~第四章~「別れ」
レキ・フォン対モンスターの群れ十匹との戦闘が始まった。
まずはモンスターの数を少しでも減らさなければ、あっという間に囲まれてしまう。囲まれてしまえば攻撃を避けるのはとても困難だ。
「レキ! まずはザコから片付けて数を減らすぞ!! このままでは思うように動けん!」
「わかった、じゃ行くよ!」
レキとフォンは二手に別れ、囲まれないよう常に動きながらモンスターをかく乱つつ、大トカゲのモンスターから順番に倒していくことにした。
「ハッ!!」
攻撃をかいくぐり、フォンが気合いとともにトカゲのモンスターに一撃を喰らわせる。
受けたモンスターは、あっけなく叫び声を上げてその場に倒れた。まさに一撃必殺である。ちまちまと倒している余裕はない。ザコは迅速に、一撃でケリをつける。
しかし今度は背後から、あの骸骨のモンスターが、例の危険な剣を振り下ろして来た。——ヤバい! フォンは振り返ってそれを剣で受け止める。
——ガキィン!!
……やれやれ、危ないところだった。
寸前で攻撃を受け止めたフォンが安心したのも束の間、剣を受け止めていることで彼の動きは止まってしまった。そこへさらに背後から大トカゲのモンスターが襲いかかる。
「チッ……! まずい!」
フォンは一瞬焦ったが、その攻撃はフォンへと届かなかった。
「ギィアア!!」
叫び声とともにモンスターが倒れる。
いつの間にかフォンの後ろへと回り込んでいたレキが、同じく一撃でモンスターを倒していたのだ。
レキはそのまま動きを止めず、次のトカゲのモンスターへと向かって行く。
フォンは後ろに跳び、骸骨のモンスターの剣を振りほどいた。しかし、モンスターは勢い余ってそのまま剣を振り下ろす。
さっきまでフォンが立っていた所には巨大な剣が突き刺さった。
「あの邪悪な剣さえ気をつければ、あとの攻撃は少しくらい受けても仕方がない……」
モンスターの数が多いため、全ての攻撃を避けきることはできなかった。
襲い来るモンスター達に、レキもフォンも多少の切り傷をうけている。
しかしそんなことを気にしている余裕はなかった。
レキが三匹目の大トカゲのモンスターを斬りつける。
そいつは叫ぶ間もなく崩れ落ちたが、さらに近くにいたガーゴイルのモンスターがレキへと襲いかかって来た。
その攻撃は頬をかすめたが、なんとか避けることができた。
しかし、いつの間にかドラゴンに囲まれてしまっていることに気づいた。二匹のドラゴンはレキに向かって激しい炎を吹き出してくる。
「……うわっ!」
なんとか体制を立て直し、横に跳んでかわしたがドラゴンはそれを読んでいたようだ。レキがかわした方へと、鋭いかぎ爪を向けてさらに襲いかかって来た。
——キィン!!
今度はフォンが、レキの前でドラゴンの攻撃を受け止めていた。
「大丈夫か!? レキ!」
「……うん、ありがと! フォン」
フォンが力を込めて剣を振り抜き、ドラゴンを振り払った。
モンスターの数が多いのは厄介だったが、レキとフォンのコンビネーションはなかなか良かった。
「キミと組むと、やりやすいな」
背中合わせに立ちながら、フォンがつぶやく。
「オレもそう思ったよ」
レキが前を向いたままで小さく笑った。
「……フッ、どうやらキミとはなかなか気が合うかもしれん」
フォンも軽く笑顔を見せると、二人は再びモンスターの群れへと飛び込んでいった。
それからも激しい戦闘が続いた。
しかし、多少の攻撃は恐れずに特攻することで、モンスターの数を確実に減らすことができた。
この中で一番のザコモンスターである大トカゲは既に五匹とも片付け、またその間にガーゴイルも一匹だけ倒す事に成功しており、残りは骸骨のモンスターとドラゴン二匹。そしてもう一匹のガーゴイルをあわせて全部で四匹だけになっていた。
そんな状況を確認しつつフォンは一息つく暇もなく、残ったガーゴイルに向かって突進する。
こいつを倒せば残り三匹だ。そうなればかなり動きやすくなる。
「グギャア!!」
フォンの攻撃を受け、これまでの戦闘ですでに深手を負っていたらしきガーゴイルのモンスターは、例の如く一瞬のうちにその場に崩れた。
間髪入れずに今度はドラゴンが炎を吹き出してくるが、フォンはそれをなんとかかわす。その向こうではレキが骸骨のモンスターと戦いながら、もう一匹のドラゴンにも注意を払っていた。
骸骨のモンスターはかなりの強敵だった。巨大な剣にもかかわらず、それを恐ろしいほど速く振り回して攻撃を仕掛けてくる。
かすっただけでも危険な呪いの剣を振っているため、うかつには近寄れない。
さらに厄介なことに、そのモンスターは魔法を使うこともできた。
「—ダーク・ウォール……—」
地の底から響くような声でモンスターが魔法を唱える。黒い闇の波動がレキに直撃した。
「くっ……!」
激しい衝撃がレキを襲う。なんとか体制を立て直そうとしているところに、骸骨モンスターが邪悪な剣を振り下ろしてきた。
——ギィィン!!
……なんとか防いだ。が、モンスターはさらにギリギリと力を込めてくる。
この体制で倒されたら、やばい。
レキは剣に、持てる全ての力を込めた。お互いの力が激しくぶつかりあう。
どちらも一歩も引かなかったが、重なりあった剣はゆっくりと、モンスターのほうへと押し出されはじめた。
そのことにモンスターが一瞬動揺する。レキはそこでさらに力を込め、モンスターの剣を振り払った。
そのまま、もう一度骸骨のモンスターへと突撃する。モンスターに防御の体制をとる時間を与えてはいけない。途中でドラゴンが邪魔をするかのようにかぎ爪で攻撃を仕掛けてきたが、そんなことは気にしていられなかった。
レキはドラゴンに右肩を切られながらも、骸骨のモンスターめがけておもいっきり剣を振り下ろす。モンスターは剣で受け止めようとしたが、予想外にレキが速かったことで間に合わず、頭に直撃を喰らった。
「ウグッ……ガ」
頭蓋骨にピキピキっと亀裂が走る。レキがさらにもう一撃うち込もうとしているところに、またもやドラゴンの邪魔が入った。
「キシャー!!」
激しい雄叫びを上げながらドラゴンが炎を吐き出す。
「こっちだ!」
レキはギリギリのところまで引きつけて、それをかわした。するとドラゴンの炎はレキの代わりに骸骨のモンスターに直撃し、燃え上がった。
「ウギャアァァ!!!」
すさまじい叫び声をあげて、モンスターは燃えながら地面に崩れ落ちた。しかし、まだ邪悪な気配は残っている。完全にやられてはいないようだ。
レキが再び近づこうとすると、骸骨モンスターは最後の抵抗に、辺りかまわずむちゃくちゃに剣を振り回し始めた。
「コノ……ママデ……ハ、済マサン……!!」
もう勝負はついていたが、激しい炎に焼かれながら、モンスターはしつこく剣を振り回し続ける。
しかし、それがレキに当たることはなかった。モンスターの攻撃はすでに全く的を射ていない状態だ。ただ厄介なのは剣をむちゃくちゃに振り回しているため、モンスターに近づくことができない……。
その時だった。振り回されていた剣が、勢い余ってモンスターの手からするりと離れ、吹き飛んでしまった。
レキはその剣が吹き飛ぶ方向を見て、目を疑う。なぜなら剣が飛んでいく先ではフォンがもう一匹のドラゴンと戦っている真っ最中だったのだ。
「フォン! 危ない!!」
レキは弾かれたように走り出した。
フォンはドラゴンとの戦闘に集中していて気がついていない。このままではあの邪悪な剣がフォンを貫いてしまう……!
「フォン!!!」
レキは叫ぶと同時に飛びかかり、フォンをおもいっきり突き飛ばした。
「……なっ! レキ!?」
突然つき飛ばされたフォンは何がなんだかわからなかった。が、レキを見てすぐに状況を把握する。
どうやら自分めがけて骸骨モンスターの攻撃が飛んできていたらしい……。そしてそれに気づかなかった自分を、レキがかばったのだ。
レキの右腕には、あの邪悪な剣が深々と突き刺さっていた。
フォンをかばうのに夢中で、自分までは間に合わなかったのである。
「うッ…!!」
レキが右腕を押さえ、がくりとひざをつく。
「レキ!! 大丈夫か!?」
とても大丈夫そうではなかった。剣からは不気味なオーラが漂い、それがすべて傷口から体内へと流れ込んでいる。
「くそっ!!」
フォンは刺さっている剣を急いで抜いた。しかし傷口には相変わらず邪悪なオーラがまとわりついていて、体の中に少しずつ入っていくのを止めることができない。
フォンはサッと青くなった。この傷は一刻も早く適切な治療をしなければ手遅れになってしまう。
しかし今、そんな余裕はない。まだ戦闘中であり、そもそもこのモンスター達を倒してしまわないと生き残ることはできないのだ。
だが負傷のレキをかばいながら、残りのモンスターを相手に一人で勝つことができるだろうか……。
「……オレもまだ戦えるよ」
フォンが考えを巡らせている間に、レキは痛みに耐えながら右腕を押さえ、再びよろよろと立ち上がる。
「んなっ!? 無理をするなレキ! そんな状態で戦えるわけがない……! それに動くと呪いが体に回って死ぬぞ!?」
「今ここで倒れていても、どうせやられるだけだ……!」
レキは負傷した右腕で剣を持ち、それを左腕で支えながらなんとか剣を構えた。
「しかし……!」
フォンは言いかけたが最後まで言うことはできなかった。ドラゴンが炎を吹き、その炎が二人をわかつ。
幸いなことに、残るモンスターはドラゴン二匹だけとなっていた。
骸骨のモンスターは剣を放った後、炎に焼けて力尽きていたのだ。
フォンは一刻も早くドラゴンを倒さなければと、全神経を集中させる。
しかし、こちらのそんな状況を知ってか知らずか、ドラゴンは炎を吐き散らし、なかなかフォンをよせつけようとしない。
「くそっ! こんな時に限って……!!」
フォンは焦った。
炎が止むのを待っていられない。このまま飛び込んでやろうか……。
そんなことを考えていると、ほんの一瞬、ドラゴンの炎が途切れる瞬間があった。
フォンはその一瞬を見逃さなかった。迷わず、ドラゴンの懐へと飛び込む。
ドラゴンが慌ててかぎ爪をフォンに向かって振り下ろしてきたが、フォンは構わずにそのまま飛び込むと、渾身の一撃を腹部へと撃ち込んだ。
「クゥッ……!」
フォンも背中に攻撃をくらったが、ドラゴンは叫ぶ間もなくその場に倒れた。
急いでレキの状況を見ると、もう一匹のドラゴンに同じく一撃を放ったところであった。負傷していながらも、いざ戦闘になるとその動きはあまり衰えていない。
しかし、それはかなり体に負担をかけていることになる。
「レキ!」
ドラゴンが地面に倒れるのと同時に、ついにレキも意識を失い、その場にドサリと倒れ込んだ。
「しっかりするんだレキ!」
フォンはレキに駆け寄り、呼びかけたが反応はない。右腕の傷はかなり酷くなっている。一刻も早く治療しなければ、このままでは危険だ。
フォンはレキを抱えると、背中の痛みも忘れ、はるか前方にいるリオーネ達を目指して全速力で走り出した。
第四章「別れ」
――ウェンデル・宿屋。
レキは目を覚ました。
ここは一体どこだろう……?
視界がまだぼやけていて、自分がどこにいるのかすぐにはわからない。
それに頭もぼーっとしている。
はっきりしない頭で少し考えていると、突然、倒れる寸前の記憶と光景が鮮明に蘇ってきた。
「そうだ……!! フォンは!?」
レキは慌てて起き上がり、キョロキョロと辺りを見回した。
しかし、すでにここは未開の地ではなく、家屋の一室であることに気づく。
この部屋の眺めには見覚えがある。ここはレキ達が泊まっているウェンデルの宿屋だ。
レキはいつの間にか宿屋に帰ってきて、ベッドに寝かされていたようである。
「フォン……?」
あれから一体どうなったのだろう。ドラゴンを倒したところまではなんとか覚えているが、そこからの記憶が全くない。フォンは無事だろうか? それに自分はどうやってここまで帰ってきたんだろう……。
その時、部屋のドアが静かに開けられた。しかし、入ってきた人物はレキが起きているのに気づくと大声で駆け寄ってきた。
「あ~! よかった、気がついたのねレキ! 一時はどうなることかと思ったわよ~」
リオーネが心底安心したような顔で笑っている。
「リオーネ! フォンは? フォンはどこ!?」
リオーネを見るなり、レキが必死になって聞く。
リオーネはその言葉に一瞬きょとんとしたが、「あ~フォンなら……」と言いかけたところにまた別の人物が部屋に入ってきた。
「私をお探しかい? レキ」
そこには穏やかに笑いながら立っているフォンの姿があった。
「よかった……無事だったんだねフォン」
レキがほっとして言う。
「もちろんだ。無事じゃないのはキミのほうだったよ」
フォンが近寄ってきた。
「あれから急いでキミを姫のところまで運んで、癒しの魔法をかけてもらったんだ。かなり呪いが回っていたから本当に危険な状態だったんだぞ」
「そうよレキ。あなた丸二日間も眠ってたんだから」
右腕を見ると傷はもう消えていた。他にも全身にたくさんの切り傷があったが全て癒えている。
「そっか……。ありがとうリオーネ、フォン」
そう言うとレキはにっこりと笑った。いつものあの幼い笑顔だ。
「お礼を言うのはこちらのほうだよレキ。キミが残っていなければ、確実に私はあのモンスター達にやられていたことだろう。本当に礼を言う」
フォンは真剣な顔でお礼を言ったが、そのあとでちょっと怒った調子になった。
「……しかし、それにしてもキミはちょっと無茶をしすぎだぞ! 心配するこっちの身にもなってくれ」
「そうよ~。フォンったらレキのこと、すっごく心配してたんだから! レキを抱えてきた時なんて、もう真っ青でね~」
「……真っ青になっていたのは、姫も同じでしょう」
笑いながらフォンをからかうリオーネに、フォンがぴしゃりと突っ込んだ。
「ほんとに心配かけてごめん。……ところでゼット達は?」
レキは気になっていたもう一つのことを聞いた。
「あぁ~、ゼット達なら下にいるわよ。ゼットの傷は処置が早かったからそれほど酷くならなかったし、もうピンピンしてるわよ」
リオーネが言うと、ちょうどタイミング良くゼット達が部屋に入ってきた。
「お~レキぃ~!! 気がついたかぁ! よかったよかった!」
「心配したんだぜ!!」
「もう大丈夫なのか?」
カイルとクライヴも口々にレキに話しかける。
「うん! もう大丈夫だよ。ゼット達も無事でよかった」
「いや~、それにしても散々な冒険だったぜぃ。結局お宝は何もなかったし、骨折り損もいいとこだぜ。また別のお宝を探しに行かなきゃなぁ~」
ゼットがやれやれとため息をつきながら言ったが、彼はすでに次の冒険へと頭を切り替えているようだった。
「あんた達……こりないわね」
その言葉に、リオーネが呆れて言った。
「当たり前よ! オレ達はトレジャーハンターだからな! すっげえお宝を手に入れるまでは絶対にあきらめないぜ!」
クライヴもそう言って、わっはっはと豪快に笑った。
今回これだけひどい目にあったというのに、あきれるほど前向きな思考である。
しかしその清々しいくらいの笑いに一人、また一人と自然に笑顔になってしまい、いつの間にか部屋には六人全員の笑い声が響いていた。
それは一つの冒険を終え、困難を共に乗りこえた者同士がお互いを認め合った瞬間だったのかもしれない。
今回の冒険で財宝を手に入れることはできなかったが、彼らの笑顔はもっと別のすばらしい何かを得たようにもみえた。
「レキ、もう傷は癒えてるけど、念のため今日一日は安静にしててね」
ゼット達が部屋から出て行ったあとでリオーネが言った。
いくら傷が塞がっているとはいえ失った血も多く、呪いによる体の疲弊も相当なものだった。それらを全てを魔法で癒やし切ることはできないため、しっかりとした休養もやはり大事なのだ。
「うん、わかったよ」
レキはにこっと微笑むとリオーネの言葉に素直に従い、それからまたすぐに眠りについた。
「……無邪気ね~。モンスターと戦ってた時と比べると、とても同じ人物だとは思えないわ」
レキの寝顔を見ながらリオーネがクスクスと笑った。モンスターと対峙していた時のレキはかなり鋭い表情を見せていたが、今眠っている顔はただただあどけないだけだ。
「そうですね」
そんな様子を見ながらフォンも小さく笑う。
「……ねぇフォン、この部屋に泊まることになって本当によかったわよね」
リオーネはふと思ったことを呟いてみた。
「そうですね」
フォンがまた頷く。
「……フォンったら最初はレキのこと、あんまり信用してなかったのに」
素直に頷くフォンに、リオーネは可笑しそうに笑いながらからかった。
「そ、それはそうですが……、今はもう彼に疑う余地はありません」
リオーネの言葉にちょっと焦った様子のフォンだったが、それでもすぐに気を取り直すと自信をもって当然のごとく言い切った。
…………
――翌朝、フォンが起きると珍しくレキはもう起きていた。
「あ、おはよフォン!」
朝からとびきりの笑顔でレキが笑いかける。
「おはようレキ。今日は早いな。もう体はいいのか?」
「うん、昨日一日寝たからもうすっごく元気だよ! その分、早く目が覚めちゃったけどね」
言いながらレキは荷物をまとめていた。
「レキ、どこか出掛けるのか?」
フォンが何気なく聞く。
「……うん、今日ウェンデルを出発しようかなと思って」
「今日!? 随分と急じゃないか!」
フォンが驚いて出した声にリオーネも起きたようだった。
「……え? 今日がどうしたの??」
リオーネが目をこすりながら眠そうに尋ねる。
「もう一週間もこの街に留まっちゃったからね。そろそろ行かないと」
レキの準備はもうほとんどできていた。その様子にようやく気付いたリオーネは一瞬で睡魔がふっ飛び、慌てて引き止める。
「ちょっとちょっと! 待ってよ! 今から旅立つの!? それに、もしかして一人で行くつもり?」
「え、うん……」
レキがちょっと困ったように頷いた。
「あのね、きのうレキが寝てる間にフォンと話してたんだけどさ。もしレキさえ良ければ、これから私達と一緒に旅をしない? ここで会ったのも何かの縁だしさ!」
リオーネが続ける。
「私達はフォースを見つけて守護することを目的に、ここまで旅してきたの。まだ見つかっていないからこれからも世界中を旅することになるわ。レキも何か目的があるのかもしれないけど、一緒にできることなら協力するしね!」
その瞬間、レキはちらりとリオーネを見たが、なにかを迷っているような様子だった。
「キミは強いし、信頼のおける男だ。一緒に来てくれるととても助かる。出会ったばかりではあるが、キミのことはもう仲間だと思っているよ。……レキ、一緒に来てくれないか?」
フォンもレキを誘った。
その言葉にレキはさらに迷っているように見えたが、やがて小さく呟いた。
「リオーネ、フォン……ごめん」
レキは心から申し訳なさそうに、だがきっぱりとその誘いを断った。
二人はまだレキを誘いたい気持ちでいっぱいだったが、こうもはっきりと断られてしまった以上あまり無理強いはできなかった。
一緒に行きたかったがレキの事情もあるだろう。本心では引き止めたかったが、二人は黙って見送る以外に道はなかった。
ここで別れたら多分もう会うことはないだろう。
この広い世界でお互いに旅をしている者同士が再び偶然出会う確率など、ほぼないに等しいのだ。
たった数日間だけの付き合いになってしまったが、レキとの別れはとてもつらく感じた。
「……そろそろ行くよ。リオーネ、フォン元気でね。二人に会えてよかったよ」
「レキも……元気でね」
準備を終えたレキを見送るため、リオーネとフォンの二人も宿屋の外に出た。そこで最後の別れをかわす。
リオーネは涙ぐみ、その横でフォンはただ黙っていた。
「……じゃあ、さようなら」
レキは最後にそれだけ告げるとまもなく出発した。
歩き出したレキに向かって、後ろからリオーネが「元気でね」とか「気をつけて」という言葉を叫び続ける。
そのリオーネの声が徐々に遠くなり、レキに届かなくなる寸前、突然フォンが大声で叫んだ。
「レキ!!!」
その声にびっくりして、レキは立ち止まった。遠くからフォンが問いかける。
「キミは一体何のために旅を続けるんだ?」
レキはしばらくそのまま立ちつくしていたが、やがて振り向き、その質問には答えずにただニコッと微笑むと、また前を向き再び歩き出した。
「……ほんとに行っちゃったわ」
リオーネが放心したように言う。
「……そうですね」
二人はそれからしばらく、黙ってその場に立ち尽くしていた。
「オレ達のところにも今朝早くあいさつにきたぜぇ~。今日出発するってな。まったく急な話だぜ~」
レキを見送った後に、食堂で会ったゼットが言った。
「オレ達は引き止めたんだよ。レキも一緒にトレジャーハンターやらないかって誘ったんだけどな。断られちまったよ」
カイルも残念そうに言う。
「……私達もさっき断られたわ」
二人の話を聞いたリオーネもがっくりとして、さらにため息をついた。
「そうかい……オレ達ゃてっきり、レキが断ったのはリオーネ達と一緒に行くからかと思ってたんだけどよ」
それも違ったのか……、とクライヴが腕を組む。
「まぁなんか理由があるんだろうよ、しょうがねぇぜ。ところで、そう言うリオーネとフォンはこれからどうするんだ?」
ゼットがふいに尋ねる。
「オレ達はもうしばらくこのウェンデルに留まって、どこかにお宝の情報がないか調べるつもりなんだけどよぉ、良かったらリオーネ達もまた一緒に宝探しやんねぇか?」
「……う~ん、ごめんなさい! 私達は遠慮しておくわ。他にやらないといけないこともあるし……」
ゼットの誘いをリオーネは断った。
「だろうなぁ~、まぁそう言うと思ったぜぃ。なんたってお姫さまだもんな! 宝には興味ねぇか」
「あらゼット、やっぱり気付いてたのね」
「あぁ、最初はまさかって思ったけどな。でもフォンが何度も姫って呼んでたから途中で気付いたぜ。……いろいろありすぎて、確かめるタイミング逃したけどな」
「……にしても本当にお姫さんだとはなぁ。オレ、姫のイメージ変わったぜ……」
ボソッとクライブが突っ込んだ。まさか屈強な冒険者の中に高貴なお姫様が混じってくるとは思いもしなかった。普通そんな姫はいない。
「それってどういう意味かしら~?」
クライヴの言葉にリオーネが、む~っとした表情をしてみせる。
「まぁそう気を悪くするなって! んで、そのお姫さま達はお宝が目的じゃないのに、なんで未開の地まで一緒に来てくれたんだ?」
今さらながらに、ゼットが質問する。
リオーネとフォンは自分達が旅に出たわけと、未開の地を調べた理由を話した。
「そうか~、フォースを探して未開の地に行ったわけか」
ゼットが納得する。たしかにそういう噂は流れていた。
「でも結局なにも手がかりは掴めなかったわ……」
「ゼット達はこれまでの旅で、フォースについて何か聞いたことはないですか?」
フォンが問いかける。
「いやぁ~、悪いがオレ達も全く聞いたことねぇんだよなぁ」
「そうですか……」
リオーネとフォンはがっくりとした。これでまた手がかりはなくなり、フォース探しはふりだしに戻った。
その日はもう一度情報屋に行って情報を聞いてみたり、ウェンデルにある店に一軒一軒聞き込みをしたりしてみたが、やはり有力な情報は得られなかった。
ウェンデルではこれ以上手がかりが見つからないと判断した二人は、翌朝ウェンデルをたつことにした。
「それじゃあ、ゼット、クライヴ、カイル、元気でね。また会えるといいわね」
「またなぁ~! お姫さん、あんまりフォンを困らせるんじゃねぇぞ~」
ゼット達との別れをすませ、こうしてリオーネとフォンは二人旅を再開した。
ウェンデル・北――。
リオーネとフォンはウェンデルから少し北にある「レスト城」を目指して歩いていた。
レスト城はウェンデルを含めこの辺りのいくつかの街を治めているかなり大きな国「レスト王国」の国王が住まうところだ。
せっかくウェンデルまで足を運んだので、セルフォード王国の王女としてレスト王にあいさつに行くためと、国王ならフォースについてなにか知らないか、聞きに行くためだった。
そんなわけで二人はレスト城へと続く道のりを黙々と歩く。
歩きながらフォンは隣にいるリオーネをちらりと見た。あまり元気がないようだ……。
しかしそれは無理もないだろう。未だにフォースの手がかりは何一つ掴めていないことに加え、レキやゼット達との別れもつらかったはずだ。
「姫……」
フォンは声をかけたものの、何と言って元気づけようか迷った。
「…………」
そのままフォンが黙っていると、逆にリオーネのほうが口を開いた。
「……やっぱり、無理にでもついていけばよかったわ」
リオーネがボソッと小さな声で呟く。
「……レキのことですか?」
どうやら、今リオーネが一番元気がない理由はそれらしい。
「姫はレキのことを、とても気に入っていましたからね」
フォンが茶化す。
「もう! そんなんじゃないってば!」
リオーネはフォンに食って掛かったが、それからまた少し黙り、先を続けた。
「ただ……私達ってよく考えたらレキのこと、名前と年齢以外はなんにも知らないのよね。旅の目的さえわからないんだから、これじゃあこの先会えることなんてほぼ無いじゃない……。もっといろいろ聞いておけば良かったわ」
「……私は、彼が敢えて言わなかったように感じましたね」
フォンは別れ際のレキの様子を思い出しながら言った。
「そう?」
「えぇ、単に私の予想ですがね。……彼は我々と一緒に行きたかったはずですよ。しかしなんらかの理由があって断らざるを得ない、というように見えましたね」
「理由ってなによ?」
「それは私にもわかりませんが……」
「…………」
二人はそろって大きなため息をつくと、また黙々と歩き出す。
レスト城には、もうまもなく着くところであった。
レスト城――。
二人が辿り着いたその城はかなり広大な敷地を要して建てられており、さすがウェンデルという大きな都を治める国の王城というだけのことはあった。リオーネの国セルフォードの三倍近くはあろうかというほどの大きさの城だ。
城の周りはやはり厳重に警備されており、あちらこちらで城の兵士が巡回し、モンスターや侵入者がいないかを見張っている。
リオーネは正門に近づき、そこにいた門番の一人に、普段はローブの内側に下げているセルフォード王国の紋が入ったネックレスを取り出して見せた。
「セルフォード王国の王女リオーネとその家臣フォンです。レスト国王にお目にかかりたいのですが」
門番はセルフォードの紋を確認すると、リオーネに深くお辞儀をし、二人を門の中へと通した。
リオーネとフォンは兵士の案内のもと、広く荘厳な城の中を歩いていた。
他国の城というものはなかなか面白い。おなじ城でもセルフォードの城とは造りも雰囲気も全く違った。この城は美しいが、城全体にも兵士の中にもきりりとした厳粛さが漂っているように感じる。
「国王陛下はこちらにおられます」
兵士が一番立派な造りをした大きな扉の前で足を止めた。
リオーネは兵士にお礼を言うと、姿勢を正し、フォンと共に扉の中へと入っていった。
そこはとても広い王座の間だった。これほどの広さは果たして必要だろうか、と若干疑問になるが、その広い王座の一番奥でレスト国王が金色の豪華な椅子に腰掛けており、そのすぐ側には何人かの兵士と王の護衛役と思われる人物が待機している。
しかしそこにはりつめた雰囲気はなく、むしろリオーネ達を歓迎している様子であった。
「セルフォードの王女リオーネ、よくぞ参られた」
レスト王は穏やかに微笑みながら言った。笑うとどこか人を安心させるような不思議な力をもつ初老の王である。
「そなたの国とは海を隔てていて、なかなか交流はなかったが、民を大事にする素晴らしい国だということは聞いておるぞ」
リオーネは礼儀に則って丁寧なお辞儀を返し、微笑んだ。
「お褒めの言葉、ありがとうございます。わたくしもレスト王国を拝見させていただきましたが、どの街も華やかであり、人々も活気に満ちていてとても素晴らしく思っておりましたわ」
リオーネの言葉に、国王がありがとうと言って笑う。
「……しかし、この国でも徐々にモンスターが狂暴化しつつある。今はまだ抑えていられるが、このままモンスターの数が増えてゆけば、それもいつまでもつかは時間の問題……」
レスト王が少し顔を曇らせた。
「わたくしの国があるルートリア大陸も、今モンスターの脅威に晒されておりますわ。実際にモンスターの大群によって滅びた国もあります。セルフォードもいつそんな状況に陥ってもおかしくはありません……」
「うむ、噂は聞いておるぞ。ルートリア大陸の現状はこの大陸よりもよほど深刻であると」
「……はい、ですからわたくしはこの状況をなんとかするべく、家臣のフォンを連れ、伝説に記されている“紋章をもつ者・フォース”を探してここまで旅して参りました」
「……ほう! それで王女自ら旅に出たと申すのか。まことに勇猛な姫じゃな!」
レスト王が少し楽しそうな調子になって言った。
「ふふっ。父には、最初反対されましたがそれを押し切りましたわ。昔から言い出したら聞かない性格だったので父もあきらめたのでしょうね」
リオーネは少し笑ってから、また真面目な顔にもどした。
「それで……本題なのですが、国王陛下はフォースについて何かお聞きになったことはございませんか? わたくし達はこれまでにいくつかの国や街を訪れ、フォースの情報を探したのですが全く手がかりがなくて困っているのです」
「……ふむ」
リオーネが尋ねると、レスト王はしばらく何かを考えこむように黙ってしまった。
しかし、王はやがて決心したかのように一人の兵士を呼ぶと、奥の部屋からレスト王国の金の装飾がついた箱を持ってこさせた。
「……それは?」
「うむ、……時にそなたはウェンデルの西にある未開の地のことをご存じかな?」
レスト王が箱を手にしながら唐突に聞く。
「もちろん存じております。フォースがいるかもしれないという噂を聞きましたので、つい先日、数人の仲間と共に探索に向かいました」
「なんと! そなたは未開の地へ入られたのか?」
レスト王はリオーネの言葉に驚愕したようだった。
「あそこはかなり危険なモンスターが出るのじゃぞ? ……そなた、よくぞ無事であったものだ」
レスト王は心からリオーネの心配をし、そして同時に無事だったを安心したようだった。
「はい……。家臣のフォンと、一緒に向かった仲間にも恵まれたおかげです」
リオーネの言葉に王はうなずくと、再びまた口を開いた。
「……実はあの地へはこのレスト王国からも兵士を派遣し、探索を試みていたのじゃ」
言葉を区切りながら王が続ける。
「しかし何度となく探索は失敗し、その度にかえらぬ兵士もあった……。戦闘は得策ではないと判断した我々は、少しでも犠牲を減らすためにモンスターを避けながら進んだが、それでも探索は難航しておったのじゃ」
語りながら、王が手にしていた箱をそっとリオーネに手渡す。
「じゃが、ようやく一番奥にある遺跡までたどりつくことができた。ほんの数日前のことじゃ。これがその遺跡にあった宝……開けてみるが良い」
リオーネはレスト王と箱を交互に見つめた。
やはり、あの遺跡には何かがあったのだ。そして、それが今リオーネの手の中にある……。一体何が入っているのか? フォースに関係があるのか……?
リオーネはそっと箱に手をかける。
期待に胸を膨らませていたリオーネだったが中を開けて少しがっかりした。箱の中には、古ぼけた本が一冊入っているだけだ。
とても古いようで表紙はすでに茶色くなっているし、本の端はボロボロになっていて今にも破れてしまいそうだ。
一体、こんなものが何になるんだろう?と不思議に思った瞬間、ボロボロの表紙に描かれている紋章に目が止まり、リオーネは息をのんだ。
「これは……伝説に語り継がれているフォースの紋章だわ!」
これまでリオーネのそばで控えていたフォンも、その言葉に顔を上げ、慌てて本を覗き込む。
「その本はどうやらフォースについて書かれている伝説の一部のようなのじゃ。さぁ、読んでみなさい」
レスト王の言葉に、リオーネは本を開く。分厚いが書かれていることはそれほど多くない。リオーネは声に出して読んでみることにした。
“「最も偉大な力」という意味を持つ、白き光のグランドフォース。
世界を破滅へといざなう者の力が増すとき、生まれながらにグランドフォースの紋章を持つ者が現れる。
その者はやがてフォースを解放し、世界を破滅へといざなう者を打ち破るだけの莫大な力を発揮する。
同じく、グランドフォースと使命を共にする紅き光のフレイムフォース。そして、蒼き光のアクアフォース。
この二つの紋章は、生まれながらには現れず。
自らの使命を悟りしとき、初めてフォースを解放し勇者として目覚めるであろう”
リオーネは読み終わった。伝説にこんな続きがあったなんて……。
フォンも驚いている。その場はしばらく、誰も何も話さなかった。
やがて、沈黙を破ってレスト王が口を開く。
「……その本は、そなたがもらってくれぬか?」
「えぇっ!? でもこんなに大切なもの……」
リオーネはためらったが、王はさらに続ける。
「いや、これはそなたが持つべき物であると私は思う。そなた達がここへ来たことに、私はなにか運命めいたものを感じたのじゃ」
「国王陛下……」
「そなた達ならきっと、フォースを見つけだすことができる。私はそう信じておるよ」
レスト王はそう言うと、優しく微笑んだ。
それからリオーネとフォンは王に何度もお礼を言い、レスト城をあとにした。
フォースについて王が知っていることは他になかったが、レスト王国は各地に兵を派遣し、フォースの情報を探しているという。また何かあればいつでも寄りなさいということであった。
レスト城を背に歩きながら、リオーネが伝説の続きについてフォンに話しかける。
「どう思うフォン? もしかしてフレイムフォースとアクアフォースはまだ目覚めていないのかしら?」
「そうですね……。ここまで旅して一人も紋章をもつ者が見つからなかった上に情報さえもないということは、それもあり得ますね」
フォンが考えながら答えた。
「じゃあやっぱりまずは、生まれながらに紋章をもつっていうグランドフォースを見つけるしかないってわけね」
「えぇ……、グランドフォースを見つければ、その力に導かれて残りのフォースも見つけることができるのではないでしょうか?」
リオーネがフゥ、とため息をつく。
「やれやれ……結局ほとんど前進してないわ。そのグランドフォースを見つけるのが大変だっていうのに。まったく……どこにいるのかしらね」
フォンも見当がつかない。二人はしばらく黙って歩く。
しかし突然、リオーネが何かを思いついたように口を開いた。
「ねぇフォン! 思ったんだけどさ、フレイムフォースとアクアフォースがまだ目覚めてないかもしれないってことはさぁ、もしかしたら私達も自分で気がついてないだけで、実はフォースの一人だったりしてね~!」
リオーネが笑いながら冗談を言う。
「……そんな恐れ多いこと、あるわけないですよ」
フォンはぴしゃりと否定した。フォンの言葉にリオーネが「なによー、ちょっとした冗談じゃない」と言ってむくれている。
しかしフォンはそんなリオーネを見ながら言葉とは裏腹に、なぜか胸がざわつきはじめるのを感じた。
「……いやいや、あるわけがない」
フォンはリオーネには聞こえないくらいの声でもう一度それだけを独り言のように呟くと、気を取り直し、また前を向いて歩き始めた。