〜第三章〜「未開の地」
——翌朝。
窓から差し込む朝日に照らされてフォンは目を覚ました。
すぐには頭がはっきりしない。相当深く眠りについてしまっていたようだった。
「あ、フォンおはよう。やっと目が覚めたみたいね」
既に起きていたリオーネが、髪をとかして身支度をしながらフォンに笑いかけてきた。
「フォンが私より遅く起きるなんて珍しいわ」
おかしそうに笑いながらリオーネが言う。
フォンはようやく頭がはっきりとしてきた。そういえば昨日、少し気を許してしまい過ぎたかもしれない。
フォンはレキのほうを振り返った。……まだ寝ている。相変わらず熟睡だ。
いったいこいつはどれだけ寝るんだと思いながらフォンはレキを起こした。
「レキ、朝だよ。そろそろ起きてくれ」
う〜ん……と目をこすりながらようやくレキが起きた。
「ふあ……。フォン……リオーネ、おはよ」
眠そうな顔でレキは二人に笑いかけた。とても無邪気な笑顔である。
「……レキって、悩み事とかなさそうだよな」
レキの様子を見てフォンがボソッとつぶやく。
「そう?」
レキはまたニコッと笑った。
「レキ〜あなた今日ゼットって人と未開の地に行くんでしょ?」
「そうだった! 急いで準備しないと」
リオーネに言われて慌ててベッドから飛び起きたレキだったが、リオーネの次の言葉にさらに驚いたようだった。
「そこ、私とフォンも一緒に行くから」
リオーネがさらりと言い放つ。
「……ぇえっ!? リオーネ達も来るの??」
レキが予想外のことにびっくりして足をとめ、リオーネとフォンを交互に見つめる。
「でも……かなり危険だよ」
「危険なことはわかってるわ。それに、こう見えても私は魔法が得意だし、フォンはセルフォード王国一の剣士なんだからね! 一緒に連れて行って絶対に損はないから!」
リオーネはるんるんと準備している。
「だいたい、レキにだって行けるなら私にも行けないわけないじゃな〜い!」
「……フォン」
レキは助けを求めてちらりとフォンを見たが、フォンも行く気まんまんのようだった。
「心配しなくても大丈夫、姫のことは私が責任をもって守るから」
レキを安心させるようにそう言ってフォンも準備をはじめた。
その様子に、止めるのは不可能だと悟ったレキは仕方なく二人と一緒に未開の地へ行くことに決めただった。
三人が一階へ降りて行くと食堂にいたゼットが声をかけてきた。
「お! 来たなレキ。朝メシ喰ったら早速出発するぜぇ〜」
「おはよゼット! ところで、今日この二人も一緒に行ってもいいかな?」
レキはリオーネとフォンを紹介した。
「昨日レキと一緒に飯喰ってたやつらだな。いいぜぃ! 仲間は多いほうが助かるからな。特に、背の高い剣士のにーちゃん歓迎するぜ〜ぃ」
ゼットは気楽に承諾した。
「じゃあこっちの仲間も含めて合計六人になったな」
ゼットの仲間も二人いた。二人とも同じこの宿屋に泊まっていて、レキとももちろん顔見知りだ。
「んじゃ、フォンとリオーネに紹介しとくぜ〜。オレの仲間のカイルとクライヴだ」
ゼットの隣には屈強な男二人が座っていた。
カイルは20代後半くらいのいかつい男でこの中で一番年上のようだった。肩には弓矢をかついでいる。
クライヴは、カイルよりもゼットよりもさらにひと回り大柄な男で、ヒゲをはやしており、顔には大きな傷を持っている男だった。
「嬢ちゃん、遊びに行くんじゃないんだぜ。大丈夫かよ?」
クライヴがちらっとリオーネを見ながら微に不機嫌そうに尋ねる。
「失礼ね! こうみえても私、かなり優秀な魔導師なんですからね!」
クライヴの言葉にリオーネがぷんぷんと怒ってみせる。見た目だけで判断されるとは全く不本意な気分だ。
「ははっ、そりゃ頼もしいな! オレ達は魔法がちょっと苦手でね。ほとんどつかえないも同然だからな。魔導師とはありがたいぜ」
クライヴのかわりにカイルが笑って答えた。この言葉にリオーネも少しだけ気を良くする。
こうして未開の地の探索には六人で出向くことになった。
六人は同じテーブルに掛け、しばし談笑しながら朝食をとった。
ウェンデル西・荒野。
「よしっ! それじゃあ行くぜぃ!」
ゼットのかけ声で一行は未開の地を目指した。
「今日こそはお宝を見つけて探索を終りにしたいぜ」
ゼットが歩きながら言う。
「ウェンデルは海からそんなに離れてねぇ場所にあるらしいから、海にぶちあたっちまえば未開の地の探索はおわりなんだ。もうほとんど攻略しちまったからそろそろお宝が見つからないと困るぜ〜」
ゼット達三人は各地の財宝を探して旅しているトレジャーハンターだった。
このウェンデルにも財宝を探してやって来ていたらしい。
「最近じゃあ別の噂もとびかってるが、オレ達ゃこの先にはすげーお宝が眠ってるって信じてんだ」
クライヴが目を輝かせながら言った。別の噂とはフォースにかかわるものがこの先にあるという噂のことか、とその言葉を聞きながらフォンは内心思った。
「まぁ、空振りなら空振りでしょうがないけどな。財宝を夢見て冒険するのが楽しみなんだよ」
カイルも笑いながらクライヴの言葉を引き継ぐ。
「ゼット達は二十日間調べてる間になにか発見はあったの?」
レキは三人の話を楽しそうに聞きながらニコニコと問いかける。
「いいや〜、お宝と呼べるもんは何一つなかったなぁ。強ぇモンスターが出るから一度に進めなくてよ。何度も引き返しながら毎日少しずつ攻略していったんだぜ」
たしかに、まだこの辺りはゼット達の功績によってモンスターがいなかった。
「モンスターってそんなに強いの?」
今度はリオーネが尋ねる。
「強ぇ強ぇ! オレ達三人でも苦労すんだから、モンスターが出てきたらレキとリオーネは後ろから援護をたのむよ。正面からじゃおまえ達にはちょっと危ないからなー。フォンはオレ達と一緒に戦ってくれよ」
「オレも前で戦うよ」
ゼットの提案を聞いたレキがすかさず言ったが、今度はフォンに止められてしまった。
「レキには危険だ。我々に任せておけばいい」
「心配しなくても大丈夫だよ。オレだって戦うつもりで来たんだから」
ニコッと笑って引き下がらないレキに、フォンはやれやれと頭をかいた。
「まったくキミは怖い者知らずだな。どうなっても知らないぞ……」
そう言いながらもフォンは、レキのほうにも気を配りながら戦うことを決めた。
一行が西に向かって一時間ほど経った。
しかし相変わらずモンスターとは出くわさなかった。ゼット達の二十日間の労力は無駄ではなかったようだ。
だがある地点を境に、先ほどまでとはうって変わって急に空気がはりつめた感じがした。景色も今まで歩いてきた荒野とは違い、巨大な岩や枯れた大木などが密集して非常に見通しが悪くなってきていた。
そこでゼットが急に足をとめる。
「ここから先が本当の未開の地だ。オレ達もまだ来たことねぇ。昨日の探索はここまでだったからな」
ゼットは剣を抜き、慎重に辺りを見回した。
「油断するなよ、もういつモンスターが出てきてもおかしくないぜ……」
六人は武器を構え、最大限の注意を払いながら前へ進み出した。
「……この感じ、イヤだわ。いっそのこと早くモンスターが出てくれないかしら? この出そうで出ない感じのほうが余計に緊張するわ」
リオーネが不満を言ったがいつものキレがない。微かに声が震えている。それほどまでに辺りは重い嫌な空気に包まれていた。
一行は少しずつ前へと進んで行く。
少しひらけた場所にでたその時、前方の死角から突然数匹のモンスターが現れた。
「出たぞ!! 戦闘開始だ!!」
ゼットの指示に全員、戦闘体制に入った。
モンスターは三匹だった。巨大なトカゲのような体をしているが二本の足で立ち、体の表面は固い鱗で覆われている。手は四本あって、それぞれの爪は長く鋭い。こんな爪で攻撃されたらひとたまりもないだろう。
そのモンスターは大きく手を広げ、唸り声をあげながら近づいてきた。
カイルが弓を構え、そのうちの一匹に矢を放った。矢はモンスターの左肩に命中し、モンスターが痛みに怯んでいる隙にゼットが剣で斬りかかる。
フォンも別のモンスターに素早く向かって行った。鋭い爪を流れるような動作で避け、モンスターに攻撃をしかける。束ねた長い銀髪が優雅に宙を舞い、その戦い方は俊敏でとても華麗に見えた。
「ヒュ〜♪ にぃちゃん、やるじゃねぇか」
クライヴがフォンを横目でちらりと見てから、残ったもう一匹のモンスターに向かって行った。
ゼット達はなかなか強かった。ゼットとカイルが連携を組んで戦い、少し力の強いクライヴが一人で一匹のモンスターを相手にしている。どうやら形勢は悪くないようだ。
フォンは三人の様子を見ながらも一番早くにモンスターを倒した。
まだこの程度のモンスターならフォンの敵ではない。
「こいつらは、この辺に出るモンスターの中でもまだ弱ぇほうさ」
ゼットも相手にしていたモンスターを倒してから言った。
しかし二人が一息つく間もなく、また前方からモンスターが現れた。
今度は四匹。さっきと同じ大トカゲのモンスターが二匹と、そのモンスターよりかなり危険な感じがする全身が紫色のヒト形をしたモンスターが二匹だった。
その紫色のモンスターはヘビのような一つ眼と、頭には一本の角、背中には羽がはえており、両手の爪はトカゲのモンスターのそれよりも長く鋭かった。
「チィッ! 厄介なのはこいつこいつ!! ガーゴイルって奴だぜぃ! フォン気をつけな!」
ゼットとフォンに緊張が走る。ようやくさっきのモンスターを倒したクライヴも次の相手に向けて体制をたてなおす。
二匹のガーゴイルは人の言葉が発しながら近づいてきた。
「人間ハ……ヒトリ残ラズ消シテヤル」
「なるほど、人の言葉を話すとは高度なモンスターだな」
フォンはそれだけつぶやくと、そのままガーゴイルへと立ち向かっていった。
ゼットとカイルも再び連携を組み、残ったもう一匹のガーゴイルと戦闘を始める。クライヴは大トカゲのモンスター二匹の相手だ。
「ガーゴイル……」
ゼットとフォンが戦っているモンスターは、レキも見たことがあった。
ほんのつい最近、ユタの村の湖で遭遇したのも同じ種類のモンスターだった。
ガーゴイルなどという高度なモンスターと出会うのは、そうそうない珍しい事だ。やはりここのモンスターも何かを守っているのだろうか?
そんな事がちらりと頭に浮かんだが、今はゆっくりと考え事をしている状況ではない。すぐさま二匹の相手をしているクライヴの援護に向かおうとしたレキだったが、ふいに背後に殺気を感じ、振り返った。
隣にいたリオーネもそれに気づき振り返る。
「……囲まれてるわ!!」
後ろには、空から降りてきたモンスターが二匹いた。
前方でフォン達が戦っているガーゴイルとほとんど同じモンスターだったが、手は鋭いカマのようになっている。こいつらにも種類がいくつかあるようだが、攻撃力はさらに高そうで危険な雰囲気が一発でみてとれた。
「リオーネ、下がってて!」
レキはそう叫ぶなり、後方の二匹のガーゴイルめがけて飛び出した。敵もそれに合わせ、カマのような手を振り回しながらこちらに向かってくる。
「ギィアッ!!」
レキは襲いかかって来た一匹目のガーゴイルの攻撃を直前で避けると、もう一匹のガーゴイルの攻撃を剣で受け止めた。しかしすぐにその剣をなぎ払い、敵を振り切るとそのまま反動にのせて相手の体を斬りつける。
ガーゴイルの動きは非常に素早いが、レキの攻撃はそれよりも速かった。
「ギィッ……!」
ダメージをくらったものの、傷は浅かったようだ。二匹のガーゴイルは再び攻撃をしかけてくる。
しかし、レキはそれをすべて避けると同時に、さらにカウンター攻撃を打ち込んでいく。
「……強い」
レキの戦い方を見ながらリオーネは無意識の内に呟いた。
フォンもかなり強い剣士であり、リオーネはこれまでフォン以上に強い人を見たことがない。しかし、もしかしたらレキはその上をいくかもしれない。
レキの戦い方には非常に天才的な強さを感じた。それに、戦いにも慣れている。
普段の幼い雰囲気とは違い、戦闘時の真剣な顔つきはとても大人びて見えた。
リオーネもレキを援護することにした。
杖を構え、集中して魔力を練りはじめる。魔法のイメージを固め、それに合わせて一気に魔力を解放する。
「—ティア・ライト!—」
詠唱とともに激しい光がレキの前方にいたガーゴイルへと飛んでいき、その体を切り裂いた。
ガーゴイルは苦痛の声をあげよろめいたが、まだかろうじて生きている。今度はリオーネのほうに飛びかかろうとしたが、その前にレキが再び斬りつけ、それが致命傷となったそのガーゴイルはついに力尽きた。
二人から少し離れたところで戦いながら、フォンはその様子を見ていた。自分の相手であるガーゴイルのモンスターと戦闘をしながら、常に周りにも気を配っていたのだ。
特にリオーネとレキのほうは心配だった。危険そうであればすぐに駆けつけようと思っていたのだ。
しかし、そんな必要はなさそうだった。予想以上にレキは強い。さすがに一人で旅をしているだけのことはある。
「いったいあいつは何者なんだ……」
そう呟きながら、フォンは自分が相手をしていたモンスターにとどめをさした。
ゼットとカイルは連携を組んで別のガーゴイルと戦っている。二対一なので形勢は悪くないようだ。もう決着がつく。
逆に、クライヴは一対二で大トカゲのモンスターの相手をしている。相手が二匹では少し分が悪いようだ。
フォンが応援に向かおうとした時、クライヴが相手にしていた一匹は、クライヴの攻撃をよけ、すばやくリオーネ達のいるほうへ向かって行った。
「やべぇ! 嬢ちゃん、一匹そっちに行ったぞ!!」
クライヴが叫び、リオーネが振り返る。魔法を唱えようとしたが、モンスターはすぐそこまで迫っていて魔力を練る時間がない。
杖で攻撃を防ごうと、リオーネは咄嗟に防御の体制をとったが、モンスターが振り下ろした鋭い爪をその前で受け止めた人物があった。
「フォン!!」
リオーネはホッとしてその人物の名前を呼ぶ。
「こいつは私にお任せください」
フォンは攻撃を受け止め、そう一言リオーネに告げると、再び大トカゲのモンスターと戦闘を始めた。
その隣でようやくゼットとカイルはガーゴイルのモンスターを倒していた。クライヴも相手のモンスターが一匹になってからは難なく勝利することができた。
ゼットが周りの状況を見ると、ちょうどレキが二匹目のガーゴイルを倒したところだった。それに続いて、フォンも最後の一匹である大トカゲのモンスターを倒す。
「やれやれ……すげー数のモンスターだったぜぃ」
ゼットがほっと一息つきながら言った。
「こんなに一度にモンスターが出てきたのは初めてだ。それだけお宝が近いのかもしれないけどよ。これから先を考えると恐ろしいぜ……」
「それにしても、フォン達がいてくれて本当に助かったよ。オレ達だけであんなにたくさんのモンスターが出てきてたら……きっとやられてたな」
カイルが言い、その言葉をまたさらにゼットが引き継ぐ。
「まったくだ。さすが! 剣士のにぃちゃん強いねぇ〜。オレ達とは比べもんにならねぇな! それに……」
ゼットがちらっとレキのほうを見る。
「レキ、お前相当いい腕してんじゃねぇか! コノヤロ〜。オレなんかよりよっぽど強ぇよ! 心配して損したぜぃ〜」
わしゃわしゃとレキの頭をなでる。
「まったくだ……。キミは一体何者なんだい?」
フォンがレキに聞く。
「え? 何者って言われても……」
レキが困惑しているところにリオーネが話に入ってきた。
「ちょっとぉ〜! 私のことも忘れないでよー! 私だって一応活躍したんだからね!」
「あ、リオーネ。魔法助かったよ! ありがと」
レキはまた無邪気に笑った。さっきの戦闘の時とはやっぱり全然違う。別人みたいだ。
なんだかあの真剣な顔の後で、この笑顔はずるい……とリオーネは思った。
「ま、まぁね! 言っとくけど、あんなのまだ全然本気じゃないんだからね!」
ゼットがリオーネの肩をポンポンとたたく。
「へへっ! もちろん、嬢ちゃんにも期待してるぜ〜。んじゃあおしゃべりはこれくらいにしてそろそろ進むかぃ? またモンスターが出てきちまう」
六人は再び、先へと進み出した。
次はどんなモンスターが、どこで、何体現れるのか全く予測がつかない。見たこともないような恐ろしいモンスターだっているかもしれない。
わかっているのはただ一つ。先へ進めば進むほど、危険は増してくるということだけだった。
一行は最大限の注意を払いながら、先を急いだ。
「さっきの戦闘で全員の実力はだいたいわかった。次にモンスターが出現したら、最も危険そうな奴は私とレキで倒すことにしよう」
歩きながらフォンが提案した。
「わかった、それでいいよ」
レキが周りに注意を向けながら答える。
「ゼット、カイル、クライヴはその他のモンスターを頼みます。姫は後ろから魔法で援護を」
「えっ、ちょっと待った。姫ってなんだい?」
フォンが言ったことに細かく気づいたゼットが尋ねる。
「……聞き間違いでしょう」
うっかりいつも通りに呼んでしまったがこの状況で説明するのは遠慮したい……今はそんな場合じゃない。フォンは軽くしらばっくれたが、その様子を見ていたリオーネとレキは顔を見合わせ小さくクスッと笑った。
「そうか? おかしいな、今たしかに……」
ゼットがそこまで言いかけた時、今度は前方から火の玉が飛んできた。
一番前にいたフォンとレキは横に跳び、それを素早くかわす。二人がさっきまでいた場所は黒こげになっていた。
「敵だ!」
フォンが叫んだ。まったく、あれからほとんど進んでないというのにこのモンスターの多さはなんなんだ……。
そんなことを思いながら前方を見るとモンスターの正体はドラゴンだった。
「ゲゲッ! ここはドラゴンまで出るのかよぅ」
ゼットが呻いた。
ドラゴンといっても体がかなり小さい。ミニドラゴンといったところか。
しかし体は小さくてもドラゴンはドラゴンだ。ドラゴンの皮膚はとても硬く、先程の大トカゲのモンスターのそれとは比べ物にならないくらい頑丈だろう。おそらく並大抵の攻撃ではほとんどダメージは与えられない。
しかも性格は凶暴だし吹き放つ炎の威力もすさまじい。こいつはかなり危険なモンスターだ。
一匹でも厄介なのにドラゴンは二匹いた。そしてお決まりのようにまたあのガーゴイルのモンスターを連れている。ガーゴイルも二匹だ。
「オレ、ドラゴンを倒すよ」
そう言ってレキは真っ直ぐドラゴンに向かって駆け出した。
「ゼット達と姫はガーゴイルを頼みます! ドラゴンは私とレキに任せて下さい」
フォンもそう叫んで、レキとは別のもう一匹のドラゴンへと向かって行った。
レキがドラゴンに攻撃を仕掛ける。剣で背中を斬りつけてみたが皮膚が硬く、少ししかダメージを与えることができなかった。
「うーん、やっぱり硬いな」
ドラゴンが痛みで逆上し、炎を吹きながら飛びかかってくる。
レキは横に跳んで炎をさけ、再びさっきと同じ場所を斬る。
「ギィィ!!」
ドラゴンが叫び声をあげる。少しは効いているようだ。
だがまだピンピンしており、これくらいの軽い攻撃では相当の回数を重ねなければこのドラゴンは倒せないだろう。
ドラゴンは旋回し、再びレキに向かって飛びかかってきた。激しい炎を吹き出す。
しかし、今度はレキは避けなかった。
そのままドラゴンに向かって真正面から突っ込み、炎が体を焦がす直前のところでドラゴンの腹の下へと潜り、その腹部を一直線に切り裂く。
「キシャー!!!」
さすがのドラゴンも腹部の皮膚はあまり強くないようだ。そのまま地面へと倒れ込む。
「……小さくても相当厄介な奴だな」
さっきの炎がかすって着ているマントの先が少し燃えていた。
レキは炎を振り払うと、フォンのほうへと向かった。
フォンはドラゴンに何度か攻撃を喰らわせていた。
少しずつ効いてはいるが、ドラゴンはなかなか倒れない。
「……これは長期戦になりそうだな」
フォンが再び攻撃を仕掛けようとしているところで、レキが応援にやってきた。
「レキ! キミはもうドラゴンを倒したのか?」
フォンが驚いて聞いた。
「うん、手伝いにきたよ」
レキが小さくニコッと笑う。いつもの幼い笑顔ではなかった。
「こんなに早くドラゴンを倒すとは……こいつはかなりタフだぞ?」
「背中は硬いけど腹部が弱点なんだ。ドラゴンの下へ潜り込めば一撃だったよ」
「……オイ、そんなの自殺行為だろ」
ドラゴンは常に炎を吹き出しているし、強力なかぎ爪も持っている。そんなドラゴンの下へ回り込むなんてかなり危険な行為だ。
相当、速さと戦闘センスに自信がないとできる芸当ではない。
「……まぁでも一度やってみるか。このままじゃ戦闘がかなり長引きそうだ」
フォンはなんとなく対抗心が出て、レキの戦術を真似てみることにした。
「じゃあ、オレがドラゴンを引き付けるよ」
レキはそう言うなり素早くドラゴンに攻撃を仕掛け、注意をひく。
ドラゴンは怒って炎を吹きながら、レキめがけて飛びかかってきた。その隙にフォンはドラゴンの下へと回り込み、炎をかろうじてさけながら弱点である腹部を斬りつける。
「クシャー!!!」
叫び声とともに、ついに二匹目のドラゴンはその場に倒れた。
「やれやれ……なんとか倒したな」
見ると、リオーネ達のほうもちょうど戦闘を終えたところだった。
「姫、ご無事ですか?」
フォンとレキはリオーネ達のほうへと駆け寄る。
「えぇ、私は大丈夫だけど今の戦闘でクライヴが怪我しちゃって……。いま治すからちょっと待っててね」
クライヴは左腕を負傷していた。先ほどのモンスターの攻撃を喰らってしまったらしい。
「嬢ちゃん、治すって……?」
クライヴが痛みに顔をしかめながら聞く。
「いいから!」
リオーネはクライヴを黙らせると、集中して魔力を込めはじめた。
暖かな光を放ちながらクライヴの左腕にふれる。
「—リペア!—」
リオーネが呪文を唱えると、クライヴの傷口が光り出し、ゆっくりとふさがりはじめた。
「すげぇ! 嬢ちゃん、癒しの魔法も使えるのかい!」
クライヴが感心して言った。
「まぁね! どっちかっていうと、攻撃魔法よりもこっちのほうが得意よ」
リオーネが魔法を発動させながら答える。
「いや〜、癒しの魔法が使える魔導師なんて世界にほとんどいないから初めて見たよ。相当、高度な魔法らしいからな」
カイルも珍しそうに見ながら言った。
「へぇ〜、リオーネってすごいんだね」
レキもリオーネの魔法をまじまじと見ている。
「ふふん、まぁね! 私がいるからには、みなさん多少ケガしても大丈夫よ。安心して戦ってね!」
回復には少し時間がかかった。一度破壊された細胞を戻す魔法なので、傷が深ければ深いほど回復には時間がかかる。
「よしっ! これでいいわ。でも、すぐには完全に元通りって訳にいかないから、しばらくは無理しないで。みんな、クライヴのサポートよろしくね」
「本当にありがとよ。……リオーネ」
クライヴがちょっと照れながらリオーネにお礼を言った。
「あら、クライヴに初めて名前呼ばれたわ。今までずーっと、嬢ちゃんだったのに」
リオーネが笑いながら答えた。
「ところで、癒しの魔法ってどんな怪我でも治せるのかぃ?」
ゼットが興味津々で尋ねる。
「どんな怪我ってわけでもないわね〜。程度と場所によるわ。たとえば場所が心臓とかならいくら魔法でも治せないし、複雑な場所や深すぎる傷には効かないこともあるわ」
「……ほ〜、魔法も万能ってわけじゃないんだな。んじゃあ致命傷はさけねぇとな〜」
ゼットはハハッと軽い調子で笑うと再び歩きはじめた。五人もそれに続く。
またいつモンスターが現れるかわからないので六人は慎重に進んで行った。
それからかなり歩いた。
さっきと同じドラゴンやガーゴイル、大トカゲが何匹も出てきたが、一行はその度にモンスターを倒し、前へと進んで行った。
しかしそろそろ疲労も溜まりつつあった。一体この先、未開の地はどこまで続くのかとそれぞれが不安に思っていたところで、ようやく古い小さな遺跡のようなところに辿り着いた。
「おぉ〜! なんだこれ? かなり古いものみたいだが……。ここにお宝があるんじゃねぇのか?」
ゼットが興味津々で遺跡を眺める。
その遺跡は白い石壁でできていて、ところどころが崩れている。大きさは遺跡と呼ぶには少し小さく、普通の家くらいの大きさしかない。
「ここがきっと、未開の地の一番奥だね」
辺りには潮の香りが漂っており、それに気づいたレキがキョロキョロと周りを見回しながら言った。
遺跡の後ろへ回って少し進むと、そこは断崖絶壁になっており、下は真っ青な海が広がっている。
「や〜っと海まで到達したぜぃ! 21日目にしてついに未開の地、制覇だな!」
ゼットは心から嬉しそうな様子で喜んだ。彼等にとっては冒険自体が一つの楽しみにもなっているようだ。前人未踏の地に辿り着いたことで、かなりの達成感を彼等は感じていた。
「よし! あとは遺跡を調べてお宝を持って帰るだけだぜ」
クライヴもご機嫌で言い、一行は再び遺跡があるところまで引き返した。
「それじゃ、入るぜぃ」
ゼットが一声かけ、遺跡の中へと足を踏み入れる。順番に全員が入った。
遺跡の中は狭く、薄暗かった。人が入ると大量の砂ぼこりを巻き上げ、余計に視界が悪い。
「暗くてよくわかんねぇが……なんかめぼしいもんあるか?」
ゼットが辺りをガタガタと探しながら他の仲間達にも尋ねてみる。
「こっちには何もないな」
フォンも辺りを入念に調べながら答えた。
「……ちょっと! これなにかしら?」
なにかを見つけたリオーネが一番奥から声をかけた。全員がそちらへ移動する。
リオーネは崩れかけた台座のようなものを指さしていた。
台座には何かの模様が描かれていたようだが、崩れていて今はもうどんな模様だったのか確認はできない。
その台座の上にはさらに石でできた四角い箱のようなものが置いてある。
「そりゃあひょっとして、噂のお宝じゃねぇのか〜!?」
ゼットがウキウキしながら台座の箱に手をかけ、薄い石でできた蓋をそっと持ち上げた。
ゼットの横から全員が身を乗り出して中を見る……が、中身は空っぽだった。
「えぇ〜!?? なんにもねぇぞ! こんなのアリかよぉ〜!?」
ゼットは慌てて蓋を裏返してみたり、台座の後ろを見たり、箱を持ち上げたりしてみたが、やはり何もない。
「オレ達よりも早く、既に誰かがお宝を持って行っちまったってことか……?」
クライヴががっくりと肩を落とした。
「確かに、ここに何かがあったのは間違いなさそうですから、そういうことになりますね」
「……一体ここには何があったのかしら? 本当にただの宝だったのかしらね?」
フォンとリオーネが考えながら言う。
「考えても仕方ねぇぜ……。ねぇもんはねぇんだからよ」
この事実はゼットにとってかなり堪えたようだ。意気消沈しながらトボトボと外へ出て行く。
しかし彼は外へと出た瞬間、突然、悲鳴のような叫び声をあげた。
「ぎゃあああ!!!」
中にいた五人はその声に驚いて、急いで外へ飛び出した。
五人は外の光景に目を疑った。
いつの間にかモンスターが遺跡中を取り囲んでいる。
そしてどうやらゼットはそのモンスター達の不意打ちを喰らってしまったようだ。肩を押さえ、微かに震えながら地面にうずくまっていた。
モンスターの数は全部で十匹。大トカゲのモンスターが五匹とミニドラゴン、ガーゴイルがそれぞれ二匹ずつ。そして今までに見たことのない、恐ろしい骸骨のような姿をしたモンスターが一匹、この群れのボスのように君臨していた。
骸骨のモンスターは手には巨大な剣を持っておりその剣は不気味な呪いのようなオーラを漂わせている。
ゼットはその剣で肩を斬られたようだった。肩の傷口へ黒い不気味なオーラが流れ込んでおり、ゼットは苦しみに顔を歪めていた。
「いけないわ!」
リオーネが急いでゼットに駆け寄ると同時に魔力を込めはじめた。
「この傷はとても危険よ! 急がないと全身に呪いがまわって死んでしまうわ! 私は回復に専念するから、モンスターはみんなに任せたわよ!」
リオーネはそう叫ぶと、すぐさま魔法に集中した。全力で癒しの光をゼットに注ぎ込む。
「こりゃ……やべぇな」
クライヴがつぶやいた。
モンスターの数が多い上に、これまでよりかなり危険そうなモンスターもいる。
その上ゼットとリオーネを欠いて戦わなければならない。
「このままではまずい。なんとかモンスターの隙をついて逃げるぞ」
フォンがゼットとリオーネをかばうように立ちながら言った。
「逃げ切れるかな……?」
歯をカタカタと鳴らしながら笑っている骸骨のモンスターを睨みつけながら、レキがぽつりと疑問を呟く。
「まぁ、ここでモンスターに囲まれながら戦うよりはましだ。クライヴ! 悪いがゼットをかついで先に逃げてくれ。姫も回復を続けながら一緒に行って下さい」
フォンが指示をし、クライヴはうなずいてゼットを持ち上げた。リオーネも魔法を発動させ続けている。
カイルが矢を放ち、モンスターに一瞬の隙を作った。
その隙をついて、クライヴがゼットを担いでいないほうの手で剣を振り回しながらモンスターの群れをすり抜けた。リオーネもしっかりとそれに続く。
残されたフォン、レキ、カイルもそれに続いたがモンスターはすごい勢いで迫って来る。前を走るリオーネ達は魔法を発動させながらのため、あまり速くは走れない。このままでは追いつかれてしまう……。
「レキとカイルは先に行って姫達に道を作ってくれ!」
フォンの叫びに、カイルが「まかせとけ!」と答え、スピードをあげてリオーネ達に追いついた。
「フォンは!?」
「私は後ろのモンスターの群れをくい止める」
フォンはくるりと後ろを振り返り、迫ってくるモンスターに向けて剣を構えた。
「……なんだって? そんなの絶対無茶じゃないか! 死ぬ気なの!?」
瞬時にレキが怒った。
「しかし他に姫達を逃がす方法はない……!」
「なら、オレも残る」
レキもフォンと同じ辺りで止まり、剣を構える。
「なに言ってるんだ! キミも死ぬぞ!? 姫たちと一緒に逃げるんだ!」
「フォンを置いて行けないよ! 大丈夫、二人なら絶対になんとかなるよ」
こんな状況でもニコッと笑顔を見せるレキに、フォンは何故かほんの少し落ち着いた気持ちになった。
「まったくキミは……」
そう言い残すと、フォンとレキは向かってくるモンスター達を迎えうった。