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第十章「覚悟」

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~第十章~「覚悟」


 そこはジルカールの地下一帯に広がっているイズナルの地下迷宮だった。
 イズナルが倒された後、魔法陣を使って自分の家と地下迷宮をつなげたシーラは、かつてイズナルが人間をモンスター化させるために使っていた研究施設を、逆にモンスター化された人間を戻すための研究施設として使う事にしたのだった。

 しかし、かつてイズナルが使っていた研究施設と言っても今はもう手がかりはほとんど何も残っていなかった。
 イズナルはジルカールの街自体を滅ぼすつもりだったため、重要な資料や店に置いてあったアイテムなどは、短時間の内にほとんど片付けてしまっていたようであったが、それでもいくつかの闇の魔導書などは残っていた。

 わずかな手がかりをヒントにシーラは連日この地下で研究を続けていたのだが、人目に全く触れないという点ではこの地下施設は研究に最高に適した場所だったのだ。
 闇の魔術を解明するにはある程度、その魔術自体の研究もしなければならない。そうなれば、あまり人目に触れる場所で研究をするのは、好ましいとは言えないからだ。


「……レクシスにとっても、人目に触れないほうが好都合でしょう? この研究にはフォースの光が必要不可欠ですからね」

 シーラがずんずんと前に進みながら話しかける。ここは未だに、少しでも気を抜くと迷ってしまいそうなほど広い施設だ。

「そうだね、街中でもう一度フォースを解放するわけにはいかないし。……これ以上、この街でフォース騒ぎは起こせないよ」

 レキはシーラの後をついていきながら、小さく苦笑いをする。

 そう、この研究にはフォースを解放した際に放たれるあの聖なる光が重要な鍵となっていたのだ。


 “モンスター化された人間は二度と元には戻らない”
 これが、イズナルの作り出した闇の魔術の変えられない事実であるはず、……であった。
 しかし今回、例外が起きた。それがグランドフォースであるレキの放つ、聖なる光の力である。

 絶対に戻るはずがなかったクローレンのモンスター化を止めたのは、本当に奇跡以外のなにものでもない。
 フォースの光に可能性を見出したシーラはそれを解明する事によって、イズナルにモンスター化された他の人間も元に戻す事ができると考え、この研究を進める事に決めたのだった。



「ところで、あのフードの男はどうしてんだ?」

 クローレンはキョロキョロとうす暗い地下道を見回しながら、気になっていた事の一つを尋ねる。
 イズナルの手下であった例の男は数日前の戦いの際、のびていたところを捕獲されたのだった。

「……彼はこの先の研究室横の牢獄で、おとなしく捕まってもらっています。彼はまだモンスターのままですからね」

 シーラは気の毒そうに答えた。その様子からは、彼のためにも早く研究を進めなければならないという思いが伝わって来る。

「でもレキがフォースを解放させた時、あいつも近くに倒れてたのにな。なんであいつは元に戻らなかったんだ?」

 クローレンがさらに疑問を投げかける。この際、気になることは全部聞いておこうという思いのようである。

「そうですね……、その理由はまだ解明中といったところです。……でもクローレンさんだけが運良く元に戻れたのは、まだモンスターになって時が経っていなかったことや、イズナルがモンスター化の術を本来より早めたためまだ人間の心が残っていた事など、いろいろな理由が起因してのことだと思われます」

 シーラがてきぱきと答えた。解明中と言う割にはなかなか鋭い見解を述べる。

「じゃあモンスターになった期間が関係するっていうんなら、奴を戻すのは難しいんじゃねぇのか……?」

 あのフードの男が一体どれくらい前から魔物の心を植え付けられたのかは誰もわからないが、イズナルは五年以上も前からこの地で闇の研究を続けていたのだから、おそらく既にかなりの長い期間、モンスターになってからの時が経過しているのではないかという事は容易に想像できた。

「難しいことは承知の上です……。ですがフォースの光の持つ力はまだまだ未知のものですから希望がないわけではありません。解明に成功すれば、もしかするとモンスターにされた全ての人を元に戻す事ができるような、新しい魔法が完成するかもしれませんからね」

 シーラはそこまで言うと一つの壁の前でピタリと止まった。
 おそらくここに隠し通路があるらしく、シーラが壁に手を触れると、その手は簡単に壁の向こう側へとスルリと通過した。

「着きましたよ。ここがそうです」

 そう言い残し、壁の中へと入っていったシーラの後に二人も続く。



「おぉ〜、ここはまたでけぇ所だなー」

 クローレンは壁を通り抜けた先にあった部屋の広さに、軽く感動を覚えながら辺りを見回した。
 そこは先ほど通ってきた薄暗い地下道とは対照的に、たくさんのランプの明かりや魔法の光で照らされており、とても明るく綺麗だった。
 おそらく、シーラがこの研究施設を使うようになってから彼女の手によって多少改装されたらしく、壁際には闇の魔術以外にもたくさんの魔導書のつまった本棚がおかれていたり、部屋の隅には少しくつろぐことができる小さなテーブルや肘掛けが配置されている。
 また、テーブルがある反対方向の壁際には頑丈な鉄格子がチラリと見えており、そこはどうやら例のフード男が捕まえられている牢獄のようだった。

 部屋の中心部には、人が一人ゆうに入れるくらいの大きな丸い硝子の球体のようなものがフワフワと浮遊しており、その球体のすぐそばには、少し年老いた神官ふうの男が立っていた。

「おぉ、みなさまお揃いで。シーラ、あなたに頼まれていた光の魔封印、完成しましたぞ」

 初老の神官が三人を笑顔で迎えながらそう話しかけてきた。

「あれ? このオッサンはたしか……」

 なかなか威厳のある風な男に向かって、クローレンは気持ちいいくらいにスッパリとオッサン呼ばわりする。

「オッサン、たしかシーラの傷を治してくれた人だよな?」

 クローレンが見覚えのある男に確認するように尋ねた。
 その男はシーラに癒しの魔法を施してくれた、あの時の神官である。

「……そうです、が、私はオッサンという名前ではありませんぞ。名をロイドと言います。及ばずながら、この研究に私の知恵も役に立たぬものかと協力させていただくこととなりました。以後お見知りおきを……フォース様、そしてクローレン様」

 ロイドと名乗った神官はクローレンの失礼な態度にもかかわらず丁寧な挨拶を返した。常識をわきまえた大人の対応だ。

「ロイドさん、あの時はありがとう。本当に助かったよ」

 あの時以来に会ったレキも言葉を交わす。シーラの命を救ってくれた彼には本当に感謝していたのだ。

「ロイド、で結構ですよフォース様。私などの力がフォース様のお役に立ててなによりです」

 ロイドはこれまた丁寧に受け答えると、にこりと笑顔を見せた。笑うと皺が寄りさらに年齢を感じさせたが、その笑顔はとても落ち着いた穏やかな印象を与える。

「わかった、ロイドだね。オレのこともフォースはちょっと不味いからレキって呼んでくれないかな。……ところでロイド、さっき言ってた光の魔封印ってなに?」

 レキはそう聞きながら無意識にロイドのすぐそばにある巨大な透明の球体を見上げた。昨日まではここに、こんなものはなかった。

「はい、光の魔封印とは今まさにレキ様がご覧になられているこの結界のことです。この結界はシーラの依頼で、あなた様のために造らせていただいたものです」

「……オレのため?」

 レキは、どういうこと? と言うふうにシーラのほうを見た。その視線に気づいたシーラが説明するために一歩進み出る。

「この光の魔封印は、光を長期間封印しておくことができる特殊な結界なのですよ」

 シーラはその結界にそっと手を触れながら言った。

「この研究にはグランドフォースの光が必要不可欠なわけですが、その光を放つことができるあなたをこの街にずっと引き留めておくわけにはいきません。……レクシスには、他にもやるべきことがありますし」

 言いながらシーラはちらりとレキのほうを見る。
 その視線には少し寂しそうな感情が混じっていたが、そのことにレキが気づく前にシーラはまたいつものきりりとした表情に戻る。

「この研究は全く未知の領域のため、モンスター化を癒す魔法が完成するのはまだまだかなり時間がかかることでしょう。……ですからレクシスがこの街を旅立っても研究が続けられるように、フォースの光をこの結界の中に封印していただきたいのです。この光の魔封印ならば、それが可能ですから」


 シーラの言うことはもっともなことだった。
 なにしろ成功するどうかさえも分からない研究である。数日やそこらで解明しきれるものではないだろうから、その間ずっとレキがこの街に留まることは難しい。
 そもそもモンスター化を成功させたイズナルでさえ、その研究には数年の月日を費やしたのだ。
 今回だってそれくらいの時間がかかることを想定しなければならない。


「そっか、ありがとうシーラ、ロイド。それでフォースの光をこの中に封印するために、オレは何をしたらいいの?」

 レキが尋ねるとロイドが魔封印に手を触れた。
 すると、透明な球体なため分かりにくいが、そこに人が一人通れるくらいの穴が開き魔封印の中へと入れるようになった。

「それではレキ様、ここから中へとお入り下さい。そしてこの封印の中でフォースを解放するのです。そうすれば放たれた光をこの封印の中に留めておくことができます」

 レキはロイドに促され、見た目にはわかりにくい入り口をくぐると封印の中へと入った。
 魔法によって隔離されたその空間は、入ると少しだけ魔法の圧力を感じて息苦しい気がしないでもなかったが、ほとんど気分的なもので結界の外と変化はほぼなかった。
 不思議な膜のようなものを挟んではいるが、外の声もよく聞こえるし、こちらの声もちゃんと届くようだ。

「ではレクシス、お願いします。フォースを解放して下さい」

 シーラの合図にレキは頷いた。

「わかった。いくよ」

 レキは目を閉じ、息を大きく吐いて神経を集中させた。
 そうしてイズナルとの戦いで自分の中に目覚めた新しい力を再び呼び覚ます。
 体の中でゆっくりと光が波打つような感覚に身を委ね、さらにレキはその波が速く、強くなるよう神経を集中させた。
 するとその感覚は、レキの意志に呼応するかのように次第に激しく加速していく——……。

 その感覚が最高潮に達する瞬間、レキの中でまるで炎が燃え上がったかのように体の芯がカッと熱くなり、その炎が今度は力となって体中を縦横無尽に激しく駆け巡りはじめる———。


“……——応えろ……! フォース!!!”


 レキが心の中で念じた瞬間、あの爆発的な光が再び溢れだした。
 その光はあっという間に結界の中を満たすと、封印ごと眩しく輝き、地下の研究室をさらに明るく照らし出した。



「何度見ても、やっぱすげぇな……」

 光の中心で輝くレキを見ながらクローレンはぽつりと呟いた。

 あれからレキがグランドフォースだということははっきり分かったのだが、普段のレキはまるで別人というくらいにいつも無邪気にニコニコしているため、あまりフォースの実感がなかった。
 しかしこういう真剣な場や戦闘時に、力を引き出すため普段は滅多にしない鋭い表情を見ると、やっぱりこいつは本物なのだと妙に納得してしまう。

 それくらいに普段のレキと比べると表情も力強くまるで別人で、とりまく力のオーラもかなり強力だった。


「ところでレクシス、これが最大限ですか?」

 クローレンがぼんやりと考え事をしていると、隣でシーラが口を挟んだ。

「イズナルとの戦いの時は、光がもっと爆発的に放たれていた気がするのですが……」

 そう言われてクローレンもレキをもう一度注意深く観察する。
 今だって十分すごいが、たしかに戦いの時のほうが光の絶対量と輝きは圧倒的に上だったように思える。


「……うーん、精一杯やってるんだけど、今はこれが限界みたい」

 おかしいなぁ、と言いながらレキも首を捻る。
 本人も、目覚めたばかりの自分の力をまだ完全にはコントロールしきれないようだ。

「あの時は、……怒ってて本当に無我夢中だったんだ」

 困ったようにそう言ったレキに、シーラはおもいっきり真面目な顔で提案をする。

「なるほど。じゃあ怒ってみてください」

「え、……今!? なんでもない時にいきなり怒れないよ!」

 レキは突然の無理難題に慌てて反論しながらも、一応シーラの注文通りに怒ろうと試してみる。
 ……が、やはり上手くいかない。
 今は怒るようなことがないためそれは仕方のないことだったが、難しい顔をしながら必死に怒ろうとチャレンジしているレキを見たところで、シーラはふっと表情をやわらげた。

「レクシス、冗談ですよ」



——……†



「なんかシーラって、初めて会った時と比べて少し変わったよね? ……ちょっとだけ意地悪になったっていうかさ」

 フォースの光を魔封印の中に閉じ込め、結界から出てきたレキは、出口を閉じようとしているロイドとシーラには聞こえないほどの声でクローレンにこっそりと呟いた。
 さきほどシーラの家で会話していた時のことを思い出してみてもそうだが、どうもこちらの焦る反応を見て楽しんでいるようなふしがある。


「……んー。でもまぁそれはお前に対してだけだろ」

 クローレンはそんなレキの問いに、なんだか事情が分かっているかのような訳知り顔で曖昧な返事をした。

「大人っぽく見せてはいても、結局あいつも子供なんだよ。……まだそういう態度しかとれねーんじゃねぇの?」

 クローレンの濁したような言葉に、レキは特に気にせずそうなの? と一応納得したように頷く。
 しかしその様子は、クローレンの言いたかった本当の意味をまったく理解していないようだった。

「……ダメだこりゃ。こっちのほうが子供過ぎる」

 ぼそりと呟いたクローレンの声はどうやらレキには届かなかったらしい。
 ちょうどその時、封印の出口を閉じ終わったシーラとロイドがこちらを振り返った。

「これで、いつでも研究をすることができます。ありがとうございました、レクシス」

「ううん、これくらいなんて事ないよ」

 レキは笑顔で答える。

「それではレキ様、シーラ、私は早速研究に専念させていただきます」

 そう言って、フォースの光をさらに手のひらほどの小さな結界の中に分け取ったロイドは、魔導書を片手に一礼すると、研究室のさらに奥の部屋へと入っていった。
 なんともあっさりしており、彼はシーラ以上に真面目な性格なのかもしれない。



「……ところでレクシス、そしてクローレンさん。お二方はいつまでこのジルカールにいられるのですか?」

 まだロイドを見送っていたレキとクローレンに、シーラが唐突に尋ねた。
 これまでは研究のため二人を引き止めていたのだが、その必要がなくなった今、いつ旅立ってしまうのかととても気になったのだった。

「……うーんそうだなぁ、あまりのんびりもしていられないよ。他のフォースの手がかりはまだ全然ないし、導きの書も二冊しか集まってないからね」

 レキが考えながら答える。
 あれから既にレキは、シーラとクローレンの二人に導きの書のことを話していた。
 もう自分の正体を知っている二人なため、目的もこれ以上隠す必要はないと判断したレキは、情報を共有することで少しでもなにか手がかりに近付けないかと考えたのだった。


「導きの書……ですか。あと残り五冊あるのですよね?」

 シーラが難しい顔で考え込む。そんな書物があるのは、レキから聞いた時に初めて知ったようだった。

「おいシーラ、お前の能力でなんかわかんねぇか? 元々オレ達はそのためにジルカールに来たんだよ。……もっとも、最初の目的はフォースの手がかりを聞くためだったんだが、グランドフォースはもう見つかったしな〜」

 クローレンがレキのほうをちらりと見て、それからさらに続けた。

「まぁでも、導きの書のことでもいいし残りのフォースについてのことでもいいからよ、何かお前の力で知ってることがあったら教えてくれよ」

 そのクローレンの言葉にシーラはこれ以上ないというくらいに申し訳なさそうな顔をした。
 うつむきながらすまなさそうに口を開く。

「それが……他のフォースや導きの書については、今までに全く予知したことがないのです。お役にたてず本当に申し訳ないのですが、自分で意図したことを予知することはできなくて……」

 シーラの答えにクローレンは少しがっかりしたようだったが、一番がっかりしているのは他でもないシーラ本人のようだった。
 自分の能力がいかに役に立たないか責めているようである。
 しかし、シーラを責めるというのは全くのお門違いだ。

「気にしないでシーラ、別にキミが悪いわけじゃないんだから。……それに、その能力のおかげでイズナルの野望は止めることができたわけだしさ」

 レキは励ますようにシーラの肩を軽くぽんと叩いた。
 しかしレキがその肩に触れた瞬間、急に何かを感じとったようなシーラが瞳を大きく見開いた。

 そしてそのすぐ後、まるで激しい頭痛に突如襲われたかのように、頭を抱えながらシーラがその場にしゃがみこむ。

「……ウッ……ウ!!」

 突如苦しそうに呻きはじめたシーラに、レキとクローレンは驚いた。二人は慌ててそばに駆け寄る。

「シーラ! どうしたの!?」

「なんだ突然!? 何が起こったんだ?」

 訳が分からず焦る二人に、シーラはそれでもなんとか荒い息をつきながら苦しそうに答えた。

「心……配いりません……。いつもの予知が、たった今訪れただけです。いつもこんなふうに突発的なんですよ……」

 シーラは言いながらよろよろと立ち上がった。
 ちょうどレキが触れた瞬間だったため、なんだか責任を感じたがどうやらそういうわけではないらしい。

「……大丈夫? 予知っていつもそうなの? 思ったより大変なんだね……」

 レキは心配そうにシーラを覗き込む。
 しかしシーラはそんなレキの心配をよそに、今自分が見たばかりの新しい予知の光景を難しい顔で思い返しているようだった。額からうっすらと汗がにじんでいる。

「どうしたんだシーラ? 一体どんな予知を見たんだ? オレ達に関係あることかよ」

 クローレンがその様子になんだか嫌な予感を覚えながら尋ねる。
 あまりいい予知を見たわけではなさそうなことは一目瞭然だった。


「……それが、私にもよくわからない光景だったのですが……」

 シーラはさらに考えながら答える。予見したものを、どう伝えればいいのかわからないといった感じだ。

「何を見たの?」

 レキがさらに聞く。その声にシーラがレキのほうに振り向いた。

「……レクシス、気をつけて下さい」

 シーラは突如レキに警告を発する。

「なぜだかわかりませんが、闇を纏った邪悪な男があなたを探し回っている光景を見たのです……。どこで漏れたのか、その男はあなたがグランドフォースであることを知っているようでした」

 予想外のシーラの言葉に、レキの表情が険しくなった。

「オレの正体を知ってる?……その男の特徴は?」

「それが……私には見覚えのない男で、しかも顔は隠れていてはっきりとはわからなかったのですが、まだ若く剣士風の格好をした黒髪の男でした。その男はモンスターを従え、血眼になってあなたを見つけようとしています」


 シーラの警告にレキはしばらく考え込むように黙ってしまった。
 それだけの特徴で男の正体を特定するのは不可能だろうが、その男に少しでも心当たりがあるのかどうかは、レキのその様子を見ただけではわからなかった。

「でもなんでそいつはレキがグランドフォースだって知ってんだ? イズナルはブッ倒したんだから敵側がレキの正体を知るはずねぇのに」

 クローレンも腕を組みながら考える。

「おそらく、どこかから漏れたのでしょうか……。このジルカールでも、もう一度みなさんに注意を呼びかけておくほうが良いですね」


 シーラとクローレンが話すのを横で聞きながらもレキはずっと考え続けていた。

 自分の正体を知っているのはシーラやクローレンをはじめジルカールの人々だけだ。
 モンスターを呼び寄せてしまわないよう普段はフォースの話題を口にしないように言ってはあるが、もしも万が一ここから噂が流れてしまったのならそれはそれで仕方がない、とレキは思っていた。

 噂を聞き付けたモンスターが街人を脅し、フォースの情報を聞き出そうとするならば、その時はもう秘密にする必要はないと皆には言ってあるのだ。
 なぜなら邪悪な存在に脅された場合、無理に秘密を守るより、さっさとしゃべってしまったほうが酷いことになる可能性はまだ低い。モンスター達は他の何よりも一番にグランドフォースの命を狙おうとするため、その時点でターゲットはレキへと変わるからだ。

 自分のせいでジルカールの人々が危険な目に遭うことだけはなんとしても避けたい……。
 そのため、このジルカールからレキの正体がバレてしまう可能性はゼロではないのだが、なぜだかレキはこのジルカールとシーラの予知した男は関係ないという思いがしていた。


 ……それよりも、もっと昔——エレメキアでのことで気にかかっていることがある。


 かつて、エレメキア帝国で皇子がグランドフォースであると知っていたのはごくわずかの人間だった。
 それも全てモンスターの襲撃によって命を落としたはずである。


 しかし、そもそもなぜ皇子がフォースであることがモンスター側に漏れたのであろうか。
 それは以前からずっとレキの中で引っ掛かっている事だった。


 ——あの三年前の夜、それまで皇子の正体を知らなかったある一人の男が、その事実を知った途端、エレメキアに悲劇が訪れたのはただの偶然だったのだろうか。


 疑いだけで決めつけるわけにはいかないが、レキはずっとその嫌な考えが頭から離れなかった。




「………ジェイル……」


 レキは当時エレメキアに仕えていた若き兵士の名をそっと呼んだ。
 直接ニトからは皇子の正体を知らされず、偶然その事実を知ってしまった只一人の人物……。


 もしも彼がエレメキアを破滅へと追い込んだ黒幕であり、なんらかの方法でレキがまだ生きていることを知ったとすれば、シーラの予知したとおり、血眼になってレキを探すであろうことは予想がつくが——……。



「……まさかね」

 レキはぽつりと呟くと、この考えを再び心の奥へとしまいこんだのだった。



——……†



「はぁ〜〜……。なんか真面目なことばっかに頭使ってると、腹が減ってきたぜ」

 あまり真剣な空気の続かないクローレンが唐突に情けない声を出した。
 たしかに、いろいろなことを話しているうちに研究室に来てからかなりの時間が経っていた。

「まぁ、もうこんな時間ですね。私はそろそろロイド様のお手伝いに行かなければ」

 シーラが慌てたように呟く。すっかり時間を忘れて話し込んでいたのはシーラも同じだったようだ。

「で、結局お二人はいつまでジルカールにいられるのですか?」

 シーラが再び気になっていたことを聞く。さっきはこの話題からいろいろと話がそれ、また予知も起こったりとゴタゴタしているうちにすっかり忘れてしまっていたのだった。


「……うーん、そうだなぁ。留まらなきゃいけない理由もなくなったし、なるべく早く……明日にでもここを出発したいかな」

 レキはちらりとクローレンのほうを見ながら言った。
 その視線に、クローレンは“了解”というように大きく頷いてみせる。

「明日……ですか、けっこう急ですね……」

 シーラは名残惜しそうに言いながらも、ある程度は予想していたかのような様子だった。
 だからこそ気になっていて、なるべく早く心の準備をしたかったのである。

「おいシーラ〜、そーんな寂しそうな顔するなって! もう一生会えないってわけじゃねぇんだし。またすぐに、オレがレキを連れて来てやるから!」

 クローレンはシーラにそう言いながら、レキの頭をくしゃくしゃっとしてみせた。
 彼が楽観的に言うと再会はとても簡単なことのように思え、不思議と別れの辛さが薄らいだような気さえする。

「ふふ、そうですよね。……それにお別れまでは、まだあと一日あるわけですし」

 そんなに焦って別れの話を持ち出さなくても、今はまだ考えないことにしよう、とシーラは思い直す。

「そーそー、ま〜だ明日のことなんだし! そうと決まればオレはもう一度酒場に行って、このジルカールでの最後の夜を満喫して来るかな〜」

 クローレンはそう言うが早いか、ルンルンと鼻歌を歌いながら再び酒場へと向かうため研究室を出て行った。
 もう飽きたと言っていたはずなのに、少し時間をおくとすぐに酒が恋しくなるようだ。クローレンはあっという間に姿を消した。




「さて、と……」

 しかし、クローレンがいなくなったのを確認したレキは、急に真剣な表情になった。

「……? どうかしましたか? レクシス」

 シーラはその様子に何かを感じとり、不安げに尋ねる。
 だが、次にレキが言った言葉はとんでもないものだった。


「オレ、今からこの街を出発するよ」

「……えぇっ!!?」

 驚いてシーラはレキを見つめた。たった今、出発は明日だと宣言したばかりだというのに。

「でも……クローレンさんは明日だと思って出掛けてしまいましたよ? それなら早く呼び戻さないと……!」

 しかしシーラはそこまで言ったところでハッと気がついた。

「……もしかして、クローレンさんと一緒に行かないつもりなんですか?」

 シーラは信じられないというような様子でレキに尋ねる。
 しかしどうやらレキの決意は既に固まっているらしく、コクリと頷くと静かに言葉を続けた。

「オレ、今回のイズナルとの戦いで思い直したんだ。やっぱりオレと旅をすることは、これからも確実にクローレンを危険に巻き込むことになる……」

 奇跡的に助かりはしたが、もう少しでモンスターにされるところだったクローレン。
 今回は偶然、レキがグランドフォースであるのとは関係なく、たまたま“世界を破滅へといざなう者”の臣下と鉢合わせすることになったため起こった出来事だったが、今後もそれだけとは限らない。


「シーラが見た予知の男、オレを探してるんだよね?」

「……はい、あなたがグランドフォースであるとどこかで知り、追って来るはずです」

「なら、この先クローレンを連れて行けば間違いなく危険にさらすことになる」

「………」

「そんなのは嫌なんだ。……もし、次こそクローレンの身に何か起きるようなことがあれば、オレ……きっと耐えられない」


 それはレキにとってもつらい決断だった。
 以前リオーネやフォンと別れた時のように、再び心の通い始めた仲間と別れなければならない。
 自分はモンスターに狙われている身なのだからこの別れは仕方のないことだ言い聞かせてみても、時々無性にやるせなくなる。

 そんなレキのつらそうな顔を見ながら、シーラが静かに口を開いた。

「私はそれでも、クローレンさんと一緒に行くべきだと思います」


 いつになくシーラが強い口調で言うので、レキはなんだか気になった。

「……それは、どうして? なにかの予知?」

「いえ、違います。ただ私がそう思うだけです」

 シーラの答えにレキは余計に戸惑った。
 つまり、直感ということなのだろうか? それにしてもやけにはっきりと断言する。
 レキが不思議そうな顔をすると、シーラはもう一度口を開いた。

「なぜなら、クローレンさん自身があなたと行くことを望んでいるからです。……彼も危険は承知のはず。彼の意志も尊重するべきです」

 ……それに、とシーラはさらに続ける。
 そこからシーラは一瞬躊躇したが、次に続く言葉こそが本当に言いたいことなのではないか、とレキはその様子を見てなぜか確信した。


「それに……、クローレンさんはきっとあなたの心の支えになってくれると思います。………私は一人で旅を続けようとするあなたに、これ以上孤独を感じてほしくないのです!」

 シーラは切実にそう訴えた。
 その言葉が、レキの心の奥深くに抑え込んでいた感情を強く揺さぶる。


「……孤……独?」

 レキはシーラの叫んだ言葉をゆっくりと反芻すると、そのまま黙ってしまった。
 全てを見透かされたような、驚いた表情。


「………シーラってさ、キミの能力で、オレの過去のことどれくらい知ってるの?」


 それはずっと気になっていた事。
 レキはしばしの沈黙の後、ようやくそれだけ言うとシーラを哀しげな瞳でじっと見つめた。
 その瞳は普段の無邪気で悩みなんて全くなさそうに見える彼とは違い、見つめた相手にも哀しみが伝わってくるかのような言いようのない感情に満ちていた。


「……あなたの過去、もちろん全ては知りません。ただ、あなたがグランドフォースであり、その事によって何を失ってきたか……それだけは知っています」


 その答えだけでもう十分だった。シーラはレキの聞きたかったことの意味をしっかりと理解していた。
 レキの心に未だ深い傷を残す過去の記憶。それを知る彼女に、下手な強がりや言い訳は通用しないだろう。

 レキは観念したかのように小さく息を吐くと、困ったように少し弱い笑顔を見せた。

「まいったよ、シーラは……オレのこと何でもお見通しなんだね」



——……†



「……だけどやっぱり、クローレンを連れて行くことはできないんだ」

 それからもシーラは必死に説得したのだが、結局はこれがレキの最終判断となった。

「ごめんねシーラ。オレの事、心配してくれてありがとう。……でもオレは大丈夫だから」


 そう言って寂しそうに笑うと、レキはシーラにも別れを告げた。
 そしてそれ以上、引き止める言葉を何も言えないでいるシーラを一人残し、レキは研究室をあとにしたのだった。




「本当に、それでよかったのですか? レクシス……」

 ひっそりと静まり返る研究室の中で、シーラはしばらくレキが出ていった扉から目を離すことができなかった。

 辛い過去と大きすぎる使命を背負い、さらに自ら孤独の道を進む——幼きグランドフォース。
 彼の決意はちょっとやそっとのことで揺らぐほど半端なものではないのだろう。しかし全てを知り、見送る立場の者からすれば彼の今後の行く末が心配でたまらない。


「……あなたは、なんの支えもなしに世界を救えるのですか?」


 誰もいなくなった研究室で一人、シーラは答えを探し続ける。
 レキが最後に見せた寂しげな笑顔がシーラの目に焼き付いて離れなかった。



 ………


 やっぱり、


 これでいいわけないですよ……。



 シーラは何かを決心したかのようにぱっと顔を上げると、そのまま研究室を飛び出し、走り出した。
 そして地上を目指し、この地下施設を全速力で駆け抜ける。



 ——私、勝手なことしようとしてますね……。



 そんな悩む気持ちを抑えながら、シーラは足を止めることはなかった。


 その彼女の向かう先はもちろん——ただひとつ。それはクローレンがいるはずの街の酒場であった。



——……†



 レキが宿屋へと戻った時は、すでに陽も少し傾きはじめた頃だった。

 シーラの説得を最後まで聞き入れることができなかったレキは、再び一人で旅する決意を胸に街を出る準備をはじめていた。


「何も言わずに出ていったら、クローレン怒るかな」

 荷物をまとめながらレキは少しの気掛かりを口にする。
 しかし、あっさりとしたクローレンの性格を考えると、最初はちょっと怒ったとしてもすぐにそんなこと忘れてケロリとしているんじゃないかとレキは思い直した。

 クローレンは自分が英雄となったこの街を少なからず気に入っている。
 元々フォースを探すというレキの旅について来たのも、目的は今のような英雄扱いを望んでいたからだ。

 きっと彼はこの街に留まることに悪い気はしないだろう。
 シーラはあのように言っていたが、クローレンが本当に望んでいるのは自分と一緒に旅をすることではないはずだ、とレキは思う。


「やっぱり、カルサラーハを出た時に別れていればよかったかな……」

 レキは、フゥと小さなため息をつく。
 出会ったことを後悔はしていないが、やはり親しくなるとその分、別れはつらいものだ。
 リオーネやフォンと別れた後も、しばらくはいつもに増して寂しさを感じたのである。


「リオーネ達か……、今頃どうしてるかな」


 フォースを探していると言っていたリオーネ。
 彼女も危険な目に遭っていないといいが……。

 そんなことをちらりと考えながら、もともとそれほど多くはない荷造りはすぐに済み、レキは荷物を持って部屋を出た。




「えぇっ!? レキ君、出発するって今からかい? えらく急な話じゃないの!」

 レキが宿のおばさんに別れを告げると、おばさんはあまりにも突然のことにひどく驚き、慌てて駆け寄って来た。

「もう陽も沈む頃だし、せめて明日にしたらどうだい? 彼……クローレン君もまだ戻って来てないみたいだし」

 おばさんは慌てて引き止めるが、レキは静かに首を横に振ると、申し訳なさそうな笑顔を浮かべた。

「ごめん、もう決めたんだ。決心が鈍らないうちにすぐ行くよ。……クローレンはまだしばらくここにいると思うから、彼をよろしくね」

「え! あの子と一緒に行かないのかい!?」

 おばさんはその言葉にさらに驚いた表情になった。
 二人が一緒に行かないとは思ってもいなかった様子で、予想外のことに言葉が続かなくなる。

「うん、クローレンが帰って来たら伝えておいて。短い間だったけど、オレの旅に付き合ってくれてありがとう、って」

 そこまで言うと、レキは呆然とするおばさんに宿代を渡し、小さくお辞儀をすると宿屋を飛び出した。

「あ、レキ君……!」

 そこでようやく我に返ったおばさんは慌てて、走り去るレキの背中を目で追う。
 しかし、足の速いレキの姿はあっという間に夕闇の街の中へと消えてしまった。


「……決心? そんなもの鈍っちまえばよかったのに」

 宿のおばさんは、もうレキの姿が見えなくなった街並をいつまでも見つめながら、悲しそうに独り言をもらしたのだった。




「あれ? レキ様、こんな夕方にどこに行かれるんですか?」

「そんなに急いで……散歩ですか?」

 レキがジルカールの街を駆け抜けていると、通りを歩く魔導師や旅人達に何度も声をかけられた。
 しかしレキは足を止めることなく、ただひたすら前へと走り抜ける。

「……どうしたんだろ?」

 後ろで不思議そうな顔を向ける街人には目もくれず、レキは全速力でジルカールを駆けた。
 もうこれ以上別れの気分を味わいたくはない。
 何も告げずに去ることになった人達には申し訳ないが、今のレキにはこれが精一杯である。

 レキはスピードを緩めることなく、人々の不思議そうな顔に見送られ、ついにジルカールの街を出たのだった。


——……†



「ここまで来れば、もう走る必要はないかな」

 レキはジルカールの外に広がる平原の、さらに少し先へ進んだところまで来て、ようやく息をついた。
 振り返ればジルカールの街並はもうかなり小さく見える。


「……なんかあっという間だったな。……またいつか、クローレンやシーラにも会えるといいんだけど」

 レキはぽつりと呟くと、それからしばらくただ黙ってジルカールの街を眺めて過ごした。

 街の中を歩いていても思ったものだが、遠くから見てもやはりジルカールは美しい。
 幻想的な結界の施された魔法都市は眺める景色としてはとても綺麗で、なおさら感傷的な気分にさせられるようだった。


「……さて、次はどこを目指そうかな」

 レキはそんな気分を振り払うかのように思い切って前へと向き直ると、地図を広げながら歩き出した。

「結局ジルカールでも、手がかりは何も掴めなかったんだよな」


 未だに残り二人のフォースの情報は何一つない上に、フォースの導きの書もユタの村で二冊目を見つけて以降、なんの手がかりもなかった。
 こうなると、自分の旅はまだ全く進んでいないように思えてくる。


「ユタの村か。この石の秘密も気になるけど」

 レキは今度はポケットから、ミーリのくれた星型の石を取り出す。

 イズナルが“鍵”と言っていたこの石。
 なんの鍵かは分からないが、これについても調べなければならない。

 ……しかし、ここからユタの村は少し離れ過ぎている。
 せっかく大陸を渡った以上、まずはこの辺りでもう少しフォースについての手がかりを集めることが先決だろう。


「この大陸で他に大きな街はダンデリオン、フィルデラ、キャンディール……」

 レキは地図に大きく名前の載っている街を順番にあげてみる。
 このリアス大陸はなかなか発展しており、他の大陸に比べて大きな街がたくさんあるようだった。

「うーん、どこから行ってみようかな。ここから一番近いのは“花の都・ダンデリオン”かぁ」


 レキがそこまでブツブツと独り言を言って悩んでいると、突然、後ろから少し息を切らした様子の——それでものんびりとした調子は失っていない、いつもの聞き慣れた声が届いてきた。

「ダンデリオンはやめとけ〜レキ。あそこは少し前にモンスターが攻め入って、花の都どころじゃなくなったって酒場のおやじが言ってたぜ」


 レキはその聞こえてきた声に地図を取り落とすくらい驚くと、それを拾うのも忘れ慌てて後ろを振り返った。
 そしてそこに立っている男の姿をあらためて確認し、信じられない思いでその名前を呟く。


「……クローレン、どうしてここに?」

「どうして、じゃねーだろっ!」

 クローレンはそう叫ぶと同時に、突然怒ったような表情になる。

「なにお前、オレを置いて行こうとしてんだよ」

 ぶすっとしてクローレンは腕を組み、レキを睨む。
 その様子はどうやら、かなり本気で怒っているらしかった。


「まさかとは思ったんだが……。なんか胸騒ぎっつーか、別れ際のお前の様子がいつもと少し違うような気がしてなー、あれからすぐ酒場から帰ったんだ。……そしたらその途中でシーラに会ってよぉ、お前が今日出発するってこと聞いたんだ。……ったく、お前の考えそうな事はだいたい読めてきちまったぜ」

「……オレの考えそうなことって?」

 シーラは結局クローレンを呼びに行ったのか。しかし、シーラから全てを聞く時間はなかったはずだ。レキはしらばっくれる。


「教えてやろうか? お前の考えそうなこと。どーせ“クローレンを危険に巻き込むわけにはいかない〜”とかなんとか勝手に自己完結して、人の意見も聞かずに一人で全部決めちまったんだろ。それがオレのためだ、とか思ってな!」


 ………。
 図星だった。
 そんなに長い付き合いというわけでもないのに、なぜここまで考えていることをピッタリ言い当てられるのか。
 クローレンは何も考えていないようで意外に鋭いのかもしれない。

「すごいね、合ってるよクローレン。どうしてわかったの?」

 レキは半分驚きの、半分は賞賛のこもった調子で答える。
 あまりにも素直なその反応に、クローレンは怒りが弱まって脱力した。

「お前なぁ……。オレはこう見えても怒ってんだから、力の抜けるようなこと言わないでくれ! つーか、今もそうだけどお前は何でも顔に出るし、考えてることが読みやすいんだよ!」

 半ばやけくそぎみに言うクローレンだったが、レキはその言葉にちょっとショックを受ける。

「オレって、そんなに分かりやすい?」

「あぁ、かなり分かりやすいぞ」

「……そう、じゃあこれからは気をつけないとね」

 はぁ、と小さくため息をつくレキは自分のわかりやすい性格を呪っているのかもしれない。
 しかし、やがて決心したかのように顔を上げたレキは、クローレンを真っ直ぐに見つめた。

「……隠しても無駄みたいだから、この際はっきり言うよ。オレはクローレンとこれから一緒に旅をするつもりはない。……確かにオレの旅は危険がつきまとうけど、別にクローレンを巻き込みたくないってだけの理由じゃないよ」

 レキはその先を少し躊躇したが、それでも毅然と言い放った。

「正直言って、迷惑なんだ。クローレンがいると足手まといになるんだよ。……今回だってそうだったでしょ? キミがいない方がオレは戦いやすい。それがイズナルとの戦いでよく分かったよ。……だからこれ以上、オレについてこないでほしい」


 その言葉にクローレンは急に黙った。もしかすると、一番言われたくないことを言ったのかもしれない。
 レキもそれ以上は何も言わないまま、しばらく二人が無言で睨み合う時間が過ぎる。


「……じゃ、悪いけどオレもう行くから」

 やがてレキは重い空気を振り払うかのようにそれだけ言うと、クローレンからくるりと背を向けた。そのまま前へ向かって歩き出す。
 しかし、レキが数歩進んだだけのところで、再び後ろからクローレンが叫んだ。

「レキ! やっぱりお前の考えてることは致命的に分かりやすいぜ。嘘がとことん下手すぎる」

 レキの進みかけた足が止まった。半分は勘で叫んだクローレンは自分の予想は的中していると確信し、さらに続ける。

「本当はオレのこと、足手まといになんか思ってないだろ? 本心ではオレにも一緒に来て欲しいはずだ! ……そろそろ覚悟を決めろよ、レキ!!」



 ———“覚悟”?

 その言葉にレキはぴくりと反応した。

 本心については、やはりまた図星を突かれていたのだったが、最後の言葉がレキを刺激したようだ。


「なに……? クローレン。オレには覚悟がないって言いたいの?」

 再び振り返り、そう言ったレキの声にはさっきまでとは違い、わずかな苛立ちが感じられた。

「覚悟なんてとっくの昔に決めてるよ。オレがグランドフォースとして、何をするべきか知った時から」

 レキの声の強さは徐々に力を増していくようだった。彼はさらに続ける。

「でもオレは仲間を失いたくないし、誰も巻き込みたくないんだ! 危険な旅になるのが分かってて、一緒に行けるわけないだろ? だからオレは一人で戦い抜く覚悟を……!」

「その覚悟じゃねぇよ!!!!」

 最後のほうは、もうほとんど叫んでいたレキだったが、クローレンはそれよりもさらなる大声でレキの声を掻き消した。
 そのあまりの勢いにレキは驚き、それ以上の続きの言葉を呑み込む。

 そのまま立ち尽くすレキに、やがてさっきとは対照的なほど静かな声で再びクローレンが口を開いた。


「一人で戦う覚悟は、お前が十分すぎるほど持ってるのは分かったよ。……でもそれなら、仲間と共に戦う覚悟ってのも持ってみねぇか? ……レキ」

「……仲間と、共に?」

 普段はお調子者のクローレンが今は真剣そのものだった。しかし、レキはその真剣な瞳から逃げるように目を伏せる。

「それは……理想の上での話でしょ。現実はそんなの無理だよ。もしも仲間を失うことになったらって思うと……オレは怖いんだ」


 そんなふうに嘆くレキは、珍しく弱気だった。なにか過去によほどのトラウマでもあるのかもしれない。
 しかし、クローレンもここで折れるわけにはいかなかった。

「だからー、それを覚悟しろっての」

「仲間を失うことを?」

 レキは顔を上げた。さっきとは反対に、今度はまっすぐな瞳でクローレンを射抜く。
 再び宿ったその強い視線は「それだけは絶対に我慢ならない」といった気持ちを表しているようだった。

「オイ待て待て、ちがうってーの! 勘違いするなよ! オレが言ってるのは失う覚悟じゃなくて“守り抜く”って覚悟のことだよ!!」


「…………」


「……………は?」


 クローレンが慌てて否定した言葉はレキの中では予想外なものだったため、しばらく意味を考えるのに止まってしまったレキだったが、やがて間抜けな声をひとつ出した。
 そしてそのままぽかんとクローレンを見つめる。


「……守り抜く、覚悟?」

 不思議そうに考えるレキに向かって、クローレンはにやりと笑顔を見せた。

 この場は徐々にクローレンのペースになりつつある。


「そうだ、守り抜く覚悟。どんなことがあっても必ず仲間を守る! ……その覚悟を決めて、絶対に破らなけりゃ誰も犠牲になったりしないだろ。お前が理想論だって一言で片付けんのは、単に覚悟が足りてねーだけだ」

 レキは相変わらずぽかんとしたまま聞いていたが、クローレンは力説する。

「つまりだレキ、これからオレを守り抜け! その覚悟を今、決めろって言ってんだよ」

 クローレンのあまりの強引な物言いに、レキはようやく我に返った。

「えぇ!!? 何それ、覚悟っていうの? 無茶苦茶だな……しかもなんかあんまり解決になってないような気が……」

「いーんだよ! 深く考えるな!! お前はオレを守る。そんで逆にオレがお前を守ってやる! お互いその覚悟を決めよーぜ。オレはもうできてるけどな」

 勝ち誇ったような笑みを見せるクローレンに、レキはそれ以上なんと言っていいかわからなくなった。
 しかしクローレンのその言葉は、いまや確実にレキの心の中の不安要素を取り除きつつあった。

 クローレンが気楽に言うと、なんとかなりそうな気がしてくるから不思議である。


「巻き込むことばっかり考えるなよレキ。仲間がいれば助かる命だってあるかもしれねーし、オレを連れて行って損はないと思うぜ!」

 クローレンはとどめの一撃と言わんばかりの言葉と笑顔で押し切った。
 クローレンもこれ以上の説得の言葉は思いついていなかったが、目の前にいる感情の変化のわかりやすい少年の表情を見ると、もう説得は不要であることを半ば確信していた。

 じっと何かを考え続けていた少年は、やがて吹っ切れたかのように清々しい笑顔をクローレンに向ける。


「確かに、それはオレができてなかった覚悟かもしれないよ。……オレも、キミを守るって覚悟を決めてもいいかな?」

「ケッ、やーっとその気になったか」

 やれやれ世話のかかる奴だぜ、と付け足した後でクローレンはホッと一息ついた。

 これでなんとか置いて行かれることはなさそうだ。
 なぜここまで必死になるのかは自分でもよく分からないが、グランドフォースにも興味はあるし、何よりまだもう少しこの少年と一緒に旅をしてみたいという思いが強かったのだ。


「クローレン、ジルカールに留まらなくてもよかったの?」

 レキはもう一つ気になっていたことを聞く。
 クローレンは英雄扱いを気に入っていたはずなのに、本当に旅についてきてもいいのだろうか? それを確認したかったのだ。

「……あー、まぁジルカールの暮らしは魅力的だけどな。でもグランドフォースと一緒にいれば、いつかはまた似たような体験できるだろーし」

 それに……、とクローレンはちらりとレキを見ながら付け加えた。

「お前と旅するのはそんなに悪くないぜ。飽きないし、結構面白いからな」


 こんなセリフを真面目に言うのはなんだか恥ずかしかった。
 言った後で「なんかオレ、熱血過ぎ……」と、ちょっと後悔するクローレンだったが、彼の言葉が素直に嬉しかったレキは最高の笑顔を見せる。

「ありがとうクローレン! オレ、キミに出会えてよかったよ」

「……あ、そう。……こーいう時お前のその性格、ちょっと羨ましいぜ」

 ボソリと呟くクローレンに、レキは一瞬不思議そうな顔を向けながらも、すぐにまた笑顔になった。
 その屈託のない笑顔に、クローレンもつい頬が緩む。

「……ったく、お前は」

 クローレンは照れを隠すようにコツンとレキの頭を軽く叩くと、そのまま前に向かって歩き出した。

「ほら、さっさと次の街に行くぞ! レキ」

「うん、わかってるよ!」

 慌ててクローレン後を追いかけたレキも彼に倣い、次の街を目指して歩き出した。





 ……クローレン、それにシーラ………ありがとう。


 心の中で小さく呟いたレキは、本当の意味で初めてできた旅の仲間に喜びを感じながらも、クローレンと誓った新たな覚悟を強く心に刻んでいた。


 ——仲間を守り抜く覚悟。

 どんなことがあっても、今後この覚悟だけは貫き通す。
 犠牲ばかりを考えていても仕方がない。
 「守るもの」ができることで、強くなれる事もあるだろう。

 一度覚悟を決めたレキの心に、もう迷いはなかった。




 ………

 そしてこれから先、

 もしも、ウェンデルで別れたリオーネ達と再び出会える機会があるとすれば、

 今ならば彼女達にも自分がグランドフォースだと明かし、そして共に旅する覚悟ができるかもしれない———そんなことを思うレキなのであった。

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ふぇ 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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