースっぽくないしさ!」
「そうだそうだ! 本物のフォース様なら、きっとこんなにたくさんの酒も食事も、無理に要求しないぜ!!」
「だいたい本当のフォース様なら、子供の言う事くらいでそんなに怒らないよな。何かやましいことがあるんだよ!」
町人の不満と怒りが一気に爆発し、最高潮に達した。そのあまりの剣幕に、クローレンはウッと後ずさりをする。
「あいつはきっと偽物だ!」
「偽物フォースを捕まえろー!!!」
やじ馬の中の一人の声が合図となり、取り巻き達が一斉にクローレン向かって飛びかかって来た。
「げぇ~~っっ!! やっべぇぇえええ!!!」
クローレンはそう叫ぶなり掴み掛かって来る町人を必死で避け、猛ダッシュで宿屋を飛び出す。しかし、右腕はまだしっかりとレキを掴んだままだった。
「うわ!? ちょっと離せよ!! なんでオレまで……!?」
レキの叫びは群衆の野次と怒号にかき消されてしまった。
そしてそのまま、なぜかクローレンと共に追われる羽目になってしまい、二人は追いかけて来る町人の群れから全速力で逃げ、カルサラーハの港町を出た。
リアス大陸・カルサラーハ北東——。
港町を出てしばらく行ったところの荒野で、ようやく全ての追っ手をまいた二つの人影がゼェゼェと荒い呼吸を整えていた。
よほどの距離を走ったらしく、すぐにはしゃべるのもままならない。
「……ったく……お前のせいで、ひどい目にあったぜ……」
ところどころで区切り呼吸を整えながら、クローレンがレキに向かって悪態をつく。
「それは……こっちのセリフだよ。元々キミが、フォースのふりなんかするから……でしょ?」
レキも同じく息を切らしながら、それでもきっぱりと当然の主張をした。
「……ちぇっ! なんでわかったんだよ。確かにお前の言うとおり、オレは偽物だ。でもちょっとくらいフォースのふりして、いい思いしたっていいじゃないかよ! 別にバレなきゃ、町の奴らだって喜んでたんだからさ!」
クローレンはついに自分が偽物だということを認め、同時にのびた襟元からのぞく偽の紋章をゴシゴシとこすり取った。どうやら本当に自分で描いたものだったらしく、こすると紋章はあっという間に消えてなくなってしまった。
しかしクローレンはそれでも全く悪びれる様子はなく、逆に開き直っている。
レキはそんなクローレンにハァ……、と大きなため息をついた。
「バレるバレないの問題じゃない。キミはなんにもわかってないよ」
「は!? なんだよ突然! 何がわかってないって言うんだよ?」
クローレンがまた頭に血をのぼらせ、食って掛かって来た。
しかしレキはそんなクローレンの様子を流して真剣な顔をする。
「……たとえ偽物だったとしても、あの町にフォースがいるなんて噂が広まったら、きっとたくさんのモンスターがやって来ることになるよ」
レキの言葉にクローレンは、ウッと言葉を呑み込む。
「そんなことになったら、町はあっという間に滅ぼされてしまう。……だからお願い。さっきみたいなことはもうしないでほしいんだ」
…………
レキの真剣な訴えに、しばらく沈黙の時間が流れた。
しかしやがて、今度はクローレンが大きくハァ~~……とため息をつくと、その沈黙をやぶった。
「チッ! わかったよ! ……そこまで深く考えてなかったんだ。もうしねーよ!」
クローレンはそう言うなり、ばつが悪そうにプイッとそっぽを向く。
……思ったより、素直な男だとレキは思った。
さっきの酒を飲みながら騒いでいる印象は最悪だったが、根っからの悪人というわけではなさそうだ。
お調子者という雰囲気はひしひしと感じられるが、どうやら悪意があるわけではないらしい。
「よかった! わかってくれたならいいんだ」
レキはにっこりとクローレンに笑いかけた。さっきまではクローレンを睨みつけてばかりだったので、その笑顔は特に幼い印象を与える。
「……こんなガキに説教うけることになるとはな」
クローレンはなんだか情けなくなってぼそりと呟いた。
「じゃあ、オレはそろそろ行くよ」
「あれ? お前あの町のガキじゃなかったのかよ?」
カルサラーハの町とは反対の方向へ歩きだそうとするレキを見て、クローレンが尋ねた。もうすっかり毒気を抜かれてケロリとしている。
ほんの少し前までは顔を真っ赤にして怒っていたのに、けっこう気分がコロコロ変わる性格のようだ。
「うん、あの町へは旅の途中に寄っただけだよ」
「ほ~~! お前ガキのくせに旅人なのか? しかも一人で!」
クローレンは感心したように言い、そのままレキの後をついてくる。
「お前、名前はなんて言うんだ?」
「名前? レキだけど……」
「ふ~~ん、レキか。オレはさっきも名乗ったとおりクローレンってんだ」
クローレンはそう言うと、レキに向かってニカッと歯を見せて笑う。
「じゃ、そーゆーわけでこれからよろしくな! レキ!」
「……へ!? ちょっと待った! これからよろしくってどういうこと!?」
レキは意味が分からず、驚いてクローレンを振り返る。
「いや~、旅は道連れっていうし、なんとなくお前についていってみようかと思って」
あっさりとクローレンが答えた。なんとも軽いノリである。
「なんでまた……」
レキはクローレンのその調子に脱力してしまった。この男、何を考えているのかさっぱりわからない。
「だってお前、なんかフォースのこと詳しいみたいだしさ。レキについていけば、フォースに会えるんじゃないかと思って」
「フォースを探してるの?」
「いや、別にそーゆーわけじゃねぇんだけどさ」
「じゃあどういうわけなの?」
レキはますますハテナマークをうかべながらクローレンを見る。
「つまりだな……オレは金と名声を手に入れて、女にもモテたいんだ!!」
「………?」
突然、クローレンが自分の野望を口にする。かなり正直な告白だが、それが今どう関係あるというのか?
レキがぽかんとしていると、クローレンはニヤッと笑いながら先を続けた。
「フォースのふりをしてみて思ったんだが、オレの理想は、まさにさっきのカルサラーハの光景そのものだ!!」
レキは、町の人からちやほやされて拝まれたり、女の人に囲まれながらご馳走を食べたり酒を飲んだりしていた、さっきのクローレンの光景を思い浮かべた。
「だけど所詮オレは偽物だ。だから、さっきみたいにバレることもある。……それならいっそのこと、本物のフォースの仲間にしてもらって、オレも本当の英雄って呼ばれるようになってやろうかと思ってな!!」
クローレンはそう言って、かなりすがすがしい顔をしてみせた。
「“世界を破滅へといざなう者”を倒した後なら、さっきみたいに町でおもいっきり騒いでもオッケーだろ? だからそのために! オレは世界を平和にする!!」
「……ええっ!!?」
レキはクローレンのあまりにも斜め上をいく予想外の答えに思わずズッコケそうになったが、それでもなんとか気を取り直して聞き返した。
「そんな軽い理由で本当にフォースと一緒に“世界を破滅へいざなう者”を倒すつもりなの!? すっごく危険なのに!??」
「軽い理由じゃな~~いっ!! オレは金と名声と女のためなら、命も惜しくないぜ!!」
はっはっはー!! とクローレンがおもいっきり高笑いをする。
レキはその様子に唖然としてしまった。
ここまで正直で、しかも単純で、そのうえ凄まじく軽いノリの男は見たことがない。底が浅すぎるのか深すぎるのか、なんとも計り知れない人物である。
「で、でもオレはクローレンと一緒に行くつもりはないけど……?」
レキはクローレンの高笑いに、呆然としながらも口をはさんだ。
そう言ったのは別にクローレンが嫌いだからという理由ではない。
たしかに第一印象は良くなかったが、今すこし話をしているうちに、この掴みどころのないクローレンという男にちょっとだけ興味がわいてきたという思いはある。
だけどそれとこれとは話が別で、やはり一緒に旅をするわけにはいかない。
動機が不純であるというのはもちろんだが、それ以前に自分との旅は非常に危険がつきまとう。命は惜しくないと言われても連れて行く気は全くなかった。
「へぇへぇへぇ~、そう来るか。じゃあ別にいいぜ~」
言いながらクローレンはレキの隣に回り、同じ方向へとついて来る。
「ならオレが勝手にお前について行くだけだ。オレがどうしようと、レキにはカンケーねぇしなー!」
「……えぇーー!!」
「止めても無駄だぜ! もう決めたからな」
そう言ってクローレンはレキの隣を並んで歩く。どうやら本気らしい。
「…………」
レキはあまりにも予想外のことが続けて起こったため、なんと言ったら良いかわからなかった。
無理矢理ついてこられるのは困ると思う一方で、リオーネやフォン、ゼッド達と別れ、その上二年前の悪夢を見たばかりで孤独を感じていたのかもしれない。クローレンが迷わずレキについて行くと言ったことが、少し嬉しかったような複雑な気持ちだった。
「…………」
レキは何も言えないまま、クローレンをちらりと見上げてみた。
その戸惑うような視線を感じとったクローレンは、にやりと勝ち誇った笑いをみせる。
「……はぁ」
レキはついに観念し、小さくため息をついた。
こうなったら、なるべく早くクローレンがあきらめてくれることを願うばかりだ。それまで自分がグランドフォースであるということは絶対にバレてはいけない。バレると余計にややこしいことになってしまう……。
こうして数々の問題を残しつつも、レキとクローレンの奇妙な二人旅がはじまったのであった。
——……†
「おーい、ところで一体どこに向かってるんだ? レキ」
クローレンがそう問いかけてきたのは、二人が一緒に歩きはじめてから既にに半日近くの時が経っていた頃であった。
「特に当てはないんだけど」
「ないのかよ!?」
「うん、でもとりあえずこの先にあるジルカールって街に寄ってみようかと思ってるんだ。けっこう大きな街みたいだし」
レキは手にしていた地図をクローレンに見せながら答える。
「ほー、ジルカールね。魔法都市として有名な街じゃねぇか」
「クローレンは行ったことがあるの?」
「いや、オレも噂を聞いたことがあるだけで行ったことはないぜ。なんでもかなり魔法の発達してる街で、そこには世界最高の魔導師がいるって話だ」
「世界最高の魔導師?」
レキは興味をそそられた部分を聞き返した。
「ああ、オレも詳しくは知らねぇんだけど、たしか……世界でたった一人、そいつにしか使えない魔法があるとか」
「へー、どんな魔法なのかな?」
「……“未来”を見ることができる魔法らしいぜ」
嘘か本当かはわかんねぇ、といった顔でクローレンが首をすくめてみせる。
「ま、もし本当にそんな魔法があったとしても、オレは自分の未来なんて先に知りたくないけどな」
しかめ面をするクローレンを横目で見ながら、レキはふと考えた。
もし、その魔導師に“未来を見る魔法”を使ってもらったら、自分の未来には何が見えるだろうか? これから会うべきフォースや、導きの書の場所もわかるのだろうか……?
「オレ、その魔導師に会ってみたいな」
「げー! 本気かよ!? 自分の未来なんてわかってもあんまり嬉しくないと思うぜ? 悲惨な結末だったら立ち直れねーよ!」
クローレンが信じられないという顔でレキを見た。
「でも、なんだか会ってみないといけないような気がするんだ」
今のところ、フォースや本についての情報は全くない。ウェンデルの未開の地でさえ結局何も見つけることができなかったのだ。
少しでも手がかりが掴めそうな機会があるとすれば、それを逃すわけにはいかない。
「それって、やっぱりフォースを探すためにか?」
「うん、その人なら何かわかるかなと思って」
「……どーだかなぁ。自分の未来を見て手がかりが掴めるとは限らねーぞ」
クローレンは、あまり乗り気ではないようである。
「じゃあオレ一人で行ってくるけど」
レキの言葉にクローレンが慌てて口を挟む。
「……待て待て! オレも行くってば! どうもお前はオレを置いて行きたくて仕方ねぇみたいだよな」
言いながらレキをじとっと睨んだ。
「うん、まぁね」
「……オイコラ、ちょっとは否定しろよな!」
ムスッとするクローレンの様子にレキは思わずクスクス笑った。
その笑顔はなんだかとても楽しそうに見える。
それは言葉とは裏腹に、本心ではクローレンと共に旅することを望んでいるのがはっきりとわかるような笑顔だった。
「……チッ、素直じゃねーなぁ」
クローレンはレキに聞こえないくらいの小さな声で呟いた。