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第二章「王女」

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~第二章~「王女」


 レキは草原を歩いていた。

 ユタの村を旅立ってしばらくはずっと見通しのいい草原が続いており、歩きやすく、また遠くにモンスターがいてもすぐに気づく事ができるような景色であるため今のところレキの旅は順調といえた。
 これまでに何度かモンスターとも遭遇したが、それほど強いモンスターは出なかったのでこの辺りは比較的安全なのだろう。

 レキがユタの村を出発してから、すでに三日が経っていた。
 水や食料はユタの村で補給していたが、ところどころで小川を見つけては水を汲んだり、食べられる木の実などを探しながらレキは先に進んでいる。

 今日もかなり歩いたはずだ。レキはこの辺りで少し休憩することにした。
 荷物をおろし、地図を広げながらその場に寝転がる。さわさわと風にゆれる草がレキの頬をやさしくなでている。

 レキはここから西に位置するウェンデルという都を目指していた。

 ウェンデルはランガ大陸の中で最も大きなレスト王国という国が治めるとても大きな都で、各地からたくさんの人が集まって来る場所らしい。そこならきっとフォースの有力な情報が聞けるだろう。
 そう思ってレキはもともとウェンデルを目指していたのだが、途中道をはずれてしまいユタの村に着いたのだった。

 だが結果的にはその偶然行き着いたユタの村で、フォースの導きの書のひとつを見つけることができた。

 レキは自分が今いる大体の位置を確認してから地図をしまうと、代わりに紋章の描かれた二冊の本を取り出した。
 一冊目の本を開いてみる。もともとレキが持っていたほうだ。



 “遥か昔、世界を破滅へといざなう闇の力があった。

 その闇の力の源は自分の力を分け与え、悪しき闇の化身であるモンスターを次々に生み出し世界に解き放った。

 解き放たれたモンスターは人々を襲い、世界には暗黒の時代が訪れた。

 しかし世界を破滅へといざなう闇の者が現れるとき、紋章に選ばれた勇者も現れる。

 聖なる白い光を放つ紋章・グランドフォース。

 紅蓮の紅い光を放つ紋章・フレイムフォース。

 厳正な蒼い光を放つ紋章・アクアフォース。

 三人の英雄、その三つの力が交わるとき、世界を破滅へといざなう者を打ち破り、世界には再び平和が訪れる……”


 一冊目に書かれている内容はこれだけだ。このフレーズはこの世界の誰もが知っている有名な勇者伝説だった。
 
 紋章の中でも「最も偉大な力」という意味をもつグランドフォース。そして、その力を支えるフレイムフォースとアクアフォース。
 この伝説を知らない人はたぶん、いないだろう。モンスターだって知っている。

 レキは一冊目の本を閉じ、続いてユタの村で見つけた本を開いた。



 “世界を破滅へといざなう者が現れるとき、同時に、聖なる力によってフォースを導く七つの書も光を放ち、世界に現れる。

 すべての書を集めることによってフォースのすべきことを導き、世界を破滅へといざなう者を討つことができるであろう。


 書は各地に封印されており、邪悪な者にはさわることもできない。

 正しい心をもつ者だけがその書に触れ、封印を解くことができるだろう……”



 レキは二冊目の本を閉じた。

 分厚いのは見た目だけで書いてあることはすごく少ない。最低限のことしか記していないようだ。
 レキはこの二冊の本をもう何度も読み返していて、一字一句すっかり覚えてしまっていたが、それでも一日に何度も本を開いては眺めていた。


「あと五冊か……」

 レキは小さく呟いた。

 道のりは遠そうだ。それにまだ紋章をもつ者・フォースも見つかっていない。

「ふぅ……、やっぱりもう少し急がないとね」

 レキははやる気持ちを抑えきれずに立ち上がると、土をパンパンと軽く払って荷物を持ち、再びウェンデルに向かって歩きはじめた。




 同じくランガ大陸、南の町テセラ――。

 そこはウェンデルと同じく、レスト王国が治める町のひとつだ。
 ウェンデルほどではないが旅人の行き来も多く、たくさんの商店が並んでおりなかなか活気のある町である。

 その町の中のひとつの武器屋で店主と話し込んでいる女性がいた。
 女性と呼ぶにはまだ少し幼さが残り、年齢でいうとたぶん16才前後である。
 彼女は銀色に薄いピンクがかった緩やかなウェーブの長い髪をしており、横髪は頭の後ろに流し金の髪どめで軽くまとめている。瞳は輝く金色でぱっちりと二重でとても美しい。
 白のローブに金色のストールをまいたその姿はどことなく優雅さをただよわせていた。

「残念だがこの店には来たことはないな」

 古びた武器屋にあまりにも不釣り合いな綺麗な少女に驚きながら、店主は少女に向かって少し申し訳なさそうに答えた。

「そうですか……。この辺りでもそのような噂は全く耳にされませんか?」

「ああ、噂も聞いたことがないぜ。もしこの辺に一度でも来てたらすげぇ噂になったはずだからな。でも今のあんたみたいに探しにくる奴はこれまでに何度かいたがなぁ」

 少女はお礼を言って店を出た。
 店を出るとちょうど、背が高く長い銀髪を後ろで一つに束ねた目の鋭い男が少女に近づいてきた。

「そちらはどうでしたか?」

 見た目で受ける印象とは違い、丁寧な言葉遣いで男が話しかける。

「ゼ~ンゼンだめよ! 手がかりなしだわ!」

 やれやれ、といった様子で少女がお手上げの格好をする。
 さっきの優雅さと言葉遣いはどこへやら? 少女も見た目の印象とは違う、くだけた様子で答えた。

「フォンのほうはどうだったの?」

 少女にフォンと呼ばれたその男は、そう問われると残念そうに首を横に一つ振る。

「こちらもですよ。有力な手がかりは何一つありません」

 彼はさらに小さくため息をついた。

「これだけ大きな町でも、紋章をもつ者を見たことがある人はいないようですね。噂さえ聞かないそうですよ。やはりこの大陸にもグランドフォースと呼ばれる方はいないのでしょうか……」

「う~ん……まだわからないじゃない。ここから少し北西に行ったところに、この大陸一の都・ウェンデルがあるわ。そこならきっと何か情報が手に入るわよ! うん、なんかそんな予感がする!」

「……姫の勘はよく外れますからね」

 フォンはボソッとつぶやいたが少女には聞こえていたらしい。ジトッと少し不機嫌な様子で男を睨みつける。

「フォン! 余計なことは言わなくていいの!」

 少女は口をとがらせつつ、ムッとした表情で窘める。たしかにこの少女、あまり勘の働くほうではなかった。

 これまで二人は主に少女の言うとおり、いろいろな地を旅してまわっていたのだが、今のところ彼等の目的は達成されることなく、それらは全て空振りに終わっていた。

「冗談ですよ、姫」

 フォンはそこで「姫」と呼んでいる少女に向かってフッと表情をやわらげる。

「ウェンデルに行くのは私も賛成です。人の多い場所には、自然と情報も集まるものですからね」

 フォンの改められた言葉に少女は少しだけ気を取り直したようだった。ま、いいわ、とでもいうように軽く肩をすくめると、再び気合いを入れ直す。

「それじゃ、早速ウェンデルに出発するわよ!」



 この「姫」と呼ばれている少女と、その従者「フォン」は紋章をもつ者・フォースを探し出し、守護することを目的に各地を旅していた。

 今二人がいるランガ大陸のとなりに位置するルートリア大陸。少女はそのルートリア大陸にある国の一つ、セルフォード王国の王女であった。

 ルートリアは非常にモンスターが狂暴化している大陸の一つで、セルフォード王国以外にもいくつかの国があったが、どの国も少なからずモンスターの被害を受けていた。

 それぞれの国は軍事力を高め、モンスターに対抗してきたがその形勢は徐々に悪くなるばかりであった。

 ルートリア大陸では、ある日突然モンスターの大群が攻め込んでくることもあり、そのターゲットとなった街や国などはすでに滅んでしまっているところもあるほどだ。

 少女の国セルフォードも、いつそんな状況になってもおかしくはなかった。王宮の兵士たちは国を守るため、日々モンスターとの激しい戦いを繰り広げている。

 しかし、いくらモンスターを倒してもきりがなかった。悪の根源を絶たなければモンスターはいくらでも生み出されてしまう。

 そこで人々の唯一の希望は、伝説に記されている“世界を破滅へといざなう者”を倒す力を持つ、勇者グランドフォースだった。
 フォースなら伝説どおりきっと、世界を破滅へといざなう存在を倒し、再び平和を取り戻してくれる、人々はそう信じていたのだ。

 しかし、その肝心のグランドフォースはまだいっこうに現れる気配はない。
 それどころかあまりにも現れるのが遅いため、既にモンスターに殺されてしまっているんじゃないかという噂まで流れていた。

 もしも本当に、紋章の力を発揮できるフォースがすでに殺されているならば世界は終わりだ。紋章の力なしに“世界を破滅へといざなう者”を討ち破ることはできない。

 それ故にモンスターはフォースの命をしつこくつけ狙っているという。

 モンスターが最も恐れているのは紋章の力。なによりもフォースを抹殺することを最優先に動いているらしい。

 そうなればなんとかモンスターよりも先に紋章をもつ者を見つけ出して守らなければならない。いくらフォース――勇者といっても一人だけの力ではモンスターに殺されてしまうかもしれない。
 人々の唯一の希望をモンスターに消されるわけにはいかないのだ。

 そこで王女は自ら立ちあがった。じっとしているのは性分に合わなかったため自分でフォースを探しに行くことにしたのだ。


 もちろん最初は国王も反対した。しかし、今は国にとどまっていても、いつモンスターの大群が攻めてくるかわからないので安全とも限らない。
 それならば王女のやりたいようにやらせてみようということになったのだ。

 セルフォード王国には他国のように、国の総力を上げてフォースを探し出すという余裕はなかった。兵士は国を守ることで精一杯だったのだ。

 王女は非常に強い魔力をもっており、魔法のエキスパートだったがやはり一人ではあまりにも危険だ。そこで護衛役として、セルフォードでも最強の剣士と呼ばれている家臣のフォンを旅の共につけることにした。

 この二人がグランドフォースを見つけ、世界に平和を取り戻してくれることを願い国王は二人を送り出したのであった。


…………


 ウェンデルへと続く草原を歩きながら、少女は内心焦っていた。
 旅に出てしばらく経つが、有力な手がかりは何一つ見つかっていない。こうなるとやはり噂は本当でフォースはすでに殺されてしまったのではないかと不安になってくる。

 それに、飛び出してきた祖国セルフォードのこともやはり気がかりだ。
 これまでなるべく態度には出さないようにしていたのだが、旅の成果があまりにもあがらないため、少女は抱えている様々な不安な思いを隠しきれなくなっていた。


「姫、焦らなくても大丈夫です。私はこんなに早くフォースが見つかるとは思っていませんよ。まだまだこれからです。それにセルフォードもきっと大丈夫です。王宮の兵士はそんなにやわじゃありませんから」

 少女の様子に気づいていたフォンが、優しい言葉をかける。

 このフォンという男は、初めて見る者にとっては少し冷たい印象のする男だった。長い銀髪に切れ長の目、鼻筋は通っていて非常にきれいな顔立ちをしている。
 そのあまりにきれいな顔と鋭い目つきが、フォンの印象をそうさせていたのだ。
 しかし幼い頃からフォンを知っている少女は、フォンが本当はとても優しい人だということを知っている。

「ありがと……、フォン」

 フォンの言葉に不思議と安心した少女はニコッと笑いかけると、気持ちを新たに再びウェンデルへと先を急いだ。




 “ランガ大陸・西の都ウェンデル”

 そこは南の街テセラとは比べ物にならないほど大きな都だった。

 まるで城か要塞であるかのように都全体は巨大な石の壁で囲まれており、それによってたとえモンスターでもこの都へは容易に入り込めそうになかった。
 ウェンデルのすぐ北側にはこの都を治めているレスト城があり、ウェンデルはその城下町といった感じだ。

 ウェンデルの街並はとても華やかで、他では見たことがないような珍しい物を売っている店がたくさん並んでいる。広場にはさらに小さな露店がいくつもあって、その周りにはたくさんの人が集まっていた。商売大繁盛といった感じである。

 また、宿屋もこの都にはたくさんあった。
 ウェンデルを訪れる旅人はとても多く、モンスター退治のために訪れた者、珍しいアイテムを求めてたどり着いた者、商売をするためにやって来た商人など目的は様々であり、そんなたくさんの旅人が訪れるウェンデルだからこそ、宿屋はいくつあっても足りないくらいであった。

 それに、ウェンデルにはたくさんの旅人が訪れることによって成り立っている商売がもう一つある。

 それは情報屋だ。

 一見普通の飲食屋のように見えるが、そこには各地から集まってきた旅人がそれぞれ情報を持ち寄り、飲食の場にすると共にお互いの情報を売り買いしていた。
 もちろん、店のマスターから直接情報を買うこともできる。旅人達が毎日のようにひっきりなしに持ってくる情報をマスターが買い取り、また別の旅人に売るという流れだ。この店はウェンデルの中でも特に大繁盛していた。

 ひととおりウェンデルの街を歩いて少女は感激の声を上げた。

「すごいわ! 思ってた以上に大きな都よ! セルフォードにもここまでの都はなかったわね」

「そうですね。この分なら何かいい情報が手に入りそうですね。先程情報屋というものも見かけましたし」

 フォンも感心しながら言う。

「また後でのぞいてみましょう。それよりも、まずは今日泊まる宿を探さなければなりませんね」

 ウェンデルに着いたときには、すでに陽はかたむいていた。
 旅をしているとどうしても野宿になることもあり、それではあまり気が休まらないので、街にいるときくらいはゆっくりと体を休めたかった。


…………


「今日はもう部屋はいっぱいでねぇ。ごめんよ」

 愛想のいい宿屋のおばさんが申し訳なさそうな顔をしながら断る。

「ここは旅人が多いから、どの宿屋も陽がおちる前には満室になっちまうんだよ」

 そう言われたのは二人が訪ねて五軒目の宿屋だった。
 とぼとぼと宿屋を後にしながら少女が頭を抱える。

「どーするの~! このままじゃ街にいるのに野宿になっちゃうわよ~!」

「私に言われましても……」

 フォンも困った顔をする。この分では街中の宿屋がもういっぱいなのではないかとさえ思えた。

「これは本気で困ったわね……。この際どんなところでもいいから誰か泊めてくれないかしら」

 二人はもうほとんど陽がおちて薄暗くなってしまった通りをしばらく黙って歩いた。
 広場のあたりまで来ると、そこに本日六軒目の宿屋を見つけた。

「……ここもきっとダメでしょうね」

 そう言いながらもわずかな望みをかけて、二人は宿屋に入っていった。




「すみません。二名、泊まりたいのですが部屋は空いていませんか?」

「あ~……っと、いらっしゃい。二名様ですか? あいにく部屋はいっぱいなんですが……」

 ドタドタとこちらにかけよりながら宿屋の店主が頭をかいた。

「そうですか……」

 予想通りの答えにがっくりと肩を落とし、宿屋を出ようとした少女とフォンだったが、そこでさらに店主が「あっ」と声をかける。

「個室じゃないですけど、四人部屋なら一つ空いてますよ」

「本当ですか!?」

 少女もフォンも慌てて振り返った。

「ただ、先客がいましてね。すでに一人泊まってます。相部屋でもよければですが」

 と、店主が続けた。


「その先客っていうのは男性ですか?」

 すかさずフォンが聞く。

 もし男ならば遠慮しよう……いくらなんでも知らない男と姫を同じ部屋に泊まらせるのは心配だ。それなら野宿のほうがましだ……そう考えてのことだった。


「そうですよ」

 店主があっさり答えた。

 なら遠慮します、とフォンが答えようとしたその時……。

「それでも結構です! 是非泊まらせて下さい。やったー!! これで野宿しないですむ~!!」

 フォンの言葉を遮って少女が大喜びしながら店主に返事をした。

「えぇ~!? ちょっと姫……!」

 困惑するフォンの口を塞いで少女はにっこりとした。

「いいじゃないせっかく野宿しないですむんだから! それにいざとなったらフォンが守ってくれるでしょ?」

 これでもかというくらいにルンルンしている少女を見て、フォンはがっくりとした。
 どうやら今日は、野宿以上に気の休まらない夜になりそうだ……。



 その相部屋は三階にあった。
 この宿屋は三階建てになっていて一階は食堂、二階は個室、三階には二人部屋と四人部屋というように、階ごとに分かれているようだった。

「ここですよ」

 そう言って店主が案内してくれたのは階段から一番奥にある部屋だった。

「いったいどんな人が泊まってるのかしらね」

 少女が不安と興味を半々にまぜたような調子で聞く。

「まともそうな人であることを願いますよ」

 フォンがやれやれという表情をしながら答えた。


 ――コンコン、ガチャッ……。

 店主がノックしたのち扉を開けて中に入っていく。少女とフォンもそれに続いた。

 中に入ると、四つあるベッドのうちの一つに腰掛けている少年の姿が目に入った。こちらに気づいたようでパッと顔を上げる。
 少女より少しだけ幼く見える少年だった。

 その少年は、わずかにくせ毛だがサラリときれいな金髪と輝くブルーの瞳が印象的な、どちらかというと自然と人目を引くような少年だった。
 顔はまだ少し幼さが残るが、今後の成長が楽しみなほどに整った顔立ちをしている。


「やぁレキ君。こちらの二人なんだけど、今夜ここを相部屋で使わせてあげてもいいかな?」

「もちろん、かまわないよ」

 店主の親しげな問いかけに少年はニコッと笑って答えた。
 笑うとさらに幼く見える。とても可愛い笑顔だ。

「なんだ、全然心配することなかったじゃない」

 少女は安心した。
 相部屋でもいいと言ったものの、怖そうな人だったらどうしようかと思っていた。

 この子なら大丈夫そうだ。
 逆に相部屋になることによって出会えた偶然が、なんだかすごく幸運だったのではないかとさえ思えてくる。それは理屈では説明できないが、この少年にはそう思わせるような、なにか人を惹き付ける不思議な魅力があった。


「ふむ……」

 フォンもどちらかというと、ほっとした。

 ――どうやら悪い人物ではなさそうだ……でもまだはっきりとわかったわけではない。姫を守るのは自分の役目、多少の警戒はしておこう……。


「それじゃあ失礼しますね」

 そう言って店主が出ていき、部屋には三人が残された。

「それじゃとにかく、今日一日同じ部屋で過ごすわけだから自己紹介でもしましょうか」

 少女が少年に向き直って言った。

「私の名前はリオーネ。こっちは一緒に旅してるフォンよ」

 その紹介にフォンが軽く頭をさげる。

「オレはレキ。二人とも今日はよろしくね」

 レキはそう言ってまた二人に笑いかけた。



 部屋はそれほど広くなかった。
 ベッドが横に四つ並べられていて、レキはその一番左のベッドに座っていた。
 フォンの指示でリオーネが一番右端のベッドを使うことになり、フォンはひとつ空けてレキのすぐ隣のベッドに腰をおろした。

「レキは、いくつなの?」

 リオーネが自分のベッドの横に荷物を置き、またこちらにやってきた。

「オレ? 13だよ」

「へー、私のほうが3コ上かぁ。キミ、そんなに若いのに一人で旅してるの? それとも仲間は別の部屋にでも泊まってるの?」

「いや、一人で旅してるけど」

「えー! 本当に!? キミみたいな子どもが一人で危なくない!?」

「別にもう子どもじゃないよ!」

 むぅ~っとしてレキが言い返した。

「だいたい、リオーネだってオレとあまり変わらないじゃないか」

「まぁ私には一応、保護者がついてますからね」

 リオーネがフォンの背中をバシバシと叩く。
 どうせ保護者ですよ……と思いながらフォンも聞く。

「だがこのウェンデル周辺は、なかなか手強いモンスターも出るじゃないか。大丈夫だったのか?」

「うん、それくらいは倒せるよ」

「へー! キミけっこう強いのね」

 リオーネが今度はレキの背中をバシバシとたたいた。いきなり叩かれたレキは少しだけよろけたが、まぁね、とにっこり笑った。

 まだ出会って少ししか経っていないが、リオーネはこの少年がなんだかとても気に入った。


「オレ、今から下におりて夕飯食べてくるけど、リオーネとフォンも行かない?」

 レキがぴょん、とベッドから降りながら言った。

「いいわね、ちょうどお腹も減ってきてたわ。フォン行きましょ」

「そうですね」

 三人は一緒に一階の食堂へと降りていった。

「おっ、レキ君ご飯かい? ちょっと座って待ってておくれ。そちらのお二人さんも」

 レキ達が下に降りて行くとさっきの店主がカウンターの向こうで他の客の料理を作りながら呼びかけてきた。レキ達は空いていた三人がけのテーブルに座って待つことにする。

「レキも今日ウェンデルに来たの?」

 料理を待ちながらリオーネが尋ねる。

「オレは二日前に来たんだ。この宿屋に滞在するのは今日で三日目だよ」

 なるほど、それで店主ともけっこう親しいのか、とリオーネは納得した。
 ウェンデルに来る旅人は目的によって滞在する期間もさまざまで、この宿屋にはレキの他にももっと長期間滞在している旅人もいるようだった。

「ここじゃ三日はまだ短いほうだな~。オレなんかもう二十日間もここに留まってるぜぃ」

 三人のテーブルのそばをちょうど通りかかっていた若い大柄な男がそう言いながらレキの頭をくしゃくしゃっとなでた。

「ゼット! 帰ってたんだ」

「おぉ、今帰って来たとこよ! オレも飯にすっかな〜。んじゃあレキ! 明日は頼むぜ!」

 ゼットと呼ばれた男はそう言って奥の空いているテーブルに歩いて行った。

「今の人はゼットっていって、ウェンデル周辺を探索するためにここにしばらく留まってる人なんだ。このウェンデルからもう少し西はまだ未開の地らしいよ」

 レキは二人に説明した。

「オレも明日ゼットの手伝いをするんだ」

 レキはこの宿屋で泊まっている間にゼットと親しくなりウェンデル西の未開の地探索を手伝うことを申し出ていた。

「へぇ~、未開の地なんてあるのね。なんだか物騒な響きね」

「うん、モンスターがかなり強くてなかなか先へ進めないってゼットが言ってたよ」

「そんな危険なところ……キミが行っても大丈夫なのか?」

 フォンが少し呆れた様子で聞く。

「う~ん……。ゼットにもあんまり無理はするなよって言われちゃったけどね」

 レキは、ははっと笑った。


 それからもレキを見つけては声をかけていく宿泊客が何人かいた。
 まだ三日目にしては随分となじんでいるように見えた。


「レキって……なんだか不思議よね」

 運ばれてきた料理を食べながらリオーネが唐突に言った。

「ん? なにが?」

 レキがきょとんとして聞く。

「う~ん……なんていうか、初めて会ったのにそんな気がしないっていうか、うちとけやすいっていうか……。よくわからないけど不思議な魅力があるわ。たぶんそれはみんな感じているんじゃないかしら」

「そうですか? 私にはあまり感じられませんがね。姫だけなんじゃないですか?」

 フォンがしれっとつっこんだ。だがそれはなんとなくすねているようにも聞こえる言い方だった。

「ちょっとフォン! なんで怒ってるのよ?」

「いえ別に怒ってはいませんが……」

 リオーネの追及に、そんなつもりでなかったフォンは少し慌てた。急いで言葉を訂正することにする。

「まぁでも確かに言われてみれば、とっつきやすい雰囲気をもっているというのは姫に同意ですけどね」

 そう続けながらフォンはレキを見たが、なぜかレキはこちらを見てびっくりした顔をしている。

「? レキ、どうかしたかい?」

 フォンが聞くと、レキは驚いた表情のままゆっくりと口を開いた。

「いま……姫って……? だれが?」

 あぁ、そういえばまだ話してなかったか。それに、さっきどさくさにまぎれて姫と呼んでしまったのだった。

「私よ、わたし! 他に誰がいるっていうのよ」

 リオーネがレキに向かってにっこり微笑んだ。

「……こちらの方はセルフォード王国のリオーネ王女です」

 フォンがそう紹介したところでレキは、エーッ!? と驚きの声をあげた。

「リオーネってお姫様だったの!? 全然そんな感じしなかったよ……?」


 確かにリオーネは見た目だけはとても優雅で高貴な雰囲気のする少女だったが、一度しゃべりだすとそんな雰囲気を吹っ飛ばすほどの愛嬌に満ちており、とても王女とは思えなかった。
 たぶん、黙っていたら別だろうが。


「まぁ、褒め言葉として受け取っておくわ」

 リオーネが笑いながら答えた。

「知らなかったとはいえ無礼でした。申し訳ございません、リオーネ……王女殿下?」

 レキは慌てて改まった言い方に直す。
 語尾が疑問系のように若干上がっていた事を除けば、急に丁寧な口調になったといえるだろう。

「ちょっとちょっと! いきなりそんなにかしこまらないでよ〜。今までどおり普通に話して。それに王女殿下なんてつけなくてい~から!」

 だが肝心のリオーネはそんな礼儀もおもいっきり吹っ飛ばし、親しみを込めた口調で明るく言い放つ。
 その様子にレキはちょっとだけ迷ったが、結局今まで通りの話し方をすることにした。

「……じゃあ、リオーネ?」

「えぇ、私堅苦しいのは苦手だからそっちのほうが断然いいわ! フォンも普通でいいのに」

 リオーネがフォンをちらりと見る。

「私は、あなたの騎士ですからそんなわけには参りません」

 フォンは断固としてゆずる気配がなかったので、リオーネはやれやれという表情をレキにしてみせた。



 それからしばらくして三人は夕食を食べ終えた。そろそろ部屋に戻ろうかという時リオーネが勢いよく立ち上がる。

「さぁ、フォン! ご飯も食べたことだし、今から情報屋に行きましょ!」

「今からですか? 外はもう真っ暗ですよ。明日になさいませんか?」

「でもまだお店は閉まってないはずだし……少しでも早く情報が聞きたいのよ」

 確かにリオーネの気持ちはわかる。実はフォンも早く情報屋をのぞいてみたいのは同じだった。

「……そうですね、それでは今から行ってみましょうか」

「やったぁ!」

 フォンの言葉にリオーネが喜ぶ。

「じゃあオレは先に部屋に戻ってるよ」

「あ、レキも情報屋行かない?」

「オレはもう何度か行ってみたからね。二人で行ってくるといいよ」

「わかったわ。じゃあレキまた後でね!」

 二人はレキと別れて宿屋を出た。



 ウェンデルは夜になっても人通りがたえない街だった。
 通りをすれ違う人は相変わらず多かったし、まだまだ営業している店もたくさんある。なかには夜のほうが繁盛している店もあるほどだった。
 二人はそんなウェンデルの通りを並んで歩く。

「……姫」

 歩きながら、ふいにフォンがためらいがちに口を開いた。

「なぁに? フォン」

「あのレキという少年のことですが」

「レキがどうかした?」

「……姫は彼のことをとても気に入っているようですが、まだ完全に信用できると決まったわけではありません。私も十分気をつけてはおりますが、姫も念のために注意はしておいてください」

 フォンの言葉にリオーネが顔をしかめた。

「フォンあなたちょっと心配しすぎじゃない? 私、こう見えても人を見る目はちゃんと持ってるつもりよ」

「ですから、念のためです。私も彼を疑っているわけではありません。ただあなたはセルフォード王国の王女なのですから、心配し過ぎるくらいでちょうどいいのです!」

「はいはい……わかったわよ」

 そんなやりとりをしつつ、二人は目的の情報屋までやってきた。



 店の中に入ると、そこはたくさんの旅人で混雑していた。今日の冒険を終えた旅人が本日の成果を報告しあったり、今日得た情報を売ったりしている。

「すごい人の数ね。二手にわかれて一人ずつ話を聞いて行きましょ」

 リオーネはフォンと別れ、一番端のテーブルに座って話をしている二人組の男に近づいた。


「すみません、ちょっとお聞きしたいことがあるのですが」

 丁寧に声をかけてみる。二人の男がこちらを振り返った。

「んん? なんだ? こんなとこ、あんたみたいなキレイなねぇちゃんが来るとこじゃないぜ?」

「私もあなたたちと同じ旅人です。情報を買いにきました」

「ほぉ~! そりゃすげぇや! 女の旅人なんて珍しいな」

 もう一人の男が感心したように言った。

「あんたなら、お安くしとくぜ! どんな情報が聞きたいんだ? オレが知ってることなら答えてやるぜ」

 男がまかせろ! というように、自分の胸をどんと叩いてみせた。

「ではお伺いします。私は紋章をもつ者・フォースを探して旅をしているのですが、そのフォースについて何か知っていることはありませんか? ……手がかりが全くなくて困っているんです」


 リオーネが尋ねるなり、その二人組はさっきの強気な態度はどこへいったのやら、しばらく困ったように顔を見合わせていたが、やがてそのうちの一人が申し訳なさそうに口を開いた。

「ワリィなぁ……、そのてのことはオレ達も伝説しか聞いたことがなくてよ。実際のフォースの情報は全く知らねぇんだ。力になれなくてすまねぇ」

「そうですか……わかりました」

 リオーネはお礼を言ってその場を後にすると、また別の客に声をかけにいった。


 それからあっという間に一時間が過ぎた。
 リオーネとフォンはすべての客に話を聞き終えてしまっていたが、フォースについての情報はなにひとつ得られなかった。

「こんな大きな都でも、なんの手がかりもないなんて……」

「困りましたね、まさか誰も知らないとは……」

 二人はがっくりと肩を落とした。
 ウェンデルでさえ、なんの手がかりも得られないのであればこの先どうしたらいいのかまったく見当もつかない。

「……まだマスターには話を聞いていませんでしたね。行ってみましょうか」

 二人は最後の望みを託し、奥のカウンターにいるマスターのもとへと向かった。


「すみません」

 まずリオーネが声をかける。食器をキュッキュといい音をさせてふきながら、いかついヒゲを生やしたマスターがそれに応えた。

「……へい、らっしゃい!」

 低いドスのきいた声だ。
 客の中にはガラの悪そうな連中もしばしば見受けられたが、このマスターならそんな連中にも、全くひけをとらないだろう。目つきは鋭いし体はごついし、怒らせたらかなり恐そうだ。

「あの……紋章をもつ者について、なにか情報はないですか? 以前ウェンデルを訪れたことがあるとか、実際にフォースに会ったことがある人がいるとか、どんなことでも構わないですから!」

 リオーネはとにかく、どんな小さな情報でもほしかった。

「あぁ、そのことか。残念ながら今のとこウェンデルに来たことはないし、会ったことがある奴ってのも聞かねーな。オレの店をもってしてもその情報は入ってきたことがねぇんだよ。……というか、逆にもうモンスターにやられちまったって噂なら聞いたことあるがな」

 マスターが最後のほうは少し不安そうな顔をしながら言った。

「そんな……」

 マスターの言葉を聞いて、リオーネとフォンは愕然とした。
 あまりにがっかりしている二人を見てマスターがカリカリと頭をかきながら再び口を開く。

「まぁ噂だからな。本当のところはわからねぇぜ。……それに、噂はもう一つあるんだが」

 マスターが言うかどうか少し考えた様子ののち、その先をつづけた。

「このウェンデルから西は未開の土地だってことは知ってるか?」

 マスターの問いかけにフォンが、はいと答える。

「実は、その先には一体何があるのか誰も知らねぇんだよ。かなり強ぇモンスターがすみついていてなかなか進めない。それで、今まではこの先にはすげーお宝が眠ってるんじゃないかって話になってたんだけど……最近になって、もしかしたらこの先はフォースとなにか関係があるんじゃないかって噂になってきてんだよ」

 リオーネが身を乗り出してきたが、気にせずマスターはつづける。

「誰も見たことがないんなら、誰も行ったことのねぇ場所にフォース様はいるのかもしれない。あまりにも強ぇモンスターがあの場所にいるのもそのためかもしれねぇしな。奴らにとって紋章の力は最も邪魔なものだしよ」


 なるほど未開の地とは……確かにレキの話を聞いた時、少し気になった場所だったが、こうなれば一度調べてみなければならないだろう。

「ありがとマスター! 結構参考になったわよ!」

 リオーネがマスターの手を掴み、ブンブンと振り回して握手しながら喜んだ。

「ま、あくまでも噂だからな。確証のねぇ話だからお代はけっこうだ」



 こうして二人は店をでた。
 わずかな情報だったが二人には少しの希望が見えてきたのであった。

「明日から早速、ウェンデル西の調査に行かなければなりませんね」

 宿屋へと元来た道を戻りながらフォンが言った。

「レキも明日からゼットって人の手伝いで未開の地へ行くって言ってたわよね。どうせならそれについて行ってみましょうか?」

「ううむ……そうですね」

 確かに、モンスターも強いという未知の場所に二人で行くのは得策ではない。姫の安全を考えるとやはり大人数で行ったほうがいいだろう。
 フォンは少し考えたがそんな結論に達すると、リオーネの意見に賛成することにした。

「では、帰ってレキに聞いてみましょう」




 二人が宿屋に着いたときには、一階の食堂にはもうほとんど人がいなかった。
 そのまま二人は階段を上り、一番奥にある自分達の部屋に入っていった。

「ただいま~! って……あれ?」

 リオーネが勢いよくドアを開けると、レキは自分のベッドの上でスヤスヤと寝息をたてていた。
 二人を待っていたが待ちきれず、そのまま眠ってしまったという感じだ。布団もかけずに眠っている。

「なぁんだ、レキ寝ちゃってるわよ」

 クスクスと笑いながらリオーネはレキに布団をかけてあげた。

「仕方ないですね。明日の朝聞いてみましょう」

 そうね、とフォンの言葉にうなずいて、リオーネがあくびをした。

「私も今日はもう疲れたわ。そろそろ寝ましょ」

 リオーネはそう言って自分のベッドに潜り込む。

「はい、おやすみなさいませ」

 フォンも自分のベッドのほうへ歩いていった。ちらりと隣で寝ているレキを見る。

 レキは無邪気な顔で熟睡していた。
 レキのほうは今日会ったばかりのリオーネとフォンのことを既に信用しきっているようだった。全く警戒の様子のかけらもない。


「やれやれ……」

 そんな様子を見ていると、少しだけ疑っていた自分がなんだかバカらしくなり、フォンはベッドに横になると久しぶりに安心して休息をとったのだった。
5, 4

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