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第五章「グランドフォース」

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~第五章~「グランドフォース」


 ここはルートリア大陸のなかで最も大きな国・エレメキア帝国。
 生まれた時から白く輝く紋章グランドフォースをもつエレメキアの皇子は10才に成長していた。

 まだ自らの背負う運命を知らされていない皇子は宮廷で平和に暮らしている。
 今日もその宮廷では、国の筆頭宮廷魔導師兼皇子の教育係である家臣・ニトの声が響いていた。


「皇子〜! レクシス皇子〜!!」

 キョロキョロとニトが宮廷内を探し回る。今から剣術の稽古の時間だというのに皇子の姿がなかった。きっとまたどこかに逃げ出しているに違いない。

「まったく……、毎日探し回るワシの身にもなってほしいものじゃ」

 ニトはぼそりとそんな事をつぶやくと、家臣の一人であるティオの部屋に行ってみることにした。皇子は困ったことがあるといつもそこへ逃げ出す癖がある。

 ティオというのはまだ12才の少年だが、その父親はエレメキアの軍事大臣を務めており、ティオはそんな父を目指しつつも今は家臣見習いといったところだった。皇子とは年が近いこともあり、皇子とティオはとても仲が良かったのだ。


「ティオ、入るぞぃ」

 ティオの部屋に着くなりニトはそう言うと、返事も待たずにドアを開けた。

「あ……ニト様!」

 突然のことで慌てるティオの後ろに、誰かがサッと身をかくした。

「レクシス皇子!! 一体そんなところで何をしていらっしゃるのじゃ!」

 ニトにはすでにお見通しだった。
 こうなってしまえば彼女をあざむく事など到底不可能だと知っていたレクシス皇子と呼ばれた人物は、ばつが悪そうに仕方なくティオの後ろからひょこっと顔を出す。

「ニト……、なんでボクがここにいるってわかったの?」

「皇子のやりそうなことはなんでもわかりますぞ」

 勝ち誇ったようにニトがシワだらけの顔をさらにしわくちゃにして笑う。

「さぁ皇子、剣術のお時間ですぞ。すでに庭でバルドが待っておりますゆえ」

 一度ニトに捕まってしまえば逃げることはできない。レクシスはしぶしぶ稽古を受けることにした。

「ティオも一緒に練習しない?」

 レクシスが誘ったがニトにとめられた。

「ティオとの練習はまた次の機会にしなされ。今日は皇子の特別訓練ですじゃ」

「あ、そう……」

 がっくりと肩を落とすと、レクシスはのろのろとニトについていった。

「……それじゃあティオ、またあとでね」

「はい、がんばってくださいね」

 ティオは嫌々ながらに出ていく皇子の姿をせめて笑顔で見送った。



 ティオの部屋を後にしてレクシスとニトはバルドの待つ中庭へと向かって宮廷内の通路を歩いていた。

「ボク、剣術なんかできなくてもいいのに」

 歩きながらレクシスがニトに文句を言う。

「いいえ、そんなわけには参りませんぞ。近頃はモンスターも狂暴化して物騒な世界になっておるのです。今後皇帝となられる皇太子の身としてはある程度の剣の心得は必要ですじゃ。……それに」

 ニトは皇子の胸にある紋章のことを思った。
 なにも皇帝になるためだけに皇子に剣の稽古をつけているわけではないのだが、しかしそれはまだ話すべき時ではない。自分の運命を受け入れるには皇子はまだ幼すぎる。
 レクシス皇子には、まだフォースの伝説や紋章のことについては何一つ教えていなかった。

「……それに、皇子は嫌がりながらも剣術はかなり良い筋をしておられるではないですか。剣の才能がありますぞ。バルドも褒めておりました」

 ニトは代わりに、思っていた事とは別の言葉を引き継いだ。
 だが皇子に剣の才能があるということは本当だ。この幼さで、かなりできる。

「でもボク、本当は戦いが好きじゃないんだけどな……」

 レクシスはため息をつきながら小さく呟いた。



 中庭につくと、剣の師であるバルドが準備万端で待っていた。
 稽古にはもちろん真剣は使わない。限りなく本物に近いが、斬れないレプリカを使っている。しかし当たりどころが悪ければ怪我をするだろう。
 レクシスはバルドに剣を渡され、それを構えた。

「皇子殿下、それでは今日の訓練を始めさせていただきます。今からわたくしが攻撃を仕掛けますので、全て避けるか受け止めるかしてください」

「わかった」

 稽古を嫌がっていた皇子だが、剣を持つと真剣な表情に変わった。遊び半分では危険だということを重々わかっているからだ。

「それでは……行きますよ!」

 バルドが剣を構えて向かってきた。
 素早く、レクシスに向かってそれを振り下ろす。しかし、一撃目、二撃目とレクシスは攻撃をなんなくかわした。

 バルドは間合いを詰めたり、後ろに回り込んだりと何度も攻撃を仕掛けるが皇子はことごとくそれをかわしていく。

 ニトはその様子を近くで眺めていた。
 バルドの剣の腕は、この国でも一・二位をあらそうほどだったが、皇子の練習相手にはもうならないかもしれない。

 もちろん皇子が強くなったことも理由のひとつだが、毎日訓練をしていることによってバルドの動きはもう全て見切られていたのだった。
 やはり同じ人間と何度も戦っているとその人物の攻撃パターンというものが見えてくる。そのため練習相手は何人か用意していたが、すでにみな皇子に動きをよまれていた。

 皇子は三才の頃から剣を習ってきている。皇子の生まれもった使命を考え、幼い頃から戦闘の英才教育を受けさせてきたのだ。
 しかもそれは皇帝になるための勉強よりも優先させてきたほどである。


「そろそろ次のステップへ進むべきかのぅ……」

 ニトは一人、考えながらつぶやいた。
 次はいよいよモンスターとの実戦を考えていた。危険も伴うが、いつかは通らなければならない道だ。なるべく早く、そしてたくさんの戦闘経験を積まなければならない。

 ニトがそんなことを考えていると、バルドがレクシスに向かって深く踏み込み、渾身の一撃を喰らわせようとした。しかしレクシスはそれを避けず、剣で受け止めるとそのまま剣を振り抜いてバルドの手から剣をはじき飛ばした。

「へへっ、ボクの勝ちだね!」

 レクシスがバルドに剣の先を向け、にっこりと笑う。

「お見事です、殿下」

 バルドも満足そうに微笑んだ。

「それでは、もう一度行きますよ。今度は殿下も積極的に攻撃を仕掛けながら、わたくしの攻撃も避けて下さい」

「……えー、まだやるの?」

「もちろんです、まだ初めたばかりですから。……それでは参りますよ!」


 それから約三時間、レクシスはみっちりと特訓を受けたのだった。





「ふぅ、疲れたぁ……。バルドってば張り切りすぎるんだもん。ねぇもうティオのところへ行ってもいい?」

 レクシスが剣術の稽古をおえ、汗をぬぐいながらニトに聞いた。

「ダメです皇子。これからワシと魔法の練習ですじゃ」

「……やっぱり」

 わかってはいたが、レクシスはがっくりとした。

「ねぇニト。皇帝になるためにはそんなに強くならないといけないの?」

「……もちろんですぞ。強さ無くして皇帝は国を支えられないものなのです」

 レクシスの問いに少しドキリとしながらもニトは冷静に答えた。

「じゃあどの国の王子もみんな、こんな訓練を受けてるの?」

「もちろんですぞ」

 実際は国によって多少違うであろうが、エレメキアほどの訓練を皇子に受けさせるところは他にないだろう。しかしそんなことを正直に話すニトではない。

「ふーん……。そうなんだ」

 レクシスは納得したような、していないような微妙な返事をした。

「セルフォード王国や、ギルディア王国も?」

 セルフォードとギルディアはエレメキア帝国と同じ、このルートリア大陸にある国で、ここからそんなに離れてはいない。
 そのためエレメキア帝国とは国交が盛んに行われており、両国とはとても仲がいい。各国は団結しあってモンスターから国を守っていた。


「……もちろんですぞ」

 レクシスがなおも食い下がるので、ニトは再び同じ答えを返した。

「じゃあボク、セルフォード王国やギルディア王国に行ってみたいな」

 レクシスの言葉に、ニトは考える様子もなくすぐさま反対した。

「それはダメです!」

「どうして? ギルディアの王子、エースは一度ここを訪れたことあったじゃないか。ボクも他の国を見てみたいよ」

 ギルディア王国のエースという王子は以前、一度エレメキアを訪れたことがあった。
 将来国王になるためには近隣の国と交流をもつことも大事だったため、勉強を兼ねて訪問したのである。レクシスもその時、エース王子と話す機会があり、仲良くなっていた。

「ねぇニトってば! どうしてボクはダメなの?」

 レクシスが再びニトに抗議する。
 エレメキアの教育方針と他国を比べて、皇子が文句を言い出すくらいのことであれば他国へ行っても別に問題はなかった。
 しかし、ニトには皇子を他国へ行かせたくない理由が他にあったのだ。

「……レクシス皇子、ギルディアの王子がここを訪れた時に、あなた様の胸にある紋章の話はしていないでしょうな?」

 レクシスの質問には答えずに、逆にニトが質問した。

「どうしたの急に? もちろん言ってないけど……。だってエースに会う前にニトが何度も念を押したじゃないか」

 急に質問を返されてレクシスは少し戸惑いながら答えた。

「なら、良いのです。紋章のことは他人には絶対にしゃべってはなりませんぞ」


 ニトの一番の理由はこれであった。
 他国へ行き、なんらかの不足の事態が起きて皇子がグランドフォースだと知れ渡るのだけは避けたかった。

 もちろん、ギルディア王国やセルフォード王国を信用していないわけではない。
 しかし、人の噂というものは一度広まってしまうと留めようがない。皇子の安全を少しでも考えるのなら、時が来るまで秘密にしておくほうがよいのだ。

 実際に、このエレメキア帝国でさえ皇子がグランドフォースであるということを知る者は数少ない。……というか本人さえも知らないが。


「ニト今日ヘンだよ」

 レクシスは考え込むようにして黙ってしまったニトを不思議そうに覗き込む。

「……そうじゃ皇子! 皇子が他国へ行くのは無理じゃが、近々セルフォード王国の姫君がエレメキアへやって来るそうですぞ」

 ニトはすっかり忘れていたことを、突然思い出して言った。

「セルフォードの王女が? 遊びに来るの?」

 レクシスはニトの言葉にワクワクして聞き返す。セルフォード王国の王女にはまだ会ったことがなかった。

「いえ、遊びに来るといいますか……婚約の儀式のためにいらっしゃいます」

 ニトが言葉を選びながら言った。

「こんやく? 誰と婚約するの??」

「……あなた様じゃよ、レクシス皇子」

「…………へ?」

 突然のことにレクシスは目が点になった。ニトがめずらしく冗談を言っている……。そんなふうに思った。

「……ボクまだ10だよ?」

「ですから、今すぐ結婚ではありませぬ。あくまでも婚約だけですじゃ」

 ニトの言葉を聞いてレクシスはポカンとした。

 エレメキアとセルフォードはもともと仲がいいが、お互いの皇子と王女を結婚させることで、さらに繋がりを強くさせたいと両国とも願っていたのだった。
 特にエレメキアは、周りの国と繋がりを深めて国を強くしておきたかった。その全てはグランドフォースである皇子を守るためである。

「婚約だってまだ早いよ!」

 皇子は納得のいかない様子だった。めずらしく、ちょっと怒った顔をしている。

「皇子、そう言わずに……。なんでもセルフォードの姫君はとても美しい方らしいですぞ」

「そういう問題じゃないよ!」

 レクシスは頬をぷくっと膨らませてニトを睨んでいた。その表情はまだとてもあどけない。
 皇子のそんな様子を見ていると、確かにまだ早すぎる気がしないでもないニトであった。




 それからニトの魔法の授業を受け、食事や入浴なども済ませたのち、ようやく自分の部屋に帰って来れた頃にはあっという間に夜になっていた。
 レクシスは部屋に戻るなり、ぐったりとしてそのままベッドに倒れ込む。

「今日も疲れた……。魔法は精神力を使うから特に疲れるよ……」

 ベッドに転がりながらレクシスは独り言を言った。

 レクシスは魔法より、剣のほうが断然得意であった。魔法も使えないことはないが、魔力を練るのにとても時間がかかるし、何よりかなり疲れる。
 これは慣れによって少しずつ上達するらしいが、レクシスの場合はまだまだであった。

「どうやったらニトみたいに上手くできるのかな」

 レクシスは起き上がり、ニトの授業を思い出しながら再び神経を集中させ始めた。かなり疲れているわりには、熱心である。
 ニトが自分にとても期待してくれていることはわかっていたので、なんだかんだ言いながらも努力はしていた。

 レクシスは全神経を集中させ、魔法のイメージを固める。イメージが強ければ強いほど、魔法も強くなるのだ。
 しばらくそうして魔力を集中させていると、突然「コンコン」とドアをノックする音が聞こえ、レクシスはその音によって現実へと引き戻された。

「……ん? どうぞ」

 ガチャリとドアを開け、入ってきたのはティオだった。

「おじゃまします、レクシス皇子殿下」

「ティオ!」

 突然の訪問者にレクシスは喜んだ。満面の笑みでティオを迎える。

「剣術と魔法の練習おつかれさまでした。皇子殿下」

 ティオが改まって話しかける。
 そのティオの話し方にレクシスはびっくりした。

「どうしたのティオ? 今までは二人だけの時に、皇子殿下だなんて呼ばなかったのに……。それに敬語だし」

「……今日ニト様に言われました。殿下ももう10才になられますから、そろそろ友達気分のままではダメだと」

 ティオが申し訳なさそうに言う。
 今まで、ティオはレクシスのことをずっと愛称で呼んでいた。身分は違うが二人はとても仲が良かったので、敬称も敬語も全く必要なかったのだ。

「そうなの……? ティオに皇子殿下なんて呼ばれたらなんだか寂しいよ……」

 レクシスが本当につらそうな顔をした。

「はい……私もです」

 ティオも寂しかった。敬語で話すと急によそよそしくなったように感じる。
 なんだか二人の間の距離がぐっと開いてしまったようだ。

「ニトにはボクから後でちゃんと言っておくから、今まで通りに呼んでもらえないかな?」

 レクシスがつらそうな顔のままで言った。なんだか捨てられた子犬みたいな表情だ。こんな表情で頼みごとをされたら断れるわけがない。


「……うーん……。わかったよ、じゃあ今まで通りに呼ぶことにするよ………レキ」

 ティオが観念したように笑いながら、皇子を愛称で呼んだ。

「よかった、そのほうがティオらしいよ!」

 レクシス改め、レキは安心したように笑う。


「相変わらず、ニト様はスパルタ教育だね」

 ティオが話を戻した。

「まったくだよ。毎日ボクがヘトヘトになるまでやるんだ」

 やれやれと言いながらため息をつくレキに、ティオはクスクス笑った。

「レキは嫌がりながらも一生懸命やるからね。みんな教えがいがあるんだよ。だけどたまには気分転換も必要だよ」

 気分転換と言っても皇子であるレキが出来ることは限られている。宮廷の外には当然出られないし、娯楽といえば宮廷内の庭を少し散歩するくらいだ。ただそれでもティオと話しながらであればレキにとってはもちろん楽しいことだった。

「ちょっと散歩しよっか。今日は満月なんだよ」

 レキのことをよくわかっているティオは少しでも気晴らしになればと思って誘ってみた。

「いいね、行こう!」

 レキは嬉しそうに微笑むとティオと共に部屋を後にした。


「ほんとだ。きれいな満月だね」

 楽しく雑談しながら中庭まで辿り着き、中庭を鑑賞するためのベンチに腰を降ろした二人は見事にまん丸の月を見上げていた。

 月は白く、淡い光を放って輝いている。
 そんな月の優しい光は、ただ見ているだけでも今日一日に溜まった疲れをわずかにレキの体から取り除いてくれるようだった。

 しかしその時ふとレキは、左胸が微かに熱くなってくるのを感じた。

「……?」

 不思議に思いレキは着ていた服のボタンを少しだけ緩め、胸のあたりまで襟口を広げる。
 するとレキの左胸にあるあの紋章が、月と同じような白い光をわずかに放って輝いていた。

「紋章が……光ってる」

 それを見たティオが呟く。

「……うん、たまにこうやって光ることがあるんだ。なんなのかはわからないけど、……でもこれを見てると落ち着かない。なんだか胸騒ぎがしてくるよ」

 レキの言葉に、ティオは黙っていた。

 グランドフォースのこと、レキの宿命のことをティオは知っていた。ニトから聞かされたわずかなうちの一人だったのだ。
 今後レキにはさまざまな困難がふりかかるだろう。それを友として、また家臣として、そばで支えてやってほしいとも頼まれていた。

「……大丈夫だよレキ、時が経てばきっとわかるはずだよ」

「ティオはもしかして、この紋章がなにか知っているの?」

 レキが真剣な顔で聞く。

「ニトはこの紋章のことを誰にも言うなって言うし……。一体これはなんなのかな? 時々すごく怖くなってくるよ……」

「……レキ」

 ティオはレキの不安そうな顔を見つめた。

「ボクにもわからない……」

 その言葉は嘘だった。しかし、まだ本当のことを話すわけにはいかない。

「でも……もしもこれから先、その紋章のせいでレキに何か困ったことが起きたとしても、ボクは必ずキミの助けになるってことを約束するよ。ボクはずっと近くにいるし、心配なんてないよ……」

 ティオはまっすぐにレキを見て、そう続けて言った。この言葉は本当に、まったくの本心から言った言葉だ。

 レキはそんなティオを見て少し首をかしげた。
 なんだか引っかかる言い方だ。まるで、これから何かが待ち受けているのを知っているみたいに聞こえる。しかもそう言うティオの表情はあまりにも真剣だった。

 不思議に思ったレキだったが、ティオの強い目を見ると少し安心した気持ちになったため、それ以上は聞かなかった。

「ありがとう、ティ……」

 レキがそう言いかけた時だった。突然、すぐそばでジャリッという土を踏みしめるような足音がしたかと思うと、それと同時に人の気配が感じられた。

「……皇子! その紋章……、あなたはグランドフォースだったのですか……!」

 レキとティオは声のしたほうをパッと振り返った。
 そこには家臣の一人、ジェイルという若い剣士が立っていた。

 ジェイルとは一般人の中からエレメキアの兵士に志願した経歴をもつ男で、実際に帝国に仕えてからまだ三年ほどしか経っていない人物である。
 それほど古株ではないが、その忠誠心とたぐい稀なる実力を見込まれて、あっという間に城の重要な家臣にまで登りつめた男だ。
 しかし、皇子がグランドフォースであることはまだ知らされていなかった。

「ジェイルいたの? ……ねぇ、グランドフォースってなに??」

 レキがきょとんとして聞き返す。しかし、その隣でティオはサッとレキの紋章を隠すと同時に、ジェイルを睨みつけていた。

「なにを言っているんですかジェイル? たぶん月の光でも見間違えたんでしょう。さぁレキ、そろそろ戻ろう」

 ティオはそう言うとジェイルをその場に残し、レキの手を引いてさっさと城内へと入っていった。



「ティオ? ジェイルにも紋章を見られたらまずいの?」

「……ニト様がジェイルにはまだ話していないからね。少なくとも、ニト様はまだそこまで彼のことを信用していないってことだろう」

 二人が宮廷内を歩いていると、ちょうどこちらに向かって来るニトに会った。

「おぉレクシス皇子! 探しましたぞ。皇帝陛下が皇子殿下を呼んでいらっしゃいます。すぐに玉座の間へ向かって下され」

「父上……皇帝陛下が? わかった。すぐ行くよ」

 レキはそう言うなり、皇帝の待つ玉座の間へと向かった。

「……ニト様、少しお話が」

 その場に残ったティオは神妙な面持ちでニトを呼び止めていた。




 レキが玉座の間に着くと、扉の前にいた兵士達が扉を開けてくれた。

「どうぞ、皇子殿下。皇帝陛下がお待ちです」

 中に入るといつものように玉座にはエレメキア帝国の皇帝とその隣には皇后が座っていた。さらにそのそばには、軍事大臣であるティオの父もひかえていた。いつもの見慣れた光景である。

「お呼びですか? 皇帝陛下」

 レキは父である皇帝の前で姿勢を正し、その場に跪く。

「よく来たレクシス、さぁ楽にしなさい。お前の剣の上達ぶりはニトから常々聞いているぞ。もうこの宮廷の中でお前の相手になる者はいないそうだな」

 皇帝は優しい目でレキを見ながら言った。レキのことをとても大切に思っているのが伝わってくるような表情だ。

「そこでニトと話したのだが、明日からは外へ出てモンスターとの実戦を考えておる」

「モンスターと実戦ですか?」

 レキは緊張した。モンスターなんて今までに一度も見たことがない。一体どれほど強いのだろうか……想像もつかない。自分の力は通じるのだろうか?


「そんなに固くならなくても大丈夫だ。もちろん、いきなり強いモンスターと戦うわけではない。最初は低級モンスターと呼ばれる弱いモンスターしか出ない地へ向かう。その地へはニトやバルド、兵士も何人かつけて向かうことになっているから心配は無用だ」

 レキの考えていることを感じとった皇帝は、そう優しく付け加えた。

「わかりました。やってみます」

「うむ、お前ほどの実力があれば大丈夫だ」

 そこで、これまでのやりとりを聞いていた皇后が心配そうに口を開いた。

「十分気をつけるのですよ、レクシス……。わたくしはとても心配で……。あなたはまだ10になったばかりだというのに……」

 そこまで言うと、皇后は皇帝のほうへと微かに鋭い視線を向ける。

「わたくしは反対いたしましたのに。もしレクシスの身に何かあったら……」

「落ち着きなさい、レクシスのこれからのことを考えるとこのほうが良いのだ」

 皇帝はレキに聞こえないよう、少し声を落として言った。その言葉に皇后も仕方なく頷く。

「ですが、まだ少し早すぎですわ……」

 皇后がなおも食い下がる。皇后はレキのこととなると、とても心配性であった。

「早いといえば……」

 皇后のその言葉が聞こえたレキが、突然思い出して言った。

「近々、セルフォードの王女がエレメキアに来るとニトから聞きましたが」

「おぉ、そのことか! そうだ、お前との婚約のために一度こちらを訪れてもらうことになったのだ」

 皇帝がニコニコしながら言う。どうやら、ニトが言っていた事は本当だったようだ。
 皇帝のあまりにも嬉しそうな様子に少し気がひけながらも、レキは先を続けた。

「……ですが、婚約なんて早すぎます。私はまだそんな気はありません」

「何を言うかレクシス! セルフォードの姫とは、とても評判の美しい姫であるぞ。お前も会えばきっと気に入るはずだ」

 レキの予想外の言葉に、皇帝が慌てて言った。

「……会ったところで、私には婚約だなんてよくわかりません」

 レキは納得のいなかい様子で反論する。
 たとえ相手がどんなに美しい姫だったとしても、レキにとって答えは同じだった。正直、婚約なんてまだ考えられない。
 セルフォードの姫に対しても全く興味が湧かなかった。

 レキがそれからも珍しく反抗するように黙ってしまったため、皇帝は少し困りながらも「明日に備えて今日はもう休みなさい」とだけ言ってレキを下がらせることにした。
 しばらく考える時間をおくことで、レキの気持ちが少しでも変わるかもしれないという希望をもってのことであった。

「……では、失礼します」

 レキは一礼して玉座の間を出ると、再びティオのもとへ向かった。



 しかしティオは部屋にはいなかった。しばらく宮廷内を探してみたが、見つからない。
 レキは仕方なく自分の部屋へと戻ることにした。
 再び部屋に入ると同時にそのままベッドへと倒れ込む。

 まだ眠るつもりはなかった。もうしばらくしたらまたティオを探しに行って、明日の実戦のことや婚約のことなんかの話を聞いてもらおうと思っていたのだ。

 珍しく父に向かって反抗してしまった。
 こんなこと滅多にないのに婚約なんてあまりにも唐突のことで驚いてしまったのだ。
 ティオに話すと「そんなことで動揺するなんて、レキは子供だね」とか言って笑いそうだ。

 実際にはほとんど年は離れていないのだが、小さな頃から家臣として帝国に仕えているティオは考え方が少し大人びていた。

「明日は訓練に行く前に、今日の態度をちゃんと謝って父上ともっとよく話そう。話せばきっとわかってくれるよね……」

 レキはうとうとしながら呟いた。
 ベッドに横になることで溜まっていた今日の疲れがどっと押し寄せ、まだ眠るつもりでなかったレキだが、とても睡魔には勝てそうもなかった。
 レキはあっという間に眠りにつくと、すやすやと無邪気な顔で寝息をたてはじめたのだった。




 ……——それからどれくらいの時間が経っただろうか。
 相変わらずレキは深い眠りについていた。
 その時刻はおそらく一日と一日をまたいで少し経った真夜中過ぎ。
 見張りの兵士以外は城中が眠りについたともいえる頃に、突然、それは起こった。


 ————ドォォォオン!!!!


 凄まじいほどの爆発音と衝撃に、レキは飛び起きた。

「な、なんだ……!!?」

 突然のことで一体なにが起きたのかわからないレキだったが、その爆発音を合図に、宮廷内は急に静けさを失った。
 激しい爆発音があちこちで聞こえはじめ、猛獣のようなうなり声と共に、何百何千という大群が一気にこちらへ押し寄せてくるかのような足音が、大地を揺るがす地響きとなって辺りに轟いている。
 その合間で城の兵士が「敵襲!」と叫んでいるのが一瞬聞こえたが、すぐにまた爆発音にかき消されてしまった。

 レキは反射的に窓の外を見たが、その光景にゾッとした。
 空と大地を埋め尽くすほどの、あふれるばかりのモンスターの大群がエレメキア城を囲み、そのモンスター達が次から次へと見張りの兵士達を襲い城内に侵入している……!

 想像を絶するあまりの光景にレキは呆然とした。
 今見ていることが現実だと信じたくなかったのかもしれない。悪い夢でも見ているようだ。……いや、夢であってほしい。


 しばらくの間、レキはそのまま動けなかった。
 現実に起きている状況をすぐには飲み込むことができず、ただひたすら立ち尽くすばかりである。
 ……——どうして突然こんなモンスターの大群が? エレメキアは一体どうなるんだ……。


 どれくらいの時間そのまま立ち尽くしていたかはわからない。もしかしたらそれはほんの一瞬だったかもしれないし、そうでなかったかもしれない。しかし突如「バァン!」という激しい音をたて、この部屋の扉が破られたことでレキは我に返った。

「!?」

 慌てて振り向くと、そこにはレキが生まれて初めて見るモンスターが、おそらくすでに何人かの兵士を屠った際に浴びたであろう返り血を滴らせながら、殺気に満ちた恐ろしいうなり声をあげながら立っていた。

 本や文献で習ったものとはまるで違う。
 実際に見るモンスターはあまりにも禍々しく、強烈な残忍さと凶悪さを発しながらまさに一瞬で死の危険を感じさせるような恐ろしい存在だった。
 レキは圧倒され、そのまま恐怖に凍りつく。

「オ前ハ、グランドフォースカ……?」

 モンスターはそんなレキの様子にかまわず、片言の人語を話しながらじりじりと近づいて来る。

「……グ、グランドフォース!?」

 レキは先ほどジェイルが自分をそう呼んだことを思い出した。
 このモンスターの大群は、もしかして自分を探しているのか……?


「マァ、ドチラニシテモ……コノ城ノ人間ハ、全員消スノデ関係ナイガナ!」

 モンスターはレキの答えを待たずに襲いかかってきた。
 モンスターの攻撃は恐ろしく速く、一瞬で間合いを詰めると同時に、鋭い爪をレキに向かって振り下ろす。

 ほとんど身構えていなかったレキはその攻撃で我に返り、慌てて攻撃を避けようとしたが完全には避けきれず、モンスターの鋭い爪が左腕を突き刺した。

「くぅっ……!!」

 レキはよろりとその場にひざをついた。
 今までにあじわったことのない激痛と恐怖が体を支配する。


 ——ここで、ボクは死ぬのか……?

 そんな考えが一瞬レキの頭をよぎった。
 おそらくこいつはモンスターの中でも上級レベルであろう。人語をあやつり、動きも素早く、放つ威圧感も半端なものではない。実戦として初めて戦うには荷が重すぎる相手だ。

 剣があればまだ少しは戦えたかもしれないが、あいにく剣は護身用のものが一本この部屋の壁にたてかけられているだけで、その剣も今はモンスターの背後になってしまっている。
 取りに行くのは相当危険だ。

 そうこうしているうちに、再びモンスターが襲いかかってきた。
 今度は避けきれそうにない。
 もうダメだ……! とレキが目を瞑った瞬間、しかし逆にモンスターの悲鳴が聞こえてきた。

「ギャアアア!!!」

「……!?」

 レキがびっくりして目を開くと、モンスターの後頭部から眼にかけて一本の剣が貫通して突き刺さっていた。
 モンスターは頭を貫かれ、さらには視界もなくなったこととで、訳もわからず激痛に痙攣しながら激しく暴れている。

「レキ!! 大丈夫!?」

 破られた扉のところにティオが息を切らしながら立っていた。
 どうやらティオがモンスターの頭めがけて、剣を投げたようだ。

「さぁ! 今のうちに早く逃げよう!!」

 ティオは呆然とするレキを立たせ、部屋から連れ出した。




「……ティオ、一体どうなってるの? もしかしてあいつらはボクのことを探してるの?」

 痛みをこらえて走りながらレキは聞いた。

「うん、おそらく……。レキがグランドフォースだってことが、モンスター達にばれたんだ」

 ティオも走りながら、持っていた二本の剣のうち一本をレキに渡した。
 宮廷内はすでにかなりのモンスターが入り込んでおり、二人の行く手を塞いでくる。
 モンスターはやはり恐ろしかったが、わずかだがその風貌に慣れてきたことと武器が手元にあること、そしてなにより今はティオが隣にいることで、レキは少しずつ普段の戦闘センスを取り戻しつつあった。

 二人は足を止めずに襲いかかって来るモンスターをかわし、剣で道を切り開きながら全速力で駆ける。

「そのグランドフォースって一体なんなの!? ティオはやっぱり何か知ってるの!?」

 レキがモンスターの攻撃をかわしながら必死の形相で聞いた。なにがなんだかさっぱりわからない。
 だが、モンスターが自分を狙っているということだけはわかった。一体なぜ命を狙われなければならないのか。何も知らないまま殺されるのだけはごめんだ。


「……そうだね、もう隠しておくような状況じゃなくなった」

 ティオが決心して言った。

 このエレメキア城はもうだめだろう。
 これほどまでのモンスターの侵略をうければ、城が滅びるのはもう時間の問題だ。その前に、なんとかレキに真実だけは伝えておかなければならない。


「レキ、キミの左胸にある紋章はグランドフォースといって“世界を破滅へといざなう者”を唯一倒すことができる力を持つ、勇者の証なんだ」

 ティオが襲いかかるモンスターを斬りつけながら、早口で説明する。

「勇者の証……?」

「そうだよ。レキにはまだ伝説を教えていなかったけど、この世界には紋章をもつ者・フォースについて古くからの言い伝えがあるんだ。……モンスターの源“世界を破滅へといざなう者”が現れるとき、必ずそれを打ち破る紋章の力を持つ勇者も現れる……」

 数匹のモンスターが再び容赦なくティオに向かって襲いかかってきた。その攻撃をギリギリで避けながらもティオは必死に言葉を続けた。

「聖なる白い光を放つ紋章グランドフォース……キミのことだ、レキ。キミは大きな使命をもって生まれてきてるんだよ。伝説では紋章をもつ者だけがその力を解放して、“世界を破滅へといざなう者”を倒すことができると記されてある。……だから、モンスター達はキミを狙ってる……だって、この世界に平和を取り戻すことができるのは、レキ! キミだけなんだ!」

「ちょ、ちょっと待ってティオ! そんなこと急に言われたってわからないよ!! だいだいボクにはそんなすごい力なんてない……!」


 レキは反論しながらティオを振り返る。が、隣にいるはずのティオはそこにはいなかった。

 彼は少し後方でがっくりと膝をついている。
 見ると、ティオの腹部にはモンスターの持つ剣が深々と突き刺さっているではないか。

 説明しながらでは、先ほどの攻撃を全ては避けきれなかったようだ。モンスターはケタケタと笑いながら、動けないティオに向かってとどめのさらなる攻撃を仕掛けようとしていた。

「ティオ!!!」

 その状況に気づくや否や、考える暇もなくレキは無我夢中で引き返した。

 もはや左腕の痛みも恐怖も吹き飛んでいた。剣を構え、渾身の力を込めて真上から一直線にそのモンスターを叩き斬る……!


「ギャアアアア!!!」

 レキの全力の攻撃を受け、モンスターは一瞬にしてその場に崩れおちた。

「ティオ……!!」

 そのモンスターを飛び越え、レキは夢中でティオのそばに駆け寄る。
 傷はかなり深いようだ……。ティオの体は小刻みに震えている。

「レキ、ごめん油断したよ……。ボクはもうここまでだ。キミだけでも早く逃げて……」

 ゲホゲホとティオが咳き込む。同時に血が飛び、辺りをさらに赤く染める。
 とても立てるような状態ではなかった。

「……いやだ!! ティオをおいていけるわけないじゃないか! 絶対に一緒に逃げるんだ!!」

 レキはティオの肩に手を回し、必死に立たせようとする。しかしティオの足には力が入らない。

「無理だよレキ……。このままじゃキミまでモンスターにやられてしまう。キミはこの世界の未来のためにも、絶対に生き残らなきゃいけないんだ……」

「そんなこと知らないよ! ……とにかく、絶対に助けるから! ティオはもうあまりしゃべっちゃダメだ!」

 そう叫んだところでレキは、はっとした。
 いつの間にか、周りはすべてモンスター達によってとり囲まれている。
 四方八方をモンスターが埋め尽くし、すでに逃げ場はどこにもなかった。

「くそ……!」

 今度こそ、もうだめだった。

 こちらはティオを支えていて、攻撃することも、攻撃を避けることもできない。
 モンスター達はそんな状況にもかかわらず、レキ達めがけて一斉に飛びかかってきた。



「……—バースト・ブレイク!!!—」

 その時、鋭い声で魔法の詠唱が轟いた。
 同時にすさまじい魔法による大爆発が起き、レキの周りにいたモンスター全てを飲み込む。

 ……あっという間さえもなく、飛びかかってきたモンスター達はレキに届く前に、全て跡形もなくきれいに一掃された。


「……レクシス皇子! ご無事ですか!?」

 そう言って駆け寄ってきたのはニトだった。
 大魔法を使ったことによりかなり魔力を消耗したようで、ゼェゼェと肩で息をしている。

「ニト……!」

 レキはニトの姿を見て少しだけホッとした。
 ニトもここにたどり着くまでにかなりモンスターと争ったらしくすでにボロボロだったが、ニトが来てくれたことはとても心強い。

「ニト! ティオが大変なんだ! 早く治療しないと……!」

 ティオはレキに支えられたままぐったりとしている。

「むっ……! これは大変じゃ。すぐに魔法をかけますぞ。……しかし皇子も怪我をされておるようじゃが……」

 ニトがレキの負傷した左腕をちらりと見ながら言う。

「こんなのはたいしたことないから! 早くティオを!!」

 レキの必死の叫びに、ニトはすぐさまティオの治療にはいった。

「わかりました! しかしワシの魔法はほとんど止血と応急処置だけです。癒しの魔法ではないので、完全に傷を治すことはできませぬぞ!」

 言いながらもニトは魔法を発動させた。
 やわらかな光がティオを包む。

 血がゆっくりと止まりはじめ、傷口も若干ふさがったように見える。
 魔法をうけてティオが再び目を開いた。先ほどよりはすこしラクになったようである。

「ティオ!! よかった……」

「レキ、ニト様……、ご迷惑をおかけしてしまって申し訳ございません……」

「よい。しかしまだもう少し治療が必要じゃ。ここではまたいつモンスターが襲って来るかもしれぬ。……皇子、少し移動しますぞ」


 レキとニトは二人でティオを支え、そこから一番近くにあった武器庫へと入っていった。

 まだそこにはモンスターが踏み込んでいなかった。
 ニトは武器庫に入ると同時に扉を閉め、そこに魔法で結界をはった。

「これでしばらくモンスターはここに入ることができませぬ」


 ニトは扉を離れ、再びティオのそばに来るとさっきの魔法をもう一度発動させた。

「ワシの魔法では完全には治らんが、少しはましになるはずじゃ……」

 ニトはティオに魔法を込めていたが、息があがっている。
 これまで大魔法ばかりを連発していたから無理もなかった。

「ニト……大丈夫?」

「ワシのことは心配いりませぬ。……皇子こそ、本当に大丈夫ですか?」

「……うん。ボクは自分で止血するからニトはティオを頼むよ」

 レキは着ている服の袖をビリビリと破き、右手と口で引っぱりながら、なんとかそれを負傷した左腕にきつく巻きつけた。


「ねぇニト、エレメキアはどうなるのかな……?」

 止血をおえたレキが、ふいに聞く。

 城内では相変わらず爆発音や兵士達の叫び声、モンスターの咆哮が轟いていて、それは激しさを増すばかりであった。
 城全体が、度重なる爆発により小さく揺れている。壁には亀裂が入り、天井はパラパラと音をたてながら一部がはがれおちている。このままでは城が崩れるのは時間の問題だ。


「…………」

 ニトは答えなかった。しかしその沈黙が、まさに最悪の事態を想定していることの表れのようでもあった。


「……父上や母上は無事だろうか」

 レキの言葉にニトの体がピクッと動いた。それによって一瞬魔法がとぎれたが、またすぐに発動し直しながらニトが小さくつぶやく。

「……皇帝陛下と皇后陛下は、先ほど亡くなられました」

 その言葉にレキが恐怖で目を見開く。

「なんだって……!?」

「ワシが駆けつけた時には一歩遅く、すでにモンスターに……」

 ニトが声を震わせる。それは悔しさに満ちており、怒りとも悲しみともとれる口調であった。

「そんな……」

 レキは突然の残酷な事実を受け入れられずに呆然とした。
 頭の中が真っ白になり、その場に凍りつく。

「申し訳ございません……ワシの力がいたらぬばかりに!」

 ニトは心から悔しそうに言った。


「……ちがうよ、ニトのせいじゃない」

 レキが一点を見つめたままでぽつりと言う。

「ボクのせいだ……。だって、もともとモンスターはボクを狙って来たんでしょ?」

 レキの言葉にニトはドキッとして顔を上げた。

「……ニト様、皇子にグランドフォースについて少し話しておきました。もう隠すべき状況ではありませんでしたので……」

 ティオはニトにそう伝えると、また少しゴホゴホと咳き込んだ。

「……うむ、そうじゃな。まさかこんなに早くモンスターどもがグランドフォースに気づくとは思いもせんかった……。少し早すぎるがそんなことはもう言っておれんじゃろう」

 ニトは懐から一冊の古びた本を取り出し、それをレキに渡す。

「これは……?」

 レキは相変わらず焦点の定まらない瞳で、ニトの差し出した本をぼんやりと見つめた。
 本の表紙には題名がなかったが、代わりに紋章が描かれている。レキの左胸にある紋章とまったく同じものだ。

「この本はフォースを導く書物といわれております」

「フォースを導く……?」

「そうです。ワシらは皇子が成長するまでの間、フォースについていろいろと詳しく調べておりました。フォースを導く書は全部で七冊あり、世界のいたるところに封印されているといわれております。……そしてそれらを全て集めることで伝説の全貌が明らかになり、真にフォースを導く、とか」

 ニトがさらに言葉を続けようとした時、武器庫の扉が外からの衝撃によって爆音とともに大きく揺れ動いた。

「……んなっ!?」

 ニトが慌てて振り返ると、結界によって扉はまだかろうじてもちこたえてはいたが、効果が弱まっている。もういつ結界が破られてもおかしくない状況になっていた。
 外からモンスター達の声が聞こえてくる。

「他ハ全テ全滅サセタ。アトハ、ココダケダ」

「妙ナ結界ガ張ッテアルガ、コノママ突キ破ルゾ……!」

「全員、攻撃ヲ仕掛ケロ!!」

 扉のすぐ向こうで、おびただしいほどの数のモンスターの叫び声、唸り声が聞こえてくる。
 それはまるで、攻めて来た城中のモンスター全てが、この扉の前に集まっているのではないかと思えるほどだ。


「……まずい!! もう時間がない!!!」

 ニトはそう言うと同時に治療を切り上げ、瞬時に別の魔力を練りはじめた。
 ティオもそれに合わせ、剣を支えにしながらよろよろと立ち上がる。

「ティオ! まだ立っちゃダメだよ!!」

 レキが慌ててティオに駆け寄る。そんなことを言っている状況ではないのは十分わかってはいるが、言わずにはいられなかった。

「レキ……ここはボク達に任せて、キミだけでも逃げるんだ」

 ティオが荒い呼吸をしながら剣を構え、扉を睨みつけながら言った。
 扉の外の爆発はどんどん激しくなっている。モンスターの攻撃に結界が耐えられるのはもうほんのわずかだ。

「な……! 逃げるって一体どこに!? 逃げ場なんてもうないよ!! ……それに、ボクは二人をおいて逃げる気なんかないってさっきから……」

 レキが言いおわる前にニトが魔法を完成させ、不思議な緑色の光を放ち出した。
 その光は今までニトが使っていた魔法の中でも見たことがない、変わった光り方をしている。

「まだ未完成の魔法なので上手くいくか、わかりませんが……」

 言いながらニトが、その光を一斉にレキめがけて解き放った。

「うわっ! ニト……!? 何をするんだ!?」

 その不思議な緑色の光はレキの体を包み込むと、ゆっくりとその体を宙に浮かせはじめる。


「いざという時に備えて、ワシが研究していた瞬間移動魔法ですじゃ。まだ一度も成功しておらんので安全は保証できませぬが、こんなところにいるよりはマシなはずです」

 ニトは今の大魔法で魔力を使い切ってしまったらしい。よろりと地面に手をつく。


「皇子! 先ほど話した残り六冊の書を見つけ、世界に平和を取り戻してくだされ! グランドフォースであるあなた様ならきっとそれができるはずです……!」

「ちょ、ちょっと待ってよニト! こんなことやめて!! ボクだけ逃げるなんていやだよ!!」


「……皇子! わかってくだされ! あなた様はどんなことがあろうとも、世界のために生き残らなければなりませぬのじゃ!!」

 ニトが最後の力を振り絞って、レキを包む緑の光に力を込める。同時に光はますます強くなり、レキの見える視界が徐々に薄れはじめた。


「よいですか皇子!? 時が来るまでは、皇子がグランドフォースであるということは決して人に言ってはなりませぬぞ!」

 さらに視界が薄れる。もう声もほとんど届かない——……。

「やめろ!! お願いだからニト……!!」


 薄れゆく視界と景色のなか、最後にティオがこちらを振り返るのが見えた。
 その表情はこの絶望的な状況の中、まるでそれを感じさせないような穏やかなものだった。

 ティオなりの覚悟の表れ。
 彼はすでに全てを受け入れていた。


「……レキ、こんなことにならなければキミの旅に……一緒に行きたかったのに。……すごく残念だよ。……約束、守れなくなってごめんね……」

 ティオが優しい笑顔を見せる。その目からは一筋の涙がこぼれ落ちていた。



「ティオ……!! ッいやだぁぁぁあああああ!!!」



 レキの絶叫とともに、ついに視界が途切れた。

 その時レキが最後に見た光景は、信じられないほどの数のモンスターによって、まさに扉が破られた瞬間であった———……。

10, 9

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